去る7月20日に大手町で開業した「星のや東京」。その経営の成否は、同社のみならず、ホテル業界全体にとって重要な意味を持つ。
ご存じの通り、コーヒー業界では目下、「サードウェーブ(第三の波)」と呼ばれる現象が起きている。コーヒーが一般家庭に普及した第一の波、スターバックスのようなシアトル系のコーヒーチェーンが世界に広がった第二の波。そして産地にこだわった豆を使い、ハンドドリップで一杯ずつ丁寧に入れるスタイルの第三の波。「サードウェーブ」の代表格、ブルーボトルコーヒーの日本進出が話題になったのは記憶に新しい。
同じように、ホテル・旅館といったホスピタリティ業界の競争も新たな段階に入りつつある。1990年頃まで、宿泊施設の多くは家族的経営によって、エリアや施設の特徴を活かしたユニークな運営がなされていた。宿泊業は典型的な分散型事業(戦略変数が多く、規模化による優位性構築が難しい業界)であり、高級ホテルで言えば日本ではオークラや帝国、シンガポールではラッフルズ、ロンドンではサヴォイやクラリッジスなど、各都市を象徴するようなホテルが幅を利かせていた時代であった。いわばホテル業の第一の波と言えよう。
その後90年代後半から、欧米のホテルの一部で国際チェーン化が進み始める。所有と運営を分離することで、ホテル運営会社が財務面の制約から解放され、顧客管理や従業員教育、プロモーションといった運営業務に集中し、ホテル事業を規模化できるようになった。リッツ・カールトンやフォーシーズンズといったブランドのホテルが急速に世界各都市で開業していった「第二の波」の到来である。
リッツ・カールトンのように先行したホテルチェーンは、「ミスティーク(神秘性)」と呼ばれる数々のエピソードを生み出し、長らく顧客の支持を得ていたが、近年はコモディティ化が進みつつある。各チェーンの経営が洗練されてきたことで、リッツ、フォーシーズンズ、パークハイアット、ウェスティンなど、どこに泊まっても安定感のあるサービスが期待できる一方、ユニークな体験という旅の面白さは失われてしまった感がある。
星のや、アマンリゾートに代表されるサードウェーブとは?
そんな中で近代的な経営システムをうまく駆使しながらも、各ホテルの地域特性を活かしたプレイヤーが、ホスピタリティのビジネスに第三の波(サードウェーブ)を起こしつつある。代表格の1つがアマンリゾートだろう。同社が運営する約30か所のリゾートは、どこも地域性を活かしたユニークなコンセプトを持つ。筆者もいくつかのアマンのホテルに足を運んだことがあるが、従業員の地域観光資源に対するプライドは筋金入りだ。レストランで飲んだコーヒーを「美味しい」と評すると、従業員が「地元の農園でとれるコーヒー豆だ。日本に帰ってからも味わって欲しい」と袋詰めにして渡してくれる。朝の散歩時にリゾートの隣に広がる棚田に見惚れていると、「この景色を眺めながら朝食を食べたらどうか」と、あっという間にその場にテーブルを用意してくれる。こんな調子で、顧客の細かいリクエストに応える以上に、ホテル側からこだわりを持った提案を仕掛けていくのが、「サードウェーブ」の特徴でもある。
星のやも、この「サードウェーブ」の先端を走り続けているプレイヤーである。いみじくも星のや東京の開業にあたって、同社の星野代表は「顧客はどこまでも同じ要望を話している、それに応えることだけをやっていると、どのホテルも旅館も、皆同じサービスに行き着いてしまいます。だから、自分たちの『こだわり』から派生したサービスのあり方を考えていく必要がある」と話している(東洋経済オンライン「『星のや東京』、温泉だけの利用がダメな理由」より)。そもそもホスピタリティや「おもてなし」の根底には、顧客自身が気づいていないニーズを読み取って、先回りして提案する点があり、「サードウェーブ」はおもてなしの原点回帰とも言える(※)。
もちろん、サードウェーブのホテル経営にも壁はある。各ホテルがユニークなコンセプトを打ち出すためには、立地や施設に何らかのストーリーが必要だ。実際に星のやが運営を手がけてきたホテル・旅館は、いずれも独特の観光資源を有し、かつ施設自体に歴史や高いデザイン性がこめられた場所が多い。逆に言えば、立地や施設に特色がなければ成立しにくいビジネスモデルでもある。
大手町という(悪く言えば)平凡な立地で、新設の高層ビル内で開業する星のや東京は、このビジネスモデルの壁を打破できるかどうかの試金石と言える。もし大手町で、星のや東京やアマン東京が大きな成功を収めることができれば、新しいコンセプトの都市型リゾートが世界各地で生まれる道が開けるだろう。星のや東京の成功に期待したい。
※ホスピタリティやおもてなしの定義については「おもてなしで頑張らない」 を参照ください