ナイキの厚底シューズが箱根駅伝を席巻、常識を疑うだけではイノベーションは生まれない

今年の箱根駅伝は青山学院大学の復活もさることながら、ナイキの厚底ピンクシューズが席巻したことでも話題になりました。報道によれば、出場選手105人中、87人がナイキの厚底シューズを着用したとされ、そのおかげもあってか区間新記録が続々と生まれました。これは箱根駅伝だけの現象ではなく、それに先立つニューイヤー駅伝(実業団)でも同様であり、さらに言えば世界のマラソンシーンでも同じ現象が起きています。

それまでランニングシューズと言えば、「軽い=薄い」ものが良いというのが常識でした。その常識を打ち破り、「厚いけど機能性が高い」シューズを開発することで、ナイキは市場を席巻したのです。まず、どうすれば常識を打ち破ることができるのか、考えてみましょう。

スポーツ業界の常識が変わった事例

実は、スポーツの世界において、それまでの常識を覆すことで一気に好記録が生まれたことは多々ありました。以下がその例です。

・2008年頃の競泳水着「レーザーレーサー」
それまでの水着は着心地が良い、あるいは水捌けが良いことなどを前提としていました。しかし「レーザーレーサー」は選手の着心地などはほぼ無視し、とにかく体を締め付け、水の抵抗を下げることに注力しました。この水着の着脱には、他人の手も借りて1時間以上かかったそうです。しかし効果は抜群で、北京オリンピックではこの水着を用いた選手がメダルをさらっていきました。

・F1のダウンフォースの利用
大昔のF1のシャシー(車体)を見ると、筒状=ロケット様の形のものが多いことに気づきます。当時は、空気抵抗を減らし、スピードを出すためにはそれが常識と考えられていたのです。一方で、カーブでは速度を一気に落とす必要がある、さらにはコントロールが難しく事故が多いという問題もありました。しかしある時、あるチームが「車体をあえて空気抵抗で道路に押しつける(=ダウンフォース)方が、直線スピードは落ちるけれど、トータルで速く走れるのではないか」と気付きました。当時、この発想は非常に新鮮でした。現在ではダウンフォースを活用することが常識となっています。

なおF1では、「タイヤは長持ちさせるものではなく、溶かしながら道路に張り付けグリップを得るもの」という、一般車の常識では考えられない発想も取り入れられています。

・走り高跳びの背面跳び
走り高跳びの背面跳びは、英語ではこの跳び方の開発者の名前を採って「フォスベリー・フロップ」と呼ばれます。1960年代頃まで走り高跳びではベリーロールが主流でしたが、フォスベリー選手はそれを苦手としていました。彼はある時、高いバーをベリーロールで跳ぼうとし、途中ではさみ跳びに切り替えようとして体が妙な状態になった時、背面跳びの着想を得たとされます。周囲からは嘲笑されたそうですが、彼はその後も背面跳びに磨きをかけていきました。その有効性が証明されたことで、今では背面跳びこそが走り高跳びの標準スタイルとなったのです。

常識を打破するための思考法とは?

さて、こうした事例に共通するのは、それまでの常識を疑い、それを打破するという発想法です。それを推奨するのが「水平思考」で、ビジネスでも非常に大きなイノベーションを生み出してきました。水平思考には「常識を疑う」以外にもいくつかのエッセンスがありますので、ぜひ活用してみましょう。

論理×クリエイティブ×テクノベートの力

さて、冒頭のナイキの厚底シューズの話に戻ると、水平思考の他にもこの商品がヒットした理由が存在します。

1つは、愚直にトップ選手の声を聞いたことです。ナイキは言うまでもなくアメリカの会社ですが、アメリカのアスリートの話ばかりを聞いていたらこのシューズは開発されなかったかもしれません。というのも、このシューズの開発を要請してきたのは、マラソン大国であるケニアやエチオピアの選手たちだったからです。

彼らは未舗装の道でトレーニングをすることが多いのですが、そこでは薄底のシューズだとすぐに足にダメージが来てしまいます。「クッショニングがしっかり装備されているシューズがほしい」という彼らの声に愚直に寄り添ったからこそ、発想を転換せざるを得なかったとも言えるのです。これは昨今流行りのデザイン思考に通じる部分も大です。

もう1つは、「匠の技」が重視されてきたシューズ開発の世界にビッグデータ+AIの力を持ちこみ、最適解を探っていったことです。これは単にテクノロジーの進化を活用するだけではなく、世界中に優秀な契約選手を持つナイキの優位性を活かせる方法論になっているとも言えます。

こうしてみると、実は今回の厚底シューズは、論理的な思考はもちろんのこと、クリエイティブな思考法(水平思考やデザイン思考)、そしてテクノベートな思考法(AIやビッグデータの活用など)がバランス良くブレンドされていることが分かります。これはこれからの製品開発や事業開発の1つのお手本になるのではないでしょうか。実は身近なところにビジネスのヒントは潜んでいるのです。

RELATED CONTENTS