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世界の地政学リスクがわかる7つのキーワード

投稿日:2016/05/31更新日:2021/10/26

世界の地政学リスクと日本の外交[1]

神保謙氏(以下、敬称略): 「世界の地政学リスクと日本の外交」というのは、1時間ではとても語り尽くせないほど大きなテーマだ。なので、進行にあたってはいくつか工夫をしてみたい。まずは全体像をつかむため、私のほうから謎かけのような話をしてみたい。私が考える現在の世界はすごくパラドキシカル、二律背反的な世界になっていると思う。一面では楽観主義に覆われた世界が確実にある。それはどんな世界かというと、グローバル化が進むなかで各種指標が改善し、国際協調も進む世界と言える。

たとえば1990年に36%だった世界の貧困率は、昨年には1/3の12%まで縮小した。また、途上国の初等教育も現時点で完全普及に相当近づいているほか、乳幼児の死亡率もHIV新規感染者数等も過去20年間で大幅に改善した。そして去年パリで開催されたCOP21では共同宣言も出ている。アメリカと中国の合意により、気候変動に協調する枠組みさえ生まれた。グローバリゼーションの下で、世界が新しいアジェンダに向けて協調していく姿勢が生まれているように見える。

では、これとパラドックスになっている世界とは何か。悲観主義の世界だ。それが本日議論しようと思っている地政学リスクの話になる。ただ、このテーマについて話すと長くなってしまうと思うから、壇上の御三方には最多で2つのキーワードをそれぞれ挙げていただきたい。地政学的なリスクを考えるうえで、皆さんはどういったキーワードに念頭に置いてお話をするだろうか。その辺から伺ってみよう。

そこで司会の特権ということで私からも1つ提示をさせていただくと、「実は世界の地理が縮小した」という話になる。キーワードは「ジオグラフィーの縮小」だ。10年前、世界はグローバルだった。日米同盟もNATOもグローバル化しようという話になっていて、ヨーロッパやアジアが各々、他の地域に関わっていくことが是とされていた。でも、今はどうか。中国の台頭に北朝鮮のリスク、そしてヨーロッパではロシアの再台頭や難民のリスクがあり、各国とも自分たちの地域で精一杯の状況に変化してしまった。ヨーロッパとアジアの外交・安全保障を考える際、各地域の縮小した世界のなかで我々は地政学を見なければいけなくなったと考えている。こんな風にして、前原さんから順に、御三方にもそれぞれなんらかのキーワードを切り口にお話しいただきたいと思う。

前原誠司氏(以下、敬称略): 私は2つ挙げたい。1つは「ゲームチェンジャーの出現」だ。戦後つくられてきたゲームのルールを力ずくで変えようとする勢力が出てきた。1つ目はIS、2つ目は中国、そして3つ目はロシアだ。この3つの強力なゲームチェンジャーが、第2次世界大戦後に世界でつくられ、70年間続いてきたオーダーを変えようとしている。

そして2つ目は、グレン・フクシマ(米CAPシニアフェロー)さんが会場にいらっしゃるので言いにくいけれども、アメリカの、やさしく言うと「政策変更」。厳しく言うと、やはり世界におけるアメリカの相対的地位が少しずつ低下している。我々はその変化に対応しなければいけなくなっていると思う。ここでは切り口だけ申しあげると、アメリカの中東政策は大きく変わった。これはオバマ政権を批判する意味ではない。むしろそれ以前のイラク戦争やアフガニスタンへの泥沼介入といったものの反省に立ち、今のオバマ政権ができている。

従って、オバマ政権はその流れを引き継いだという話だと思う。ただ、イスラエルやサウジからすると、「今まで信頼できる国だと思っていたアメリカがまったく違う国になってきた」と、恐らくは見えているのではないか。イランへの対応もそうだ。さらに言えばシェールオイルが出てきたことで、相対…、どころか絶対的に、中東に対するコミットメントや関心が低下してきた面があると思う。

