さる1月23日、経営戦略の有名教授であるハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のクレイトン・クリステンセン教授が亡くなりました。享年67歳でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。
クリステンセン教授は「イノベーションのジレンマ」や「ビジネスモデルの4つの箱」、「ジョブ理論」などで有名で、21世紀初頭のベスト・シンカー(Best Thinker)の一人とされていました。優れた経営論文に与えられるマッキンゼー賞を5度受賞しています。
ハーバード大学で教職に就く前には、バスケットボールに打ち込んだり(身長は2メートル3センチで、主にセンターかパワーフォワードのポジションだったそうです)、モルモン教で有名なブリガムヤング大学在学中は2年間、韓国に布教に行きました(そのため韓国語がかなり堪能だとか)。BCGでコンサルタントとして勤務したこともあります。ハーバード大学で教職に就きつつも、イノサイトというコンサルティングファームをはじめ、複数の企業を立ち上げたりもしています。
1995年、43歳の時に「ハーバード・ビジネス・レビュー」に破壊的イノベーションに関する論文を投稿しましたが、彼が一躍有名人になったのは1997年に出版されたThe Innovator's Dilemma(邦訳『イノベーションのジレンマ』)においてでしょう。日本語に翻訳されただけでも10冊以上の書籍を上梓されています。
今回はクリステンセン教授を偲び、その足跡を振り返る意味でも、代表的著作(共著や、彼の盟友の著作も含む)を何冊か紹介したいと思います。
『イノベーションのジレンマ』(2000年)
彼の出世作となった1冊です。「破壊的イノベーション」や「イノベーションのジレンマ」という言葉を一気に世の中に広めました。「大企業は顧客の声を聞き、正しく経営をおこなうからこそつぶれていく」という彼の主張は非常に大きなインパクトを与えました。いまでも世界中で多くの企業がこの罠に苦しんでいます。当時は破壊する側だった日本企業が破壊される側に回っているというのも時代を感じさせます。
『イノベーションへの解』(2003年)
前作とは異なり、新技術で大手企業を破壊する側に立って具体的方策を示した1冊です。破壊の過程の中で市場や顧客をどのように見るか、どのようなビジネスモデルや組織体制で破壊的イノベーションを起こすべきかなどを説いています。「無消費者の消費者への転化」といったキーワードは今でも新鮮です。
『ホワイトスペース戦略 ビジネスモデルの<空白>をねらえ』(2011年)
本書はクリステンセン教授の著書ではなく、彼の盟友で「ビジネスモデルの4つの箱」のフレームワークを共同開発したマーク・ジョンソン氏の1冊です。本書のもとになった論文は、クリステンセン教授との共著だったのでここに加えました。成功するビジネスモデルをいかに作るのかを豊富な事例とともに紹介しています。新しいビジネスを興すには中核となる事業領域の外側にある「ホワイトスペース」に踏み込まなくてはならないというメッセージが新鮮でした。新規事業やビジネスモデルの転換を考える人には必読の1冊といえるでしょう。
『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』(2012年)
HBSを卒業していく学生に彼が送りたかったメッセージをまとめたものです。ガンや循環器系の重い病気に悩まされたクリステンセン教授は、ビジネスのみならず、生きることの意味や教えることの意味などについても深く思索し、それを1冊にまとめました。本書は彼の書籍の中では珍しくビジネス理論や実践の書ではなく、人生訓の書、啓蒙書となっています。一味違う一面を垣間見られる1冊です。
『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(2017年)
マーケティングに関して新しい視点を提供した1冊。「顧客がある商品を選択して購入するということは、片づけるべき仕事(ジョブ:Jobs to be done)のためにその商品を雇用(ハイア)することである」というフレーズがこの書籍のエッセンスを示しています。多くの売り手は購入されたというだけで満足してしまいがちですが、どのくらい顧客のジョブを片付けたという視点がないと競争には勝てないのです。
参考記事:『ジョブ理論』書評――イノベーターは顧客のジョブをどう片づけるべきか?
『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』(2019年)
現時点では最も新しいクリステンセン氏の翻訳書。一企業の枠を超えて、新興国や途上国に目を向け、イノベーションがいかに彼らにとって必要なのか、地域に根差したイノベーションをいかに起こすべきかなどを説いています。往々にしてイノベーションは先進国のやり方を押し付けがちになるものですが、それは正しい方法ではありません。現地で受け入れられるイノベーションにはやはり現地の人々の視点や、現地の問題に関する深い洞察が必要なのです。