関西・観光客“倍増”計画 ~2020年に向けての挑戦~[1]
星野佳路氏(以下、敬称略):本セッションは「関西・観光客“倍増”計画」というタイトルになっている。ただ、観光客数が増えること自体は悪いことではないけれど、倍増が本当にいいのかといったことも含めて今日は議論したい。まずは観光地として世界のトップブランドである京都のお話を伺っていこう。門川市長から見た京都の課題、そして将来の方向性に関するお考えをご披露いただきたい。
門川大作氏(以下、敬称略):「何もせんでも京都には人が来はる。京都のブランドはすごいなあ」といったことをよく言われる。しかし、京都では100年単位、あるいは10~20年単位で先人が大変な努力をしてくださった。たとえば、京都市が京都駅に観光案内所をつくったのは昭和2年だ。市役所に観光課をつくったのは昭和5年、昭和恐慌のとき。また、この年には日本で初めて、加茂川、北山、そして東山という、人が住んでいる3地区を風致地区に指定した。
最近では平成12年に始めた取り組みがある。京都の訪問者数はそれまで年間3800~3900万で、大阪で花博が開かれた年にやっと4000万超えた。そこで桝本賴兼前市長が、「10年で5000万にしよう」という目標を立て、100を超える事業にオール京都で取り組んできた。そして私が市長になったとき、2年前倒しで5000万を達成した。それで、「次は6000万を達成しよう」という話に一時はなったけれども、「やめとこ」と。値下げをして呼び込めば国内外からお客さんは来る。近隣には朝食つきで一泊3000~5000円の宿もある。でも、たとえばその旅館がどうなったかと言えば、正規職員を全員ストラ。非正規職員の雇用でコストダウンしている。それではダメなんだ。
だから、5000万を達成した次は、「5000万観光都市から5000万感動都市にしよう」ということになった。質を高め、確保して、そして量も確保する。その結果どうなったか。「Travel + Leisure」という、世界で最も影響力があると言われる旅行雑誌は、19年間、「世界で最も行きたい都市」というテーマで大規模な読者アンケートをしている。そこで2012年、京都が日本の都市として初めてベスト10入りした。9位だった。翌年は5位にランクアップしている。今、我々はオリンピックに向けて前倒しで観光振興計画を見直そうとしていて、今は116の事業を動かしている。それで同ランキングで1位を目指そうと言っていた今年、1位になった。目標、なくなっちゃった(会場笑)。
これは質を高めてきたから。我々は毎年、国内外の観光客に、「どこが良かったですか?」「どこが悪かったですか?」ということを聞いている。外国人観光客の方々に最も評価が低かったのは、Wi-Fiが自由に使えない点だった。それなら、「よし、やろう」と。民間の協力も得て、今はバス停をはじめ650箇所に無料のWi-Fiスポットを設置した。年度内に1000箇所まで増やす。また、言葉のバリアにも対応している。これ、小さな旅館ではどうしようもない面があるし、小さな旅館が好きという方もたくさんいらっしゃる。そこで我々は800カ所を対象に、24時間かつ多言語で対応できるコールセンターをつくった。それを大津さんと奈良さんとも共有する。このたび、京都府下全域でやっとそれが利用できるようになった。そんな風に、課題を一つひとつ解決しながら良いところを伸ばそうと考えている。
また、最近は嬉しいことがあった。17年前、前市長が「世界一美しい街・京都をつくろう」ということを言わはった。すると、当時は皆が、「言葉が浮いています。“日本一”にしておいたほうがええです」と言う。でも、京都には「門掃き」(かどはき)という伝統がある。朝起きたら門を掃く。それをやろうということで、今は学校や市役所といった500箇所を超える施設で朝当番が門掃きをしている。民間会社の方々もする。今は年間20万人以上がボランティアで掃除をしてくださっている。そうこうしているうち、「京都のどこが良かったですか」という質問に対する答えの1位が、「街が清潔で美しい」になった。食事も良いし、お寺も神社も文化も芸術も良いけれど、街が清潔というのが一番になってきた。そういう地道な努力を積み重ねるが大事なのだと思う。
