TPP交渉への参加に反対という方・・・いらっしゃらない?(竹中)
竹中平蔵氏(以下、敬称略):皆さま、今日はお集まりいただきありがとうございます。本セッションは分科会ですから参加人数も若干少ないのではないかなと思っておりましたが、これほどたくさんの方にお集まりいただきました。壇上にも錚々たるパネリストの皆さまにお集まりいただいています。TPPという、この多くの方々が関心を持つ問題についてぜひ踏み込んだ議論をしていきたいと思っています。
ちなみに冒頭で皆さまにお伺いしたいことがあります。どうぞ挙手でお答えください。昨年はTPP交渉に参加するか否かで随分揉めましたが、TPP交渉への参加に反対だったという方はいらっしゃいますか?(会場挙手なし) いらっしゃらない? 全員賛成? これは…、サンプルとして非常に偏った方々がお集まりになっているという
いずれにせよ本セッションでは参加交渉に賛成の方が多いということを前提にして議論を進めて参りたいと思います。議論はインタラクティブに進めたいと思っております。もし途中で「どうしてもちょっと意見を言っておきたい」という方がいらっしゃいましたらパネル討論の途中でも結構です。どうぞ手を挙げて強烈にアピールしてください。
さて、どなたからお話しいただこうかと思っていたのですが、私としてはまずファクトを明確に頭へ入れたほうが良いかなと思っております。ですから今日は最初に経済産業省の政務官として色々な交渉ごとに当たってこられた近藤さんからお話しいただきましょう。今までどういったことをしてきたのか、そして今後どのようなスケジュールで進めていくのか。そういったことを中心に事実関係のご説明からお願いしてよろしいでしょうか。
近藤洋介氏(以下、敬称略):はい。近藤洋介と申します。今日は交渉に前向きな方がたくさんいらっしゃるということでした。私は東北の国会議員でして地元は山形でございますが、地元に帰ると様相が一変するものですから(会場笑)、なにかこう、今日はホームに帰ってきた感じが致します(笑)。まず私自身の立場をはっきりさせていただきますと、私は「TPP交渉に参加すべし」と申しあげております。ただもちろん、議論のほうはしっかりやっていきたいと思っております。
まずファクトについてご説明致します。間違ってはいけないのでメモを用意しなければと思っているのですが、ご承知の通り、野田総理はAPEC首脳会議で交渉参加のための情報収集といったところからさらに一歩踏み込んで、「用意あり」という表明をした訳であります。それで現在、日本は各国と事前協議をしておりますが、そのなかで米国を除き、ほとんどの国が現時点で日本の参加を歓迎する流れになっている状況ですね。
唯一、ざっくばらんに言えばやはり「米国との事前協議が…」ということですね。先日、2回目の協議を終えたと事務方からは聞いておりますが、ご存知の通り米国は議会が強い国であります。米政府はまず日本と交渉をはじめたいとの旨を議会側に通告しなければなりません。そして通告から90日を経て初めて日本との交渉がスタートするという段取りであります。
では通告がいつになるのかというお話ですが、これがなかなか分からない訳であります。3月に政府が通告をしてくれるのか、あるいは4月になるのか。いずれにせよ、今まではなんとなく半分ぐらい手を挙げていた日本政府は、そのときにいよいよ「はい」と大きく手を挙げる格好になります。政府が議会に通告をした時点でですね。そしてそこから90日ですから、実際の交渉は6月から7月にはじまるのではないかと。現在はそういった局面です。
ここでひとつ認識しなければいけないのは、議会への通告から90日を経て交渉がはじまるという点です。オバマ大統領はTPPを7月にまとめたいと言っておりますが、果たしてそれまでにまとめきれるのかどうか。大統領選挙が8月に本格化しますので、その辺も考慮に入れつつ現状では7月妥結という形で各国とも進んでいる状態ではあります。しかし実際には若干、場合によっては1年ほど遅れる事態も想像されるというのが正直なところだろうと私は思っております。
竹中:タイムスケジュールのご説明、ありがとうございまし。現状では6月あるいは7月頃ということですね。今日の朝、平将明(衆議院議員)さんがお話ししていらした見立てによりますと、5月27日が総選挙の投票日だそうでありますので、その頃に重なるかもしれないといったところでしょうか。ありがとうございました。では次にTPPの世界貿易における位置づけのような部分について、ファクトとともに早藤さんからご説明いただきたいと思います。よろしくお願い致します。
早藤昌浩氏(以下、敬称略):皆さまこんにちは。スイスから参りました世界貿易機関(WTO)の早藤と申します。私は職業柄、多角的な貿易自由化を進めるということを念頭に置いて仕事をしておりますので、今日もその観点でお話ししたいと思っております。会場にお集まりの方々は皆さまTPPに賛成ということですが、私自身はTPPに賛成でも反対でもないことをまずお断りしておきます。
その上で、まずは、色々と議論されているそのTPPと関連して、私としても少しファクトの整理をしてみました。ですからそちらからご紹介させてください。日本の輸出全体に占めるTPP参加予定各国向けの輸出比率は、2009年の統計でおよそ27%となっております。EU向けは12.5%、中国向けは18.9%ですね。EU向けと中国向けの合計が31.4%ですからTPP参加予定各国向けのほうが少ないことになります。輸入のほうはTPPのほうが20%、EUが10.7%、そして中国が22.2%。EU向けと中国向けを足すと32.9%になりまして、TPP参加予定各国向けはその半分ぐらいと、さらに割合は小さくなります。
従いまして、TPPの日本の貿易に与える影響というものが世間で騒がれているほど大きいのかなという疑問がまず1点ございます。ご承知の通り世界では現在、世界的不況の中にあって保護主義圧力が高まっています。ですからぜひ世界の大国である日本にはより一層開かれた貿易システム形成に関してリーダーシップを発揮していただきたいと思っております。他のWTOメンバーも日本に大きな期待を寄せていると、毎日の仕事を通じて私は感じております。
TPPについてもうひとつ疑問があるとすれば、何故TPPをなさろうとしているのか、実は私にはよく分からないんですね。メリットとデメリットがあると思います。ただ、日本国内の論調を聞いていますとTPPで農業が打撃を受けるですとか、医療制度に影響があるですとか、ネガティブな話ばかりが耳に入ってきます。しかし交渉ごとは本来ギブ&テイクですから、こちらから獲得したいものもある筈なんですよね。それが何かがあまりはっきりしないようなので、一体どんなメリットを考えておられるのか、今日はそういったこともお聞き出来ればありがたいと思っております。よろしくお願い致します。
竹中:ありがとうございます。メリットとデメリットの議論はのちほどまとめて、農業のお話とも絡めつつ進めていきましょう。まず今のお話を少しまとめますと、TPPあるいは自由貿易促進のために日本はもっとリーダーシップを発揮すべきだという大前提があるということですね。ただし貿易全体で見るとTPPのカバレッジは驚くほど大きいという訳でもないと。つまり良い意味でも悪い意味でも、おばけではない。一連のTPP議論では“TPPおばけ”なる表現も出てきましたが、そうではなくもっとクールに見ようといったご指摘でもあったと思います。ありがとうございました。
