ビジネスは世界をよくする?
「ビジネスの力を、課題の多い国や貧困から抜け出せないでいる地域の発展にもっと使えるのではないか」
本書は、途上国開発を学んでみようと思い始めたころから長らくぼんやりと考えてきた自身のこんな思いを、強く後押ししてくれた1冊だ。
これは、企業の繁栄のためのノウハウ本ではない。あなたが「新興市場で儲けたい」と思っているのなら、この本はさほど役立たないかもしれない。だが、もしあなたが、SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)に代表されるような、今の世界が抱える課題を解決することに少しでも関心があり、そこでビジネスを活用できないかと考えているのなら、この本は新たな世界を見るためのレンズをくれるだろう。
貧困を緩和しても繁栄にはつながらない
本書は、貧困の解決につながるはずの投資をいくらしても繁栄がもたらされない、という矛盾を解決する方法を見出そうとするものだ。道路や学校をつくり、水道や電気を整備し、十分な法制度をつくれば、外からの投資が呼び込めるようになり、繁栄につながるのではないかーーこうした考えのもと、貧困国のインフラ整備や制度改革に多額の公的資金が投じられてきた。その金額は、4兆3千億ドル以上にのぼる(1960年以降、途上国の援助のため政府開発援助⦅ODA⦆に費やされた金額)。
このような「市場を創りイノベーションを生み出すには、まずインフラや制度の充実が必須」という考え方に基づく投資は、貧困の一時的な緩和にはいくらか貢献するものの、繁栄をもたらすには至らないことが多い。そこで本書では、「貧困をどう緩和するか」と「繁栄をどう生み出すか」を分け、後者に着目することで、問題の解決にむけた道筋を見出そうとする。
「多くの国を繁栄へと導いてきた重要な要素は、消費者の苦痛にビジネスチャンスを見つけ、市場を創造するイノベーションに投資し、開発のプル戦略(必要な時に必要な仕組みやインフラを社会に引き入れる)を採ることだった」とクリステンセンは言う。つまり、従来とは逆の「まずイノベーションに投資し、市場を創り出せば、制度やインフラの整備はついてくる」という考え方だ。本書では、数々の事例からこのプロセスを検証していく。
「買えない人々」が顧客になると繁栄のサイクルが回る
本書でキーとなる考え方が2つある。「無消費」と「市場創造型イノベーション」だ。
無消費とは、「潜在的な消費者が生活の中のある部分を進歩させたいと切望しながら、それに応えるプロダクトを買うだけの余裕がない、存在を知らない、入手する方法がないといった状況」を指す。遠方の親族と連絡を取りたいが、高機能な携帯電話は買えず、会いに行く交通手段もない。住居が狭すぎて火を使えないが温かい食事をとりたい、でも今の電子レンジは高すぎて手が出ない。こうした結果、「消費しない」という選択を余儀なくされる。これが無消費だ。多くの新興市場や低所得国では、経済の大半を無消費者が占めている。既存の商品を、既存のやり方で売ろうとする限り、この人たちが市場に顧客となって現れることはない。
無消費状態にある人々の困りごとや不便に応えることで市場を創造するのが市場創造型イノベーションだ。高機能だが高価な既存の商品やサービスをシンプルで入手しやすい価格のものに変えることもあれば、全く新しいプロダクトを生み出すこともある。いずれの場合も、それまで無消費だった人々を消費者とする新しい市場ができる。市場創造型イノベーションは、単に新しい商品を生むだけではない。巨大な新市場を創り出すことで、膨大な雇用を生み、インフラや社会制度の整備を促す。これが将来の成長の基盤となり、繁栄のサイクルが回りだす。
「起業家精神こそ、最も確実な発展への道だ」
これは、巻末付記の冒頭に引用されているルワンダのポール・カガメ大統領の言葉である。昨年、本書(原著)が出版された際にいち早く紹介してくれたのは、南米チリで起業している知人だ。知人は、起業という言葉もチリではあまり一般的でなかった10年ほど前、子供から大人まで遊びながら起業を疑似体験できるゲームを開発して会社をつくり、国内外のあちこちでワークショップやセミナーを開催していた。そのセミナーにスピーカーとして参加した際に「起業家精神があればどんな人にもチャンスが生まれ、新しいビジネスが生まれる。それがチリの発展には絶対欠かせないんだ」と話してくれたことを思い出す。
本書で世界を見る新しいレンズを手に入れて、あなたもぜひ、市場を創造するイノベーターになってみてはいかがだろうか。
『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』
著者:クレイトン・M・クリステンセン、エフォサ・オジョモ、カレン・ディロン 訳者:依田光江 発行日:2019/6/21 価格:2,160円 発行元: ハーパーコリンズ・ジャパン社