本記事は、あすか会議2019「右脳型経営 ~新たな時代のデザイン経営~」の内容を書き起こしたものです(後編)
松林博文氏(以下、敬称略):そういえば遠山さんに以前、新宿でバーを開いた社員の方がいたというお話を伺ったことがあります。
小さく始めて、大きく育てるのが肝心
遠山正道氏(以下、敬称略):うちの社内ベンチャー第1号ですね。看板のない小さなバーをはじめた人がいまして。うちに社内ベンチャー制度があるのかないのかは自分でもよく分かりません(会場笑)。ただ、「制度が必要なら制度ごと持ってきて」なんて言っていて、その彼はバーの話を認めてもらうため、まず店長として頑張って年に一度の賞を獲得したんですね。それで賞状をもらうべく壇上に登って降りてきたその足でうちの副社長に企画書を渡したんです。私はすぐ落とせると分かっているから、左脳経営の副社長にそれを渡した。それでいよいよプレゼンというとき、彼には小さい息子が2人いるんですけれども、「息子が大きくなって『チャレンジしたいんだよ、お父さん』って言われたとき、それに応えられるように自分がチャレンジしておきたいんです」って、泣きながら言うから、「分かった、分かった。やろう」みたいな。それで頑張って今はいいお店になっています。
ちなみに、今日は小さな話をしていますよね。バーとか指輪とか。大きいなものもいいんですが、小さなものの良さもあると思うんです。昭和の時代はビジネスがあまりにも主役になり過ぎて、大きくなり過ぎた。そうなると相対的に一人ひとりの役割が分業化するじゃないですか。でも、小さいと自分と仕事と人生がそのままぴったり重なるようなところがある。そうすると、右脳的と言われているような、情熱とか生きがいといったものが当たり前のようにくっついてくるわけですね。
たとえば料理について、石川善樹(株式会社Campus for H 共同創業者)さんが面白いことを言っていました。最近、料理や片付けが流行っているのはなぜかというと、自分で完結がきるから。料理は自分で素材を買ってきて、自分でつくって手渡せます。掃除も1人でできる。「分業が進み過ぎた世の中で、自分で完結できるものに出会えた喜びなんです」と。小さな仕事もそれと同じですね。自分で完結できる。それをそのまま宝石のようにずっと小さくやっているのもいいし、1店舗より100店舗あった方がいいという必然性のあるなら100店舗やればいい。とにかく、それがアプリでもなんでいいんですけれども、小さく始めて大きく育てるというのが肝心なのかな、と思っています。
松林:経営者やビジネスマンに必要なデザイン力とはどういうものなるんでしょうか。デザイン力を身に付けるにはどうすればいいかというお話と併せて伺いたいと思います。
「デザイン力」を身に付けるにはどうすればよいか?
小笠原治氏(以下、敬称略):経営者に必要なデザインのスキルや考え方というと、自分が「いいな」と思うものに触れて、それがどのようにしてつくられたかを想像してみるとか。僕もあまり専門的な学びはしていないし、高卒なんですよね。こうして皆さんの前で喋っているのが少し恥ずかしいぐらいで(笑)、教科書も終わらないようなスラム街の中学校で、高校もスポーツ推薦で入ったから。就職も親戚の設計事務所に拾ってもらったし、実際には、いわゆる受験勉強も専門的な教育を受けたことも就職活動もしたことがないんです。専門領域がないんですね。
なんですけど、自分で「いいな」と思うものを素直に感じることができて、かつ、そう思ったものについて「これってどういう考えでつくられたんだろう」とか、好奇心があると結構やっていけるという気がします。いきなりデザインやアートを学ぶのは大変だと思うんですね。僕は京都造形芸術大学で学部でも大学院でもコースを持っているんですが、僕のスクーリングでは雑談しかしないんですよ。大学院ではM.F.A.(マスターオブファインアーツ)というものを取得できます。ただ、僕は「アートに関しては自分で好きなことを学んでください」と。「興味があることを選択して学んでください。そして僕とは雑談しましょう。そのなかでいろいろ合成しましょう」みたいなことをよく言っています。なので、皆さんもそんな風にして、デザインに関して誰かと雑談してみるとか、その後ろにある思いやつくり方を想像してみるとか、そういうことでいいんじゃないかなと思っています。
「意味」「シーン」「言葉」を掛け算すると「デザイン」になる