さて、これまであちこちで交わされてきたTPPの議論を振り返ってみますと、やはり農業に大きな焦点が当てられておりました。ですから農業をどうすべきかについてはあとで改めて深く議論するとしまして、これまでの議論を木内さんとしてはどのようにご覧になっておりましたでしょうか。
プラカードを持って反対しているのは農協の職員(木内)
木内博一氏(以下、敬称略):はい。農業者の立場で申しあげますと、若い農業者たちは実はほとんど賛成の立場をとっているんです。ただし、これは皆さまもお気づきになっていらっしゃると思いますが、たとえばプラカードを持って反対しているのは農協の職員です。農業者が反対しているのではなく農協の職員が反対しているというのが1点、いびつな構造としてあると思います。
一方、農業従事者のなかでもご年配の方々は賛成か反対か以前に中身をよくご存知ないというのが、実は一番近い表現ではないかなと。とりあえず農協と一連託生になっていて「農協が反対しているから我々も郷に従う」といったような、そんな流れになっているというのが私の実感です。
竹中:木内さんのお話を伺いながら「それにしても分かりやすい説明だな」と。その通りなんでしょうね。そこでですね、林さん。農業従事者の方々でも若い人々はほとんど賛成というお話でしたが、私たちがひとつ驚いたのは、これまで政権与党を長年担ってきた自民党の大部分が反対をしていたという点です。その経緯と、そして交渉がはじまっている現状を、自民党としてどのように見ていらっしゃるのか。もしかしたら自民党の考えと林さんの考えも細かいところではまた違うかもしれませんが、ぜひお聞かせいただけないでしょうか。
林芳正氏(以下、敬称略):林と申します。よろしくお願い致します。去年開催されたAPEC首脳会議の場でしたでしょうか、野田総理のお話は当時、「交渉に参加する」ですとか「参加を検討する」ですとか色々とブレていました。我々としてはそのなかで、「APEC首脳会議の時点で参加を表明するのは反対です」というのが正確なポジションでした。
ただ、TPPそのものについてマルかバツかというお話はしておりません。何故なら当時、当然ながらTPPの条文をすべて持っている人は世の中にほとんどいなかった。それでどうなるのかまだ分からなかったというのが、ひとつあります。国会というところは最終的に条約を批准する場所ですから、その時点で権限を持つことになります。それまでは、いくつか理由から「やはりこの時点で表明するのは早いのではないか」と。最大の理由はやはり国民への説明が不十分であるということだったと認識しております。
TPPについて、我が党では議員ならば誰でも参加出来る平場という形で議論していました。ただ、これは全員に出席義務がある訳ではないので強い意見を持っている人がたくさん来るといった形になりやすいんですね。郵政民営化の際は、まさにそれで反対派などが一気に集まってくるなんていうこともありました。今回はそういうことにあまりならなかったのですが、これはあくまで最初の段階であり、まだ何も決まっていなかったからです。とりまとめ役をしていた私の印象ですと、だいたい7対3前後でしたでしょうか。7が慎重論のような意見でした。それが事実関係です。
そして現在ですが、我々は与党として政府のなかにいる訳ではありません。ですから野党として批准前に出来ることは「こういうものは取ってください」あるいは「こういうものは絶対に守ってください」といった条件などを政府にはっきり示すことです。大事なのは我々がもし政権交代を成したときに、それらが後出しとならないようにすること。「あのとき自民党はこういう風に言っていた」ということが選挙公約になり、それで政権交代をしたのだからその通りにしていくという、その整合性をとることです。そういった二つの意味で条件を詰めておく必要があるだろうと考えております。
で、ここから先は私の個人的見解になりますが、たとえばISD(国家対投資家の紛争処理)条項については主権に関わることでもあるので外したほうが良いという考え方はたしかにあると思います。関税をすべて外すというのもかなり問題があるのではないのかと。また、現在議論されている事前条件のなかにはたとえば自動車が入っておりますよね。この分野では「数値目標を入れろ」なんていう、もう自由貿易とまったく逆のことを言われている訳です。そういったことはやはり受けてはいけないのだろうなと。このほか、食品安全基準も重要です。現時点ではそういったことを色々と検討をしている段階です。
一方、まさに先ほど早藤さんが仰ったことなのですが、現状で「これだけは取ってね」というのがあまりないんです、実は。たとえばライトトラック区分の関税25%が撤廃されたら、日本企業は米国内の生産機能を国内に戻して輸出していく体制になるのかというと、そういうことには恐らくならないだろうなと思います。では一体、ひとつや二つ何を取りたいのかという話が見えてこない。たしかにそういう面は、詰めをやっている現在も感じておる次第です。
それからもうひとつ個人的な見解があります。ヨーロッパのたとえばエコノミストですとか、そういった方々と話をしていてると言われることがあるんですね。彼らが遠くから見ているせいか、「アメリカと一緒になって中国を追いやろうとするのは良くない」といった見解を耳にする機会があります。意外に思ったのですが、よく言われます。
これについては本来であれば早藤さんがいらっしゃるWTOがご本家な訳ですが、そもそもWTOあるいはGATTが誕生した経緯まで遡って考えてみる必要もあろうかと思います。ブロック経済が第ニ次大戦の背景になった歴史への反省が現在のWTOにも繋がっていた訳ですね。ですからTPPも本当にブロック化していかないのか。この点についても我々はよく考えるべきだろうと思っております。
それともう1点。これはブロック化のお話とも関連すると思いますが、アメリカ側の相手はUSTR(Office of the United States Trade Representative:アメリカ合衆国通商代表部)なのか国務省なのか。まあペンタゴンではないと思いますが、いずれにせよ、そもそもこれが本当に貿易のイシューだけに留まる話なのかと。その点も十分に考える必要があると私は思っています。
交渉に入るか否かは行政権の範囲(近藤)
竹中:ありがとうございます。取りまとめも担当していらっしゃるだけに大変詳しく、もうすべてお話しいただけたような感じが致します。ちなみに批准に関するお話も今出てきましたが、その点についてものすごく根本的な疑問として近藤さんにお伺いしたかった点があります。
先般の議論では交渉に入るか否かがテーマだった訳ですが、これ、行政府が決めることであると憲法に定められています。別に党へお伺いを立てる必要はないですし、総理がやると言えばそれで進む話であったと思うんですね。それをわざわざ党にまで持って行った。それならば反対する人は心配して反対するに決まっている訳です。反対を引き出すようなことを自らやってしまったんですね。そこでたとえば途中からでも軌道修正して「これは憲法で定められた行政府の権限ですから交渉に入ります」といったプロセスがとれなかったのかなと、私としては素朴な疑問を感じています。その辺のプロセスに立ち会っておられたと思うのですが、少し振り返っていただいてお考えを伺いたいと思っておりました。いかがでしょうか。
近藤:仰る通りだと思います。私も総理に「これは行政権の範囲です」とお話ししていました。韓国が何故米韓FTAを進めることが出来たのかと言えば、これはもう李明博大統領が一気に「やるんだ」と宣言していったからです。そこから話が大きくなって、たとえば「では国内対策をどうするか」という議論なども前に進んでいったということがある訳です。我々のほうでもそういう選択肢があったのかもしれません。
