今年も残すところ僅か。今年の仕事をやり切ったら2016年の自分の姿に思いを馳せてみよう。グロービスの中国・上海、シンガポール/タイ、そしてベンチャー・キャピタル事業のリーダー3人に、2016年の展望を聞いた。(構成: 水野博泰=GLOBIS知見録「読む」編集長)
「一帯一路」で中国企業がグローバル市場に躍り出る年に
趙麗華 顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事長 総経理
「一帯一路(いったいいちろ、One Belt One Road)」という中国の国家戦略をご存じだろうか。
2013年9月に習近平国家主席が提唱したもので、歴史あるシルクロードに沿った経済ベルト(一帯)と、インド、中東、アフリカを結ぶ海路(一路)により、インフラの整備、貿易の促進、そしてそれらの地域へ投資を行う。アフリカや欧州を含めた広大な経済圏を構成し、経済発展の新しい協力モデルを目指すものである。最も注目すべきは、「世界の工場」から「海外投資大国」に中国を転換させようとしている点である。
2013年はまだスローガンだったものが2年の間に多くの国との連携が実現され、多くの研究も進み、計画がかなり具体化された。2016年はいよいよ実行の年になる。
2016年は「一帯一路」という国家戦略の後押しを受け、中国企業が大挙してグローバル市場に躍り出ることになるだろう。国外に会社を設立し、現地の人を雇用し、事業を創り出す。中国政府に対して提案し、承認されれば、補助金が給付されるので、ブームになることは間違いない。
そのため、今、中国企業の間では新しい国家戦略の流れに乗り遅れまいと緊張感が高まっている。ビジネスプランをどのようにして立てるか、グローバル人材をどのようにして採用・育成しマネジメントしていくか、中国のやり方ではなく世界のビジネススタンダードでどのようにして競争していくか――という課題に、真剣に取り組み始めているのだ。以前にもまして、「提案力」「経営力」「異文化マネジメント力」といったものに対する学習意欲が高まっている。
日本も手本のひとつと認識され、資源もなく小さな島国から世界に進出し、多くのグローバル企業を輩出したことが再評価されている。老舗企業が100年、200年と続いている理由や、稲盛和夫氏の経営手法に対する関心も高い。
これまでは中国市場だけを見ていた中国企業の経営者たちの目がグローバルに向かっている。スピード感と行動力が優れている中国企業は想像以上に急激に変貌を遂げるかもしれない。日本企業も、うかうかしていられない。(談)
「日系現地法人、アジアの乱」に火がつく年に
高橋亨 GLOBIS Asia Pacific Pte. Ltd.、GLOBIS Thailand Co. Ltd. マネジング・ディレクター
2012年からシンガポールとタイを拠点として、現地に進出している日系企業の人材育成と組織開発をお手伝いしている。幅広く現地の日系企業の方々と交流させていただく中で、アジアのフロンティアで活躍している日本人リーダーたちの熱気が更に高まり、いよいよ決起は近いという感触を得ている。アジアの日系現地法人が、本国本社の指示や承認に甘んじるのではなく、現地だからこそできる独自の判断と戦略を頑として主張し、行動に移す年になる。言わば、日系現地法人、アジアの乱である。
アジアに限らず、日本本社と海外現地法人との間には小さくはないギャップがある。現地法人の主張は、本社からは理解されにくく、実現しないことが少なくない。そうした厳然たる関係性の中で、海外現法のリーダーたちはいつしか、本社にお伺いを立て、資金、人材のあらゆる面で本社依存の出先機関に甘んじていくようになる。
しかし、グローバル・フロンティアではそんな中途半端なやり方は通用しなくなっている。市場に深く分け入って、本気で現地ニーズを汲み取り、いち早く製品やサービスを投入しなければ勝てない。それどころか、ゲームに参加することさえできない。日本本社の指示に従っているだけでは、そこに存在する意義すら危ういものになってしまう。
そうした状況に業を煮やし、自社だけが取り残されていくという危機感に根ざし、多くの現地リーダーが立とうとしている。現地でニーズをとらえ、現地で戦略を立案し、現地で資金調達し、現地で有能な人材を採用・育成し、実行する。当たり前のようだが、これまでやろうとしできていなかったことに、本気で取り組もうとしているのだ。
本社からは「やり過ぎ」「独断専行」と見られてしまうかもしれない。組織人として自分のキャリアに大きなリスクを負うことになるかもしれない。だが、自社の価値をアジアで提供するという本来の目的に立ち戻り、「本社をねじ伏せてでもやり遂げる」という覚悟を固めた現地リーダーがいる。アジアの乱に期待したい。(談)
「ベンチャー・テクノクラート」が始動する年に
仮屋薗聡一 グロービス・キャピタル・パートナーズ マネジング・パートナー
ベンチャー・シーンは「テックファースト」に大きく舵を切った。フィンテック、エドテックを始め、ヘルスケア、ホーム、カー、マテリアル、宇宙――など様々な分野で、技術の切り口によってベンチャー投資の焦点が定まっていくだろう。こうした「オポチュニティ」と、AI(人工知能)、ビッグデータ、IoT(モノのインターネット)などの「テクノロジー」が交差する部分に着目し、新しい投資機会を作り出しているというのが現況だ。
特徴的なことは、注目されているオポチュニティ群はいずれも、人類や社会にとっての大きな課題であること。国の政策、大企業のリソース、ベンチャーのスピードと新技術を総動員することが前提になっている。2014年頃までのように、スマートフォンのアプリで一発当てるというのとは様相が全く違う。
一言で言うと「大人の戦い」になる。国家の政策、大企業の資源、技術への理解、経営の能力など、多岐にわたる最高レベルの知見とリーダーシップが必要になっている。
そこから帰結される2016年のベンチャー業界のトレンドは、政策を熟知した霞が関の官公庁、日本を代表する大企業、巨大資金を動かす投資銀行、専門領域を極めた会計士、弁護士、医師などが、ベンチャー領域に次々とスピンアウトしてくるということだ。社会ヒエラルキーの頂点に立っていると言えるようなトップクラス人材が、非常に大きな社会課題を解決するために安全圏から飛び出してくる年になると見る。
年の頃なら30歳前後。私は彼ら・彼女らを「ベンチャー・テクノクラート」と呼びたい。鼻持ちならないくらいに能力が高いベンチャー・テクノクラートの出現と活躍を心待ちにしている。(談)