グロービス経営大学院とflierが共催した「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)がビジネス実務部門賞を受賞した。
今回は本書の著者である安達裕哉氏にインタビュー。コンサルティングファームでの経験の後、現在はマーケティング支援会社や生成AIの導入支援サービスの経営、執筆活動など様々チャレンジする同氏に「頭がいい」とは何か?頭がいい人に近づくための「傾聴」と「貢献」の観点、更にビジネスパーソンへのメッセージなどを聞いた。インタビュアーは、グロービス経営大学院で人材・組織開発などの講座で教鞭をとる教員の米良克美。
「頭がいい」は「試験ができる」ではない
米良:この度は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」ビジネス実務部門での1位受賞、おめでとうございます。まずは今のお気持ちをお聞かせください。
安達:光栄です。この『頭のいい人が話す前に考えていること』は、私がコンサルティングファームに勤務していたとき、当時の上司の下で徹底していたことを書いた本です。
正直当時は無我夢中で、お客さまには喜んでいただいていた一方、一般に通用するのかはよくわかっていませんでした。今回の受賞は、この技術や考え方が世の中でも通じるという評価でもあります。それが非常に驚きでもあり、うれしく思います。
米良:本書のタイトルは『頭のいい人が話す前に考えていること』ですが、「頭のいい人」は人によって捉え方が異なりそうです。安達さんの考える頭のいい人とはどんな人でしょうか。
安達:「頭がいい人」と聞くと、従来は試験ができるとか、学歴がいいとか、IQが高いとか、難しい問題が解けるとかの特徴が浮かぶのではないでしょうか。
これらはほとんどの場合ひとりで完結する特徴ですが、執筆にあたり議論する中で最初に出てきたのは「頭がいいとは、1人で完結することでは絶対にない」ということです。
一度、人間関係論を研究されている方にお話を伺った際、「人間関係とはそれぞれの人の中にあるのではなく、人と人の間にしか存在しない」と聞いたことがあります。例えば人間関係に悩むのであれば、根本の問題は人と人の間のやり取りの中で生じているので、結局コミュニケーションの本質を考えることになるわけです。
頭がいいというのも同様に、人と人の間に生じるものです。「この人が私のことをどう思ってるか?」「私がこの人のことをどう思ってるか?」が根本にあるのです。例えば、Aさんから私は頭がいいと思われているけれど、Bさんにはあの人は……と思われているというのは、よくあることですよね。これに矛盾はないんです。
仕事やプライベートの難易度は、昔より上がっている
米良:本書の中にも「頭のよさは他人が決めることです」と書かれていましたね。その人個人だけではなく、周りとの関係性を含めて「頭がいい」になる。そんな「頭がいい」のための方法論が、なぜこんなにも広くたくさんの人の心を捉えたのでしょうか。
安達:私個人としては、おそらくここ20年ぐらいで仕事やプライベートの難易度が昔よりも上がり、「相手の話をよく聞く」ことが重要な状況が増えたことが大きな理由かと思っています。
米良:確かにそういった実感を持つ人は多そうです。この難易度の高さは、具体的にどういった点に起因するのでしょうか。
安達:仕事においては、単純に言うと必要な知識量が増えて、たくさんの多様な人々と協力をしないと成果が出にくくなりました。多種多様な関係者、部署、社内外と連携しなければならない仕事ばかりで、自分ひとりで完結する仕事はほぼないでしょう。
また、プライベートでも、家庭内でのハラスメントなどが顕在化してきました。こうした背景から、周囲の話をよく聞き、どうコミュニケーションするかが重要になっているのです。
「傾聴」と「貢献」が頭のいい人への近道
米良:本文中では、頭のいい人になる、つまり相手に知性を感じさせ、信頼も獲得するための「7つの黄金法則」、そして頭のよさの訓練方法として、「5つの思考法」について解説されています。
それぞれの詳細については本書をご参考頂くとして、ビジネスパーソンが成果を出したいと考えた時、この「5つの思考法」となる客観視、整理、傾聴、質問、言語化の中でまず着手すべきものはなんだと思われますか。
安達:やはりまずは傾聴だと思います。客観視、整理、傾聴、質問、言語化の5つのうち、傾聴が一番ある意味“ヤマ”になります。言語化や質問も非常に難しいのですが、そもそも傾聴ができてないと言語化も質問も絶対にできません。また、客観視や整理は傾聴のためにある。傾聴こそ5つの中心にあるんです。
米良:本書の中でも、「人生うまくいってないときは、うまく聞けないんじゃないか」という恩師の言葉を紹介されていました。では、傾聴を通じ、どうすれば頭がいいと思ってもらえるのでしょうか。
安達:その答えは簡単で、相手に貢献をすればいいのです。先ほどお話しした頭のいい人とは?という話に直結しているのですが、人は役に立つことを言ってもらったり与えてもらったりした時に、「この人は頭がいい」と思います。会社経営やマーケティングでも同じで、お客さまのやってほしいことをやることがいい会社の第一条件です。すると、最も相手のためになることは何なのかを知らなければならない。それを知るための手法が「傾聴」なのです。
人の話を聞きながら、次の質問を考えない
米良:そんな傾聴力を高める何か具体的な行動の中で、特にポイントになるものを教えて下さい。
安達:「人の話を聞いているときに次の質問を考えない」ということは、非常に重要だと思っています。話を聞いていると、途中で質問をしたくなってしまうものです。ですが、途中で何か質問しよう、と考えていると、傾聴はできません。相手がいま話している内容に集中する必要があるのです。
沈黙を恐れない
安達:そしてそのために必要なのが、沈黙を恐れないことです。
