今年の第100回全国高校野球選手権記念大会の決勝は、大阪桐蔭(北大阪)対金足農業(秋田)の対戦となった。この両チームは様々な点で対照的だった。まず、選手層の厚さが違った。金足農業は地方予選1回戦から甲子園決勝まで9人の固定メンバーだけで戦い、エースの吉田投手は地方大会5試合を完投、甲子園で881球を投げた。対する大阪桐蔭は3人のプロ注目投手を擁し、試合ごとに投手を使い分けた。
こうした違いは、スコアの違いに現れた。金足農業は3回戦から準決勝までの3試合はすべて1点差の勝利(決勝までの5試合平均は2.0点差)だったのに対し、大阪桐蔭は全試合2点差以上で勝利(決勝までの5試合平均は4.4点差)していた。対照的な2校の対戦は大阪桐蔭が勝利し、史上初となる二度目の春夏連覇を遂げた。一方の金足農業は優勝を逃したものの、甲子園に「金農旋風」を巻き起こし、世間に強い印象を残した。
本稿では事業戦略を立案する手法のひとつである「3Cモデル」を用いて、対照的な2校の戦い方を比較しながら、「甲子園で勝つための戦略」を分析する。
3Cモデル(または3C分析)という手法は、大前研一(1982)によって提唱された戦略立案の手法である。3Cとは市場(Customers)・競合(Competitors)・自社(Company)の略で、事業戦略の構築にはこの3要素を考慮する必要があり、これらを統合することによってのみ、持続的な競争優位性を実現できるとしている。
大前によると、優れた事業戦略には次のような3つの特徴があるという。
1. 市場が明確に定義されていること
2. 企業の得意分野と市場のニーズが一致していること
3. カギとなる成功要素(Key Success Factor=KSF)において、競合に比べ優れた実績を発揮していること
これを今回の例に当てはめると、市場=甲子園大会、企業(チーム)の得意分野=野球、市場ニーズ=野球および甲子園のルール、となる。では、甲子園で勝つためのKSFは何になるのだろうか。
甲子園で勝つための成功のカギ(KSF)は何か
3CモデルでKSFを導く際は、ターゲットとする市場の構造を様々な角度から分析する必要がある。例えば、顧客ニーズや購買決定要因(KBF)、業界内の競争の激しさ、平均的なコスト構造などである。今回の例では、野球および甲子園のルールと、出場チームの特徴を分析する。
■野球のルールの特徴
・9回裏終了時点で1点でも上回っている方が勝ちである。打順は9番まであり、各打者は9回に1回しか打席に立てない。一方、投手のポジションは全打者と対戦することができる。ゆえに、投手力に勝るチームが勝利しやすい。
■甲子園のルールの特徴
・56校のトーナメント方式であり、優勝するまでには6回連続で勝たなければならない。試合は真夏の炎天下で行われ、勝ち進むほど日程はタイトになる。決勝に進むまでに選手の体力は激しく消耗する(特に先発投手)。
・ベンチ入り人数は18人まで。地方大会は20人まで。
■出場チームの数と特徴
・2018年大会では各都道府県の代表として56校が集まっている。
・出場校のうち公立高校はわずか8校で、公立高校が優勝したのは2007年の佐賀北が最後である。私立高校が強い理由は、全国から有力な生徒を集めることが可能な点、設備を充実させやすい点、監督が教員の場合に定期人事異動がない点(私立高校には教員ではない監督もいるが、公立高校は基本的に教員が監督を兼務)などが挙げられている。
・近代の甲子園では東京と大阪の代表校が強い。90年以降の夏の甲子園優勝回数は、トップの大阪が5回、2位の東京が4回である。夏の甲子園で優勝経験ゼロの都道府県は14あり、東北6県が含まれている。
