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イデアパートナーズ井手氏×玉の湯 桑野氏×奈良市 仲川氏 「観光立国・日本 九州の果たす役割とは」 前編

投稿日:2014/05/13更新日:2021/11/30

観光協会の再編、新しい観光協会の構築を(井手)

29403 井手修身氏

古川康氏(以下、敬称略):今日はまず壇上でひと回りお話をしたのち、すぐに会場の皆さんから質問等を受けよう。最初は井手さんに「観光立国・日本九州の果たす役割」という本セッションのテーマについて思うところをお話しいただきたい。(01:34)

井手修身氏(以下、敬称略):私はイデアパートナーズという会社を10年ほど前に立ちあげた。で、当時は独立にあたって地域活性等のキーワードで何をやろうかと考えていたのだが、ローカルを活性化するためにはやはり観光産業が重要になると思った。そこで、「観光産業のど真ん中と言える旅館の再生をしたい」と。旅館の集客支援や旅館をとりまく地域のバリューアップを行いたいと考えて、これまでも雲仙等いろいろな旅館のお手伝いをさせていただいている。そこで今回のテーマについてだが、観光というと地域観光の議論だけでなく、オール九州あるいはオールジャパンの議論もあると思っている。そこで、まずは地域観光のお話をさせていただきたい。(02:35)

観光産業では顧客が団体から個人に変化していったといった流れもあるが、まず、国内では宿泊客数や宿泊回数がほぼ横ばいというか、右肩下がりの状態にある。ジリ貧だ。国内旅行でもだいたい一人二泊程度。それともう一つの大きな流れとして、成熟社会のなかで観光というものが変遷しているとも感じている。たとえば九州では2011年に新幹線の全線開通という大きな出来事があった。で、ちょうどそのときにJR博多シティビルもできたのだが、実はあれ、半年で3000万人を集客した。当初予測のおよそ1.6倍という集客力で、当時は九州の観光地でもNo.1だったと思う。(03:44)

ただ、なかに入っていた阪急百貨店の売上増は8%前後と、予測よりも低い伸びに留まった。では皆がどこへ行ったのか。たとえば屋上にある「つばめの杜ひろば」という無料の空間に行っていた。これが結構良い空間で、200万人ほど入っている。つまり一つの事象として、モノの販売で集客する流れから時間を消費する流れになったというか、時間が商品になっていったという変化がある。そこで重要なのは誰と何を楽しむか。楽しみに行くという要素が観光の大きなキーワードになってきたと思う。(04:37)

また、私は2010年にNPOも立ちあげていて、そこで「バルウォーク福岡」というイベントを開催している。これは「福岡の町を楽しむ」ということで、ピンチョスとワンドリンクに交換できる1枚700円のチケットを5枚綴りで買っていただき、博多から天神まで120店舗ほどの店舗を飲み歩くというものだ。これで最も長い行列ができた西中洲のお店は2時間半待ちになった。集客は1日で5000人ほど。今、全国でも最も集客力の高いイベントの一つだと思う。とにかくそこへ皆と一緒に行く訳だが、並ぶことも楽しいから2時間待ちでも苦情が出ない。そうした「わいわい感」やコミュニケーションという部分に、“コト価値”のようなものが生まれているとも感じる。(05:26)

そういうものを、僕らは「一人称マーケティング」と呼んでいる。「私が楽しいと感じる店、私がお勧めする店が良いお店」という話だ。観光マーケティングにもそういう面がある。昨日の別セッションでは樋渡(啓祐氏・武雄市長)さんも武雄市図書館に関して、「自分が心地良いと感じるところをつくりたかった」と仰っていた。本当にそうだ。自分が良いと思うところ、自分の嫁さんを連れていきたいと思うようなところは、良いに決まっている。私としては、そうしたことの集積が一つの大きな付加価値になるのではないかと思っていた。今はそんな風にして福岡で培ってきたものを、今度はオール九州ということで那覇や宮崎といった12箇所ぐらいと組んでやっている。これを成功させ、九州・沖縄でおよそ10万人を集客して一つのメッカにしたいと思っている。(06:40)

