ソニーが社名を変更し、2021年4月にソニーグループとして、傘下にエレクトロニクス、半導体、エンターテインメント、金融等の事業会社が入る体制となる。危機下でも生き残れる複合企業への移行が目的とされている。
多種多様な事業を傘下に持つ事業形態は「コングロマリット(複合企業)」と呼ばれ1980年代の米国で全盛期を迎えた。その後、経営効率や企業統治の透明性等の問題から多くのコングロマリットが解体され、自社の強みを活かせる特定の事業に専業化していくのがグローバル・スタンダードとなっていった。長い間世界屈指のコングロマリットとして君臨してきたゼネラル・エレクトリックでも、2017年以降は事業の絞り込みが行われており、電力、航空機、ヘルスケア以外の事業については売却などが進んでいる。
日本でも、総合商社に限らず、もともと旧財閥グループを中心として複合企業体が多く、日立、IHIやソニーなどはメーカー型の複合企業の典型である。日立は、リーマンショックによる世界的な需要減少や円高の直撃を受け、2009年3月期に製造業としては最大規模の7800億円の最終赤字を計上した。これを契機に事業の再編成を進めたが、企業文化として対応が難しい変化の激しい事業(ハードディスク・ドライブ等)を切り離す一方、シナジーが期待できる上場子会社群を100%子会社として本体に取り入れていった。しかしながら、欧米の基準からみれば、いまだに複合企業である。
ソニーも、1968年に米CBSのレコード部門を買収し音楽事業に、79年には米プルデンシャルと合弁で生保事業に、89年にはコロンビア・ピクチャーズを買収して映画事業に参入し、今ではエレクトロニクス、半導体、エンターテインメント、金融などの事業をもつ複合企業となっている。米国の物言う株主であるサード・ポイントは、複数事業を抱えて企業価値を損なう「コングロマリット・ディスカウント」を指摘し、半導体や金融事業の分離をソニー経営陣に再三迫ったことは記憶に新しい。
世界の流れから逆行、なぜソニーは複合企業化するのか?
ではなぜソニーは複合企業化するのか?その理論的な背景は、ポートフォリオ理論に基づく事業の分散による総リスクの軽減にある。各種の異なる事業を持っていれば、1つの事業が悪くなっても他の事業が下支えとなって全体の業績は安定するからだ。しかし、投資家にとっては「1+1+1=3」(往々にして「1+1+1<3」になりやすい)にしか過ぎなければ、わざわざ複合体化した企業の株式を買うよりも、事業ごとにばらされた企業の株式を個別に買った方が効率的だ。したがって、複合体化を是とするためには、傘下事業間のシナジーが発生し「1+1+1>3」となるような企業運営を行ない、「コングロマリット・ディスカウント」ではなく「コングロマリット・プレミアム」を生じさせていく必要がある。
実際に、ソニーでは鳴り物入りでコロンビア・ピクチャーズを買収したものの、当初目論んでいたエレクトロ二クス事業との融和が進まず苦心を重ねた時期が長かった。また、2代前の最高経営責任者であるハワード・ストリンガー氏が、金融事業を非中核とみなし、子会社として上場させた歴史もあり、「コングロマリット・プレミアム」が生じていたかというと懐疑的と言わざるを得ない。反対に「コングロマリット・ディスカウント」が常態化していたものと思われる。
日立は本体も事業部門を持つ事業持ち株会社であるが、ソニーの場合、吉田社長の説明によれば、「本体に残っていたエレクト二クスの要素を切り離し、グループ経営に集中する」ということで、本社は事業部門を持たずに、傘下の事業会社を統括する純粋な持ち株会社となる。その目的は、本社は司令塔に徹して、傘下にある多岐にわたる事業間の調整・連携を戦略的に推進し、事業間のシナジーを強化していくことにある。
ソニーは、今回のソニーグループへの社名変更・組織再編を通じて、これまで非中核とみなされていた金融事業を改めて中核と位置付け100%子会社としてグループ内に取り込むとともに、祖業であるエレクトロニクスやエンターテインメント等の他の事業との連携によりシナジーを追求していくことになる。
専業化によって自社の強みをとことん追求することで企業価値を高めていくのか、それとも、戦略的複合化を通じてシナジーによる新たな価値の創造と事業全体の安定性を求めていくのか。これまでは、世界的に前者の考え方が主流であったが、新型コロナが収束しても先の見通しも不透明な不確実性の高い経済環境が続いていくこれからの時代を生き抜いていくためには、どちらの選択肢がより有効なのか、ソニーの今後に注目して行きたい。