ある意味では日本でも菅前首相が最初にぽんとTPPについて言及した訳ですから、あそこまで言ったのなら突き進むというか、もっと強気でやっても良かったとは思います。ただそれが可能であったかと言えば、やはり農業に関わる問題というのはそういった考え方でなかなか割り切れない難しい事情を抱えているというのもひとつあると思うんですね。お答えになっていないかもしれないのですが。ただ、そうは言っても前総理自身は腹を固めておりましたから、一泊置いて言葉に多少の違いはあったにせよ、TPPを前に進める方針は変わらなかったと思います。
また、早藤さんに反論する訳ではないのですが、結果として日本がTPPに進むとなった途端にEUも前に進んだ訳ですね。EU代表部の方は非常にこの動きを気にしていました。日中韓投資保護協定も同様です。5年間なしのつぶてだったものがAPECを機に動き出した。結局のところ化学反応が起きているということだと思います。残念ながらWTOが機能していない…とまでは言わずとも、色々と難しい問題を抱えている昨今の状況で日本のTPPへの一歩が化学反応が引き起こした。そういったゲームが動き出したということは間違いないと思っています。
竹中:ありがとうございました。さあ、それではTPPの中身と言いますか、メリットとデメリットの話に入っていきたいと思います。実は2カ月ほど前にブルッキングス研究所でTPPに関する会議があり、私も呼ばれて行って参りました。そこでアメリカ側の主張を聞いていると、アメリカもまあ随分とひどい議論を色々としています。
いわく、日本に対してはこれまで大変な貿易障壁があってですね、それが一気になくなることになったと。「素晴らしい時代がやってきた」なんていう話をしている。ですから私も「いやいや」と。先ほどお話にもありました通り、たとえばアメリカだってトラックに25%の関税をかけています。あるいは50州のうち13州でしたでしょうか、公的調達のルールを満たしていない州もある訳ですよね。
まさにTPPではそういう領域にも入っていける点が日本にとってはメリットのひとつになると思います。参加予定国であるベトナムにもたしか政府調達に関するルールはないのですが、そういう分野へ日本が公正に入っていける訳です。これはやはりかなりのメリットになるのではないかと私としては思っております。ブルッキングスでもそのように話してきました。ですのでまずはメリットについて。どなたでも結構ですので、たとえば「日本企業にこんなメリットがあるよ」というコメントがありましたぜひお聞かせいただけますでしょうか。
近藤:少し違う側面でメリットを申しあげます。私としては2国間EPAでまだ取りきれていないものを取るという利点が日本にあると思っています。また、ある大手ガス会社の幹部の方も「TPPには期待しています」と言っていました。何故かというとシェールガスです。ご存知の方も多いと思いますが、日本は現在、天然ガスを国際価格のおよそ4倍にも及ぶ価格で買っています。結果として貿易赤字であると。それをなんとか打開出来ないかという状況で期待されているのがアメリカやカナダで採取されるシェールガスという天然ガスです。
ただ、米国は基本的にEPAを結んでいない国に資源を渡しません。その状況でシェールガス交渉が行われている訳です。たとえば今、個社で言うと東京ガスさんと三菱商事さんが取りにいっていますが、これもやはりTPPというか事実上のEPAが結ばれないとは国として獲得出来ません。TPPにはそんな側面もあるんですね。ご質問のご趣旨とは少し違うのかもしれませんが、いずれにせよそういった期待があるのは事実でございます。そんなメリットも日米という意味ではあることを少し述べておきたいなと思いました。
竹中:ありがとうございます。ここで素晴らしいことにフロアからさっそく手が挙がりました。長谷川さんがコメントしてくださるそうですので、ぜひお願い致します。
会場(武田薬品工業 代表取締役社長 長谷川閑史氏[以下、敬称略]):こういった貿易交渉で常にブラック&ホワイトというか2者択一的な話になるという流れ自体、私はおかしいと思うんですね。たしかにTPP、それから日中の貿易量とか、色々と議論はあります。ただし、大きなコンセプトとして「FTAAPを2020年にやりましょう」という話がまずあって、TPPも日中韓FTAもすべてそれに向かうひとつのルートであると。FTAAP自体は2020年にならないかもしれませんが、いずれにせよどれから先にそこへ向かっていっても構わないのではないかと私は考えています。
また、林さんが仰ったブロック経済化への懸念についてですが、近藤さんも仰ったようにEUもTPPがトリガーになって動き出しましたし、日本が言った途端にカナダもメキシコもTPPに入りたいということを言い出しました。カナダと日本も現在は直接やっています。そういう連鎖反応が起こる訳ですから、それが結果としてブロック経済化を防ぐことにもなるのではないかと思います。申し訳ありませんがWTOのウルグアイ・ラウンドで挫折してしまったというものが、結果として違う形で前に進むこともあると。ですからもう少し広い目で見て、二者択一ではなくて出来ることはすべてやっておく。その結果として「早く辿り着いたらそれでいいじゃないか」というお考えでも良いのではないかなと、私としては思いました。
竹中:ありがとうございます。ほかに現時点で会場の皆さまはいかがでしょうか。はい、どうぞ。
会場(ランド研究所研究員 田村耕太郎氏[以下、敬称略]):まさに今仰っていたようなことですが、TPPにメキシコとカナダが入ると世界貿易のおよそ4割を占める規模になる訳ですね。そうなると中国もTPPを無視出来なくなると思います。本当は自分たちも入っていきたいと、そういう風になると思います。ですからそれまでにルールを構築しておくのも手のひとつですし、もうひとつはTPPとともに日中韓FTAの議論も両方進める。こちらで今度は逆にアメリカを牽制していく。両方使いながらやるという考え方も良いと思いますが、そのあたり、いかがでしょうか。
会場(長谷川氏):米韓FTAを進めていた当局のある方と昼食をとったことがありまして、そのときに「日本が日中韓FTAをやるとアメリカも動かざるを得なくなるだろうね」と言ったら、「その通り。それ、一番嫌がるだろうね」と、彼も言っていました。
竹中:はい。今の議論で少し思い出した話があります。こちらの会場にメディアはいませんが、元朝日新聞の船橋洋一さんが以前から仰っていたことです。たとえば1960年頃にヨーロッパがECなどで新しくまとまろうとしたとき、それに負けないようGATTのケネディ・ラウンドが立ちあがった訳ですね。
あるいは1990年代、APECが動きはじめてきたとき、今度はウルグアイ・ラウンドがまとまりました。ですから常にグローバルとリージョナル、そしてバイラテラルというのは一種の緊張関係にあり、ひとつが動くことによって他のテンションにも変化が生まれる。クリエイティブ・テンションと呼ばれるものですが、先ほど長谷川さんが仰った化学反応というのもまさにそういうことだと思います。色々なところで動きがあり、それが互いに刺激し合ってさらに良い効果を生んでいく。そしてより自由な貿易に向かっていくという流れですね。恐らくは今、そういったことが期待されているのではないのかなと思います。グローバル、リージョナル、そしてバイラテラルの関係についてはWTOでも随分議論されると思いますが、このあたり、早藤さんはどのように見ていらっしゃいますか?
