集計を「判断」へ:経営会議の沈黙を破るFP&Aの視点
「売上は伸びているのに、利益が削られている。打開策は見えつつあるはずなのに……」
経営会議の席上、沈黙が流れる。
「で、結局、何を基準に、どう判断すればいいんだ?」
経営会議や事業レビューの場で、こんな空気が流れた経験はないだろうか。
私自身、人事担当役員として経営に携わる中で、何度もこの場面に出くわしてきた。
経営企画から提示された資料は分厚く、数字は揃っている。
それでも、肝心の意思決定ができない――。
多くの企業で、数字は「集計」されているが、「意思決定の材料」として使い切られていないのが現状だ。さて、どうするか。
鍵になるのが、FP&A(Financial Planning & Analysis)だ。
FP&Aの定義:不確実性を突破する「戦略的財務」の役割
FP&Aとは、会計・財務の視点から経営判断を支える戦略的機能のことを言う。
単なる予算管理や実績集計にとどまらず、事業の将来を見通し、選択肢を比較し、意思決定を支援する役割や考え方だ。
近年、FP&Aが注目を集めている背景には、企業を取り巻く環境の不確実性がある。
グローバル競争の激化、事業ポートフォリオの複雑化、そしてデジタル変革の進展。
こうした状況下では、従来型の年次予算管理や事後的な業績分析だけでは、経営判断を十分に支えきれない。
本書は、こうした時代に求められるFP&Aを、実務的かつ体系的に整理した一冊だ。
著者のジャック・アレクサンダーは、CFOや経営アドバイザーとして、FP&Aとパフォーマンスマネジメントの変革を主導してきた人物だ。本書の随所には、そうした現場知に裏打ちされた視点が反映されている。
「勘と経験」を脱する投資分析:リターンを共通言語化するFP&Aの技術
本書の大きな特徴は、理論にとどまらず、実務で「どう使うか」に踏み込んでいる点にある。
Excelを中心としたモデル構築や分析の考え方など、具体的な実践を前提とした説明が随所に盛り込まれており、机上の空論に終わらない。
内容は、KPI設定や業績分析、改善策の立案といったパフォーマンス管理から、予算編成や予測モデル構築といった事業予測・計画策定までを網羅する。さらに、M&Aや投資判断、リスク管理など、戦略的意思決定を支える領域にも踏み込む。
ここで、ひとつ具体例を挙げたい。もし皆さんが設備投資の意思決定を求められたら、どう考えるだろうか。
多くの場合、「投資に対してどれだけリターンがあるか」をまず考えるはずだ。
だが実際の投資対象はさまざまだ。
工場の生産設備、研究開発、人材育成、IT基盤、ブランド構築など、経営が扱う投資は実に多岐にわたる。
そして経営としては、それらを同じ土俵の上で比較し、限られた資源をどこに配分するかを判断しなければならない。
では、投資判断をするときの「リターン」とは何なのか。
売上なのか、利益なのか、あるいはリスク低減や将来の選択肢の拡張なのか。
ここを曖昧にしたままでは、投資判断はたちまち属人的になる。
本書が価値を持つのは、こうした具体的な場面を想定しながら、どのように考え、整理すべきかを示してくれる点にある。
日本語版の単行本は500ページを超える分量であり、決して軽く読める一冊ではない。
しかし、FP&Aを表層的に理解するのではなく、実務として本格的に身につけたい読者にとっては、十分に時間をかけて向き合う価値のある内容だ。
財務を超え、全社に効くFP&A:人的資本を財務インパクトへ繋ぐ思考法
かくいう私は、専門は人事だ。
だが、経営メンバーとして事業部門や財務・経営管理部門と議論を重ねる中で、本書で示されている思考枠組みの重要性を、次第に実感するようになった。
経営に関わる以上、専門が何であれ、数字を前提に考えることは避けて通れない。
求められるのは、自身の専門性を持ちながら、同時に財務の言葉を理解することだ。
それは特別な能力というより、経営メンバーとしての必要条件に近い。
数字の議論を「聞く側」にとどまっていては、経営として十分に役割を果たしているとは言い難い。
例えば、第10章で扱われている人的資産管理は、経営としても、人事としても重要なテーマだ。
「人材は最重要資産だ」という認識に異論はないだろう。
だが、それをどの指標で捉え、どう評価するのかとなると、企業ごとの取り組みには大きな差がある。
昨今の人的資本経営の流れの中で、人事領域への投資も、財務インパクトとの接続がこれまで以上に問われるようになってきた。
では、人事として何に投資し、それをどのように測るべきなのか。
給与、採用費用、研修、福利厚生など、投資対象は多岐にわたるが、それらがどの変数に影響し、どのような経路で財務指標へとつながっていくのか。
本書は、こうした問いを感覚論ではなく、構造として捉えるための視点を与えてくれる。
「数字なき物語」を排する:戦略と財務を繋ぐ共通言語としてのFP&A
「数字なき物語も、物語なき数字も意味はない」
これは御手洗富士夫氏(元キヤノン社長)の言葉だ。
いくら戦略(物語)が優れていても、定量的な裏づけがなければ意思決定には耐えない。
反対に、どれほど精緻な数値分析があっても、戦略の文脈が弱ければ、経営判断にはつながらない。
本書は、FP&Aの専門書であると同時に、経営を「数字で語る」ための共通言語を与えてくれる。
財務や経営管理の担当者に限らず、経営に関わるあらゆる職種にとって、自身の議論の解像度を引き上げる助けとなるはずだ。
FP&Aを体系的に学びたい人にとっては実務書として、FP&Aに直接関わらない人にとっては経営を理解するための補助線として。
本書は、長く手元に置き、折に触れて参照する価値のある一冊である。
『経営管理・ファイナンス部門のための FP&Aのすべてーーパフォーマンス管理、事業予測と計画策定、戦略的意思決定の全実務』
著:ジャック・アレクサンダー 発行日:2025/11/19 価格:6,930円 発行元:ダイヤモンド社



























