先日、とあるスタートアップ経営者と話をした際、彼は「経営の8割はつらい、身を削られる」と漏らしていた。新たなチャレンジの前には、形骸化した規制や古い商慣習、組織内の人間関係、さらには目の前の資金繰りなどが立ちはだかる。数多くの壁に、悩みは尽きないという。
社長はつらいよ
本書『経営中毒』は、そんな経営に立ち向かう社長の悩みが赤裸々に語られている。社長が日々、葛藤し苦悩しながら問題に向き合う姿には、その孤独と孤立がリアルに伝わってくる。まさに「社長はつらいよ」である。しかし、著者である徳谷氏は「社長をやっているからこそわかる尊さややりがい、見える素晴らしい風景や世界」があると断言もする。
徳谷氏は、大手戦略コンサルティングファームへ入社後、海外支社の立上げやアジア代表を経て、「いまだない価値を創り出し、人が本来持つ可能性を実現し合う世界を創る」べく独立し起業。大手企業からスタートアップまで1,000社以上の企業コンサルティングや経営者向けコーチングを手掛けている。次々に噴出する「ヒト・カネ・組織」の問題にクライアントの経営者と二人三脚で取り組みながら、「社長の孤独」を目の当たりにしてきた。
その実像は『経営中毒~だれにも言えない社長の孤独~』としてPodcastにも配信され、『第4回Japan Podcast Awards』のベストナレッジ賞も受賞している。本書はそれらのナレッジを体系化し、音声コンテンツでは語り尽くせなかった起業の裏側や、人には見せにくい経営の苦労も包み隠さず記されている。
経営という荒波を乗り越える“羅針盤”
語られるエピソードはどれも泥臭い。「社員がどんどん辞めていく」「給料日が怖い」「全くプロダクト、サービスが売れない」といったヒト・カネ・事業の問題は、創業直後に直面しがちな問題ばかりだ。例えば、社員数が増えた段階で多くの経営者がインセンティブとして付与することが多いのが「ストックオプション」だ。筆者は「一時的な引き留めにはなる」としつつも、「何を大事にするのか、価値基準、会社のものさしや背骨を腹を割って話す」必要性があるとしている。起業は何をやるかも大事だが、誰とやるか、何のためにやるかが大切だ。これを経営者は「吐くぐらい考える」と強い言葉で説いている。
他にも「社長はどこまで現場に介入すべきか」「営業vsエンジニア、中途vs古参という文明の衝突」といった組織のマネジメントの悩み、さらに「組織の未達グセを変えるには」「自社プロダクトがパクられたら」といったテーマを切り口に、課題に対し経営者として原因をどう理解し、どこまで許容しどう対応すべきかなど必見のナレッジや示唆に溢れている。たとえ起業や経営を志さなくても、「経営者の視点」をもつことで、ビジネスパーソンとして会社や組織が荒波を乗り越えるための“羅針盤” がここにはある。
経営という中毒
最後に、冒頭のスタートアップ経営者の話に戻ろう。彼は経営の苦悩を語る一方、こうも続けた。
「確かにつらい、だが、だからこそ表現しがたい充実感と喜びが経営にはある」
「目指し続けてきた絶景を仲間と共有する経験は何事にも代えがたい」
そう満面の笑みで語り掛ける姿には、私も心を動かされた。
経営には苦労が絶えない。しかし、孤独や数々の試練といった荒波を乗り越えると裏腹のやりがいや楽しさ、喜びという“絶景”を見られるのは、経営ならではなのだ。それが、経営者にとっての“中毒症状”をもたらすのだろう。
なお、徳谷氏は個人向けに、2万人を超えるビジネスパーソンのキャリアも支援している。本書と合わせて同氏の『キャリアづくりの教科書』(NewsPicksパブリッシング)も迷わないための地図、羅針盤としてお勧めしたい。
『経営中毒 社長はつらい、だから楽しい』
著:徳谷 智史 発行日:2024/2/29 価格:2,090円 発行元:PHP研究所