前編に続き、第5回G1ベンチャーの第1部全体会「1兆円企業をつくるための5つの鍵~世界で戦える日本発のインターネット企業になるためには?」の内容をお伝えします。本編は堀義人との対談パートです。動画版はこちら>>
海外買収を成功させるには?
堀:さて、今回は峰岸さんに「5つの鍵を」という無茶ぶりをしたんですが、見事に5つお話ししてくださいました。「1兆円を目指すと決める」「イノベーティブなプロダクトやサービスをつくり、磨き続ける」「本当の市場はどこかと考え、市場自体を再定義しながら大きくしていくことを考える」「短期・中期・長期に分けて事業を考え、それに応じた投資をしていく」「変化し続ける組織をつくり続ける」ということで、5つ、じっくりお話をしていただきました。
ここからは、まず私のほうからいくつか質問をさせてください。最近のリクルートさんに関しては、やはり海外と買収が大きなキーワードだと感じます。ただ、海外での買収に関しては、日本企業はなかなかうまくいっていないケースも多いと思うんですね。そうしたなかでリクルートさんとしては、たとえばIndeedの買収も含め、海外での買収に関してどういった戦略をお持ちなんでしょうか。買収を成功させるための学びが何かあれば教えていただきたいと思います。
峰岸:まず、海外に出ることを決めるまでには相当長い時間をかけて議論しました。もっと国内でポジションを高めていくのか、それとも海外に打って出ていくのか、と。それで「やはりグローバルに出て我々のビジネスで世界一になってみようじゃないか」ということに決まったので、それを達成する手段としてIPOを選んだという前提があります。そこはすごく議論しましたね。
1つの前提として、自分たちのビジネスになんらかの強みがなければ海外に打って出ても通用しません。自分たちのビジネスが弱ければ、買収したってうまくいく筈はない。買収するということは、グループに加わっていただく買収先企業の価値を高めることでもあります。ですから、買収する側に質の高いアセットやオペレーションのノウハウ、あるいはもう少し抽象度の高い経営のノウハウ等々、なんらかの強みがなければ、買収先企業だって良くなるはずはない、と。
その点、先ほど3つのSBUがあるというお話をさせていただきましたが、たとえば人材派遣の分野では、私たちの営業利益率は世界トップクラスなんですね。オペレーションをすごく磨きこんでいる。ですから、買収先の営業利益率が私たちのそれより低いのなら、私たちが買収すれば私たちの経営ノウハウによって営業利益率を高めることができます。それで、売上が増えたらそのまま利益も増えていく構造をつくることもできます。なので、「そういうことが可能なのか」「そういうことができそうだ」といったことも相当議論したうえで海外展開に臨みました。
インターネットビジネスに関しても同じです。「日本と海外違う」といったことはよく言われますが、私たちは国内でインターネットのサービスをいくつも持っていましたので。リクルートが幸いだったのは、当初から自分が提案したものをつくることのできるベンチャーのような社風のなか、物事をどんどん任される環境にあった点ですね。それで社内でも揉まれるし、社外の国内スタートアップからも攻められる。で、そういう環境下でも、インターネットサービスで勝ち残ることができたというケースがかなりありました。ですから、インターネットビジネスに関しても世界でも通用する腕の立つ人材が、そこそこいたということだと思います。
それともう1つ。インターネットビジネスの領域では、そもそも良い企業を買収できるのかということがあると思うんですね。この点、私たちはビジネスディベロップメント(以下、BD)に関しても自分たちでチームをつくり、世界中を飛び回って直接ソーシングを行っていました。ですから我々は我々の分野で、世界中の企業経営チームと常にコミュニケーションを行っています。そうしたことを通じて、「この会社とはビジョンが一致するな」「この企業は安易にマネタイズしているな」と…、生意気な言い方ですが、そういったことの見定めもできていました。