それともう一つ。新幹線の開業で私も九州一円に出向いているが、集客が最も伸びているのは鹿児島県だ。なかでも指宿温泉。温泉自体も繁盛しているが、ここで一つのキーワードが出てくる。公共交通。JR九州さんが「指宿のたまて箱」(以下、いぶたま)という観光列車を出した。九州の方はご存知だと思うが、今、JR九州さんはいろいろな観光列車出していて、乗っていることも楽しいというコンテンツを提供している。で、「いぶたま」はオープンしてもうすぐ2年になるが、驚くのは1日2往復走っているこの列車に市民が必ず手を振ってくれるところだ。実際には市役所の職員もかなり手を振っているが(会場笑)、それも強制ではない。「とにかく、いぶたまがきたら手を振ろう」と皆で言っている。それで、手を振られた旅行客のほうはそれをSNSに書き込む。で、それをテレビが採りあげる。つまり、モノの価値は「いぶたま」だが、コトの価値は市民や住民がつくっているということになる。(07:51)

観光の難しいところは観光事業者だけで完結できないところにある。従ってそこには行政も入ってくるが、シビックプライドというか、そこで市民が関わってくると地域としてブレイクするという面がある。そうした流れをどのようにつくり込んで、仕掛けていくのか。お二人はそういうことをやっておられるので、そのお話もしてみたい。(09:17)

そのなかで僕が今一つの大きな課題として取り組んでいるのは、「DMO(DestinationMarketing/ManagementOrganization)」というものだ。それを全国でつくりたい。つまり観光協会の再編であり、もっと言うと新しい観光協会の構築だ。行政と観光事業者を取り持つような、あいだに入る組織が今はあまりにも弱い。正直、市町村単位でも広域でも観光協会はどこもぼろぼろだ。とにかくプロパーな人材や経験者がいない。そして何よりマーケティングという考えを持っていないというか、そこが弱い。その問題にどうにかして着手しなければいけないというのが今の問題意識になる。(09:51)

観光を通してシビックプライドを回復させる(仲川)

29402 仲川げん氏

仲川げん氏(以下、敬称略):奈良市長なので少し奈良のお話をしたいが、奈良は九州では太宰府市さん、そして宇佐市さんと友好都市だ。で、私自身は今の仕事に就く前から観光に関心があった。大学卒業後は東京で3年ほどサラリーマンをしたのちに奈良でNPOを8年やったのだが、そこで「奈良検定(奈良まほろばソムリエ検定)」をつくったり、体験型の観光商品をつくったりと、観光と街づくりを組み合わせたような活動もしていた。だから市長になってからも観光をなんとか立て直したいという思いで取り組んでいる。奈良は観光地でありながら観光産業やその革新という意味で出遅れていると実感している。従って、今日は「九州をどうするか」といったお題だが、奈良の事例や課題を通して九州にもいろいろとフィードバックができたらと思う。(11:05)

まず、奈良の観光というと「大仏商法」という言葉が出てくる。あまりにも偉大な存在があるために誰も努力をしない。また、「大阪食い倒れ」「京都着倒れ」とはよく言われるが、奈良は「寝倒れ」と言われている。寝たまま起きないから(会場笑)。とにかく、ひどい。放っておいてもお客さんが来るから寝ていてもいいという感じで、観光産業もまったく同じような状況だ。たとえば有名なお寺の門前には土産物屋さんや食べ物屋さんがあるものだが、年末年始は閉めてしまうお店も多い。普通、寺社仏閣は年末年始が稼ぎどきなのに、奈良では年末年始に家族でハワイへ旅行に行くのがスタンダード。たまに年末年始も営業する店があると、「うちも開けなあかんやないか。お前のとこの店子は何してんねん」ということで、店子が追い出されるといった雰囲気だ。(12:30)

そうした、いわゆる流動化していないところを今はいろいろと動かしにかかっているのだが、ただし、行政というのは条例等によって縛る側だ。手をつけることのできる範囲もあるが、民ということで手がつけられないところもある。たとえば旅館街の一等地に大きなホテルがあって、そこにはほとんど客が入っていない。だから普通なら潰れるところだが、社長はフェラーリに乗っている。ほかに収入があって観光で食わなくて良いからだ。焦ってもいない。「もう…、相続税を1万%ぐらいにしようか」なんて思ったりもするが(会場笑)、とにかく一番良いところを抑えている人がいて、しかも退かない。これはもう犯罪に近いなんていう風に思ったりもするが、とにかく解決策がなく、皆さんのお知恵をいただきたいと思っているところでもある。(14:00)

