MBOの誤解と失われた要素「自己統制」
目標管理(MBO)はピーター・F・ドラッカーによって提唱され、人事評価の手法として広く認知されています。ところが、その内容はしばしば誤解されています。本書は、そうした誤解を解きほぐし、MBOが本来持つ力を適切に活かすことを願って執筆されたものです。
MBOの正式名称は「Management by Objectives and Self Control」です。その名の通り、目標(Objectives)と自己統制(Self Control)を組み合わせた経営手法です。日本でMBOが普及する過程で「自己統制」が抜け落ちてしまい、「Management by Objectives」として広まりました。しかし、MBOの真髄は失われたこの「自己統制」にあります。
ドラッカーは、個人が自ら打ち込める目標を掲げられれば、自己統制が発揮され、その目標達成に邁進できるとの考えを持っていました。MBOはこの人間観に基づき、組織は社員を操るのではなく、異なる個性を強みとして活かし、組織を導く手法として提唱されたのです。
しかしその意に反して、日本ではMBOを評価手法として捉え、「目標の達成度で評価を決める」という組織にとって都合の良い形で解釈されています。多くの企業で実践されるMBOは、本質から外れた人事評価や報酬制度の一側面に過ぎません。
統合的アプローチで目指す、組織と個人の共鳴
では、ドラッカーの真意を理解すると、本来MBOはどうあるべきでしょうか。これに対して、本書は、本来の使い方を促すための「統合的アプローチ」を提案します。 統合的アプローチとは、目標設定を通じて、個人の主観(ビジョン)と客観(強み)、そして組織の主観(共通の目的)と客観(共同の利益)を統合し、スパイラルアップさせる手法です。言い換えると、一人ひとりの夢や強みを目標によって方向づけて束ねることで、組織全体の業績を高め、組織の使命を達成するアプローチです(図1)。
図1 MBOの統合的アプローチ(『図解 目標管理入門』より、編集部作成)
このアプローチの根底には、「組織の成果と個人の幸福をどう統合するか」という問いがあります。近年、パーパスという言葉が注目され、個人と組織の存在意義を結びつける重要性が強調されています。しかし、実際には両者をうまく統合させることは難しいものです。
難しさがあるのは当然のことです。なぜなら、個人と組織は異なる次元に存在し、時間軸や質的な要素も異なるからです。例えば、個人が短期的に報酬の最大化を追求する一方、組織は中長期的に社会的責任や持続可能性を重視する場合、両者の目標や価値観が衝突することがあります。
組織の成果と個人の幸福を統合するには、こうした矛盾を乗り越えなければなりません。その克服において、まさに本書の「統合的アプローチ」が有効なのです。ただし、このアプローチの過程で、個人に対して葛藤を強いることになり、なおかつ、統合には時間がかかります。これらの痛みに耐えながら、その葛藤や労力をかけたその先に、本来ドラッカーが意図していた経営の在り方が実現できるのです。
「部下は未達、上司は達成」の矛盾。リーダーこそ、MBOに対して正しい理解を
本書を推薦する一人として、人事部門だけでなく、現場で活躍する数多くのリーダーたちにも手に取って読んでほしいと願っています。そう願うのは、現場でMBOが誤用されている光景をしばしば目にし、その様子に心を痛めているからです。
例えば、よく見かけるのは「部下は未達、上司は達成」の矛盾です。MBOの目標を立てる際、部下の目標には本人だけでなく、上司の責務も含まれています。そこでは上司と部下との目標が緊密な連動していることが大切です。しかし、実際には部下の成果が未達である一方、上司は目標達成を主張するという矛盾がたびたび生じます。
上司が自らの目標を達成したと自負するならば、部下の目標も同様に達成されているはずです。しかし残念なことに、上司が目標達成を宣言しながらも、部下は期待に応えていないと、上司から評価されることが起き得ます。これはMBOの本質に反する明白な矛盾です。部下が期待に応えていないのなら、上司は自らの仕事を全うできなかったことになります。
こうしたことにならないように、MBOの面談では、上司は部下と緊密に対話することが重要です。また、上司自身も上位の指導者と同じ姿勢で向き合うべきです。その結果、個々の強みが活き、全員が「期待以上の成果」を生み出し、組織の目標を見事に達成するのが、本来のMBOの姿と言えるでしょう。
組織に所属する全ての人材がMBOを正しく運用できれば、個々の強みが最大限に発揮され、組織全体が期待以上の成果を生み出すことができるでしょう。そのためにも、本書を通じて、MBOの本質を捉えてもらいたいと願うばかりです。
『図解 目標管理入門』
著:坪谷 邦生 発行日:2023/4/21 価格:2,970円 発行元:ディスカヴァー・トゥエンティワン