早藤:長谷川さんが仰ったような力学というのはたしかにあり得ると思います。現状でWTOのドーハ・ラウンド交渉は事実上中断しており、その状態をなんとか打開するためのバイラテラルやリージョナルという考え方はあり得ますね。ただ、個人的にはやはり中長期的にはマルチの世界で自由化が進むことが最も重要だるという風に思っている訳です。
「今まで鎖国していてごめんなさい」という交渉はセンスが悪い(林)
竹中:ありがとうございます。さて、そろそろ農業の話に進みたいのですが、その前にぜひ民主党と自民党のお立場でいらっしゃる御二方にお伺いしたい点があります。昨今、開かれた外交や貿易という意味で“平成の開国”なる言葉が盛んに使われておりました。実際、その通りだと思います。ただし、そこで敢えて言えばですね、その割にはぜんぜん違うことも色々と進んでいるのではないかなという疑問がやはりあると思っております。
たとえば実際にWTO等で議論されているテーマのひとつに郵政の問題があると思います。非常にオープンなTPPまでやろうとしている一方で、たとえば政府がゆうちょ銀行という簡保の株を持ち続けている。これは内国民待遇違反にあたるからWTOに提訴すると。これ、WTOで実際に議論されて、いくつかの国は提訴の準備をしているという風に言われています。ジュネーブでもヨーロッパとアメリカが集まってそれが議論されたとも言われているようです。
まあ、これが本当にWTO違反になるかどうかという話を超えてですね、やはり何かこう精神として、仰っていることと少し違うことをしているのではないかと。そういった思いはすごくあると思います。この辺について政策を担当するお立場として、今どのように、それらの矛盾みたいなものを感じておられるかどうか。ぜひお伺いしたいと思っておりました。
林:そうですね、そう思います。ですから、恐らく国民新党がいなくなるともう少しすっきりするのではないかなあと(会場笑)。そういうことだと思いますよ。
竹中:それに近いことを前原(誠司氏 衆議院議員 民主党政策調査会長)さんも別セッションで仰っていました。
林:(笑)いやいや、私はそれは聞いていなかったのですが、とにかく開かれた国ですとかオープンエコノミーといった話は理念としては当然あると思います。ただ、民主党が国民新党と連立を組むときにそういったことについてきちんと合意しているのかいうと、それがない訳です。だからそういうことが起こってしまうのだろうと思います。
それからもうひとつ“平成の開国”というキーワードについて。恐らくは交渉する立場からすると「“平成の開国”ですと言って交渉してこい」と言われても大変だろうなと思います。「お前が開いてないんだからそっちがまず開け」というようなことを言い合うのが通商交渉ですから。自分たちのほうから「今まで鎖国していてごめんなさい。今から開国します」と言って交渉するというのは、少しセンスが悪いかなと思います。
竹中:近藤さん、いかがでしょうか。
近藤:この2年間政権を預からせていただいているなかで、上手くいっていないことはたくさんあります。本当に耳の痛いことばかりです。ただ、実際に日本は開いていないですよね。たとえば成長戦略会議へ参加したときに聞いた有名な話として、外国人看護師の受け入れ問題がある。看護師試験で、新聞記者出身の私でも絶対に読めないような漢字を出してはじき飛ばしているようなケースもある訳です。個別のケースとは言っても、それに象徴されるような話は随分あります。
そういうことを考慮しつつ1点申しあげますと、TPPからFTAAPへの道は開国論であると同時に、もう日本にとってサバイバルプランになると思います。サバイバルプランであるなら「じゃあ、やるしかないよね」と。あまり使いたくはないのですが、そういう議論をテコにして働きかけをしていく訳です。それこそ竹中先生が過去に大臣として経験されてきたのと同様、大きな話をテコにして現状を動かしていくしかない側面はあると思います。個々の細かい戦線を戦っていても仕方がないので、TPPというひとつの大きなテーマをテコにする。それによって、たとえば100を数える問題のうち30でも解消出来たら「ええやないか」と。TPPはその御旗になると私は考えています。
竹中:ありがとうございます。TPPと産業の全体的な話、これはのちほど改めてしていきたいと思います。では木内さん、お待たせしました。ぜひ農業の問題についてお伺いしたいと思います。国民の方々の多くはTPPについて、なんとなく「まあ必要だろうな」と思っているのではないかと感じます。ただ、「農業は大丈夫か?」という思いは純粋な善意として皆さまお持ちだと思うんですね。
我々としてはTPPをきっかけにして農業には強くなって欲しいと思いますし、そもそも「日本のお米は美味しいじゃないか」という思いがあります。田村さんが西瓜をドバイに持って行ったら1玉3万円で売れたという有名な話もあるぐらいです。ですから競争力はある筈だと。そういう見方を含めつつ、農業の問題としてこのTPPをどのように考えていけば良いのか。ぜひ木内さんからご提案いただけますでしょうか。
農業問題は品目問題と表現したほうがいい(木内)
木内:はい。よろしくお願い致します。私は常々言い続けているのですが、農業問題と表現するのは、極端に言えば工業問題と表現するのと同じであると思っております。工業といっても自動車産業から靴下産業まであるように、農業にもさまざまな分野がある。ですから農業問題というのは、実は品目問題と表現したほうが正しいんですね。
特に農業について議論するとき、TPPによってリスクに陥ると言われているいくつかの高関税品目が必ず俎上に挙げられます。その代表格がお米な訳ですが、私としては、お米というものが実はTPPによって日本の圧倒的な輸出産業に、外貨を稼ぐことの出来る産業になると思っています。品質のためではありません。品質は当然高い訳ですが、それよりもコストのためです。
それはどういうことか。日本のお米は昭和40年代初頭の時点ですでに余剰が出ましたから、以来、我々農家は40%の減反を強いられてきました。そもそも日本のお米は国内でしか消費しないという前提ですから、4割余るという話なんですね。その状況で計算しますと、だいたいキログラムあたり200円が日本のお米に占める生産原価となります。ただし、その分母には実は10アール、つまり300坪あたり500キログラムしかお米がとれないという前提があります。しかし日本ではイネゲノムがすべて解明されていますから、すぐに収量を増やす技術が構築出来るんですね。
現在、日本の米農家はアメリカの米農家よりも低い生産性でお米をつくっているという、そんな情けない状況になっていますが、技術的にはそれがすぐにでも改善出来る訳です。仮に10アールあたり倍の1トンとれたら、これはキログラム100円になります。お米の生産というのは現在、すでにほぼ装置産業となっているんですね。機械化が進んでいますから収量が増えても生産コスト、つまり労働コストは上昇しない。だからこそそういったイノベーションが期待出来る訳です。