ですから、外から「こういう企業がありますがどうですか?」という会社を買収したことはないんです。「この企業にジョインしてもらえたら、この市場をもっと変革できる」と、自分たちが考えたところしか買収していません。もうすぐクロージングを迎えますが、先般アナウンスをしたGlassdoorという会社についても同じです。経営陣と何度も何度も、長い期間をかけて私どものBDチームがミーティングして、それでビジョンが一致することも確認しましたし、人と人との関係という面でも互いに理解していきました。このG1も同じですが、やっぱり長い期間に渡っていろいろなやりとりがあって初めて信頼関係が生まれるわけですよね。それが無いのに買収してしまったら、ガバナンス上のaudit(監査)ばかりしたくなっちゃうじゃないですか。ですから信頼関係もすごく重要じゃないかなと思います。
堀:非常に大きなヒントがあったと思います。たとえば投資銀行さんのようなところから買収案件が来て、そこで調べた結果として「買ってみようか」となるケースが多いのかなと思っていたら、そうではないと。早い段階からディールソーシングを見ていて、ディスカッションも行って、そのなかで信頼関係が生まれたものについて買収を行っていく、と。そうしたことを通じて彼らの側から「自分たちが考える価値より高ければ売ってもいい」とか「シナジーがあるなら売ってもいい」といった話になれば、「あ、これだったら成功するな」というイメージが湧きますよね。
峰岸:そうです。
堀:しかも、その会社の事業領域に関して、日本側にもその領域を実際に手がけて分かっている経営人材が十分にいるということで、そこで参入していくという方法論であれば、これは成功するイメージが明らかに湧いてきます。さらには信頼関係もつくっていくし、企業文化もよく見ているとのことで、これはすごく大きなヒントじゃないかなと思いました。海外に打って出ても失敗してしまっているベンチャー企業の事例は本当に多いんですが、リクルートさんは今お話しいただいたような方法論やアプローチによって成功している、と。
それともう1つ。ベンチャーを含む日本企業が海外でゼロからビジネスをつくるのはなかなか難しい。それで「じゃあ一気に大きなところを買うほうがいい」となるケースが多いと思うんですが、リクルートさんとしては海外でゼロから事業をつくることについてどのように捉えていらっしゃいますか?あるいはその辺で何か成功や失敗の体験等があれば伺いたいと思います。
峰岸:たとえば2000年代初頭、インターネットがまだ勃興していない中国で『ゼクシィ』という結婚情報誌を出したことがあります。当時の私はその担当役員だったんですが、まあ、これは見事に失敗しました。これは日本でうまく行っていた強いビジネスモデルだったので、お隣の中国市場にも1つの営業ブランチみたいな感じで出してしまったんです。そうして日本と同じようなやり方で進めた結果、なかなか難しくなってしまいました。そうこうしているうち、あっという間にインターネットが出てきて、そこで外部環境のスピードにも付いていけなかったということがあります。
それ以来、やはり日本以外でやるときは、「その国にいる人たちに経営もオペレーションも行ってもらうしかないんじゃないかな」と考えました。併せて、「じゃあそこで私たちはどんな価値を提供できるのか」ということもすごく考えました。あとあと考えるとそれが良かったんじゃないかなと思います。任せるところは任せる一方、そこでリクルートが提供するものは何かということを突き詰めて考えたというのは重要だったと思います。
変化し続けるために「変えないこと」を先に決める
堀:ここからは、会場の皆さんからいただいている質問をいくつか、僕が読みあげる形で進めたいと思います。まず「20年をかけて育てるべき事業の見極め方とは?」という質問がありました。いかがでしょうか。
峰岸:まず、リクルートグループが手掛けるサービスの範囲はかなり広いということがあります。HRのビジネスは創業の出発点となる事業ですが、このHR市場は相当に大きく、かつ産業として何十年も前からほとんど変わっていません。市場が大きく、その市場に関して自社に豊富な経験があり、そして市場自体に変革する余地が大きい、と。一般的にもその3つの掛け合わせが、事業を見極めるうえで重要になるのではないかなと思います。
