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『ビジネスで成功する人は芸術を学んでいる』――アートのスキルでイノベーションを生み出そう

投稿日:2024/11/21更新日:2024/11/22

私はキャリアの初期に、公立コンサートホールでの企画担当として勤務していた。例えば、市民が合唱団として参加するベートーヴェンの「第九」演奏会の企画実施などを行うといった具合だ。
合唱の練習会場には、勤務先から直行してきたスーツ姿のビジネスパーソンや学生など、様々な方が集まっていた。参加者の活き活きとした顔を見ながら、私は漠然とした思いも抱えていた。芸術・文化が参加者の癒しになっているだけで良いのか?公設とはいえ、例えばビジネスや経済といったことに果たす役割は無いのだろうか?今回、当時を思い出し、アートをビジネスに応用するヒントになるかと思い本書を手に取った。

著者は、コンサルティングファームの勤務が長い「いわゆるサイエンス思考」が染みついている人物だ。その著者が、ビジネスと美術大学大学院での学びの経験から、アートをビジネスに応用する方法論への考察を深めた。結果、著者は、VUCAの時代において、イノベーションを生み出すためにはビジネスパーソン一人ひとりがアートのスキルを身に付けるべきだという主張に至り、綴ったのがこの一冊である。

3つのアートのスキルとは

著者が考える「アート」とは、私たち一人ひとりが自分の人生を通して培った感性(「美」)により、自分の創りたい世界を想像し、それを目に見える形にする行為を言う。このアートを実現する時に、「エナジネーション」「トリハダ美」「タンジブル化」という3つのアートのスキルが求められる。

一つ目の「エナジネーション」とは、新しいものを生み出すエネルギーを持ち、主体的に創造性を発揮し、人々の心を揺さぶり一瞬にして魅了するアイデアを想像することである。

二つ目の「トリハダ美」とは、エナジネーションで想像したアイデアのうち、どれを選択するべきかという判断基準のことである。鳥肌が立つほど自身の感性(「美」)に響くかどうかが判断基準となる、という著者の考えを反映した造語だ。

トリハダ美に関する著者の研究結果が興味深い。イノベーションに相当する可能性を持つビジネスアイデアを用意し、「前に進めるか」「美しいと感じるか」と質問を行った。結果、アイデアを前に進める意思決定と、美しいと感じることに強い相関が見られたという。これまでビジネスの世界では、理性的な意思決定が是とされてきた。しかし、トリハダ美によって主観的に意思決定することが、イノベーションを生むために必要ではないかと著者は述べている。

トリハダ美を自分の中に確立する方法として、著者は「言語化」を推奨している。絵や映画といったアート作品だけでなく、SNSや動画のコンテンツなどについて、なぜその作品が多くの人々を魅了するのか、なぜ自分がその作品を美しいと思ったのか、を言語化する。このトレーニングを通してトリハダ美の感覚を養うことで、その価値観や判断軸がビジネスにも活かされるという。

三つ目の「タンジブル化」は、トリハダ美を通じて意思決定を行ったアイデアを、眼に見えるモノやコトに置き換えることである。特に革新的なアイデアは、周囲の人にとって、今まで体験したことのない全く新しい価値観の場合もある。このような場合は、如何に適切に表現するかがポイントとなる。

伝えるための表現方法は、「言語」と「造形」に大きく分けることができる。造形は、手書きのイラストや立体の作品など、色や形を用いた表現方法だ。ビジネスの世界においては言葉が主な表現手段となっているが、ぜひ、造形の表現でアイデアを伝えて欲しいと著者は述べている。目の前に実物を見せることには、固定観念やバイアスを壊し、新しい価値を浸透させる力があるのだ。

トリハダ美とタンジブル化はイノベーション創発における要

著者はイノベーションに相当する新規事業を創出した大企業で活躍するリーダーにインタビューを行い、アートのスキルが役立つのか検証を行った。検証において興味深かったのは、トリハダ美とタンジブル化の果たす役割だ。

特に、新規事業の現実化ということを考えた時には、自分、自社、顧客の三方にとってのトリハダ美になっているかどうかを考えるべきだという。そしてタンジブル化は、アイデアを具体的な製品やサービスに仕立て、市場に投入するための準備でも重要になる。「試作」を作る時に、リーダー自身が主体的に本気でそれを自分自身が美しいと感じる状態まで創り上げることがポイントだ。この時、一目見て美しいと感じるかどうかという直感を大切にし、製品やサービスのトリハダ美の強度をあげるために修正を加えていくべきだという。

公益社団法人全国公立文化施設協会の「平成26年度 アートマネジメントの基礎用語ハンドブック」によれば、アートマネジメントとは「広義には文化芸術と社会をつなぎ文化芸術の社会普及を図ること」とされている。私が勤務していた当時、例えば合唱への参加体験を言語化するといったワークショップなどを実施したら、参加者のトリハダ美を強化する手助けになったのではないか。単なるイベントに留まらず、アートと社会(ビジネス)をつなぐ、という役割を担えたのかもしれない、と改めて思い至った。

本書を通し、イノベーションを生み出すためにアートのスキルを持つことが、VUCA時代の突破口であることが実感できた。折しも、アート作品を楽しむには最適な季節となって来た。美術館や劇場、映画館…どんなところでも良いだろう。アート作品を楽しめる場所へ出かけ、まずは自分のトリハダ美を言語化してみてはいかがだろうか。


ビジネスで成功する人は芸術を学んでいる
著:朝山絵美 発行日:2024/4/17 価格:2200円 発行元:プレジデント社

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