インナーブランディングとは何か
インナーブランディングとは「社員に理念や企業ブランドの目指す姿が伝わり、一人ひとりがその内容に共感し、自発的にお客様への価値提供に向けて行動する。その行動を支援するためのあらゆる活動」を指す。本書では、この考え方をよりわかりやすく「ファンを増やす」という表現で説明している。
とはいえ、自分自身が「会社のファンか」と問われると、少し気おくれする人も多いだろう。著者はそこを押し広げ「自社に寄り添う共感者であればよい」と述べている。つまり、会社に対して、必ずしも熱烈な愛着を持つ必要はなく、ビジョン、事業、仲間、仕事内容、働きやすさなど、どこか一つでも共感できるポイントがあればよい。その小さな共感が起点となり、やがて自発的な行動が促されていくのだ。
インナーブランディングは、企業の生存戦略そのもの
インナーブランディングが必要とされる背景には大きく3つの社会変化がある。
ひとつは、情報化社会の進展だ。いまや誰でも手軽に情報が発信でき、受け取ることができる。こんな時代において、社外に発信するメッセージと内実が異なれば、SNSなどを通じ、すぐに露呈してしまう。内容によっては、企業の信頼を一瞬で失うことになりかねない。
2つ目は、市場ニーズの変化である。世の中にはモノがあふれ、機能的な優位性だけでは選ばれにくくなっている。今、顧客が価値を感じるのは「どんな体験ができるか」「どんな想いが込められているか」といったストーリーである。作り手や企画者の声に触れたり、企業の姿勢そのものに共感したりすることで、単なる商品ではなく「その会社だからこそ」という理由で選ばれるようになってきた。
3つ目は、デジタル技術の進化と労働市場の変化だ。デジタル技術を活用した新しい市場が次々と生まれる一方で、手軽に、安価に、素早く模倣ができるため、競争は激化し、製品やサービスはすぐに陳腐化してしまう。その中で少子高齢化が進み、人材市場は売り手優位。せっかく採用した優秀な人材も、会社や仕事に魅力を感じられなければすぐに離れてしまう。
だからこそ、従業員の満足度やエンゲージメントを高め、理念や事業に共感できる環境を整えることが、企業の生存戦略そのものになっているのだ。
実際に、スウェーデンの売上上位500社に対して行われた調査によると、アウターブランディングだけでなくインナーブランディングにも取り組んだ企業の収益性は、そうでない企業よりも高いという結果がでているというから驚きだ。
取り組みの要は、経営者ではなく現場
こうした背景を踏まえると、企業経営においてインナーブランディングが重要であることは明らかである。しかし一方で、従業員にとっては「自分ごと」として捉えにくいのも現実ではないだろうか。
私自身もその必要性を強く感じたのは、日々の仕事を通じてである。
「お客様の事業が発展するために必要なことは何か」「メンバーが成果を発揮し、いきいきと働くにはどうすればよいか」「幸せとは何か」――こうした問いを考え続けた結果、その答えの一つとしてインナーブランディングにたどり着いた。
みなさんの会社では、このような状況は起きていないだろうか。
l 経営方針が正しく伝わらず、現場が右往左往している
l 中間管理職のスキル・認識不足により、経営方針の受け止め方が組織ごとに異なっている
l 噂話が蔓延し、事実確認をせずに物事が決めつけられている
l 上司の顔色をうかがうことが、正しい行動であるかのようにまかり通っている
これらの課題も、社員一人ひとりが理念やビジョンを指針とし、正しい情報を主体的に受け取り、経営方針を理解して自ら考え行動に移すことができれば、解消されていくはずである。
そのために、メンバーに関わる立場の人に求められるのは、単に現場の問題解決をこなすことではない。経営の意思と現場の感情をどう結びつけるかを考えることこそが「経営」である。そう捉えると、例えば、非公式の交流や社内サークルのようなコミュニティづくりも、最終的には経営の意図を正しく伝える大切な手段であると理解できる。
本書は、そうした考えを裏づけ、さらに具体的な実践のヒントを与えてくれる一冊である。組織の成長や、人が幸せに働くあり方に関心のある方には、ぜひ手に取ってほしい。
『インナーブランディングのすすめ―共感され選ばれる企業へ』
著:鈴木 誠一郎 (著) 発行日:2023/9/9 価格:2,200円 発行元:株式会社ビジネス教育出版社




























