withコロナ時代でビジネスや働き方は変わっていきます。そうした中で個人はどのような能力やスキルを身に着けるべきなのでしょうか。株式会社学びデザイン 代表取締役社長、株式会社フライヤー 取締役COOであり、グロービス経営大学院 教員の荒木博行さんに聞きました。
リモートワークで求められる「丁寧なロジック」
コロナ禍により、働き方が変わってきています。リモートワークが主流となり、これがコロナ前の働き方に完全に戻るということはおそらくないでしょう。
リモートワークでは、これまで「言語型コミュニケーション」の隙間を埋めてきた「非言語型コミュニケーション」が希薄化しています。結果的に、コミュニケーション量はトータルで8割減くらいになっているのではないでしょうか。だとするならば、その差分は言語型コミュニケーションでしっかり補っていかないとアウトプットがうまく上がらなくなります。つまり、「理解してくれているだろう」という甘えがこれからは通用しなくなる、ということです。このコミュニケーションスタイルの切り替えを怠ると、誤解から生じる人間関係のもつれや仕事上のポテンヒット(誰かが捕ると思って誰も捕らなかったボール)のようなものが頻発する可能性があります。
言語型コミュニケーションの量を増やす、というのは、私たちの社会を「ローコンテクスト型の社会」と捉え直す、ということです。同じ釜の飯を食った同士で多くの文脈を共有している、という感覚ではなく、全く異文化の人と働いている、という感覚が適切なのかもしれません。そのためには、もっとメッセージをちゃんと伝え、その背景にある根拠や前提を示すという「ロジック」を意識する必要があります。断片的な言葉を投げるだけで周囲の人が空気を察して動いてくれる、というスタイルは、これからのワーキングスタイルにはもはや通用しないのです。
問われる「表現神経」の高さ
このような「言語型コミュニケーション」が求められる中で必要になるのが、「表現神経」というキーワードです。
私は「運動神経」という言葉に着想を得て、「表現神経」という言葉を使っています。「運動神経」は脳の指令に対して正しくタイムリーに体を動かせる能力です。あそこにボールが来た、だから腕を伸ばしてボールをとる、という動きを瞬時に正しくできるのが、運動神経の高い人の特徴です。
「表現神経」もそれと同じです。悲しさとか嬉しさといった感情を抱いた際、その感情を正しく表現できる力が、表現神経の正体です。当然、極端に悲しい時や嬉しい時は、誰もがその感情を表現することができます。
しかし、このワーキングスタイル下で問われる表現神経というのは、自分でもよくわからない「モヤモヤした状態」を他人に適切な言葉を通じて表現できるか、という極めて高度なものです。今までだったらそのモヤモヤした状態を抱いた時、その表情や態度を通じて他人が読み取ってくれたかもしれません。しかし、これからの働き方においては、その可能性は劇的に低くなりました。誰も同じ空間を共有していないからこそ、「正しく表現しなければ理解し合えない状態」なのです。
たとえばslack上で送られてきた資料を見て「モヤモヤ」とした感情を抱いたとしましょう。その感情の正体は「意味が理解できなかった」のか「理解はできるけどやりたくない」のか。それとも「やりたいけれども実現可能性が見えない」のか。たとえばこういった切り分けも含めて、正しくタイムリーに表現し、伝えきらなくてはなりません。当たり前ですが、自宅で一人難しい表情をしてパソコンと向き合っていても、誰もそこに気づいてくれないのです。
希薄化するコミュニケーション下での戦略転換
そして、もう1つ大きな変数となるのは、withコロナの時代には戦略そのものが大きく変わる可能性がある、ということです。たとえば、これまで「集まること」が前提となっていたビジネスは、これからそのビジネスモデルを大きく変えていかなくてはなりません。その主戦場はますますオンラインにシフトしていき、オンライン上は大混雑状態となるでしょう。急場凌ぎでのオンラインシフトは、一瞬のうちに競合の海の中に埋没していくことになります。そのために、どれくらいの将来を見据えて、何を柱にアクションを起こしていくのか、そもそも私たちは最終的に何を目指していくのか・・・といった戦略の根本を再定義することになると思います。
そして、言うまでもなく、その戦略の再定義においては、組織内に大量の「モヤモヤ」が発生します。意図がわからない人もいれば、細かな言葉の意味でひっかかって進めなくなっている人もいるかもしれません。そういった大小様々な「モヤモヤ」を適切に表現し、双方向の丁寧なコミュニケーションをし続ける、ということが求められているのです。
言うなれば、現在は、コミュニケーションの難易度が高くなっている一方で、コミュニケーションが求められる戦略大転換を控えている、という極めて高度なシチュエーションなのです。だからこそ、ちゃんと表現神経を持っている組織や個人の競争力がより一層高まっていくと言えるのです。
表現神経を高めるのに遅すぎることはありません。基礎を理解し反復を重ねる。そうしたトレーニングによって神経は太く成長していきます。大きく変化したこのワーキングスタイルを踏まえて、ともに表現神経を高めていきましょう。