ここから導かれるKSFは何か。異論はあるかもしれないが、「エース級の投手を複数擁すること」である(ただし「甲子園出場校の平均的な攻撃力を備えた上で」という前提がつく)。私がそう考える理由について説明しよう。1試合9イニングに出場した際に最も体力の消耗が激しいのは投手であり、さらに甲子園は過密日程のために体力が回復しないまま次の試合を迎えることになる。そのため、1人のエース投手だけに頼っていると、勝ち進むにつれて本来の実力を発揮できなくなる。こうした事態を避けるには、複数の投手を使い分ける必要がある。また、打者ではなく投手としているのは、一人のスラッガー(1試合に4~5回の打席)よりも一人のエース投手(9回まで投げ切った場合、27回以上は打者と対戦)の方が試合に対して影響を与えられるからである。
このKSFを満たすには「都市圏」の「私立高校」が有利になる。私立高校が有利なのは、地域を超えて選手をスカウトできるからである。大都市圏が有利なのは、選手の供給元としてのシニアチーム(中学生が硬球でプレーするクラブチーム)が充実していること、近隣に学校が多いので練習試合の数をこなせること、などが挙げられる。
大阪桐蔭が強い理由を分析する
KSFは「エース級の投手を複数擁すること」だとした場合、今年の大阪桐蔭はそれを満たしている。背番号1を背負うエースの柿木、ダブルエースでショートを守る強打の根尾、190センチ左腕の横川というプロ注目の3投手を擁し、夏の甲子園でも3人は先発している。また、大都市圏の私立高校という条件も満たしている。
ちなみに、大都市圏の私立高校という点ではほかにも該当する強豪校はいくつもある。今年の準々決勝まで進んだ8チームのうち、大阪桐蔭(北大阪)、日大三(西東京)、浦和学院(南埼玉)、報徳学園(東兵庫)、近江(滋賀)の6チームは大都市圏かその周辺に位置する学校であり、それに該当しないのは金足農業(秋田)と、私立の済美(愛媛)の2校だけだった。ちなみに、2018年夏の済美はレギュラーの半数が県外出身者である。
つまり、KSFを満たすためには「大都市圏」の「私立」で野球に力を入れている学校、というだけでは足りないということだ。あくまでこれはKSFを満たすための必要条件である。
では、大阪桐蔭は他の私立強豪校と何が違うのか。それは「スカウティング」と「育成」である。
選手が進学先を選ぶ際の主要なニーズは、甲子園に出られて勝てるチームであること(大前提)、自分の能力を伸ばしてくれること、卒業後のフォローが手厚いことの3つである。ここから導かれる良いスカウティングのポイントは、(1)甲子園での戦績(ブランド)、(2)育成実績(卒業生の活躍)、(3)進路指導の充実、となる。大阪桐蔭はこの点で他の学校より優れている。甲子園での戦績は言うまでもなく、プロ野球の現役スター選手も多い。さらに進路指導の際も、大学や社会人チームの状況を把握し、どのポジションが強くてどのポジションが弱いのかなどを把握して送り出している。また、西谷監督は有望な選手がいると自ら足を運んで会いに行くなど、他校の監督よりもスカウティングに力を入れているという。
では、育成はどうか。良い育成をするために必要なことは、(1)良い設備、(2)良い指導者、(3)学習機会の多さ、である。(1)と(2)は私立の強豪校であればどこも遜色ないだろう。差がつくのは(3)である。大阪桐蔭には前述したように現役で一流プロ野球選手として活躍しているOBが多い。同校の野球部員はOB訪問を通じて、一流のプロから刺激を受ける機会を他校よりも多く得ている。また、大阪桐蔭野球部には他校から練習試合の打診も多く、レギュラー選手以外でも試合を通じて成長する機会が多くある。
上の図のように、KSFは複層的に示すことができる。階層1(成果を直接左右する要素)だけでは不十分であり、階層2(カギとなる活動)~3(カギとなる資源や能力)まで掘り下げないと、実務で使えるKSFにはならない。なぜなら、仮に自社が業界のKSFを満たそうとした場合、どのような活動を強化すればいいのか、どのような能力を高めればいいのかが分からなければ、的外れな施策を打つことになりかねないからだ。