また、特に高関税品目で言えば代表的なところで乳牛があります。こちらについては、たとえば国際戦略で考えてみることが出来ます。現在、TPP参加予定国のなかではニュージランドの生産コストが最も安い。日本の生産コストは北海道でリッターあたり65円前後、本土で同85円前後となり、これがアメリカでは同35円前後になります。しかしニュージランドであればこれが15円前後なんですね。で、私も見に行きましたが、あちらには酪農組合がひとつしかありません。ですからそれを日本の酪農家が買収すれば良いと思います。彼らは売ると言っていますから。そしてグローバルに海外で生産していくと。それを日本の資本でやればいいと思います。
実はこういったことが一部ではすでにはじまっています。個人農家は小資本ですからやっておりませんが商社が進めているんですね。豚肉やブロイラーは、タイではかなりの割合が企業によって生産されています。日本の商社が日本の技術を持って行って現地生産している訳です。ですから私としては日本の農家が生産者としてある程度力を持って進めたら、実は日本の農家は海外に出て生産基盤を強化したうえでグローバルに展開出来る。そんな風に思っております。
何故か。私はまず農業という産業はないと思っています。私たちがやっているのは明らかに製造業なんですね。それならば供給が需要を上回っている以上、やはり海外にマーケットを求めていくと。そういった当り前のことを他産業と同様のスタイルでやっていきたいと私は考えています。
竹中:ありがとうございます。何かこう、わくわくするような話を今していただいている訳ですが、それを阻んでいるものは何になるのでしょうか。あるいは現行制度の枠内でそれが出来るか否かという問題もあると思います。先ほどのお米に関するお話で言えば、要するに広義で圧倒的な規模の経済性が働かせるというようなご趣旨でよろしい…、ですか? 農地を集約し、それによって規模の経済性を働かせてコストを抑えることが出来るという、そういった趣旨でよろしいですか?
木内:実はですね、イネゲノムを100%解明したのは農林水産省の技術員なんです。で、ここが技術者を抱えているんですね。これが増やす技術をやらないんですね。
竹中:それはどうすれば打開出来るとお考えですか?
木内:ある商社ではそれに類じた技術で生産性を挙げ、一部では試験的にそのお米の栽培をはじめています。
竹中:解決の方向に進んでいると。
木内:その方面で認知がどんどん上がってくれば、解決の方向に進むことが出来ると思います。
竹中:たとえばよく言われている問題として農地法がありますよね。農業法人を自由につくることが出来ないですとか、農業法人をつくっても株式の譲渡制限がかかるので上場出来ず事業に制約が生まれるですとか。そういった問題は究極的には消えていきますでしょうか。
木内:うーん…、私が現場でやっている感覚としてはあまりその問題はないですね。
竹中:やろうと思えば出来ると。
木内:出来ます。
竹中:先ほどのニュージランドに対する投資も、ファイナンスさえつけば可能ですか?
竹内:はい。可能です。
竹中:そうすると、本当にやろうと思えばむしろTPPのようなものによって全体的には自動的に進んでいくような、そんな可能性もあると考えてよろしい訳でしょうか。
木内:そうですね。かなり高いと思いますね。
竹中:なるほど。農業については実際のところ、やはり政治的プレッシャーというのを色々な形でお感じになると思います。そのなかで、たとえば近藤さんは東北の国会議員としてTPP賛成を表明するという勇気ある行動をとられた訳です。両先生としては、そういった政治でのせめぎあいと今のお話、どのように調和してお聞きになりましたでしょうか。
日本は国境措置の比率が高い(早藤)
近藤:農協の方々はこう言うんですね。「落とす力はある」と(会場笑)。「当選させる力はないけれども落選させる力はあるぞ」とくる訳です。私はあまり言われたこともありませんが。ただ実際のところはたとえば木内さんほど、ここまで素晴らしく分かっていらっしゃる方が山形県にどれほどいるかとは思いますが、でも山形にも確実に理解してくださる方はいらっしゃいます。
本気でやろうとしている農家の方々は確実にいるんです。こういう主張をしている私ですから、地元JAみちのく村山農協さんなどに呼ばれたりして、先日も農業委員会にも呼ばれてディスカッションをしました。で、1〜2時間議論をすると皆が分かってくれます。決して希望がないことはないんですね。ただ、現実問題として日本で農業に従事していらっしゃる方々の平均年齢が66歳で、しかもほどんどの皆さまが一町歩、1ヘクタール前後の土地で営んでいる現実がある。
ですからそういった方々にはどのように移行していただくか。その道筋を、やはりこれは国としてある程度つくっていかなければならないと思いますね。この辺については自民党さんも大変なご苦労をされてきた訳ですが、私は現状で議論されている20〜30ヘクタールがひとつの目安になると考えてます。もっと広くなければいけないというお考えもあるとは思いますが、いずれにせよそのようなビジョンを誤魔化さず、きちんと提示出来るか否かが鍵になると思います。
ただ、組織としての農協は先ほどお話しした通りで圧力をかけてきます。ですからその辺の戦いですよね。残念ながら民主党も真っ二つというか…、平場で声だけを聞くとすれば、はっきり言って自民党さんと同じような比率でしか賛成の声は聞けません。賛成議員は基本的にサイレントマジョリティであり、平場で声を挙げない。せいぜい私と岡田克也と…、数人ぐらいですね。しかし明確にビジョンを示していけば多くの生産者の方々がついてきてくれると私は考えています。今はその分水嶺でもあると思っているんですね。
竹中:林さんはいかがでしょうか。
林:うちは…、もう少し多いかなと(会場笑)。世耕(弘成氏:参議院議員)さんも平さんもいますので。農地法の問題について言えば、石破(茂氏:衆議院議員)さんが農水大臣のときに「平成の農地改革」と銘打って新たな農業の担い手を集めるということをやりかけたのですが、これ、民主党政権になって戸別所得補償になってしまいました。
ですからそこを今戻していただいているので「ベースは集約化ですよ」という話になります。ただし、それは出来る品目に限ります。お米はそうなりますが、全品目で同様に集約化する訳にもいかないと思いますね。また、たとえば兼業農家の方で、主たる収入手段がお米ではないという方について考えてみると、やはり米をやっていることにしておけば税金が安くなる訳です。「いつかジャスコが来て買収してくれるまでやっていればいいや」ですとか、そんな風に考えている。ですからその辺で農地法の問題というのがひとつあります。
