日常のビジネスシーンに潜む数々の“落とし穴”。なかでも、営業先でのプレゼンや得意先へのメールなどコミュニケーションにおける転ばぬ先の杖を中心に、グロービス経営大学院で教鞭を執る嶋田毅が紹介する。第7回は、「議論の脱線」による時間の浪費という会議運営に関する落とし穴について見ていこう。(この連載は、ダイヤモンド社「DIAMOND online 」に寄稿の内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。
前回までは、上司が部下に指示を出す際の典型的な落とし穴について見てきた。
今回から2回にわたっては、会議運営に関連する落とし穴について紹介していく。会議の生産性を上げることは、組織の生産性を上げることに直結するにもかかわらず、必ずしも生産的ではない会議が行われている企業は多い。ぜひヒントにしていただきたい。
【失敗例】営業企画室 戸塚氏のケース「結局何のための議論だったのか」
菓子メーカーの営業管理室長、戸塚三樹夫は営業部内の会議の司会をしていた。出席者は営業部の主だった管理職だ。定例的な営業報告の後、今回の重要な議題「事務ミスを減らすにはどうするか」の議論となった。
冒頭で戸塚が、
■昨年の実績で誤発注や誤請求といった事務ミスが明らかにそれ以前と比べて増えており、営業損益ベースでも影響が出ている
■取扱商品数が一昨年以来急増しているのに対し、要員の手配や教育が追いついていない点が重要な原因か
といった順序で、資料で数値を示しながら説明をした。そしておもむろに皆を見渡して問いかけた。
「さて、これに対して効果的な打ち手を考えたいんだが、皆の意見を聞きたい」
すると大規模小売店担当の清水が口を開いた。
「最近の若手はどうも注意が散漫ですな。事務ミスに限らず、客先に行ってきてニーズを聞き取るという点でも、どうも抜け漏れが目立ちますよ。この間もね、うちのところの小田原君が、先方の指定配達時間が繰り上がったのを社内に伝達するのを忘れていたことがありましてね」
戸塚「清水さん、それも分かるが、ここでは、どうするかを考えてくださいよ」
清水「いや失礼。では、新人教育のプログラムに事務の基本を盛り込みましょうか」
岡崎「いま、新人研修では、どの程度その辺の内容を盛り込んでるんでしたっけ?」
それに対し、戸塚の秘書役で総務担当の蒲原が答えた。
「伝票の様式、記入マニュアルについて、各セクションのベテラン社員を講師役にして、一通りロールプレイをやっていますね」
清水「それだけじゃ足りないということかな」
豊川「私には、先に戸塚さんが説明された、取扱商品数の急増に問題があるという意見はしっくりきましたね。営業グループとして、もっと開発部に訴えかけて、品数の絞込みを図るべきでは。そうすれば、結果として事務ミスの削減になりますよ」
岡崎「わが社はとかくプロダクトアウトで考えがちですからね」
豊川「そのとおり。私は前々から開発の方には言っているんだけどね。あんなちょっとした違いのバージョンをいくつも作ったって、店頭じゃ置いてもらえないよと」
岡崎「うーん、それはそうだけど・・・。その前に何か手を打てる方法はあるんじゃないですか?」
刈谷「昔はダブルチェックが徹底していたんですがね。今は人手が足りなくて」
清水「チェックの徹底はいいかもしれんね」
蒲原「現実問題として、徹底しきれないから問題になっているんです。現状では無理ですよ」
刈谷「無理と言ってたら何も始まらないよ。実際に、事務ミスが起こっては会社の損失なんだから、大変だろうとやるしかないでしょう」
蒲原「そりゃあそうだけどさ」
ここで10分ほど喧々囂々の議論が続いた。
戸塚「まあ、一旦整理すると、研修強化、品数絞り込み、チェックの徹底。このあたりがアイデアかな。他にない?」
岡崎「事務ミスの数を人事考課の項目にもっと明確に入れるとか」
豊川「工場だとホラ、朝礼やったり、標語にして紙に大きく書いて天井から吊るしたり、トレイの色を変えたりしてるじゃない? ああいうのを導入したらいいかもしれないね」
戸塚「具体的には?」
豊川「ありきたりだけど、PCのスクリーンセーバーに標語を出すとか・・・」
戸塚「スクリーンセーバーよりは、紙ではり出す方がいいんじゃないかな」
またここで10分ほどさまざまなアイデアが出された。皆、さまざまな経験をもとに発言している。
戸塚「さて、今まで色々挙がったけれど、どれが有効そうかな?」
刈谷「どれも、やってみる価値はあるんじゃないかな」
