日本企業の海外M&A件数がとどまるところを知らない。日本企業による海外企業の買収額は増加の一途を辿っており、また買収規模が数千億円超の大規模な案件も多くなってきた。
この背景として、一般的には、少子高齢化による国内市場の収縮のため、多くの日本企業が成長性の期待できる海外市場でのM&Aを企図していると考えられる。数年前までは円高によって買収価格を抑えられることが海外M&Aを後押しする要因と見られてきたが、このところの円安傾向の中でも海外M&Aの増加傾向は続いている。つまり、為替のような短期的な要因ではなく、日本経済の構造的な要素から、海外に今後の成長の活路を見出さざるを得ない状況とも言えるであろう。
このように、海外M&Aの増加自体は必然のことではあるものの、一方で買収金額が大きくなってきており、「戦略にしっかりと根差したものなのか?」、「高値掴みでは?」といった声も多く聞こえる。こういった観点から、私がお薦めしたいのが本書である。
本書の特徴は、海外M&Aに失敗する要因を分析するとともに、成功のためのポイントやこれからグローバル企業がとるべき戦略を、M&A初学者にもわかるように平易にまとめている点である。
具体的には、失敗をいくつかのパターンに分類し、買収前の戦略意図の不明確性や被買収企業の強みの読み違え等から生じた事例、日本式マネジメントを押し付けて現地のマーケットに不適合な戦略の実施を行っている事例といった、具体的な事例を元に買収前後の経営管理にまで視点を広げて洞察している。本書を読めば、買収前後を通じて、戦略、マーケティング、組織、ファイナンスを一気通貫に捉えることの重要性がよくわかるであろう。
私が担当するファイナンスのクラスでは、「戦略は得意だけど、カネ系は嫌い、苦手」といった受講生の声をよく耳にするが、実際のところは、戦略の考察が甘いので前提となる数字も合理性を欠いていることがほとんどだ。だから、受講生にはいつも「戦略ができるのであれば、カネ系もできるはず」と答えている。たしかに、M&Aというと大手投資銀行が中心となり、高度なファイナンス理論をふりかざして…という印象をお持ちの方も多いかもしれないが、実際には、数字には血が通っており、その裏側には企業の理念、戦略、組織等、その企業の総体に根差していると言っても過言ではない。
一般的に、モノを買う際には、安く買えるに越したことはない。会社の買収も同様に、買収側にとっては、買収価格は抑えることができればと考えるのが自然であろう。一方で、アドバイザーとして関与する投資銀行はM&Aがなければ商売にならないし、買収側のM&A担当者もM&Aをやってこそ人事評価される。さらに、成長戦略を簡単には描きにくい国内の状況から、経営者も海外M&Aを成就させたいという思いが強くなり、買収金額を高くさせ、M&Aをとにかく実行したいという誘因を持つ可能性がある。そこには、関係者全員が戦略、組織といった企業価値の源泉への考察を曖昧なままに、高値でM&Aを実行するという方向性を共有しかねない構造がある。
こういった現状に鑑み、M&A担当者になった際には、それ自体を目的化することなく、しっかりとfor the companyの精神で中長期の経営を考えなければならない。海外M&Aは救世主にも悪魔にもなり得る諸刃の剣であることを、本書を通じてぜひ胸に刻んでいただければと思う。