『チャイナ・イノベーション』――デジタル化の先端をいく中国のリアル 

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昨年11月、中国・広東省深センを訪れた。一昨年あたりからメディアで取り上げられることも多い、「中国のシリコンバレー」だ。1970年代には人口3万人ほどの漁村だった町が、中国初の経済特区に指定されてから40年あまりで人口約1400万人のテクノロジー都市へと発展したその歴史をすでにご存じの方も多いだろう。一方で、「深センの何がそんなにすごいのか?」と思っている方も実は少なくないのではないだろうか。

深センの発展ぶりは確かに目をみはるものがある。ほんの数日の滞在でも、「中国」の古いイメージを刷新するには十分だ。屋台にいたるまでモバイル決済が普及し、現金を持ち歩く人はほとんどいない。ファストフード店で現金を使おうとしたらレジ係がやり方を知らず、マネジャーを呼ぶ騒ぎになった、という話もあるほどだ。バスやタクシーには電気自動車が数多く導入されており、メーカーはもちろん深センに本社を置くBYDだ。市内の中心にある広場では、改革開放政策40年を記念する、超大規模なプロジェクションマッピングが高層ビル群に夜な夜な映し出され、その様子は未来都市さながらだ。

差し込み

深センの住民の平均年齢は32歳(2016年)と中国では最も若く、東京や大阪といった日本の大都市の平均年齢と比べると10歳以上若い。地下鉄に乗っていてもオフィス街を歩いていても、スーツの熟年男性を目にすることは少なく、ハーフパンツにTシャツ、ミニスカートにサンダルといったカジュアルな恰好の若者がとても多い。海外のトップスクールで教育を受け、米国の先端企業で経験を積んだ優秀な若者が次々と深センに集まっているという。こうした中国の若手エリートにとって、今や「シリコンバレーよりエキサイティング」な町、それが深センなのだ。

とはいえ、中国全体でみれば、下請け製造の国というイメージが強い方も多いことだろう。デジタル、AIといった分野で、中国が先端となっている例は実は少なくないのだが、その事実は意外なほどに知られていない。中国に関する情報が、中国語以外では手に入りにくいこともその理由の1つだろう。統計数値などの客観的データとなるとことさらである。中国の最新情報を調べようとすると、Googleは全く役に立たない(中国ではGoogleサイトはブロックされている)。国際機関や研究機関の英語サイトで情報を見ても、把握できるものには限りがある。なんとか中国語版の検索サイトにたどりついても、中国語の壁が立ちはだかる。さらには、ただでさえ情報量が多い上に、猛スピードで状況が変化するため、どれが最新なのかも掴みづらい――。中国は、多くの人にとってまさに近くて遠い国なのだ。

イノベーション大国、中国のリアルとは?

本書『チャイナ・イノベーション』をお勧めする大きな理由の1つは、ここにある。今の中国で何が起こっているのかを知りたいときに役立つ情報を、豊富なデータを用いて紹介しているからだ。「データが多い読み物って退屈そう」という心配も無用だ。アリババやテンセントがプラットフォーマーへと進化していった様子をはじめ、数多くの事例がドラマチックな小説のように描かれ、イノベーション大国になりつつある中国をリアルに感じられる1冊となっている。

1章では、イノベーション大国へと猛スピードで進化しつつある中国社会の様子が数々のデータやわかりやすい例で紹介されている。「大衆創業・万衆創新」(大衆による起業、万人によるイノベーション)「中国製造2025」など、イノベーション国家を目指す中国政府の戦略と、AIやビッグデータといった分野での最近の動向ももちろんカバーしている。続く2章では、中国におけるイノベーションがどのように始まり、どう進化してきたのかを描き出す。

中国ビジネスの「今」を知る上で欠かせないのが、今や時価総額でも世界でトップテンにランクインされる企業、アリババとテンセントだ。名前を聞いたことはあっても、何の会社なのか答えられる人はそう多くないかもしれない。そんな人にぜひ読んでいただきたいのが第3章だ。アリババとテンセント、それぞれの事業戦略や、創業から現在までの道のりが、成功談だけでなく苦難も含めドラマチックに描かれる。深センを訪れる前にこの本が出版されていれば、下調査であんなに苦労することもなかったのに、と思わずにはいられない。

本書の後半では、金融やモビリティ、AIなどさまざまな分野の新しい企業群が紹介されているほか、急速な社会の変化がもたらす負の側面についても触れている。加えて、第6章では、こうした中国の先端企業に対し、日本企業はどのように付き合っていくべきなのか、ユニクロとメルカリを例にとりながら検討している。

中国でビジネスを展開したいなら、こうした先端企業とのコラボレーションを避けては通れない。だが、仕事の進め方やスピード感が大きく異なることや、これまでの中国企業への偏ったイメージから、それが簡単ではないことは想像に難くない。実際、日本企業の多くが、中国でのデジタル活用で遅れをとっているという。「『真似されたら困る』という発想から『中国での先端事例を日本に持ち込む』という発想が必要な時代に入った」と著者は言う。

深セン訪問中、先端企業で働くビジネスパーソンやベンチャー企業の創業者に出会う機会があったが、共通して感じた点がある。彼らは「できるかできないか」ではなく、「やるかやらないか」と考えるのだ。この判断には時間をかけず、市場をみて素早く決断する。そしてやると決めたら、必要なものをあらゆる手段を使って走りながらひねり出す。

エネルギーの大半は、この「走りながらひねり出す」部分に費やされる。自社の強みやポジショニングをじっくり考えていては、猛スピードで変化する市場にとても追いつけない。中国の消費者は、他国に比べ、新しく便利なものに貪欲で、テクノロジーへの適応も早い。変わり続ける巨大市場の中で企業が生き残るには、絶えず市場に目を配り、市場に受け入れられるものをスピーディに作り続けるしかないのだ。「できるかできないか」などと考えている時間はない。

米中貿易戦争が過熱し、中国の経済成長の鈍化が予測される中、中国新企業の勃興は一時的なものでいずれ沈静化すると見なす向きもあるだろう。だが、この巨大市場、この競争環境の中で勝ち残っていく中国企業があなたの市場に出てきた時、果たしてあなたの会社は互角に戦えるだろうか。

最後に、テンセントのCEO、Pony Ma氏の言葉を紹介したい。

「イノベーションは結果であって、元になるものではない。(Innovation is the result, not the cause.)」(出典:「Seven lessons from Tencent's Pony Ma」ロンドンビジネススクール)

テンセントでは、商品開発の「7つの原則」として俊敏さ(agility)、オープンであること(openness)、ユーザー第一(user first)、スピード重視(speed)、失敗から回復する力(resilience)、進化(evolution)、そしてイノベーションを掲げている。Ma氏によると、最後の「イノベーション」はその前の6つを実行した結果生まれるものだという。イノベーションとは何か、どうすればイノベーションを起こせるのか、といったことを考えるのに時間を費やしても、イノベーションは生まれない。市場に目をやり、何が必要かを見極め、それをほかにないスピードでひねり出す、そうして生まれるものが新しい中国のイノベーションなのだ。

『チャイナ・イノベーション――データを制する者は世界を制する』
李 智慧(著)、日経BP社
1,944円

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