もう一つ。「奈良にうまいものなし」という、奈良観光を象徴する言葉がある。奈良にとっては国賊ものだが、志賀直哉という文豪がかつて奈良に9年間住んでいて、当時の随筆でそう書いていた。しかも「住むところに非ず」とまで書いている(会場笑)。「じゃあ、住むなよ」という話だが、そのトラウマを奈良の人々は今も引き摺っていて、自ら「いやあ、奈良にはうまいものがないから来てもしゃあない。美味しいものなら大阪・京都に」と言ってしまう。観光で訪れた人からすれば、「うちの街はたいして豪華なものもないけれど、こちらをどうぞ」と、素朴なものが出てくるのも嬉しいおもてなしではある。しかし、奈良人は自分で「うまいものなし」と言ってしまう。その辺に関しては井手さんがおっしゃった通り、シビックプライドが大切になると思う。従って、奈良としては観光客を増やして観光経済を盛んにすることも大事だが、観光を通してまずは「奈良びと」の誇りを回復させ、トラウマを乗り越えることも重要になると思う。(14:57)

それで今はいろいろと考えてやっている。たとえば奈良には世界遺産のお寺をはじめとした数多くの観光資源がある。日本に1000ほどある国宝のおよそ2割が奈良にあるし、間違いなく日本で最も宝物の多い県だ。ただ、先ほど申しあげたようなメンタリティで商売をやっているから、それらの資源をなかなか活用できていない。そこで、「観光のやり方を少し考えよう」と。観光資源の上で胡坐をかいていても仕方がない。おもてなしであるとか、地域の人が地域を誇りに思う気持ちであるとか、そういった部分でゼロから観光を立て直していきたいと考えた。(16:17)

そんな思いで今開催しているのがお茶会だ。千利休さんの前に侘び茶をはじめた村田珠光さんが奈良出身ということで、世界遺産となっている奈良の社寺を会場にして「珠光茶会」という茶会を催している。流派を問わないのが大きな特徴で、三千家すべてに企画段階から入っていただいている。こういう茶会はたとえば京都を舞台にするとやりにくい面もあるようだが、奈良は流派が分かれる前のルーツがあった場所。「まあ、奈良だったらしゃあないか」と、お許しをいただいている。2月の今は観光閑散期なので、「茶の湯が沸き立つような雰囲気を皆でつくろう」と、今は市民が街をあげて雪かきもしている。そんな風にして、「おもてなし」をもう一度ゼロからつくり直すということで今はチャレンジしている。まあ、九州には役に立たない話だったかもしれないが(会場笑)、奈良の現状ということでお伝えさせていただいた。(17:18)

由布院を世界に繋がる小さな町に(桑野)

29404 桑野和泉氏

桑野和泉氏(以下、敬称略):私ども、実は木曜日から昨日まで雪で閉ざされていた。ただ、それでも由布院の宿はほとんどキャンセルがなく、「どうしても由布院に行きたい」と、皆さん、6〜8時間かけていらしてくださった。そういう方々をお迎えするとなると、こちらとしては雪が一番のご馳走というか、「雪が一番のお迎えです」という言葉に変えなければいけない。雪だから見ることのできる由布院があるし、そんな風に時間をご一緒できる訳で、それが先ほど井手さんがおっしゃっていた、時間を共有するというお話だと思う。私たちがプラスアルファの言葉をご用意することによって、十数年ぶりとなった雪景色のなかで何ができるかをご提案できるし、そうすればより良い関係性も生まれる。そういうことを、久しぶりに閉ざされた由布院で気付かされた。(18:57)

