2017年2月、米フェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグは、公開書簡の中で、コミュニティづくりを重視した同社の新たな使命についての考えを明らかにした。6月には、シカゴで開催された「コミュニティ・サミット」の場で「コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界を実現する」という新しいミッション・ステートメントを発表した。創業来これまで「人と人との繋がりをサポートし、よりオープンで繋がった世界を実現する」というミッションを掲げ、主として薄く広い人間関係を維持する場をつくってきた同社が、社会の「分断」を危惧する声が高まる中で、今後はより深いつながりを促す方向性が示された。
今回のようなミッションの再定義、あるいはビジョンやバリューも含む経営理念の見直しは、そう頻繁に行われるものではない。そもそも企業の理念とは、簡単に変えてよいものなのだろうか。
わかりやすい整理として、「理念は不変、戦略は可変」とする考え方がある。理念は、その企業の存在意義であり、時代を超えて変わらない事業の目的を表したもの。戦略は、その目的を実現するための打ち手であり、環境に合わせて変えていくべきもの。この両者を対比した整理だ。変わらない理念があることによって、判断基準が明確になり、ぶれない軸をもった経営が実現しやすくなる。
たとえば、ある医薬関連企業の例では「人々の健康に貢献する」という理念に従い「化粧品事業はやらない」との意思決定をしたことがあるという。儲かりそうだからという理由だけで安易に手を拡げることなく、自社が戦うべき土俵に踏みとどまる上で、理念が重しとなる。長期間に渡り成長し続けられる企業は、自らの強みが活きる領域を見極めることに長けており、その根底で支えているのが理念だという言い方もできる。
ただし一度定めた理念を金貨玉条のごとく守ろうとすることが経営にマイナスになる場合もある。たとえば、創業の理念が創業者の神格化とセットになって変えてはいけない聖域となってしまうと、経営の柔軟性が損なわれてしまう。環境変化を察知し、自己変革していく力の重要性は強調してもし過ぎることはない。経営の神様と称された松下幸之助も、理念経営を実践しつつ「日に新た」という姿勢を重視していたという。
時代が変わり、会社の成長フェーズや社会から要請の変化に合わせ、理念の見直しを図っている企業は少なくない。たとえば、140年以上の歴史のある資生堂は、1872年の創業後半世紀を経て個人商店から会社組織への移行の段階で「五大主義」(品質本位主義・共存共栄主義・消費者主義・堅実主義・徳義尊重主義)を明文化。事業の多角化が進展した1989年「企業理念」を制定。さらに事業のグローバル展開に伴い、2011年グループ企業理念「Our Mission, Values and Way」を策定、という変遷を辿ってきた。GEの例では、ジャック・ウェルチの時代から重視されていた「GE Value」が、デジタル・インダストリアル・カンパニーへの大変革を推し進めている現在、「GE Beliefs」へと進化してきている。
企業の自己定義であり、経営の重しである理念。これを再定義するということは、経営者の並々ならぬ変革意志の表われだ。現代社会におけるソーシャル・ネットワークの影響力が高まる中、「コミュニティづくり」という新ミッションを掲げたフェイスブックの今後の展開に注目したい。