日本の外交を考えるうえでも同じキーワードが出てくる。「アメリカとの同盟関係は今後も続くんだ」と、まあ、考えたいし、そのための努力はしなきゃいけない。ただ、第1部全体会でお話があった通り、世界情勢の変化や日本の相対的地域低下といったことも踏まえて、「アメリカは変わり得る国なんだ」と。今の中東に対するコミットメントの仕方から十二分に考えておかないと、気がついたときは大変なことになるのではないかと思う。

神保: 続いて、世銀のMIGA(多数国間投資保証機関)で日々世界のリスクのアセスメントをされている本田さんから見たキーワードはなんだろうか。

本田桂子氏(以下、敬称略): 1つ目は「スーパーコモディティサイクルの終了・終焉」で、2つ目は「トランス・アトランティック」、つまり欧州と米国の関係変化だ。まず、1つ目に関しては別セッションで竹中(平蔵氏:慶應義塾大学総合政策学部 教授/2016年3月当時)先生からお話があった通り、経済が成長するといろいろな問題が解決する面はたしかにある。今、世銀グループは貧困の撲滅を最大の目標にしているけれども、それも大きく低減している。

で、これは世銀が頑張ったからかというと、頑張った部分はあるかもしれないけれど、これまでのおよそ15年にわたる新興国の経済成長がすごく大きかった。それに引っ張られる形で石油や鉱産物といったコモディティの価格が大きく上昇し、資源があった国はあまり大きな努力をしなくても経済成長していったわけだ。それで、たとえばデフォルト率を見ても過去15年ほどは大きく下がっている。ただ、それがここへ来て終わりを見せている。その瞬間から何が始まるかというと、ただでさえ高いと言われていた若年層の失業率が中東のみならず各国で高まっていく。それがバイオレンスにつながっている部分はある。

また、欧州は、米国の変化を見ている。そのうえで、どことどのようにバイラテラルで付き合っていくかについて、考え方を変えてきた。国際機関にいると、その辺について身につまされて考えさせられることがある。

神保: では続いて、宮家さんのキーワードも伺いたい。

宮家邦彦氏(以下、敬称略): 今回はありがとうございます。G1サミットは素晴らしい。ただ、僕はテーマにある「地政学リスク」という言葉が嫌いなんだ(会場笑)。この言葉は、特にエコノミストは使っちゃいけない。エコノミストが地政学リスクという言葉を使うとき、ほとんどそのことを説明できていない。むしろ、この言葉をエコノミストが使うときは、「私は国際情勢が分かりません」と言っているのと同じだ。だから「地政学リスク」の話はあまりしたくないけれども、それだと怒られちゃうから(会場笑)、キーワードを2つ。1つは「ナショナリズムと民族主義の復活」だ。そしてもう1つは「帝国の逆襲:The Empire Strikes Back」になる。

後者からいこう。まず、ISはエンパイアじゃない。ここで言うエンパイアとはロシアと中国とイランとトルコ。そもそも人類ってそんなに変わっていない。もちろんグローバリゼーションというものはあるけれど、それはブライトサイドだ。神保さんはパラドックスと言ったけれども、人間はダークサイドとブライトサイドでできあがっている。そして、これからはブライトサイドが消えて静かになって、輝きを失って、そしてダークサイドが表に出てくる。それが僕の、なんというか、歴史観になる。

では、今は何が起きているのか。冷戦は終わったけれども人間はそんなに変わっていないし、歴史は終わっていない。世界はフラットじゃない。人間は人間だということだ。しかも、ただのエンパイアならいいんだけれども、先ほど申しあげたように今は民族主義が復活してきた。先日ブラッセルからワシントンを廻って帰ってきたけれども、確信した。今ヨーロッパで起きている、あの醜いポピュリスティックなナショナリズムはトランプ現象と同じだ。そういうグローバルな傾向を我々は頭に入れなきゃいけない。

それを「地政学リスク」と呼ぶのならそれでもいい。私が考えているのはこうだ。冷戦時代は、社会主義対自由主義、あるいは共産主義対自由主義の戦いがあった。そして自由主義側の資本主義も修正資本主義になって、それなりに富の再分配を行っていた。ところが冷戦が終わってどうなったかというと、もう、自由競争のなかでどんどん効率を重んじる経済に変わっていった。