それからもうひとつが農協ですね。近藤さんのお話にもあった通りですが、こちらについては、まあ少し荒っぽく言ってしまえば「国鉄をJRにするにはどうしたら良いのか」ですとか、そういうことをそろそろパッケージとして考える時期に来ていると思います。全国で30万人いる訳で、彼ら全員に「明日クビです」と言っても暴動が起きるだけですから。では、たとえば何万人の組織にしていくのか、何をする組織にするのか。きちんと提示する。これ、国鉄民営化のときは_啄同機でした。内側にも改革派がいて、それで外からもつつくと。同時にやっていたんですね。それで彼らに着地点をきちんと示していく。やはりそういうことをやっていくのが筋だと思います。
あと、先ほど郵政のお話も出ましたのでそれに関連してもうひとつ。郵便局、漁協、そして農協というのは田舎に行けば行くほど同じことをやっていますよね。JAのCMをご覧になった方はお分かりになると思いますが、彼らは自分たちを“町のバンク”と言っているんです。いつから農協は銀行になったんだろうと(笑)。ただ、町のバンクと言っているということは、農協は誰でも足を運ぶことが出来るというのがまずひとつ。そして銀行をやっているというのがひとつ。「皆さん、農家のための共同購買やコンサルをするような組織だったんじゃないんですかね」という話です。
そのCMが端的に示している通りですが、もう生協ですとか、皆同じことをやっています。それならば、現在はたとえばコミュニティのお世話をする機能、あるいは地方公共団体の出先機関といったものが地方で大変希薄になっていますので、これを補えるとも思います。住民票を出せるとか、パスポートが取得出来るとか、そんなワンストップにしていく。そして一方では木内さんのような方々が別の農協ですとか農事組合をつくっていく。たとえばアメリカのキウイ輸出組合のように、その部門だけがんがんと輸出をやるといった方向にしたほうが、私としては出口が見えやすいのではないかと思っています。
竹中:恐らく御二方のお話で共通するのは、やはりTPPのようなものがひとつ、良い意味でのショックになるということですね。全体のシステムを変えていくという。
林:その辺についてはですね、私としてはあまりTPPをテコにすると言うとかえって出来なくなるのではないかなと思っているんです。そこはもうストレートに農業のためと。「日本の食料のためにやります」という風にしたほうが良いのではないかなと思います。
竹中:よく分かります。純粋に農業の問題として捉えようということですね。ここで早藤さんにお伺いしたいのですが、WTOから見ていても農業分野では各国とも色々と大変な問題を抱えているかと思います。日本だけが大変な訳ではなく、たとえば韓国でも大変でした。だからこそ李明博大統領が直接、色々なことを進めていたという話は伝わってきます。アメリカでもヨーロッパでも同様で、農業の保護システムというのはそれなりに各国とも持っています。そこに貿易自由化というものをいかに浸透させていくか。これはもう各国とも何十年も苦労してきている話だとは思いますが、その観点から見て現在の日本の農業に関する議論をどのように聞かれましたでしょうか。
早藤:少し宣伝させていただきますと、私はWTOで「Trade Policy Review」という報告書を書いております。日本での報告書は去年2月に出しました。2年に1度、WTOメンバーが日本の貿易政策に関するいわば審査をしているんですね。そのなかに何が書かれているか。農業についても当然書かれている訳ですが、竹中先生が仰った通り、農業はどこの国でも多かれ少なかれ保護をしている訳です。
で、その報告書を見てみると日本は国境措置の比率が高い、すなわち国境の入り口で調整するいうアプローチで保護していると書かれています。その比率がOECDのなかでも特に高いのであれば、そこはやはり出来るだけ下げていって、所得補償なりそういった形で守っていっていただいたほうが貿易という観点からは公平性が増すのではないかと。そういった議論になると思います。
環境や景観の観点からも議論を(原)
竹中:なるほど。フロアから再び手が挙がりました。ぜひご発言いただきたいと思います。
会場(武蔵野美術大学教授 日本デザインセンター代表 グラフィックデザイナー 原研哉氏[以下、敬称略]):デザインをやっております原と申します。本日の議論を大変面白く拝聴したのですが、米の問題についてひとつお伺いしたい点がありました。産業の観点から見て、あるいは経済的な観点から見て農業が強くなるのは素晴らしいことだと思います。
ただその一方で、環境的あるいは日本の景観といった観点で考えて、たとえば日本の水田や棚田の風景といったものがだんだん失われてしまうのだろうかと、率直な感想を持ちました。環境という観点ですと水田は大変有効な機能を持っていると思いますし、産業の観点でも、たとえば環境に配慮することで観光立国として成長を目指していくことは可能であると思います。日本の環境をより良好な方向に持っていく意義は本当に大きいと、私は考えております。
一方で、TPPに参加すればたとえばトラックの関税25%がなくなる。これがメリットであったとしても、日本がいつまでトラックをアメリカに輸出出来るのかということを中長期的に考えますと、あまり大きな経済的メリットが感じられませんでした。同様に、たとえば農業で米が安く入ってきてもニュージーランドに産業移転していけば可能性はあるですとか、それぐらいのことですと、環境や景観のことを併せて考えるとなかなか納得しづらい部分があります。
ですから私としては、議論等を進めるのでれば環境や景観といった観点からも少しお話しいただいたほうが良いのかなと感じております。農業が強くなるというのは非常にタフなお話で良いと思うのですが、もう少し別の視点で反対されている方も少なからずいらっしゃるのではないかなと思いますので。現在はその辺の議論がもう若干いただきたいなという気がしております。
竹中:ありがとうございます。ここで一旦整理させてください。TPPに参加して積極的に自由化するメリットは、実は参加しなかったときのデメリットが大きいからこそ、相対的に大きくなる。そういう解釈がひとつあるのだと思うんですね。参加しなければ失うものが大きくなるだろうという解釈がまずひとつ。そしてもうひとつが今のご指摘ですね。これは本当に重要なご指摘でして、TPPの議論における別の大きなテーマにもなるかと思います。
先ほど木内さんが仰った通り、農業にはたくさんの品目があります。で、今日はそのなかでもお米に焦点を当てていきましたが、たとえば野菜はどうでしょうか。国民の皆さまにも意外と知られていないのですが、きゅうりやトマトといった露地野菜の関税は3%なんですよ、日本は。それでやっていけている訳です。3%の関税でもやっている品目があるということです。