最後に課題を申し上げたい。最大の課題は「人」。京都市はこれだけ観光が好調だし、財政も良くなっているだろうと思われるけれど、ぜんぜんダメ。リーマンショック以前から、税収はまだ250億落ち込んだままだ。何がダメなのか。京都市内で製造業に従事している方の非正規率は3割で、卸売や小売では同5割になる。しかし、観光・宿泊・飲食に従事する人の非正規率は75%。これが日本の観光・サービス業の現実だ。このままでは、「観光立国日本」が実現しても、それを支える人の75%が非正規労働者という話になりかねない。それではダメだ。数を求めるのも大事だが、我々は安定した雇用と質の高いサービスに徹していく。どれほどお客さんが来て忙しくなっても持続可能性がなければ人は育たない。それが最大の課題だと思って挑戦している。
星野:続いて下條さん。京阪電鉄さんは京都だけでなく広域で観光事業に携わっていらっしゃる。京阪さんは地域の各種課題をどう解決していこうとお考えだろう。
下條弘氏(以下、敬称略):私は大阪生まれ大阪育ちで、今は京都にも仕事で関わっている。最近は京都の奥深さというか、京都の良さがだんだん分かってきたという気がしているところだ。歴史と伝統のうえに、市長を先頭にしていろいろ新しいことをやられていて、それが次のお客さんを呼んでいる。「世界の京都」だと感じる。そのなかで、私どもは鉄道やバスや船舶、あるいはホテルやレジャーといったいろいろな事業を展開している。今後も鉄道やバスを快適にご利用いただくため、引き続き努力していかなければならない。また、さまざまな歴史的資産と我々グループが持つ資産を連携させて、それを発信していくというのも非常に大事だと思う。
今、門川市長からいろいろなご提案があった。実際、今はバスの運転手が不足している。これは一つの大きな課題だ。ホテルでも一部で人材が不足している。これからお客さまがさらに増えたら、人不足もさらに深刻化するのは自明の理だ。我々としてもその課題解消に向けていろいろと努力している。
あと、私はびわ湖大津観光協会の会長も務めているが、大津と京都は大変近い。だから、大津も京都の近隣地とし京都観光を支えていくべきではないかなという気がしている。たとえば京都にある機能の一部を大津で持つとか、そういうことも考えていくべきだと思う。もちろん質も高めなければいけないが、リピーターが多い京都にあって、やはり新しい観光資源を発掘して新規のお客さまにたくさん来ていただくことも大切だ。だから、良いところはもっとたくさんあるので、それらをアピールしてさらに多くの方々に来ていただきたいという思いもある。我々としては、そのために付加価値を知らしめていくといったことに引き続き取り組んでいきたい。
星野:観光産業に非正規が多いのは生産性が低いから。自動車産業の半分も需要がありながら、自動車産業の1/10も利益を出していない。だから正規雇用にお金が回らない。ただ、なぜか人手不足だ。それなら正規雇用にして給料をあげればいいじゃないかと思うけれども、それを可能にするだけの生産性がない。あと、生産性の問題は我々経営者の問題だけれども、人材の問題には政治も絡んでくる。たとえばインバウンド増加に伴う言葉の問題に対応するため、外国の方をもっと雇いたい。でも、今はそれがなかなか進んでいなかったりする。民主党政権時代、福山さんには観光に相当携わっていただいた。観光産業含めた日本のサービス産業で、「もっと外国の方々に活躍してもらおう」といった議論は政治の世界でされているだろうか。
福山哲郎氏(以下、敬称略):「政権時代にろくなことをしなかった」とあちこちに言われるけれど(会場笑)、観光分野では結構頑張った。たとえば中国からのビザ緩和。当時の私は外務副大臣で、警察とは相当やりあった。ビザ緩和のハードルが大変高かったので。また、LCCやオープンスカイについても一生懸命進めてきた。
外国人労働者をサービス産業に入れていくことも同様に大きな課題だった。それで、実は当時、外務省でも内々に、「単純作業のところで外国人労働者にどれほど入ってもらうぶんには大丈夫なのか」といった研究をしていた。ただ、結果的にはそれを表に出そうとしたとき、各省庁から圧力がかかったという経緯がある。また、「日本人で派遣労働者や低賃金の方がたくさんいらっしゃるのに、今なぜ外国人の方をわざわざ呼ばなきゃいけないんだ」という世論も噴出した。それで結局は議論に蓋がされてしまった。今も安倍政権による成長戦略の一つにその議論が出ているが、具体化するかどうかというと、まだ先が見えにくい状態だと思う。
星野:民主党政権時代、僕は一緒に取り組んでいたこともあったので今のお話は分かる。実際、LCCが今導入されているのは民主党政権時代、御立(尚資氏:ボストン コンサルティング グループ 日本代表)さんらに航空業界の規制緩和に関してご意見をいただき、前原さんや福山さんらが意思決定していったからだ。だから関空にLCCの拠点が出来た。本当に大きな成果だし、今のインバウンドにもかなり効いていると思う。肩入れするわけではないけれども。