それは何を意味するのか。昔のように格差が拡大して、富の再分配ができないまま現在に至っているということだ。そうして中産階級が没落し、一方では移民も入ってきた。今はそれに対するダークサイドの怒りや不信感が生まれている状態だ。それがトランプであり、ネオナチであり、場合によってはイギリスのEU脱退なんだと私は見ている。

その意味で、今はすごく大きなことが起きている。その醜い醜いナショナリズムと帝国主義DNAの合体したものが今の中国であり、ロシアだ。それが力による現状の変更につながっている。で、ISについてはまたのちほど詳しく話すけれども、これは結果であって原因ではないと思う。いずれにせよ、そういう時代だということを申しあげたい。

地域別のリスクとは?

神保: ここまで、6つのキーワードが出た。開始10分でもはや収集不可能なところまで広がった感じだ(会場笑)。そこで、余計なこととは知りつつ私からさらにつけ加えをすると、実は過去20年、世界では民主主義国が増えていない。いろいろな指標があるものの、過去20年で世界のGDPはおよそ3.7倍に拡大し、地球上の富は大きく増えた。だからこそ貧困率も下がっているし、多くの指標が改善している。ところが、200におよぶ全世界の国家で民主主義国の比率を見てみると、およそ60%の状況がずっと続いている。1997年をピークに、横ばいもしくは若干減少さえしているような推移だ。

つまり、多くの新興国が自由化を果たさずに台頭している。つまり自由化しない国々が世界のなかで影響力をどんどん拡大していて、これも世界を見るうえで、もう1つの真実なんだと思う。そういう難しい世界のなかに我々は今いるんだということを前提にしつつ、この収集できない話をもう少しだけブレイクダウンしてみたい。

そんな訳で、セカンドラウンドではもう若干地に足を着けて、地域別ではどういったリスクがあるのかを伺ってみたい。まずはリバースオーダーで宮家さん。中東や中国に関していろいろとリスクの分析をなさっていると思う。日本人からすると中東で今何が起こっているのかがなかなか分かりづらいけれども、一言で…一言では表せないと思うが、それを宮家さんの技で表現するとどうなるだろう。

宮家: すみません、また地に足の着いていない話をしていいですか?(会場笑) 今中東で何が起きているかというと、オスマン朝の崩壊だ。トルコではない。オスマン朝のエンパイアが崩壊し続けている。彼らは昔、ウィーンまで進んだでしょ? そしてバルカン半島と中東を支配した。でも、そのうちヨーロッパを諦めて、そのあとはT・E・ロレンスあたりがやってきてオスマン朝を潰していく。で、潰したあとは、簡単に言えばヨーロッパがネイションステートをつくろうとして、サイクス・ピコ協定でシリアやイラクやヨルダンをつくったわけだ。

ところが何を血迷ったのか、そのイラクを壊しちゃったでしょ? シリアも壊しちゃった。その結果、サイクス・ピコ協定に象徴されるような、オスマン朝の崩壊を止めようとしてヨーロッパがつくったシステムが今壊れつつある。そして残念ながらシリアとイラクが破綻国家になろうとしているわけで、そうなると当然ながら国境が消える。そのなかで人々の再編成がはじまった。

帝国というのは、昔は少数派を優遇して利用することで政権を維持してきた。だから少数派は生き残ってきた。それがなくなるとどうなるか。分りやすい例がバルカン半島だ。あそこには少数派がたくさんいたが、オスマン朝もユーゴスラビアもなくなったらエスニッククレンジングがはじまった。同様の形で今はシリアとイラクが崩壊していて、帝国的な、もしくは抑圧した政権がなくなって自由になった途端、少数派がエスニッククレンジングに遭う。

だから私に言わせると、長い長いプロセスを経て進んでいたオスマン朝の崩壊が、1度は止まっていたんだけれども、シリアとイラクをぶっ壊したことで再び進んでいるということになる。このあとさらに壊れていくと思う。そのプロセスのなかで生まれたあだ花がISなんだ。あの地域に破綻国家ができることで生まれた普通の花。でも、あだ花だ。