それもあって今回は780%前後という高関税品目のお米に焦点が当たってはいますが、水田と言っても恐らくきちんと競争を戦っていける場所と、そうではない中山間地があります。で、そういった場所に関してはもうまったく別の次元で、産業としての農業ではなく、社会政策、環境政策、あるいは国土保全政策という形で議論していこうと。恐らく政策としては壇上の皆さまも同様に考えておられるのではないかなと思います。今のご指摘、大変重要ですのでどなたかコメントをいただけますでしょうか。
木内:はい。私もまったく同感であります。今回に関して言えば日本の農業でリスクになると言われている品目について、技術的なお話ととともに、要はその可能性について少しお話したつもりではあります。ただし、中山間地の農業と我々のような生産性の高い平地の、つまり生産事業は政策として完全に分けるべきという風に、私自身も常に主張しておりました。
それともうひとつ、JA問題について。私も先ほど林先生の仰ったニュージーランドのゼスプリゴールドキウイのモデルが必要であると思います。JAというのは広域的にもう合併しています。これは経営のための合併ですが、このほかにもJA本来の生産事業を集約する必要がある。そのために“2階建の合併”が必要だと私は考えています。たとえば全米ポテト協会のような品目ごとの合併ですね。それが「にんじんJA」と呼ぶようなものになるのか分かりませんが、とにかくそこで北から南まで包括的かつ戦略的に、きちんと作付面積や収穫量あるいは需要をにらんでいく。今は統計すらないまま、小さい農家も専業農家もばらばらにプロダクトアウトで生産しているという状況です。ですからその辺も産業として丁寧に変えていく必要があると私は思っております。もちろん中山間地では生産性を追求するよりも、たとえば国土保全であったり、水質保全であったり、または観光としての景観産業。そういった形で進むべきだと、私も強く思っております。
竹中:近藤さん、どうぞ。
近藤:仰っていただいた点についてはよく分かります。私が活動している山形の7市10町は面積で言えば埼玉県1県分前後の広い地域で、もう本当に中山間地だらけです。さらに言えば、これは皆さまもご存知かと思いますが、他方では全国の耕作放棄地というのものが今や埼玉県1県分ぐらいにまで広がっています。どんどん増えているんですね。そこには米の生産性に関する議論とは別に、圧倒的な高齢化社会という状況がある。山形のある町では65歳以上の住民比率が40%に迫ろうというところもあります。その高齢化とともに水田がなくなっていっている訳ですね。もう大変な勢いでなくなっています。
ですから敢えて申しあげますと、儲かる農業ということはまずひとつ考えていくべきですが、他方では「そのやり方で、じっちゃやばっちゃがもつかな?」と。これは別の社会政策として考えるべきなのかなと思います。限界集落の議論は農業や産業の議論とは完全に切り離して進める必要がある。整理が必要なんですね。水田を守り、水の保全機能を守る。山も同じです。「どうやって守るんだ?」と。山狩りなりなんなりを行って、荒れている山をどう守るのかという議論をしていく。この辺は少し切り離しで丁寧に政策体系をつくる必要があると思っています。
「米を例外にしろと言え」と言っている(林)
竹中:ありがとうございます。今のお話に少し関連するところで1点、近藤さんと林さんに確認したいことがあります。このTPPの交渉で、米を例外にしないお考えという理解でよろしいですか?
林:先ほど我が党で条件をつくっていますと申しましたが、そこでは「米を例外にしろと言え」と言っているんですね。何故かというと、スタート時点では完全に聖域なく関税を撤廃すると言つつ、結局最後に例外を設定していくというやり方では、後々やられてしまうのではないかと思っているからです。交渉におけるタクティクスとしてのお話ですね。今のところ政府としては80前後から上がっていくという交渉のやり方で進めていくようですが、やはりああいうやり方をしなければいけないなと私も思います。最初から「米も例外ではなくて結構です」と言ったうえで交渉するというのは、何かこう、裸で突っ込むような感じがしますので。
竹中:敢えて申しますが、そうなると「お米の競争力が上がり輸出産業にも出来るから攻めていこう」というのと「例外として関税を残しておこう」という部分で、若干矛盾が生じるという解釈でよろしいですか? お二人のあいだではいかがでしょう。
林:そうかもしれませんが、すぐにゼロにしてしまって大丈夫かという懸念はあります。ここについては10年の経過措置であると言いますが、それ以外のセンシティブなものも別のカテゴリーでありますから、最初はそういう要素をすべて取っておいた状態でスタートする。そういった流れでないと、交渉ごとというのも上手く出来ないのではないかなと思っていますので。
木内:私もすぐにということではなく、まず内部で競争力について確認する必要があると思っています。農業は基本的に一年一作ですし、技術革新で明日からいきなり収量が倍になる訳でもないですから。その辺で助走は必要ではないでしょうか。ただ、そういう方向できちんと政治家の先生方にも現場で技術を確認していただき、政治でも同様に戦略を持っていただきたいと思います。
近藤:私も林先生と基本的に同じです。経過措置として10年なのか15年なのか。これも交渉ですよね。あるいは本当にゼロとするのか、700%を100%にするのか。ここは戦略です。ですからある日突然、来年からすべてゼロで被害額4兆円と言う、どこかの役所が出したようなですね…。
竹中:(笑)
近藤:ああいう脅しのような試算は良くないと(笑)。あんなことにはなり得ませんから。それを記事として掲載した日本農業新聞だけを購読する純粋な農家の方が「大変だ!」と驚いてしまう訳ですよ。しかし何事も交渉ですから10年以上期間をかけて暫減するですとか、そういう流れです。
木内:それを証明するような話なのですが、実は現在、大手の商社が米の卸をかなり買っているんですね。買収というか資本参加している。これはまさしく米を輸出出来る可能性が極めて高いということの裏付けでもあると、私としてはそのように捉えています。
竹中:なるほど。あ、ここで再び挙手がありました。田村さん、茂木さん、長谷川さん、平さん。4人から手が挙がりましたのでそれぞれ伺っていきましょう。
会場(田村):全体の大きな話として、食料自給率を指標にしているという現在の国家目標についてぜひ議論すべきではないかなと思っています。そもそもエネルギー自給率がこれだけ低い訳ですから、食料自給率というものが本当に有効化なのか。また、やはり稼げる農業とするために反当単価の高いものを自由につくらせる。苺なら苺、畜産なら畜産、トマトならトマトですとか。あとは食料自給率についてもう1点だけ。これは広い意味で考えるべきではないかと思います。中国は国家資本主義でブラジルやスーダンの農地を買ったりしていますよね。食料自給率と本当に言うのであれば、同様にもっと広い意味で考えていくべきだと思います。