以上を踏まえてKSFを再定義すると、「エース級の投手を複数擁するために必要な、スカウティング能力と育成能力を有すること」となる。もちろん、投手力だけでは勝てないが、高校野球の守備でカギとなるポジション(二塁手、遊撃手、三塁手、中堅手)は強くて正確に送球ができる肩が必要になるため、高校入学後に投手からコンバートされる選手も多い。ゆえに、最も勝敗に影響するのは投手能力を有する選手層の厚さだと言っていいだろう。
ここまで分析すると、大阪桐蔭の春夏連覇は当然のように思える。一方の金足農業はKSFを満たしていない。だからこそ、その躍進に世間が注目したのだ。
KSFを満たしていないのに決勝まで進出した金足農業
KSFは満たしていないが、「野球のルール」を最大限に生かした戦い方をしたのが金足農業である。先に述べたように、野球は9回裏終了時点で1点でも上回っている方が勝ちである。打順は9番まであり、各打者は9回に1回しか打席に立てない。一方、投手のポジションは全打者と対戦することができる。ゆえに、平凡な打力や守備力のチームであったとしても、絶対的なエース投手が1人いれば、大阪桐蔭のようなチームにも勝てる可能性がある。エースが相手打線を最少失点に抑えて、打線はそれよりも1点だけ多くとればいい。逆に、超高校級のスラッガーを擁していたとしても、4~5回の打席で勝負を避けられたら勝てない。92年大会の2回戦では星稜高校の松井秀喜(後に巨人、ヤンキース)が5打席連続敬遠されて敗退したように。
今年の金足農業は、大会ナンバーワン投手の吉田投手の力が突出しており、それ以外は平均的な戦力のチームだった。勝ち進むためには、吉田投手に投げ続けてもらうしかない。吉田投手が相手打線を最少失点に抑えたら、自チームの攻撃陣はそれよりも1点でも多くとることに専念する。実際、3回戦以降の金足農業は全て1点差で勝利しており、その象徴が準々決勝の9回裏、1点ビハインドの場面で飛び出した「2ランスクイズ」であった。通常のスクイズは、ランナーが3塁にいる際にバントをして走者をホームに返すプレーだが、何と2塁走者までホームインした。野球のセオリーからすると2塁走者の「暴走」ともいえるプレーだが、金足農業にはこれ以外に打ち手が無かったのだ。
そして、甲子園のルールはトーナメント方式であり、5回だけ勝てば決勝戦に到達できる。長期にわたって開催されるリーグ戦であれば、エースだけに頼ることは難しい。しかし、短期間に5回勝てばいいだけのトーナメントならば話は別である。エースの身体が連投に耐えられれば、奇跡を起こすことができる。もし、金足農業が大阪桐蔭のように複数の投手をローテーションさせていたら、結果はどうなっていただろう。甲子園で勝ち進むどころか、甲子園出場すら危うかったかもしれない。だから、金足農業の戦い方は甲子園で勝つという目的に適っていたといえる。
まとめ
大阪桐蔭と金足農業という対照的な両校の決勝戦は、ベンチャー企業と大企業の戦い方にも似ている。誤解を恐れずに表現すると、戦力が乏しいため、吉田投手のようなエース頼みになりがちなベンチャー企業と、潤沢な戦力を擁している大企業のような構図である。仮に大企業に挑むベンチャー企業がKSFを満たしていなかったとして、金足農業のような弱者の戦略を徹底すれば、奇跡を起こすことも可能かもしれない。ただし、吉田投手のような絶対的なエースの存在が前提になるが。
来年の甲子園は、選手保護の観点からルール改定が進む可能性がある。具体的には、球数制限や回数の制限、日程の緩和などが検討されている。ビジネスでいえば、法改正にあたる。甲子園における「働き方改革」と言えるだろう。法改正は競争のルールを変える可能性がある。仮に競争のルールが変わったとして、それでも大阪桐蔭の強さは続くのか、また、金足農業のような奇跡を起こす学校は現れるのか、競争戦略の観点から注目したい。