では、このあと何が起きるのか。問題はこの崩壊がサウジまで届くかどうかだ。恐ろしいことだけれども、オスマン朝の崩壊がサウジまで届けば大事件になる。そしてオスマン的なものとペルシャ的なものが覇を競っていく。それらを民族主義と呼ぶべきなのかどうか、私はいまだに分からない。先ほど「キーワードは民族主義の復活」言ったが、実は中東についてはまだうまく説明がつかない。つかないが、私のイメージだとイスラムというイデオロギーのなか、アラブとペルシャのナショナリズムが覇を競っていく。そしてそのなかで旧オスマン朝のアラブはシーア派とスンニ派に分かれ、そのなかで少数派が抹殺されていく。こんな風に中東屋をやっていると悲観的なことしか言わなくなっちゃう(会場笑)。ただ、ここ30数年、悲観的な話ばかりがだいたい当たってきた。それが私のオブザーベーションだ。

神保: 良くも悪くも、アラブ世界の東部というかアラビア半島の政治的安定を支えていたのはサウジの力だったと思う。ただ、サウジでも今年に入っていろいろな動きが起きているし、特にイランとの関係が急速に変化している。この動きはどう捉えているだろう。

宮家: 元々、サウジアラビアというのは王国じゃない。あれは部族連合政権なんです。中選挙区制時代の自民党と同じ。派閥がたくさんある。(アブドゥッラー・ビン)アブドゥルアズィーズの妻は40数人いたわけでしょ? つまり部族連合でやっていたから王位は親から子でなく、兄弟に移っていた。古き好き自民党時代の派閥均衡政権だった。

ところが、去年1月23日にアブドゥッラーが亡くなってサルマーン(ビン・アブドゥルアズィーズ)が国王になったでしょ? それでどうしたか。それまで王位継承者はスデイリー家と非スデイリー家でバランスを取っていた。けれども去年4月に非スデイリー家の皇太子を解任して、そこからスデイリー家の惑星直列がはじまった。今まで続いていた王位継承ルールさえ変わりかねない恐ろしい時代に入ってきたと私は思う。

神保: 続いて本田さんに伺ってみたい。ヨーロッパもまた、過去2年、極めて苦しい状態だった。もちろんその前も金融危機の余波はあったけれど、今はやはり難民流入という問題がある。それでドイツもイギリスもガバナンスが大きく変化していて、イギリスでは6月にEU離脱を問う国民投票も行われる。一方、東に目を向けるとロシアの問題もあるわけだ。今の状況をどのように捉えていらっしゃるだろう。

本田: 大変難しい質問をありがとうございます(笑)。まさに、今おっしゃった2つが大きな問題だと思う。まず、当初は難民に関して大いに歓迎する姿勢の国もあった。けれども、受け入れてみようと思った瞬間、思っていたより多くの人が来てしまった。第1部全体会で議論していた日本の状況と逆だ。それが大変なコストになって財政を圧迫している。この点は皆、「どうしたらいいんだろう」という話になっている。それで今は、コスト的に、難民または移民に比較的対応できそうな国に、「なんとかやってくれないか?」という話をしている状態だ。

ただ、それで問題解決を見ているわけではないし、宮家さんがおっしゃったように中東問題が今後もっと大きくなると、さらに多くの人々が押し寄せてくる。それが難民で済むうちはいいが、移民になるかもしれないわけだ。長らくヨーロッパに留まる人が増える可能性が高いと言われている。そうした人々をどのように受け入れ、雇用機会や失業率も含めてどのように問題を解決していくのか。この辺について欧州各国の首脳および政府はかなりの時間を使っているという理解になる。