遠山:我々からすると当たり前なものだから、社内でデザインというものについて切り出して考える機会はこれまでなかったんですが、私が思うにアートと経営の結節点はとにかく「自分ごと」という部分にあるんですね。まず自分の中に何かが、分かりやすく言うと「シーン」があって、それを実現したいというのはビジネスだと思うんです。でも、ビジネスは1人ではできないから周りを巻き込んでいかなきゃいけない。そこで必要なのは「意味」「シーン」「言葉」。それがあると、何をしたいのかが皆で共有しやすいし、それらをすべて掛け算するとデザインになると言えるのかなと思っています。
面白いなと思ったのが、以前本で読んだ15秒のCMをつくる人の話です。CMをつくるときは、まず企業に徹底的なヒアリングをするそうなんですね。で、そのあといろいろな段階を経て最後にようやく映像が出来るわけですけれども、それがどんな15秒映像になるのかは皆最後まで分からない。それまでは言葉しかないから、言葉でずっとつないでいくというんです。そして、映像になったときは、もうその結果でしかない、と。金融や保険等、業種はいろいろだと思いますが、皆さんも同じで、何かを実現させようとするときは言葉がすごく大事になるし、言葉を頼りにすると思うんですね。それに加えてシーン、さらには先ほど言った「いつでも戻れるような元々の意味」みたいなことが大事になる。それをデザインという風に呼んでみるのはどうかなと思います。
松林:ありがとうございます。では、会場からご質問やご意見をいただきたいと思います。
質問1)仕事をポジティブに楽しむための秘訣は?
楠本修二郎氏(以下、敬称略):僕が勝手に考えている働き方改革というのは「仕事=遊び=学び」なんですね。だから、それが24時間ずっと続いたとしても「遊びなので」って(笑)。そう思っていたら、結果的に8時間以内に収まるんじゃないのかなと思っています。
遠山:私は今、アーティストを支援する「ArtSticker」というアプリや、世界中でミュージアム創出を目指す「The Chain Museum」といったこともやっています。で、こういうのはすごく楽しそうに見えるし、実際楽しいんですが、半分ぐらいは悩んでいたり心臓がキュッてなっていたりもするんですね。先ほど言った「最後に描くもの」がまだカチッと見えていなくて、手探りしたりしているわけ。そういう段階では、うまくいかなかったり弱気になったりすることも多いんです。そこで見えているものや言語化できるものは1割ぐらいで、残り9割がまだ暗闇。そのなかから「これだ」というものを見出して、具体的に何かをつくっていくのは醍醐味でもあるんだけど、不安も相当あるんですよね。だから、まあ、楽しく見えつつ、「苦労だってしてるぞ」っていう(会場笑)。
質問2)「トップダウンで上の方が指示を出してください」と言うような、考え方の固いメンバーが会社にいます。そうした人とはどのように向き合えばよいのか?
遠山:トップダウンでやっちゃうと仕事の楽しさを上の人にすべて奪われちゃうじゃないですか。だから、そう言えばいいんじゃないですかね(会場笑)。うちでは仕事を発見するのが「仕事」であって、言われてやるのは「作業」と呼んでいるんです。だって、お金を払っているんだし、「作業なんて当たり前にやってよ」と。でも、それ以上に自分が今何をやるべきか、何をすれば楽しくなるのかを考えるのが仕事だという風に思っています。
楠本:おススメは、そういう人を会議に出さないこと。会議に出さず、会話に引き込むんです。なぜかというと、そういう人が1人いらっしゃると増えていくんです、その手の話が。
小笠原:僕個人の会社にいるのは楽しい思考ばかりをするメンバー。遠山さんが言われたように小さいからすべて自分で体験できることばっかりをやっちゃっているので。ただ、スケールしたいのであれば、ご質問にあったような方をうまく仲間に入れることも大事かなと思います。
松林:Netflixに「クィア・アイ」という、ゲイの方々が男性のファッションをプロデュースする番組がありますけれども、彼らはやっぱり褒め上手ですよね。すごく盛り上げる一方で、ダメ出しをしない。で、「ここがすごいんだから」という風に言っていくと、言われたほうも少しずつ自信がついてきて、本当に格好良くなっていくんですよ。だから、内面の良さというのもきちんと見てあげると、そうした人たちも生き返っていくんじゃないかなと思います。
楠本:最初の段階で意地でも共通点を見出して、それを喜ぶこと。で、違うことをリスペクトするという会話に切り替えたら、たぶんキャラが立ってくると思います。
質問3)個人や組織のなかで右脳型と左脳型のバランスをどのように取っているのか?
