今年9月に翻訳発売した新刊『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』から、「デジタルマスターの遺伝子」を紹介します。
IT化が進む昨今、その環境下における新しい企業経営のあり方に関する識者の1人にアンドリュー・マカフィーがいます。彼とそのグループは、ハイテク企業やIT企業ではなく、従来型の企業(サービス業や金融業、製造業など)がいかにしてITを取り込み、ライバルに差をつけ高収益企業になったかを分析しました。そしてそれを実現した企業のことを「デジタルマスター」と名付けています。彼らはまた、デジタルマスターになる必須要件として、デジタル技術を事業に取り込む「デジタル能力」と、デジタルマスターになるべく組織を導く「リーダーシップ能力」の2つを挙げています。この2つが揃ってこそ、企業はデジタルマスターとなり、これからの時代を生き抜いていけるのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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デジタルマスターの遺伝子
デジタルマスターは2つの重要な軸で優れている。1つは、どのようなテクノロジーを持つのかという部分(デジタル能力と呼ぶ)、もう1つは、どのようにして変化を導くのかという部分(リーダーシップ能力と呼ぶ)である。2つとも、デジタルマスターになるために非常に明確な軸であり、それぞれが独自の役割を持っている。何に投資するかも大切だ。一方で、その投資を企業変革のためにどう活用するかも、成功の鍵となる。どちらの軸も1つだけでは十分ではない。それぞれの軸が業績の異なる部分に関連しており、1つだけでは部分的な強みしか得られない。2つが組み合わさることで、デジタルマスターは競合企業に対して明らかな優位性を築けるのである。
デジタル能力
デジタルマスターは、デジタル化のチャンスがあると、どこに、どのように投資すべきかがわかる。この場合、投資規模よりも投資の理由や影響のほうが重要だ。デジタルマスターは、テクノロジーとは自分たちのビジネスのやり方を変える方法だと捉えている。顧客との関わり方や社内のオペレーション、さらにはビジネスモデルさえも変えるものだと考えている。
デジタルマスターにとって、ソーシャルメディア、モバイル、アナリティクスなどのテクノロジーは、最終的なゴールではないし、顧客や投資家に何かを知らせるためのものでもない。これらのテクノロジーは、顧客をより良く理解し、社員に力を与え、社内の業務プロセスを変革するための道具なのである。
しかし、必要なのはテクノロジーだけではない。デジタルに賢く投資して変化を実現できればすばらしいが、それだけでは不十分だ。適切な分野に投資すれば、競合他社よりも既存の固定資産(人や施設など)からより多くの売上げが得られる(固定資産回転率が高くなる)が、利益率が高くなることはない。真にデジタル優位性を確立するにはリーダーシップも求められるのだ。
リーダーシップ能力
デジタルマスターにとって、「本気のリーダーシップ」は単に言葉の上だけのものではない。テクノロジーを変革に変えるスイッチだ。経営の大御所の多くが「1人ひとりに力を発揮させよう」と現場の奮起を促しているが、私たちの研究ではボトムアップで変革に成功した事例は見つからなかった。反対に、デジタルマスターはどこも、経営幹部がトップダウンの強力なリーダーシップを発揮して変革を進めていた。彼らが方向性を決め、勢いをつくり、会社全体として確実にやり遂げるようリードしたのだ。
トップダウンのリーダーシップとは、細部まで定めた完全な計画を用意することではない。また、会社に活気を与えて、あとはただすばらしいことが起こるのを待つことでもない。私たちが調査したデジタルマスター企業では、リーダーは明確で幅広い将来ビジョンを創造し、カギとなる取り組みを立ち上げ、ビジョンを実現するよう時間をかけて社員を巻き込んでいた。リーダーは変革のプロセスに終始関わり続け、変化を推進し、ビジョンにそぐわない活動や行動は修正した。そして、どうやってビジョンを拡大し、組織を次のデジタル優位の段階に進めるかを常に考えていた。アジアンペインツやナイキなどの企業が経験したように、変革に向かう道では、すべてのステップが新たな可能性につながっていた。それはデジタルでの優位性を活用し、拡張する可能性だった。
トップダウンのリーダーシップとは、強力なガバナンスと調整を行うことでもある。会社全体が一体となって、適切なペースで適切な方向に動くようにするのは非常に難しい。社員が自部門のことだけに執着したり、新しい行動の仕方をなかなか受け入れられなかったりすることも多い。真の優位性は、デジタルのさまざまな活動がつながることによって生じるが、それは社員の足並みがそろっていなければ実現できない。
ナイキは2010年にデジタルスポーツという組織を立ち上げ、同部門は社内のデジタル化に向けたさまざまな取り組みに対して調整機能やイノベーションを提供し、共有できる資源も用意した。コーヒー大手のスターバックスもナイキと同様の狙いで、2012年に最高デジタル責任者(CDO)という役職を設けた。アジアンペインツは最高情報責任者(CIO)の役割を拡大し、情報だけでなく戦略も担当領域とした。一方で、他の企業はデジタル運営委員会があれば十分だと考えている。組織や役職の設け方はどうあれ、重要なのは結果だ。すべてのデジタルマスターは、将来について大胆かつ独自の明確なビジョンを構築し、社員を目標に向かわせ、技術サイドとビジネスサイドの強い結び付きを育み、強力なガバナンスを通じて全体を動かす方法を見出している。
(本項担当翻訳者:許勢仁美 グロービス・ファカルティ本部主任研究員)
『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』
ジョージ・ウェスターマン、ディディエ・ボネ 、 アンドリュー・マカフィー (著)、グロービス (翻訳)、
ダイヤモンド社、3,024円