雪が大変とは言うが、よく考えると由布院は昔から大変なところだった。もう20年近く年間400万人が訪れている由布院は、成功事例であると言われる。ただ、悩みもたくさん抱えている。由布岳も温泉も田園も何百年変わっていない風景だと思うが、私が子供の頃は誰一人来なかった。少しお歳を召した方であれば、「奥別府の由布院」という風におっしゃっていたのではないだろうか。つまり、由布院の歴史はまだ、たかが40年だ。そんな街にいる私たちが忘れてはいけないことがある。こういった農村の温泉地で人を迎えることは、そこに住む私たち自身の喜びでもある。だから、訪れる方々とともに、由布院ならではの時間をどのようなつくることができるか。そういう思いとともに、時代時代のなかで私たちはやるべきことをやっていくしかないのだと思う。そこから逃げて何かが変わるものでもないし、変わらないものを時代のなかできちんと伝えていく努力は、今を生きている私たちにしかできない。そういうことをやり続けていくだけではないかなと思う。(20:26)

そして10〜20年、あるいは100年が経っても、農村で生きている姿が日本にあるということになれば、それが格好良いということなのだと私は思う。私自身、福岡に来るとわくわくする。人も多いし、楽しそうだから。そうした「わくわく感」では都市に敵わないし、私達はそれをつくることもできない。ただ、観光という人が繋がる世界のなかであれば、持っているものを生かしながら私達なりの「わくわく感」をつくることができると思うし、それを考えることが楽しいことなのだと思う。(21:31)

その楽しさは誰も考えてくれない。では、そういうことを考えるためにどうするかというと、恐らく今日の関係もそうだと思うが、会場にいらっしゃるような方々と繋がっていくことが唯一の方法ではないか。私が今年一番感動したのは武雄市図書館だ。あの図書館ほど心地良いところはない。で、人口5万人の町にできたあの図書館に、年間100万人が集まる訳だ。敵わない。もう何時間でもいたくなるし、今度は夜の図書館に来たいとも思った。あの空間に行って、そこに泊まって美味しいもの食べ、そのなかで人に会いたいという話になる訳だ。そんな可能性を、私どもの業界ではないところで見せてくれた。それと同様にわくわくする空間を、私としては日本の地方がつくるべきではないかと思うし、それが観光の原点にもなると思う。(22:15)

それぞれのやり方があって良いと思うが、とにかく心地良い空間が存在し得るということが大事なのだと思う。そこで人が会し、育つ。そんな空間を考えていくことが、観光地では大事ではないか。田舎には心地良い場所が少ないと思うが、田舎だからこそ人が成長するような空間をつくることはできると思う。そして、そうした空間を人が見に来るということも観光ではないかという気付きを与えてくれたと考えている。(23:23)

では、そのために由布院で何ができるのかという新しい提案を、私達は行っていきたい。そういうところがあるエリアに、九州に生まれている私たちだからこそ、自分の現場を諦めずにしていくべきだと思う。それで世界に繋がるような小さな町にすれば良いと思う。由布院が世界と繋がるためには、まず九州が繋がらないといけない。そういう意味で、私達は足元のことをやりながらも自分たちの価値を世界に置いていきたいと思う。雪のなかにいたので、現実へ戻るのにもう少し時間をかけたい。(24:01)

集客する装置と収益をあげる装置を合致させよ(井手)

井手:僕は、特に観光地や温泉地では情緒的価値をつくり出せるかどうかが大事になると思う。で、恐らくそれは一民間企業や一旅館ではできない。やはり景観を含めたエリア全体でつくっていく必要がある。そこで、たとえば看板や植栽といったハード面とともに、ソフトを含めた情緒的価値をつくり出す必要があるのだろう。だから観光が面白いと思うのは、集客する装置と収益をあげる装置が場合によって異なる点だ。そこで、集客する装置と実際にお金を落としていただくような民の役割が上手く合致したところは、まさに黒川や由布院のようになるのだと思う。それがばらばらの地域は、観光もばらばらになる。今日は澤田(秀雄氏・ハウステンボス)社長もお見えだが、それが一つのテーマパークであればそれをがっちりコミットできるのだと思う。(24:54)