遠山:今Soup Stock Tokyoの社長をやっている左脳型の彼は、私よりもさらに右脳的なことで私にダメ出しをしてくれるんです。「それ、誰にとっての事業なんですか?」とか「その担当はそれで嬉しいんですか?」みたいな。以前、とある儲かっている事業を継承しようという話を私が持ち込んだら、「それ、誰がやりたいんですか?突き詰めると“お金が儲かる”しか理由がないじゃないですか?」と彼に言われて却下になりました。だから分かりやすく左脳型と表現しましたけれども、皆さん、右脳側と言われるような感情の話も当たり前にすればいいと思うんですよ。たとえば個人の欲求とか、数字だけでは表れないような大事にすべきことってたくさんあるじゃないですか。その人にとって、「これって人生のなかで本当にやるべき仕事?」とか。そういうのは別に右脳型・左脳型に関係なく話せばいいと思うし、むしろ左脳型のほうがそこを整理してうまく説明してくれるかもしれません。だから「左脳型だからダメ」という風には思わないほうがいいというか、左脳型のほうが右脳的と思われているようなことを、うまく会社で説明できる役割になるかもしれない。
質問4)面白いサービスやコミュニティをつくるために、自分自身がどうやって面白くなったらよいのか?
遠山:1つのコツは「オリジナル」ということじゃないかなと思います。何かの真似だと私は居心地が悪い。でも、自分たちで思いついたことは堂々と発信できるし、そうすると楽しいですね。
質問5)今までにないものをつくるためには新しいインプットが必要だと思うが、良質なインプットをしていくためのよい方法とは?
遠山:インプットって360度あるんだけど、アウトプットするといいです。アウトプットすると、そこにスポンと入ってくる。水泳でもそうです。「苦しくなったら息を吐け」って。息を吐くとぱっと吸える。アウトプットというのは興味があるからするわけですよね。アートの話とか恋愛の話とか金融の話とか。それで発言すると、その余白にポンと入ってきます。
松林:では、時間になりましたので、最後に楠本さんと小笠原さんにも一言ずつメッセージをいただきたいと思います。
楠本:アートというのは唯一のものですよね。マーケティングなしでアートはできますけれども、その究極は「自分の人生」だと思うんです。人生は唯一のものであり、モノマネするものじゃない。だから、自分というものを信じていろいろなことをインプットしてアウトプットしていくうち、右脳型経営というものはできるようになるんじゃないかなと思っています。だから、サグラダファミリアみたいに「100年後に自分ができた」みたいな人生を歩めたらいいなと思います。ありがとうございました(会場拍手)。
小笠原:デザイン経営ということでよく知られているTakramの田川欣哉さんのお話を聞いて感じたことがあります。これからは個品の販売よりも、サービス化していくような流れが経営の前提になっていくとしたら、コミュニケーションよりリレーションみたいな関係性が重要になるだろうな、と。たとえば「クリスマス商戦だからこういうものを売ろう」と考えるのは、「クリスマス前に彼氏が欲しい」というような「恋」みたいなものだと思います。でも、そうではなくて、自分がつくったモノや自分がやっているコトを使い続けてもらうような「愛」みたいな関係性が今後は重要になると思っています。そういう風に少し長いスパンでものを考えてみるというのが1つのヒントになるんじゃないかなと思っていたので、最後にお伝えしておきます。ありがとうございました(会場拍手)。
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