テーマと出演者
テーマ:「医療データ活用のフロンティアと課題」
発言のポイント
1)日本の医療データの活用の現状:研究・臨床・政策・ビジネスの現場から
・データといっても、個人のデータ(病歴や予防接種歴など)、それを個人が公的にシェアしていいと同意したデータ、研究用に匿名でとったデータと、これまでは分かれていたが、徐々に境目がなくなってきており、厳密に分けなくてよくなっている感触。たとえばワクチンでも、厳密に誰が打って誰が打ってなくてと追跡するよりは、どのくらいのリスクの人が何人打っていると、もう少しマクロなデータを集めているところが多い。
・介護保険のデータからは、たとえば所得と要介護になる可能性の相関などが分かる。すると介護予防、健康格差の縮小といった取り組みに活かせる。また、健康管理アプリからは個人の健康状態のデータが取れる。すると、個人の属性と健康習慣とどんな病気になりやすいかといった相関が見えこれも予防や治療に活かせる。
・データ活用の目的は大きく2つあり、病気を上手に治すという方向と、もっと健康でいたいという方向。そのために、自分のプロファイルとその都度の状態のデータを蓄積していく。そこから将来の予測、さらに予測の中でベストにしていくには何をすべきかが分かる、という流れ。
・データを広く取れて管理できるおかげで、これまでは大まかな傾向しか認識されていなかったものの細かい違いが分かったり(例:年齢と生理周期)、ワクチンと副反応の管理などが厳密にできるようになっている。
・政府は、病気の予防、健康の維持を重視。政府の目指すデータヘルス改革では、研究のための活用(地域や所得階層と病気の関連など)と、もっと直接的に個人の過去データを蓄積してその人の将来の医療に活用できることと、2つの側面で整備している。
2)コロナ禍における医療データの利活用
・コロナの変異株については、これまで開発されてきたワクチンの効果が分かっていないケースが多く、どの株にどのワクチンが効くかの組み合わせが複雑になってくる。すると、マクロな接種率だけでは対応しきれず、誰がどんなワクチンを既に打ったかという個別なデータが必要になるだろう。
・コロナのワクチンについては、メーカーから一本目を打った人に適宜追加情報を送っていくアプリが実用化している。また、自治体ベースでは、ワクチンを先行接種している医療従事者の副反応情報を収集して、後で接種する一般の人に情報開示するという仕組みもできている。また一度感染した人の後遺症情報を集めて、啓発のメッセージに活かすといった試みもしている。
・データを個人の行動や診断に適用しようという方向と、新しい医学的知識を導くための研究に活用しようという方向の双方のバランスをとってオーガナイズしていくことが重要。元々医療業界ではありがちなギャップだったが、コロナでより顕在化している。
3)さらなる活用に向けての課題や突破口とは
・データ活用について海外をみると、特にAIなど最先端の技術を生み出すアメリカと、それを大胆にインプリメントしていける中国の2国が先行している。技術については後から追いつくことは可能だが、現状投下しているおカネなどの規模と、データの活用しにくさ(既にあるデータへのアクセスや、新たに集める際のリスク回避的ルールの縛りなど)で、日本は戦えていない。
・ヘルスケアにAIを活かしていくという面では、画像認識や音声認識の世界に比べるとまだまだブルーオーシャンで、世界をこれからリードしていける余地はある。
・日本のデータの活用しにくさを改善していくには、(個人情報保護など)個人の利益を犠牲にして公益のためにデータを提供すべきという話ではなく、個人にとっても健康維持や治療法等データ活用で得られるメリットがデータ提供による不安やリスクよりも大きい、というマインドセットを人々にしてもらうことが重要ではないか。
・政府、自治体側も、これまで「公益のためにデータを集めたい」とばかり言っていて、「データによって個人にもこれこれのメリットがあるのでデータを集めたい」というコミュニケーション戦略に変えていくとよい。
・現状、NDB(ナショナル・データベース)という全国のレセプト情報を集めたデータはあるが、たとえば住所や所得情報など他のデータと紐づけできていないので、これができれば宝の山である。集めたデータをどのように活用していくのか、いわば「データの出口戦略」が足りていない。
・国や自治体規模でデータを集めると、公的機関もアカデミアも「全体の傾向」に注目が集まりがち。先述の個人のメリットを訴えていくためにも、もっと個人の視点で「私(のようなタイプの人)はどうしたらよいか」という問いを立てる必要がある。
一方で、現状の日本では、いま健康な人にとっての健康維持や予防に対しておカネを払うほどのニーズが顕在化していなくて(病気にならない限りおカネを払う気にならなくて)、ビジネスになりにくかった。いかに健康維持にバリューを感じられるビジネスモデルを作るかが重要ということ。
・北欧諸国などで、政府が個人のデータをオープンにすることにどうしたら国民が同意するかと質問すると答えは「政府への信頼」となる。信頼を積み上げていくには、データ活用のメリットを感じてもらうことの積み重ねではないか。
・さまざまな場面で集めたデータを活用していくためには、何らかのマッチングキーが重要。マイナンバーは、たとえば今度のコロナワクチン接種歴には紐づけられてはいるが、これをもっと他の場面でも活用できるようにするなど、動きにつなげていきたい。デジタル庁もできたことだし、このタイミングは好機なのでさまざまな壁を壊していければ。
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