神保: 最後は前原さんに、アジアをどう捉えていらっしゃるのかを伺いたい。

前原: 先ほどISと中国とロシアがゲームチェンジャーだというお話をしたが、もう1つ加えなければいけないのは北朝鮮だと思う。そのうえでまずロシアについてお話をすると、ゲームチェンジャーとしてのロシアに関して、私は若干同情的だ。元々はソ連邦があって、フルシチョフの時代にクリミア半島がウクライナ共和国に委譲された。ウクライナ、特にクリミア半島の問題はそうした経緯とリンクしている。もちろん力で現状変更されてしまったわけだから、我々は外交的に「認めるわけにはいかない」と、言わなければいけない。ただ、心情的には若干理解できる。また、政治的妥協として、いつかこれについては…、それを最初に誰が切るかは別として、これについては1つのカードになるんだろうと思う。

あと、中東でのロシアについては専門家がおられるので簡単な話に留めるが、冒頭で申しあげた通りだ。シリアはアメリカがどう出てくるかを見ていた。化学兵器の使用はレッドラインを超える行為であり、超えたのならアメリカは何かしてくるだろうと思っていた。でも、何もしてこなかった。それでシリアにロシアが入ってきたということだと思う。従って、アジアの問題を考える際は、ロシアを別の次元で考えたほうがいいのではないかなと思う。

それから、北朝鮮については本当に厄介な若いリーダーがいるということだと思う。1つ言えるのは、国連の制裁決議が満場一致で決まったわけだけれど、実質的にはそれに従っていない国がある点だ。皆さん、お分かりだと思う。中国のことだ。中国が本当に食料やエネルギーの蛇口を締めたら北朝鮮はひとたまりもない。しかし、中国は国連決議で決まったことについても実行しない。なぜか。言ってみれば、北朝鮮というバッファがあることは、中国としては自分たちの理、あるいは国益に叶っているということになるからだ。

アメリカと同盟関係にある国が中国と国境を接して1つの統一国家をつくりあげることを、彼らは避けたい。また、統一の拍子に大量の難民が押し寄せるようなことも避けたい。さまざまな理由があるのだと思う。もちろん、「なんらかの形で暴発しないように」と、しっかり考えてはいるとは思う。また、私も去年秋に北京を訪れていろいろな方とお話をしたが、誰もが金正恩のことを間違いなく苦々しく思っている。でも、今申しあげたような理由があって最後の引き金はなかなか引けず、こちらもどうなるか分からないという状況にある。

とにかく叔父さえ処刑するような独善ぶりだ。金正恩が権力を握ってから、何十人、何百人殺されたか分からない。それほどの傍若無人ぶりを発揮しているわけで、転覆するというか、金正恩体制が崩壊する時期は早いかもしれない。ただ、崩壊したときがスッキリするときじゃない。そうした移行期、さらに大変なことが起きるかもしれない。だから中国が考えているようなリスクマネジメントにも我々は重きを置かないといけない。昨日(3月21日)だってそうだ。ノドンミサイルは日本全土を射程に置くし、核弾頭を搭載できるものもあると考えるべきだ。日本に対する影響は極めて大きいわけで、ここはしっかりと連携して対応しなければいけないと思う。

長くなって申し訳ないが最後に1つ、中国について。やはり中国にとっては内政問題が1番大きいと思う。まず、リーマンショックに続いてやってきた100年に1度という世界経済の危機を、ある程度救ったのは中国だった。よく言われる通り、4兆元という財政出動を行ったわけで。ただ、今はそれが過剰投資となり、過剰供給体制をつくっている。そこで構造的な変換を、長い時間をかけてやっていかなければならない。今はドルペッグ制のなかで元が相対的に高く、実は元を下げるほうが中国の競争力は伸びる。けれども、急激に下げるとフリーフォール的な下落になるかもしれないし、資本流出だって起きるかもしれない。そうした状況下、非常に難しい舵取りを中国はこれからやっていかなければいけないという、内政上の大きな問題がある。

ただ、他方で彼らはやはり、長期的には世界の覇権国家を目指している。まずは南シナ海や東シナ海を内海にして太平洋に出たうえでG2の世界を築こう、と。そのうえでアメリカとヘゲモニーを争うというチャレンジを、長いスパンでしていくと思う。そのとき、ただ単に「中国はけしからん」と言うだけではなかなか対応できない。あるいは、アメリカを含めて中国包囲網をつくればうまくやれるのかというと、やれない。経済的には深い相互依存関係ができているから、包囲網だけでもいけない。そうした難しいエンゲージメントをしっかりこなしていくなかで、けれども彼らがゲームチェンジャーとしてやろうとしていることに「それはおかしい」と、徹底的に言い続ける必要がある。

