スーパースター戦略の有効性とリスク――相撲協会は将棋連盟のように復活できるか? 

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数年前、ブロックバスター戦略という言葉が話題になりました。これは、特に映画や音楽ビジネスなどにおいて「超ヒット作」に資金投下やメディア露出などを集中させる戦略を指します。いわゆる「ロングテール」の逆で、メリハリをつける方が好結果をもたらしやすいという主張です。

ブロックバスター戦略をスポーツなどの隣接ビジネスに援用したのが、スーパースター戦略と言えます。つまり、スーパースターを作ることで、効率化もさることながら、業界への注目を集めパイ全体を増したり、リクルーティングを容易にしようという戦略です。これは一企業の戦略という以上に、業界全体が取り組むという意味でも面白いテーマといえるでしょう。

歴史を遡れば、スーパースターの登場が、業界への注目を集めるだけではなく、深刻な不祥事を雲散霧消させてしまった例もあります。その典型は、日本でもおなじみの野球選手ベーブ・ルースです。

ルースはメジャーの人気を全米に広めた第一人者ですが、それ以上に、1919年のブラックソックス・スキャンダル(ワールドシリーズの八百長で8人の主力選手が永久追放になった有名な事件)で信頼を失いかけていたメジャーリーグを救ったという点が、忘れられがちですが大切な点です。

それまでのファンは、ホームランのほとんど出ない低得点ゲームに慣れていました。ホームラン王でさえ10本台の前半というのが普通でした。しかし、ボールの質が向上したタイミングと重なったこともあり、ルースは1919年にレッドソックスで29本、1920年にヤンキースにトレードされて54本という、当時としては超破天荒な記録を残したのです。現代で言えばいきなり80本、100本とホームランを打つ選手が現れたようなものです。人々は彼のホームランに熱狂し、スキャンダルはどこかに押しやられてしまいました。

スーパースターがスキャンダルを吹き飛ばすという似たことが起きたのが昨年から今年にかけての日本将棋連盟です。ちょうど1年ほど前、「スマホアプリ使用疑惑」で三浦弘之九段がタイトル戦直前で出場停止となりました。しかしその後、それは「冤罪」ということが判明し、協会の運営体制に大きな批判が浴びせられました。また、プロ棋士ですらコンピュータにはほぼ勝てなくなってきたことから、業界には暗雲が垂れこめていました。

そこに颯爽と登場したのが、民放テレビのニュースやワイドショーにまで取り上げられた藤井聡太四段です。中学生としては史上5人目のプロ棋士となり、デビューから負けなしで29連勝という新記録(デビュー後に限った記録ではなく、将棋連盟における最高記録)を打ち立てたのです。Abemaテレビなどは独自企画の非公式戦を(7人のトップ棋士と指す)を企画し、そのフィーバーを後押ししました。その後も快調に好成績を残しています。

そして12月には「元祖将棋界のスーパースター」こと羽生善治棋聖(当時)が永世7冠を獲得するというニュースも加わり(さらには、「ヒフミン」こと加藤一二三元九段のバラエティ番組でのブレイクもあり)、1年前のスキャンダルは遠い過去の話となったのです(12月13日には羽生2冠に国民栄誉賞を与えることを検討するというニュースも流れました)。実際に、新しく将棋を始めたお子さんも増えたそうです。まさに新旧のスーパースターの活躍が業界を救ったと言えるでしょう。

このようにいろいろな意味で効果のあるス―パースター戦略ですが、当然難しさやリスクもあります。第一に、「こいつをスーパースターにしよう」と業界が考えたとしても、予想通りには活躍しないということがあります。実力が追い付かないのにあまりにごり押しをすれば逆にマイナスイメージですから、「狙って作れない」というもどかしさは常について回ります。

また、せっかく作ったスーパースターが(スポーツの場合は)怪我をしたり、自らがスキャンダルにまみれてしまうなどのリスクもあります。その残念な例がタイガー・ウッズです。およそ20年前に彗星のように現われ、ゴルフのイメージを変えたウッズですが、残念ながら昨今はスキャンダルばかりが目立ち、ナイキのゴルフからの撤退をも促してしまいました。

タレント(文字通り「才能」)を活かす戦略や経営は、多様化しすぎた時代へのアンチテーゼとしても、注目を集めています。しかし、現時点では「個人に頼る」という難しさから脱却できているとは言えません。それをどう再現性のあるものにするかが大きな課題なのです。これは、他のビジネスや業界に応用しようという際にも同様に悩ましい課題となるでしょう。

相撲界でスーパースターを生み出すことは可能か?

ところで、現在トラブルの渦中にある日本相撲協会にこの戦略はうまく当てはまりそうでしょうか。過去に故千代の富士(故九重親方)や貴乃花(貴乃花親方)が実際にフィーバーを巻き起こしたことを考えると、可能性はなくはありません。ただ、その前に立ちはだかるのが、「相撲」というスポーツ兼興業独自の難しさです(以下は「空気を読まない貴乃花が引き起こすかもしれない、相撲界のパラダイムシフト」も参考にしてください)。

現在の幕内力士の体格・体重でいわゆる「ガチンコ」(手抜きなし)の勝負をしたら、怪我が絶えず、力士寿命は長続きしないでしょう。ガチンコ力士であった貴乃花親方の全盛期がほぼ20代中盤で終わったのもそれが原因と言われています。そうした事態を避けるために星の貸し借りが黙認されているかもしれず、それを変えようというのが貴乃花親方である、というのが今回のスキャンダルの難しさなのでしょう。

解決のヒントになるのはアメリカのプロレスかもしれません。アメリカのプロレスは、最初から真剣勝負ではなく「筋書き」があることを前提にテレビ番組なども作られています。レスラー同士の打ち合わせシーンまで放映したりもします。

とは言え、相撲がそこまで割り切れるかと言えばそれも無理でしょう。建前上、国技であり、神事でもあるということになっているからです。つまり、スーパースターを生み出しにくい、強烈なポジショニング上のジレンマを抱えているのです。

相撲というと協会そのものの体制などが問題になることも多いのですが、力士の大型化、そして情報過多な時代に、なまじ国技という足枷があるがゆえにスーパースターを生み出しにくくなっている現実にどう立ち向かうのか――大いに注目されるところです。
 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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