岡崎「そうですねえ。でも、品数絞り込みなんて、どうします?」
刈谷「確かに、伝票の打ち間違いが多いから商品減らしてくれって言うんじゃちょっと格好悪いわな」
その後、皆、意見を言い出しそうな空気ではなくなり、結局戸塚はこう引き取らざるを得なかった。
戸塚「まあ、今日のところは、ざっくばらんにアイデアを出してもらったということで。次回までの検討課題の一つとしましょう」
【解説】戸塚氏の会議運営の問題点 確かに議論は活発だが…
さて、こうした会議は皆さんもお馴染みだろう。中には、今回の例を見て、それほど問題を感じられなかった人もいるかもしれない。それなりに活発に意見交換はされているし、持ち越しになったとはいえ、まったく望ましくない方向に議論がミスリードされたわけではないからだ。
しかし、いまの企業に最も求められているのはスピードである。仮に同じ意思決定をしたとしても、そのための会議に5時間使うのと、1時間ですむのでは、機会費用等を考えると決して小さな差ではない。企業全体の1年の活動をトータルするとその合計はとてつもない額になりうる。
今回のケースでは、戸塚氏の運営が絶対的に悪いというわけではないが、ややコントロールが弱く、本来の論点から外れた会話が時々出ている。加えて、「会議の目的」(意見を募りたいのか、意思決定したいのかなど)を冒頭にあまり強く意識付けしていないことが、後の議論の脱線を招いている。(より厳密に言えば、問題解決のプロセスとしては、「How(どのように)」を問う前に、「Where(どこで)」「Why(なぜ)」を正しく見定める必要があるのだが、今回はここには触れないものとする)
ビジネスの会議において、目的を押さえ、かつ具体的な論点(イシュー)を共有しつづけることは必要不可欠なことであり、これを抜きにして良い会議の実現はありえない。
「議論の脱線」という落とし穴を避けるには?
議論の脱線にはさまざまな理由(司会者の単純なコントロール力不足など)があるが、ここでは、よく起こりがち、かつ強く意識しておくべき、目的や論点(特に論点)が忘れ去られる場合について説明しよう。
これを避ける第一歩は、会議の冒頭に、会議の目的や議論すべき論点を最初にしっかり意識する(意識させる)ことである。しかし、仮にそれができていても、当初は共有されていた目的や論点が忘れさられ、それが議論の脱線を招く場合がある。理由としては以下が考えられる。
1)目的や論点が可視化されていない
通常、アジェンダは配布資料の一番上にとめられているため、会議が始まった瞬間に一番下に追いやられ、二度と目にとまることがなくなる。せっかく配布資料を作ったとしても、今回の議題の目的や論点がアジェンダの中できちんと強調されていなければ、参加者全員とそれを共有することはできない。
2)立場の強い人やの声の大きい人意見に引きずられ、論点がずれていく
人間は長く時間をかけたところ、大きな声で表現されたことを重要であると認識しやすい。
3)長く話をする人が出現した上に、その人の話がわかりにくい
話がわかりにくい結果、論点がぼやけ、議論が分散化してしまう。
4)個別の論点に入り、そこから抜け出せなくなる
これにはいくつかの原因がある。第1に、会議の参加者は通常、自分に関連深いテーマに強く注意を向けがちになる。第2に、人間には「自分は優れた人間である」と人に認知されたいという強い要求があるため、細かい個所について、自分の知識や見識を披露するかのようにこだわりを見せる。第3に、単純に個別論の方が議論しやすい。
5)議論の抽象度が高くなり、話がぼやけていく
具体的な言葉で考えない結果、抽象論に陥り、論点がぼやけてしまう。
こうした問題を回避するための方法には、次のようなものがある。
■出された意見を、目的や論点とともに、ホワイトボード、PCなどを活用して可視化していくことで、「何の議論をしているか」を常に見えるようにする
■通常の司会者(上長など)とは異なる、会議の生産性を管理する運営担当者(ファシリテーター)を置く
■準備の段階で、議論すべき論点を、具体的に議論したいディスカッションのポイントのレベルに分解しておく
■会議の前の事前インプットをしっかり行なう
一見手間がかかりそうなものもあるが、しっかり準備しておくと、長い目で見た生産性は確実に向上していく。自分の会社に合いそうなもの、やり易そうなものから励行されるといいだろう。
次回も、『会議の落とし穴』についてご紹介します