堀:続いては、「社内人材の育成において、時代や世代に合わせて変化していること、あるいは変化していないことはなんでしょうか」。
峰岸:私はCEOとなったとき、逆に言うと「変えないことは何か」ということだけ決めたんですよ。それを決めたら「それ以外は全部変えたらいい」という風になって、気が楽になったということがあります。私が変えないと決めたのは企業文化。これはリクルートグループで言うところの「起業家精神」と「圧倒的な当事者意識」、そういった強い個人を支えるような「ナレッジ交換したり互いに称賛し合える雰囲気」ですね。「この3つがリクルートグループの企業文化なんだ」と言語化して特定したうえで、それ以外は全部変えようという風に思いました。だから、変えるためには変えないことを決めるというのがいいと思います。
堀:続いては、「現地のオペレーションを現地の方に任せるとき、リクルートとして提供できる価値はなんでしょうか」というご質問です。これは、どうやって外部から良い形でプラスの影響を与えるかということだと思うんですが、いかがでしょうか。
峰岸:SBUごとに提供する価値は異なります。たとえば人材派遣のSBUなら先ほど申しあげた通りで、収益率を高めるオペレーションおよび経営のノウハウ。なので、CEOは現地の方として、その上にチェアマン、あるいはその下にCOOを送るわけですね。そこでは、収益率を高めるためのオペレーションに関してグループ内でも最高水準のノウハウを持ち、かつ「海外でやりたい」という意思のある人材が、自らソーシングチームに加わって買収に携わる。そうしてプロジェクションを行ったうえで現地に入ります。ですから、自分の描いた計画にデューデリジェンスの段階からコミットしていくことになるわけです。
一方、HRテクノロジーSBUで言うと、日本のインターネット分野は、まあ、たとえばアメリカと比べると少しのんびりビジネスができるようなところがあるのかなと思います。で、いろいろ分析してみると、私たちに関してはそこでマネタイズする力が大きいように思うんですね。
インターネット領域のスタートアップというとテックカンパニーが多いと思います。そうしてテックカンパニーの方々が、イノベーティブなプロダクトやサービスをローンチして一気にデリバリーしていったりするわけですね。ただ、ある段階から厳しくなってくることが多い。たとえば売上が100~200億に届くような段階から、あるいはユニークビジター数が1億近くになった段階から、結構厳しくなってきたりします。
我々はそこで、どうやって市場を捉えて、どのようにマネタイズして、どんな機能を開発していくのかといった優先順位を特定したりするわけです。そうしたインターネットビジネスにおけるマネタイズの経営ノウハウが、これまで切磋琢磨してきたぶん、リクルートにはあるのかな、と。ですから、そういうところが提供価値としてあるのではないかなと考えています。
堀:質問がバンバン来ているので峰岸さんに選んでもらいながら進めたいと思いますが、たとえば「意思決定をするうえで、競合企業をどこまで意識しますか?」という質問についてはどうでしょうか。
峰岸:優先順位が高いのはもちろんユーザーです。ただ、先ほどお話しした通り、私たちはイノベーティブなプロダクトやサービスの定義として、「これまでと桁の違う生産性」といったことをベンチマークにして開発しているわけですね。ですから、競合というよりは、我々のサービスの受益者となる、個人ユーザーの方々や中小企業の方々にとっての生産性、あるいは早さや安さといったことを最も重視して意思決定しています。
堀:以前からリクルートさんを見ていてすごいなと思っていたのは、何事も徹底して進める点です。新規事業でもそうですが、リクルートさんは敵に回したくないなと思わせるような徹底した投資を行っていると感じます。ただ、その一方で「損切りについてはどんな風に考えていらっしゃるのか」。どの程度まで進んだ段階で撤退を考えるのか。徹底してやるところと、撤退をするところの境目というか、判断基準についても伺ってみたいと思いました。
峰岸:これはビジネスによって違うんですが、投資を行う最初の段階からエグジットの基準を決めて、その基準に満たない場合は容赦なくやめるという感じで。
堀:最初から決めていらっしゃるんですか?