話の途中で質問やポイントが自然と浮かぶことがありますが、その場合はメモに留めておきます。ただ、あくまでもしっかりと質問を考えるのはその人が話し終わってから。改めて自分がまだ理解してないことは何か?などを整理し、考えた上で質問しなければなりません。そのためには間が必要です。だから黙っていい、ということなんです。
米良:会話の中で「黙る」というのは怖いですし、周囲も焦ってしまうことが多そうですよね。
安達:コンサル時代の上司は、営業中も本当に黙って考えていました。沈黙にみながどぎまぎするのですが、そのうち突然喋りながらホワイトボードに書き出すんです。
また、提案書を提出し、最初に説明した後に、お客さまが「うーん」と考え込んでいるといった時も、その上司は絶対に喋りませんでした。こういった場面では、つい被せて話したくなってしまうもの。ですがそれは絶対にせず、待つんです。
米良:そこまでいくと達人の域かもしれません(笑)ですが重要なのは、お客さまの考えを邪魔しない、そして自分も聞くに集中することで相手の話を引き出しきり、聞ききる。そこまで徹底しての傾聴だということですね。
行動を聞き本音を引き出す
安達:傾聴の中で注意したいのは、相手の言っていることと本当に求めていることは違うことも多いということです。
米良:見抜くのは難しそうですが、しっかりと引き出し、聞ききるためにはどうしたらよいのでしょうか。
安達:「行動を聞く」という方法があります。例えばクライアントの社長に経営課題を聞くと「人材育成が課題だよ」と返ってきたとします。でも、これをそのまま信じてはいけません。次に「具体的にいま人材育成に関して、どういった施策を打たれていますか?」と聞くと、特に人材育成に対して投資などをしていないことがある。発言と実際の行動が伴っていないということです。となると、本音としては課題だと思ってない可能性が高いので、これを深掘ってもいい話は聞けません。
米良:本当に気になっていたら、予算も張るしアクションもしているはず。言葉だけではなく、行動から裏を見るというのがコツですね。
安達:これを「今、仕事でどんな面白いことをやっているんですか」と行動を聞く形式にすると、一気に話してくださることもあるんです。これはコンサルタント時代に教わった方法なのですが、傾聴のために今も実践しています。
「誰か」のいう頭のよさに振り回されず向き合おう
米良:ここまで、本書に書かれていた沢山のコツについて伺ってきましたが、僕も実践していきたいことばかりです。
安達:本書の「はじめに」では、この本を「読み返さなくていい本」にしたい、と書きました。1回読んだだけで分からないような話は、多くが浸透せず、行動もできません。この言葉自体は担当編集の方からお聞きした言葉なのですが、行動を変える本にしたかったので、これを書くことにしたんです。
米良:一度読んだだけで「やる」につながる本にしたかったということですね。その通りになっていると思います。では最後に、本稿の読者であるビジネスパーソンに向け、あらためてメッセージを伺えますでしょうか。
安達:頭のよさは自分ひとりだけでは決まらないということは、ここまでお話ししてきました。ただお伝えしたいのは、自分と関係のない「誰か」の言っている頭のよさに、振り回される必要は全くないということです。
「認知能力向上にはこれが役に立つ」「ビジネスパーソンには英語が常識」「とにかくファイナンスを学べ」など、いろいろな声が聞こえてくると思います。
ですが、あまり気にしなくていいと思います。コンサルタントとして働いていた時、本当に一番必要だったのは目の前の人の依頼をきちんとこなすことでした。目の前の人の依頼をこなすにも、実はたくさんの勉強が必要だったり、時間を使う必要があったりする。それをおろそかにして他のところに目移りしてしまうと、いい結果になりません。
目の前のことに直接は効果的でないこと、例えば新NISAについて知った方がいいのでは?と思ったのなら、実際にやっている人に聞きに行ったり、金融機関の方に聞きに行って勉強したりというのはいいと思います。一般的な情報だけを切り取って、解像度の低いままにやる、というのはあまりおすすめしません。
米良:昨今は様々な情報が飛び交う中、こういうことを知らなければいけない、と雑音に振り回されてしまっている方は多いのではないでしょうか。ですが、低い解像度のままやっても意味がない。目の前にいらっしゃる人や仕事に、傾聴も通じ解像度を高めて向き合うのがよいということですね。
安達:上司でもいいですし、お客さまでもいいですし、プライベートの付き合いでもいい。目の前の相手に対して何をしたら効果的なのか、何を知識として仕入れると貢献できるのかを考えて、そのために時間を使うと、非常に実践的なものが身に付くんですよね。それをたくさん繰り返していくと、いつの間にか全体図が見えてきます。
米良:耳が痛い部分もありましたが、非常に面白く、楽しい時間でした。本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
著者:安達 裕哉 発売日:2023/4/19 価格:1,650円(税込) 発行元:ダイヤモンド社
安達 裕哉氏によるセミナーのお知らせ
環境変化が大きい時代にイノベーションを起こすためには、社内外の様々な関係者を巻き込み、協働していくことが求められます。このような時代に、周囲を巻き込み行動を起こしてもらうために、他者から信頼され、成果を上げる人材になるには、どのような力を身につける必要があるのでしょうか。
安達氏は、「人はちゃんと考えて“くれて”る人を信頼する」「信頼されるには”話す前にちゃんと考える”ということが欠かせません」と言い、知性とコミュニケーションの大切さを説いています。“頭のいい人”が話す前に何をどのように考えているのか、本書にもある7つの黄金法則や5つの思考法を、安達氏とともに紐解いてみませんか。
- 日時:3/27(水)19:30~20:40
- 登壇:安達 裕哉氏(ワークワンダース株式会社CEO、ティネクト株式会社代表取締役社長)、井上 陽介(グロービス経営大学院 教員)