たとえば「ADIZ:Air Defense Identification Zone」という防空識別圏を東シナ海につくったことは、無視し続ける。また、南シナ海で勝手につくった岩礁、そして軍事基地も絶対に領土と認めず、無視して航海の自由の原則を貫き続ける。そうした気の長い対応も交えながら長らく続く戦いをマネジメントしていく必要があるし、和戦両様で物事を考えなくてはいけない。これは非常に厄介な問題だと思う。
 

次回はこちら

https://globis.jp/article/4344

パネリスト

  • 本田 桂子

    コロンビア大学 Adjunct Professor

    ベイン・アンド・カンパニー、リーマン・ブラザーズをへてマッキンゼーに入社し、シニアパートナーとして、金融機関等へのコンサルティングに従事。マッキンゼー在職中に規制改革会議委員、一橋大学客員助教授をつとめる。2013年より現職。

  • 前原 誠司

    衆議院議員

    1962年、京都市左京区に生まれる。京都大学法学部に入学、恩師である故・高坂正堯教授のもとで国際政治を専攻。大学卒業後、1987年に財団法人松下政経塾 第8期生として入塾。1991年、京都府議会議員選挙に左京区から出馬、28歳で初当選を果たす。1993年第40回衆議院議員総選挙における初当選以降、現在まで7期連続当選中。民主党代表を経験、民主党政権期に国土交通大臣、外務大臣、国家戦略担当大臣等を歴任。現在は、民主党行財政改革総合調査会長を務める。専門分野は「外交・防衛」「徹底した行政改革」「住民参加型分権社会」。座右の銘は「至誠 天命に生きる」。趣味はSLの写真撮影。
  • 宮家 邦彦

    外交政策研究所 代表/キヤノングローバル戦略研究所・外交安全保障 研究主幹

    1953 年神奈川県生まれ 1978 年3 月東大法卒 1978 年4 月外務省入省 1986 年5 月外務大臣秘書官 1991 年10 月在米国大使館一等書記官 1996 年7 月中近東第二課長 1998 年1 月中近東第一課長 1998 年8 月日米安全保障条約課長 2000 年9 月在中国大使館公使 2004 年1 月在イラク大使館公使 2004 年7 月中東アフリカ局参事官 2005 年8 月外務省退職、外交政策研究所代表に就任 2006 年4 月立命館大学客員教授 2006 年10 月-07 年9 月総理公邸連絡調整官 2009 年4 月キヤノングローバル戦略研究所・外交安全保障研究主幹"

モデレーター

  • 神保 謙

    公益財団法人国際文化会館 常務理事 慶應義塾大学 教授

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了(政策・メディア博士)。専門は国際政治学、安全保障論、アジア太平洋の安全保障、日本の外交・防衛政策。
    タマサート大学(タイ)で客員教授、國立政治大学(台湾)で客員准教授、南洋工科大学ラジャラトナム国際研究院(シンガポール)客員研究員を歴任。政府関係の役職として、防衛省参与(2020)、国家安全保障局顧問(2018-2020)、外務省政策評価アドバイザリーグループ委員などを歴任。
    主な著書に『検証安倍政権:保守とリアリズムの政治』(共著、中央公論新社、2022)、『現代日本の地政学』(共著、中央公論新社、2017)、『民主党政権:失敗の研究』(共著、中央公論新社、2013)、『アジア太平洋の安全保障アーキテクチャ:地域安全保障の三層構造』(編著、日本評論社、2011年)、『学としての国際政治』(共著、有斐閣、2009年)、The New US Strategy towards Asia: Adapting to the American Pivot (共著、London: Routledge, 2015)、China's Power and Asian Security (共著、London: Routledge, 2014)など多数。

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