「あなたにとって人事とは何ですか?」
まるでプロフェッショナルの素顔を追うドキュメンタリー番組のようだが、この問いにあなたならどう答えるだろうか。
人事の世界では、時に「飛び道具」的なバズワードがもてはやされ、あっという間に消えていく。
ジョブ型、パーパス、人的資本経営…私自身、流行に引きずられた経験がないわけではない。
もちろん新しい潮流を追うことは大切だが、冒頭のような骨太な問いに向き合うとき、必要なのは流行の受け売りや断片的な経験談ではなく、自分の言葉で語れるだけの「人事の哲学」だ。
その哲学を築くには、現場での経験と、先人からの学びの両方が欠かせない。
本書は後者のための良き伴走者だ。グローバル企業で現場から人事トップまでを経験した著者が、自らの人事哲学を具体例とともに惜しみなく綴っている。
経営に参画する人事に欠かせない、「視点」という教養
本書は特に、大企業に所属し、次のような状況にある方にオススメしたい。
・これから人事の世界に踏み出す人
・特定の人事領域で経験を積んだ後、新しい人事領域(職掌、職位、エリアなど)に挑む人
・HRBPと向き合う事業部マネージャーや、人事の力で組織を強化したい経営層
今や様々な場面で必要性の説かれる戦略人事。著者はこの戦略人事を「企業の持続的な成長目標を達成するために、経営戦略と人事をリンクさせること」と定義する。
戦略人事自体はあくまで経営を前進させるための手段だ。
手段は多様に存在し、しかも目指す方向に沿って経営戦略と統合されていなければ意味をなさない。
だからこそ、人や組織に関する多面的な見方――すなわち「視点」が欠かせない。どの手段を選び、どう使いこなすかは、この視点の質と数にかかっている。人事に関わる人にとって、こうした豊かな視点は「教養」とも言えるものなのだ。
本書には、著者の30年以上にわたる人事経験から得た「視点」が、 エピソードや示唆として凝縮されている。
経営における人事の役割、権限と責任のあり方、タレントマネジメント、キャリア自律、DEI推進、人材開発と組織開発、心理的資本など、多くの企業が直面するテーマを取り上げ、それぞれに背景と実践のヒントを添えているのだ。
詳細は本書に譲るが、一例として、明石家さんまさんの進行スタイルをヒントにしたキャリア自律を促す4つの問いを紹介する。
「どないしたん?」――現状を語らせる
「ほいで?(それで?)」――話を深掘りする
「それ、どういうこっちゃ?」――意味づけを促す
「ほんで、どないすんの?」――行動につなげる
一見軽妙なやりとりに見えるが、実は傾聴と内省を自然に引き出すフレームになっている。
相手に自由に話してもらいながら、自分で考え、次の一歩を決められるよう導く。
この具体例は、現場ですぐに試せる実践知の一つだと言えるだろう。
「人や組織はどうあるべきか?」という命題に向き合い続けるために
本書で特に心に残ったのは次の一節だ。
> 大切なのはやはり「好奇心」です。仕事をしていて好奇心がなければ日々の業務はただ通り過ぎていくだけですが、好奇心を持って過ごせばさまざまな気づきを得ることができます。
> (中略) 仕事を“仕事”としてやっているうちは哲学ではありません。リーダーの方であれば何か成し遂げたいことがあるから仕事をしているはずです。自社の理念を実現することで世の中に貢献でき、自分もその一翼を担っているという確かな手応え。その実感がやりがいとなり、仕事への強い想いにつながっていくのだと思います。
人事に唯一の正解はない。
理屈を積み上げても、最終的には「人や組織はどうあるべきか?」という命題に行き着く。
経営への参画が一層求められるこれから、人事はこの問いから逃げることはできない。
その命題と向き合い続けるためには、自分なりの人事哲学が必要だ。
自身の経験だけに頼らず、先人の視点に触れ、自分のアンテナを広げながら実務に臨むこと。
本書は、その視点という教養を与えてくれる一冊である。
『経営に参画する世界基準の人事 「戦略人事」が組織を根本から強くする』
著:藤間美樹 発行日:2025/8/26 価格:1,600円 発行元:現代書林