ちなみに、たとえば「じゃらん」で九州人気観光地調査のようなものを行うと、「行ってみたい観光地」にはたいてい黒川と由布院が選ばれる。ただ、今はその二箇所に続く形でハウステンボスが一気にランクを上げている。しかも去年は「行って良かった観光地」のランキングで黒川と由布院を抜いていた。(26:10)

古川:ハウステンボスはどういった点が評価されたのだろう。(26:37)

井手:アトラクションをはじめとしていろいろなものを入れていった。で、空間によっては無料だからまずは楽しむことができる。そのうえで実際にいらした方がお金を落とすところではお金を取る訳で、その辺を上手くやられたのだと思う。(26:39)

古川:「ハウステンボスなら以前行ったことあるけん」と思っている方がいたら大間違い。以前とは大きく異なっているし、季節によって違っていたりもする。さて、それではこの辺で会場にも振ってみよう。(26:55)

わくわく感が「点」で終わっていて「線」になっていない(会場)

29401 古川康氏

会場A:由布院は素晴らしいところだが、勿体ないと感じるのはそれが「点」で終わっているところだ。大分空港で降りても「わくわく感」はまったくない。地方空港はどこでも同じだが、個性がなく、大分であれば「おんせん県大分」と書かれたポスターが貼ってある程度。空港から由布院のあいだにわくわくするような場所がないから「点」が「線」になっていない。それは由布院のせいではないし、恐らく大分県が考えなければいけないことなのだが、「点」でなく「線」にする働きかけや運動としてどういったことをお考えだろうか。(29:46)

桑名:私も大分県民であるし、由布院だけで生きているとは思っていない。大分空港はそれこそ伸びしろだ。温泉がより身近になるような努力ということであればいろいろなことができると思う。ハードに関しては大分県も「おんせん県」と言っているし、恐らく行動も伴うと思う。私としては、そこで世界にもなかなかないような「わくわく感」というものを、何か新しい組み合わせでやっていくと良いのかなと思う。たとえば大分県は国東半島でアートプロジェクトを催しているし、温泉というのは恐らく入り口に過ぎないと思う。温泉に浸かっているだけでも少しは元気になるし、それで一泊ということでも良いが、たとえば温泉という入り口から入って食の世界へ行くといった流れになって欲しい。わくわくというのは五感で得るものだ。五感を刺激するようなものを、どれほど育てていくことができるかどうか。その意味で、大分県は今からだと思う。(30:55)

あと、少し話は逸れるが、「ななつ星in九州」というクルーズ列車が走りはじめたことで、九州人は「3泊4日もできる魅力が九州にもあるんだ」と、皆、驚いたと思う。「高額でもこれほどの人が来たいと考えるものなのか」と。ただ、私達自身がそこで、「大分は一泊でいいです」、「九州は由布院だけでいいですよ」なんて言ってしまっていること自体が間違いではないかと思う。仮に入り口が大分であれば、そこでいろいろな可能性を私達が見せていかないと、東京の人や外国の人も分からない。ではそこで由布院に何ができるのか。まず、由布院にいらっしゃるお客様は比較的長く滞在する。だからそうした方々に、たとえばジオパークや世界農業遺産といったローカルなエリアの魅力を伝えていく。いらっしゃる人達に時間をかけていただいて、閉じ込める。それが由布院の使命だと思う。大事なのは来た人をどれだけ大分県の滞在に結び付けることができるか。それで来る方が満足すればもう一度大分に来てくれる。それを九州全体でやればもっといろいろなことができると思う。大分県には今言われたことをきちんと言うつもりだが、ぜひ外の方も言って欲しい。会場の皆さんが言ってくれると地域は変わると思う。それで結果が良ければ皆ハッピーだ。一番喜ぶのは住んでいる人。ほとんどが過疎地域だからだ。そうした地域の人達が繋がっていけば可能性はローカルであればあるほど広がると思うし、関係性の答えは一つではないと思う。だからこそ楽しい訳だ。とにかく、田舎はローカル性を生かせばどんな形にもなると思う。(32:04)

「自然」「文化」「日本の魂」を芸術が繋ぐ(会場)