福山:インバウンドが1000万を超えたというニュースがあったけれども、実は2010年の時点で史上最高の860万に、一気に増えている。で、残念ながらそれが東日本大震災で一気に落ちたけれども、実はあのときの政策が少しずつに効いて1000万になった。タイやシンガポールへのビザ緩和が始まったし。まあ、別に僕らがやったという話でなく、今もそうした政策を安倍政権にも継続していただいて、それで観光政策が加速しているというのが今の状況だと思う。
星野:続いて、須田さん。今まで国内需要しか見ていなかった旅行業界のなかで、インバウンドに特化した会社をつくられたのは画期的だったと思う。今後、インバウンドを本当に2~3倍とするためにはどういった取り組みが必要だろうか。
須田健太郎氏(以下、敬称略):我が社は事業のなかで、「日本の観光立国を成し遂げ、日本のファンを世界に広げ、日本の元気の原動力となる。」という使命を掲げている。それで何をやっているかというと、外国人観光客の受け入れに特化した旅行会社の運営だ。今年は6万7000人を受け入れる計画で、その90%以上が団体旅行になる。で、今期はすでに20万泊以上のホテル予約、40万食以上のレストラン予約を日本国内で発注していて、売上の95%以上は外国からの売上となっている。
さて、本セッションのテーマである「関西の外国人観光客を倍増させるためにどうすればいいか」ということについて、今日は三つにまとめてきた。一つ目は物理的な部分だ。当然、空路がなければ増えない。2013年度、成田と羽田は合計で約550万人を受け入れているが、関西空港はその1/2となる230万人だ。先ほどオープンスカイの話が出てきたけれども、関空は、去年は前年比およそ130%、今年は同125%ぐらいの勢いで増えている。これは、我が国全体での受け入れ人数増加のペースとほぼ一緒だ。やはり航空便が増加しないと外国人観光客は増加しないという風に、データとしても出ている。これを増やすことが非常に重要だと思う。
これに関しては、我が社の現場でも関空便の団体枠が取れないという声がよくあがっている。便数が少ないので個人旅行客とビジネス客に座席が割り当てられてしまって、団体旅行を組成できないのが関空便の特徴だ。これを増やすことが外国人観光客倍増に向けた一つのポイントになると思う。あと、ハード面ではホテルの部屋数も圧倒的に足りていない。成田空港周辺だと大きなホテルが多いけれども、関空周辺だと皆さんもあまりご存知ないと思う。ホテルの部屋も航空便の団体枠も取れないとなると、売りたくてもなかなか売れない。我が社の現場ではそうした問題がある。
で、二つ目はプロモーションが圧倒的に足りていないという点。我が社では「フェイスブック理論」と呼んでいることがある。お客さんがどこへ行きたいかというと、写真を撮ってフェイスブックにあげて、「いいね!」がつくところ。そういうところに行けば知り合いや友だちに自慢できるからだ。逆に、「日本に行ったよ」とアップしても、「それ、どこやねん」と言われるような場所にはなかなか…、行きたくないことはないかもしれないが、どちらかというと有名な東京に行きたいというのがあると思う。
ただ、実際のところ、新宿で買い物をしようが心斎橋で買い物をしようが、買えるものは同じだ。だから、もっと関西全体でプロモーションをかけていくことが、まず関西の認知を高めることにつながるのだと思う。それで行きたい人が増えたら航空便も必ず増えるので、観光客数もかなり増えると思う。
そして、三つ目は日本全体に関することだけれども、インバウンドを受け入れるという日本人の心の状態も大事だと思う。日本人はあまり口にしないけれども、日本のことが大好きだと思う。日本の文化が世界で一番すごくて、日本料理が世界で一番おいしくて、日本の四季が最高だというような、ある意味、プライドのようなものがあると思う。でも、それは落とし穴にもなる。我が国の文化を外国人観光客に押し付けてはいけない。勉強しに来ている方ならそれでもいいと思うが、多くの外国人観光客はエンターテインメントとして日本旅行を楽しみにして来られている。従って、相手の文化や考え方を理解してサービスを提供するという考え方でないと、「あいつらうるさいな」というような話になってしまうので。
→関西・観光客“倍増”計画 ~2020年に向けての挑戦~[2]
※開催日:2014年10月18日、19日