峰岸:決めていますね。だからすごく市場が大きくて投資規模が大きなビジネスであれば、回収期間は長めにとりますし。
堀:では、続いて「リクルートは40歳ぐらいになると“卒業”する人が多いですし、実際、卒業や転職を推奨していると聞きます。多くの企業が人材を囲い込もうとしているのとは対照的ですが、その狙いはなんでしょうか」という質問も来ていました。
峰岸:推奨はしていないですよ。自ら卒業していくということを、まあ、受け入れているというか(笑)、そういう表現が近いと思います。リクルートグループは個人商店のような人たちの集まりでもありますし、誰かが声をあげて事業をつくったのなら、その人がリーダーになってそのビジネスを推進できるような環境があります。なるべくやりたいことをさせますし、圧倒的な当事者意識を重視しますし、個の尊重を重視する会社なわけですね。
ただ、それは自由という風に感じると思いますが、一方では責任も莫大なものになります。自分で声をあげてプロジェクションを描いたら、もうそれは絶対にコミットするよう仕向けられ、四方八方から、プレッシャーじゃなくていろいろなおせっかいが来る(笑)。で、そういうなかで成功すれば、「1人の力ではできないんだな」ということを感じることもできますし、失敗してもその人に「ダメだ」という烙印が押されるわけではなく、逆にチャンスが与えられる。そういう環境で個人はどんどん力を伸ばしていくし、そのプロセスのなかで、「リクルートでやるより自分でやりたいな」と思う人が出てくるという話なんだと思います。
あるいは「もっとNPOで違うことをやりたい」とか「自分の出身地方に戻って行政のサポートをしたい」となったり。とにかく個人で考える力がすごく強いので、ある段階から自分のウィルがどんどんどんどん高まっていって、そのとき「リクルートのなかに留まらず、ほかでやろう」という風になるのではないかなと思います。で、会社としても、「そういう風に決めたのなら、それはそれでいいんじゃない?」という考え方になるという。
10年後のビジョンや組織を考える
堀:では、最後の質問です。「社長に就任してから最大の失敗はなんですか?そして、そこから得た教訓は何かありますか?」というご質問です。
峰岸:G1ベンチャーにスーツで来てしまったことじゃないでしょうか(会場笑)。「Tシャツとパーカーにしようか」とか悩んだんですが、とりあえず初めてということで。それが最大の失敗です。冗談でごまかしてすみません(笑)。
堀:逆に、社長に就任して最高の成功と、そこから得た教訓となるとどうですか?
峰岸:実際には、失敗についても成功についても「最高」の定義を意識していないんですね。で、失敗もたくさんあるんですが、とにかくそれを教訓にして成功に結びつけることが重要じゃないかという風には思っています。ですから最大の成功とその教訓についてお話しするのも難しいんですが、やっぱり我々の企業文化を今後も大事にしていきたいな、と。そうして買収した企業の経営陣1人ひとりが持つ個人の意欲まで引き出すような経営をしていきたいと思っています。
堀:では、もう1つだけ。これほどの規模の企業を経営するトップとして、日々心がけていることはなんでしょう。いろいろなSBUがあり、グローバルな展開もあり、もう考えはじめたらいくらでも考えてしまうと思うんですよね。そういうなかでも常に頭のなかで考えていることが何かあれば、ぜひ教えていただきたいと思います。
峰岸:これは本当の話なんですが、10年ぐらい先の我々の姿とか、そのとき会社を支えている人材とか、そこに思考を巡らせて夜も眠れなくなってしまうようなことはあります。その辺について考えると目が冴えちゃって(笑)。そういうことはしょっちゅうありますね。
堀:僕ら経営者や起業家というのは、それを切り離すのはほぼ不可能というほど、日々、常に頭のなかで経営のことを考えていたりすると思います。僕も創業して26年経ちますが、経営のことが頭から離れたことがないですね。遊んでいるときや子どもと接するときぐらいは少し離れているかもしれませんが、それ以外はずっと考えていたりします。そこで何を考えているかというのがすごく重要だと思いますが、峰岸さんの場合は10年後のビジョンとその組織ということでした。では、最後に会場の皆さまへ何かメッセージがあればお願いします。
峰岸:いや、もう本当に「日本発の1兆円企業を」と。インターネット領域で、アメリカ発でも直近10年で9社ですから、「日本発の1兆円企業を」ということでしっかりコミットして、皆さまと一緒につくっていきたいなと考えています。一緒に頑張りましょう。ありがとうございました。
堀:ありがとうございます。では、峰岸さんに盛大な拍手をお願い致します(会場拍手)。