会場B:大和という言葉には「美しい国」という意味がある。これは安倍総理が掲げていることであり、そのキーワードは「自然」「文化」「日本の魂」の三つだと思う。で、僕はこの三つを芸術が繋ぐと信じているが、そこで、100年後の子孫へ残す観光というもののお考えもぜひお聞かせいただきたいと思う。(34:35)

仲川:私は今37歳だから…、50年後はもしかしたら生きているかもしれないが、100年後は恐らく会場にいらっしゃる方の誰もがこの世からいなくなっていると思う。従って、自身で直接手を下せないのならその思いをきちんと継承する必要がある。顔が見えない相手にも思いが継承されないと歴史は続かない。その意味で、今仰っていただいた自然や文化、あるいは地域に対する誇りが大事になる。自然に関しては単に美しいと感じるだけでなく、感謝の念も大切だ。そんな風にしていろいろなものが今は見直されている時代なのだと思う。もちろん経済的成長や経済的価値は国を動かす原動力として必要だが、それだけではいけない。それにプラスアルファが必要で、それがたとえば社会の持続性や自分たちのルーツに対する誇りといったものになる。それらが100年単位で国や街を継続していくための欠かせない要素だと思う。従って、そういうところに光を当てるような観光商品をつくる、もしくは観光に関わることで地域の人がそれに気付くといった流れが今後は鍵になると思う。商業的なマスツーリズムの先にある国づくりの手段としても、観光は非常に重要だと考えている。(35:26)

井手:観光における大変重要なキーワードとして、日常の生活文化というものがあると思う。その地域に住む人々の生活そのものの習慣や文化を魅せるということだ。大宰府天満宮の西高辻権宮司は昨日、大宰府では100年先を考えて計画をつくると仰っていた。たしかに、たとえば昨年は出雲大社でも遷宮が行われていたが、あれも地域で長く続いた一つの生活文化であり、習慣だ。そうした、観光とは関係なく地域で守り継がれてきたことが外の人に感動を与えるケースは多い。たとえば身近にある芋煮のような食文化も同じだと思うが、やはり100年先も朽ち果てないものは100年前から続いている。その意味では、歴史とまでは言わないが、脈々と続くそうした生活文化というものがかなり大きな鍵になると思っている。(37:35)

桑野:1924年、大濠公園を設計した本多静六という林学博士が由布院を訪れ、「由布院は滞在型の保養温泉地を目指しなさい」と言った。今はそれから90年が経った訳だが、現在の由布院を滞在型保養温泉地にできているかというと、静けさも緑も空間も中途半端だ。ただ、それでも私達としては、日本の人口が減少しているであろう100年後も人が滞在しに来るような街であって欲しいと思っている。同時に日本全体を見渡してみると、世界の人があれほど…、たとえばイザベラ・バードが初めて訪れたときにあれほど感動した日本というものが、今はあるのだろうかという疑問がある。本来は東京も他の都道府県も、もっと美しかった。そこに人々の暮らしがあり、日本人が持つ精神的なことが暮らしに繋がっていた。私達は100年後も、世界のなかで「やはり日本だ」と言われるような、そういう国づくりと観光立国を目指す必要があると思う。それは恐らく10〜20年でできることではないし、もしかしたら50年後や100年後、世界に見せることのできる国の姿になるのかなという風に思う。(38:52)

古川:僕は地域を綺麗なところにしたいと思っている。綺麗になれば来た人も嬉しいけれど、住んでいる人はもっと嬉しい。美しいものを残し、つくりだし、あるいは美しく維持していく。そういったことを皆が考えるようになると、恐らく誰にとっても心地良い空間になる。現在、佐賀県は佐賀城の周囲にかつてあった東堀の一部を復元することとした。僕は「100年かけて100年前に戻せ」と言っている。「佐賀城下再生百年構想」というものだ。これは戦前の話だが、産業博覧会を開催するために東のお堀を埋め立てたものの、結局、同博覧会は開催されなかったという経緯がある。そういう、ものすごく無駄なことをやっていた。それを「もう一度取り戻そう」ということでやっているのだが、そんな風に美しくしていくことが大事なキーワードになると思う。(40:10)

“勝手に九州とてつもない観光アイランド推進協議会”!?「観光立国・日本九州の果たす役割とは」後編を読む

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