今年9月発売の『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』から「顧客起点の体験を設計する」を紹介します。
デジタルマスターは顧客体験の設計について4つの特徴を持っています。第1に、顧客の行動を理解し、顧客起点の体験を設計する、第2に、デジタル技術を使い、新しいデジタルチャネルにうまく投資し、顧客との接触と関わり合いを強化する、第3に、顧客データをすべての顧客体験の中心に据える、第4に、実際の体験とデジタル上での体験とを途切れさせることなく結び付けている、の4つです。その中でもまずスタートとなるのは顧客起点で考えることです。顧客の立場に立ってデジタルをどう生かせるかを考えることが、企業のデジタル能力を用い、顧客の心を掴む第一歩です。そして、この部分に正しく投資できている企業が少ないからこそチャンスとも言えるのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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顧客起点の体験を設計する
優れた顧客体験は、当然のことながら、達成しようとする明確なビジョンをもとに設計されている。カジノなどを運営する世界的な娯楽企業、シーザーズ・エンターテインメントのCEO、ゲーリー・ラブマンは「体験は、顧客が望むとおりのものでなければならない」と指摘する。
デジタルでつながっている顧客は、製品、サービス、および情報が自分のニーズに合っていて、タイミング良く提供されることを期待している。彼らは、どのプラットフォームを使っているかにかかわらず、見ているまさにその瞬間に、すべてを提供してほしいと考える。接点が多くなればなるほど、チャネルをまたいだやりとりの複雑さが増し、企業は顧客とのやりとりをより詳細に理解しなければならなくなる。では、顧客が本当に望む魅力的な体験とは、いったいどのようなものだろうか。新しい顧客体験を提供するには、顧客行動と組織における要件を徹底的に理解する必要がある。
顧客が製品やサービスとどう関わり、チャネルやブランド、インフラや社員とどう関わるのか、それを体系的に知ることで、顧客の意思決定や使用方法について深く知ることができる。顧客は、あなたの会社と関わる前、関わっている最中、そして関わった後にどのように行動しているのだろうか。顧客にとって難しい点はどこにあるだろうか。どのようにそれを解消することができるだろうか。顧客体験のどの部分をデジタルで強化できるだろうか。どの顧客がデジタルを利用して自社と関わる傾向にあるだろうか。その関わり方はどのようなものだろうか――。
保険会社アリアンツで、市場管理部門の責任者であるジョー・グロスは次のように言う。「どの顧客接点にデジタルが影響を与えているのか、それを特定することから始めた。もちろん、そうした接点はバリューチェーン全体に存在する。顧客を認識する段階から、流通、販売、製品の提供、価格設定などが含まれる。これらの接点を特定した後、それぞれの評価基準を考えたのだ」
スターバックスの最高デジタル責任者、アダム・ブロットマンも同様のやり方で進めた。「私たちは、顧客のニーズが何であり、ビジネス上の戦略は何か、すでに存在するデジタルの顧客接点(タッチポイント)と、これから設置しなければならないデジタルの顧客接点が何かを考える。そして、その状況に対して、時間と努力をどう注いでいくべきかを計画するのだ」
顧客基盤が大きいと、顧客の行動がみな同じであることはない。データ分析をすることで顧客基盤をグループ分けできるようになり、そのグループの特定の行動パターンに従って顧客体験を決められる。例えば、バーバリーは新興市場における高所得のミレニアル世代の消費者は、従来型のファッションの消費者とは異なり、デジタルを豊富に活用した体験を求めることを早いうちから理解していた。
同様に、スキー場などのリゾートの運営を行うベイル・リゾートで最高マーケティング責任者を務めるカーステン・リンチは、顧客体験を向上させるためには、スキーヤーの行動をより詳細に理解する必要があると気づいた。
「長年のCRM(顧客関係管理)システムの利用で、基本的な属性データと行動データは得られている。……しかし、スキー・ビジネスには、お客様のスキーヘの思いが大きく影響するものだ。お客様がなぜ山に来るのかを、基本的なデータからわかること以上に理解する必要がある」。彼女は具体的な顧客像を描くことで、顧客層をさらに区分することにした。「例えば、本格的なスキーヤーで、なおかつ、ぜいたくな経験もしたいと思っている『山岳リゾートの王道を行く人』がいる」。また、「スキーよりも、食事やショッピング、温泉が気になる『おしゃれな滞在者』もいる。『スキー愛好家』はスキーそのものを最大限に楽しみたいと思い、ぜいたくは求めない。私たちは、それぞれの顧客層が、年に何日スキーをしたか、どこでスキーをして何にお金を使ったかを把握している。それに基づいて、それぞれの顧客に伝える内容も変えることができるのである。……いま試している新しい技術は、お客様について知っているすべての情報をあらかじめ代理店のシステムに自動入力するものだ」
顧客体験を設計するためには、最初からその提供についても考えておく必要がある。あなたの組織では、ハードルはどのくらい高いだろうか。どのプロセス、人材、技術を変えれば、新しい顧客体験を提供できるだろうか。顧客があなたの会社と接点を持つようにするには、どんなツールを提供すればよいだろうか。例えば、「セルフサービス機能」を提供し、顧客が自ら荷物の配送状況を追跡したり、複雑な工業製品をオンラインで設定したり、ピザが届けられる正確な時間を知るなどが考えられる。
しかし、残念ながらやるべきことを実施している企業はあまりにも少ない。フォレスター・リサーチによると、経営幹部の86%が顧客体験を戦略的な最優先事項と考えているにもかかわらず、そのための全社プログラムを導入している企業は半数以下だという。また、必要な予算を確保している企業となると、わずか30%だ。
デジタルマスターは正しく投資する。顧客起点の魅力的な体験を設計するために投資するのだ。また、顧客体験を提供するためなら、組織をどのようにでも変えようという覚悟も持っている。
(本項担当翻訳者:御代貴子 グロービス・デジタル・プラットフォーム プロジェクトリーダー)
『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』
ジョージ・ウェスターマン、ディディエ・ボネ、アンドリュー・マカフィー (著)、グロービス (翻訳)、
ダイヤモンド社、3,024円