コロナパンデミックで重要性が再認識されたDX(デジタルトランスフォーメーション)。WithコロナからAfterコロナにかけてDXをどのように推進していくべきか--株式会社Takram代表取締役の田川欣哉氏と株式会社THE GUILD代表取締役の深津貴之氏が議論した。後編では、パンデミック発生後のさまざまなチャレンジへの評価、新常態に照準を合わせたビッグピクチャーの描き方について話した。(モデレーター=グロービスファカルティ本部テクノベートFGナレッジリーダー 八尾麻理。全2回、後編)*前半はこちら *本記事は、2020年9月3日に公開した動画記事を全文書き起こししたものです。
デジタルで1次情報へのアクセスを高めることが、フェイクニュースへの対応となる。自ら考える人を増やす
八尾:緊急事態宣言発出後から数カ月の間に、追跡アプリの開発やフードデリバリーの最適化など、さまざまな試みが行われました。これらのボトムアップ的なチャレンジをどう評価されますか。
田川:草の根的な動きでいいなと思ったのは、東京都の感染者数公表の仕組みです。接触確認アプリ「COCOA」もそうだと思いますが、デジタル的な思想として、できるだけたくさんの人に、1次情報を見てもらおうというアプローチには共感します。
報道などを見ていても、分かりやすい物語として語られることが多いと思いますが、その点、インターネットを通じてファクト情報が取れるようになれば、みんなが考え、分析できるようになります。
僕自身が関わっているところでは、内閣府地方創生推進室と内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が提供している「V-RESAS(ブイリーサス)」があります。これは、新型コロナウイルス感染症が地域経済に与える影響を見える化したサイトです。
こういった情報を適時に国民が見られるような基盤を整えようという動きがもっと出てきていいと思います。
世界的にも、例えば経済の状況や感染症の死亡率などのデータをいろんな研究機関が1次情報として出しています。言ってみればフェイクニュースに対して、いかにテクノロジーでキュアできるかという対決でもあります。
また国家のコンセプトとしても、可能な限り情報をオープンにして、人をエンパワーして、みんなに考えてもらうことで、世の中で合理的な判断ができるようにしていこうという流れは、デジタルがあって初めて成立する大きなシフトだと思う。そこにより踏み込んでいくといいと思っています。
産業革命の歴史を振り返ればこれからの変化を高確率で予測できる
八尾:アフターコロナの新常態に照準を合わせ、デジタルトランスフォーメーションを進めなければいけないとみなさん感じていると思います。どのようなステップ、どんな方法で会社を変えていけばいいのでしょうか。
深津:基本的には歴史から学ぶのが一番やりやすいと考えています。DXは新しい現象のように見えていますが、大局的には産業革命を繰り返しているだけ。産業革命の時代に何が起きて、キーパーソンのふるまいはどうで、どういう行動をとった人がどうなったかを知ることが、技術の詳細を知るより重要だと考えています。
そこを見れば、これから起きることは高確率で予測できます。産業革命と同じような構造で考えるとすると、労働者が機械を打ち壊した「ラッダイト運動」のように、AIが人間の仕事を奪うから機械を壊せという市民運動が発生することは想定されます。
製造業でも、ウィリアム・モリスが主導した「アーツ・アンド・クラフツ運動」のように、機械が発展をしていくと人間性を奪うので、今一度人間性に回帰すべきだといった懐古主義、装飾主義に回帰することが想像できます。
また、産業革命の時代、女性の地位がかなり向上しました。工場などが増えて人手不足になったときに、家庭にいるより外に働きに出たほうが、国家、家庭においても経済合理性があることから女性の社会進出が始まり、するとお金が手に入るので、消費者になることで、さらに地位が上がるといった現象です。
恐らくDXやインターネットそのものでも、世界中に働きの需要が増えるとか、スキマ時間で働けるといったことが起きたり、あるいは遠隔で自分の姿をさらさずに仕事ができるので、性別や人種、社会階層などにまつわる格差が減ったり、仕事の流動性が高まったりすることは高確率で想像できます。
産業革命で起きたことが、形を変えてもう1回起きることに過ぎないのかなと考えています。どんな行動をしたら生き残れるのかも、その時代のプレーヤーを見れば分かると思います。そんな中でやりがちな失敗は、懐古主義に突っ走って死ぬこと。車が出現したときに馬にこだわった人がどうなったか、みたいなものを見れば大体分かると思うので、そこは問題ないと思います。
どう会社を変えていくかは、労働者と経営者でだいぶ立場が異なります。DXの本質はスケール性と流動性なので、がんばって自分たちが変えるより、DXが既に終わっている領域へ移動するほうが手っ取り早いと思います。
今後は大きく二極化していくでしょう。リモートワークができる会社に、リモートワークをしたい、あるいはリモートワーク可能ないい人材が移動していくので、リモートワークできる会社は、リモートワークドリブンの強い会社になれる。
逆にリモートワークができない会社は、リモートワークできる人がまず抜けて、リモートワークできない人が残る。リモートワークできない会社とリモートワークできない人のペアになると、リモートワークの必要がなくなるので、そこのDX推進もなくなります。結果として二極化し、時代についてくる個と、ついてこられない個に自動的に分かれていくでしょう。
顧客価値を上げる2つの方法。安全を付加価値にするか、デジタルで超効率化するか
田川:今後は、安全を付加価値化することが様々な業種で起こってくると思います。
そのような価値観は既存の産業の中にも当然存在しています。例えば、車には衝突した際、ボディーのフロント側がクラッシャブルになっていることでドライバーを守るといった構造がありますよね。ああいったものは事故が起きない限り、無駄なコストとも言えますが、それが売価に反映されていることで「安全な車だから買う」ところまで価値化されています。
このような考え方が、これまで感染症に対する安全性が価値化されてこなかったエリアで広がっていくでしょう。例えば、エアコンを換気型のものに変更して、常に外気と入れ替えることで空気を清潔に保つ飲食店やオフィスなどが出てくるはずです。ユーザーも、その分ほかより少し高くても、安全が担保された店のほうを選ぶのではないでしょうか。
提供価値の上げ方として、安全コストを上乗せするグループと、デジタルシフトによる超効率化で、顧客あたりコストを下げるグループの2つが出てくるのではないかと思います。
究極的には、テクノロジーとハイタッチサービス、おもてなしや手触り、素材感、空気感といったことが高度に組み合わせられることで、希少性や魅力を強化するアプローチが大きな潮流になるでしょう。
ワーケーションはまさにそのイメージです。目の前に温泉もあって緑も豊かだけど、高速のインターネットでつながって仕事をしているみたいなものが、ハイテクとハイタッチの新しいラグジュアリーだと思います。これからこういった提案がどんどん増えていくのでしょう。
深津:DXで1つ気になっているのが、100%のDXもまたリスクではないかということです。100%物理、100%アナログがコロナでリスク要因になったように、100%デジタルにするのも同じようにリスクだと思います。
例えば、時代がもう少し進んだときに、サイバー戦争や企業のサイバースパイのようなものが激化したり、あるいは軍事的な手段としてEMP爆弾で電子機器を破裂されたりといった可能性もあります。
最終的に足場を何%にするか。「物理8、デジタル2のところを、デジタル8、物理2にしよう」というのが大事であって、必ずしもデジタル100%がいいわけではないと考えています。
(文=荻島央江)