竹中:分かりました。基本的には輸出を増やせば数字の上では食料自給率も高まりますよね。分子と分母の関係でね。いずれにせよ、ご意見分かります。では茂木さん、お願い致します。
会場(脳科学者 茂木健一郎氏[以下、敬称略]):脳科学者として非常に懸念していることがあります。グローバリゼーションの結果として考えればTPPという流れは必然であって、そこで交渉に参加するしないに関わらずグローバル化の波は必ず訪れます。しかし今の日本人、特に若い世代に偶有性の危機と言うのでしょうか、リスクと向きあうのを避ける傾向がある。僕にはお米がその象徴として使われているとしか思えません。これまで続いてきた国のやり方があって、それを変えたくない、変えるのが怖いと。グローバル化のなかでコンティンジェンシーが満ちてくる訳ですから、リスクや不確実性を避けるという考え方は人のあり方として最悪の選択なんですよね。
それで一言申しあげると、それは日本の教育システムにすごく深く連動しています。要するにどこの大学を出たとか、どの企業に属しているとか、その組織に所属しているということで我々はセキュア・ベースを確保してきたのですが。それはサッカー選手が25歳になってチームに入ろうとしたときに「あいつは清水商業を出たんだよ」と言うのと同じで、まったく意味のない情報です。
ですから我々日本人がこれから自分のコンピテンスを出身大学や所属組織にではなく、何が出来るかというそのアビリティとともに再定義しなければいけないことと関連しているんですね。米作の問題は原さんが仰ったように国のあり方という形で議論されがちなのですが、僕にはそれが実は変化が怖いという心理のスケープゴートにされているとしか思えませんでした。
竹中:ありがとうございます。茂木さん流に脳を刺激してくださったんだと思います。では長谷川さん、お願い致します。
何もしないリスクのほうが計算してとったリスクより大きい(長谷川)
会場(長谷川):特に触れるつもりはなかったのですが、茂木さんが仰ったので私もひとつ申しあげておきたいと思います。リスクや不確実性を避けるための心理と茂木さんは仰っていましたが、私としては、何もしないというリスクのほうが計算をしたうえでとったリスクよりも遥かに大きいと思っています。激変する今の時代に生きているということを日本人が何も考えていなくて、何もしなければリスクは避けることが出来ると思っている。それ自体が間違いであるということを申しあげておきたいと思います。私どもはそういう意味で買収も勇気を持ってやりました。
それからもうひとつ。先ほど議論になりました関税のお話ですが、この点はかなり丁寧にご説明をされないと、それこそ‘TPPおばけ’というものがまたぞろ出てくると思います。10年が期限ではなくてですね…、基本的にバイラテラルを尊重するという精神があるかないかは別にして、アメリカとオーストラリアのあいだでは牛肉が18年をかけて関税を撤廃していくだとか、ニュージーランドと中国のあいだでも乳製品について18年かけて撤廃するですとか、そういうことを実際にやっている訳です。そういった前例があることはご存知でだと思いますが、林先生が仰ったように「これだけは取る」というその取り方、あるいは譲るときの譲り方もよくお考えになっていただきつつ、もう若干丁寧に国民の皆さまへ説明していただく必要があるのではないかなと思いました。
会場(衆議院議員 平将明氏[以下、敬称略]):農産物の流通をやっていた私としては、解決の方法は大規模化して単価やコストを下げるか、あるいは個人農家でも良いから徹底的に高付加価値のものをつくるかになっていくと考えています。また、よく言われる土地の流動化と株式会社の新規参入も必要になると思います。そこで質問なのですが、TPP反対のプラカード持っている方々はJA職員というお話がありました。その辺と関連して、たとえば土地の流動化と株式会社の新規参入を進めていこうとしたときに若い経営者の方々はどのように思うのか。全体的にどんな反応が来るものなのかをお聞かせいただきたいと思いました。
それともう1点。TPPについては近藤さんと同様、私も先日「TPPについて話をして欲しい」と言われ、ある医師会に呼ばれて全面的に賛成の旨を伝えました。そこで医師会の何か訳の分からないのはすべて論破したのでもう推薦は貰えないかもしれないのですが(会場笑)、説明すれば分かるんですよ。6〜7割の人は分かります。「ああ、そういうことだったの」と。
今回最も問題だったのは、農水省は農水省ですごく恣意的な古いデータをベースとした資料を出して、経産省は経産省で思惑入りのデータを出して、内閣府は内閣府で出している点でもあると思っています。そうではなく各国の政府と同じように整合性をとったうえで、まず「前提条件はこうです」と。そして「計算の仕方はこうです」と、整合性のとれた試算を政府が責任を持って出さなければいけなかった。結局のところ、混乱は起こるべくして起こっているんです。ですからその辺は少し、近藤さんお願いしますというお話になります。
竹中:内閣は連帯して責任を負う訳ですが、その内閣でポリシーボードが、まあ機能しない形になっていたと。国家戦略会議も先般ようやくはじまりましたが、TPPがメインの議題から少し外されていて、私としては恐らくはそういった話にも繋がるのだと思います。はい、ここで新たに挙手がありました。ではお願い致します。
会場(サンブリッジ 代表取締役会長兼CEO アレン・マイナー氏[以下、敬称略]):サンブリッジのマイナーと申します。アメリカ人としてのコメントは良くないのかもしれませんが、メディアに取りあげられる話を聞いていても今日の議論を聞いていても、基本的には農業がどうなるかという議論ばかりがなされているように感じます。私としてはもう少し根本的な部分として「日本がアメリカと交渉して有利な結果を引き出せたことがあるんですか?」という疑問があるんですね。
日本がアメリカから農業の自由化を求められ、日本としても「そのほうが良いかもしれないね」と考えたというのはあるかもしれません。ただ、日本あるいはAPECのメンバーがアメリカに対して今回、何を要求しようとしているか、まったく見えないんです。日本としては農業のあり方だけでなく、国として世界に発信すべきリーダーシップについても議論する必要があるのではないでしょうか。G1ではそういう言葉が何度も出ていますし。
で、私はそこで一地球人として、たとえば日本が京都で15年前に大変な努力とともにまとめた京都プロトコルを無視されたですとか、国連でほとんどのTPP参加予定国とともに声を挙げて武器貿易条約をまとめようとしたときにアメリカがそれを認めなかったですとか、そういったことについても考えていくべきなのではないかと思うんですね。ですから日本のため、もしくは地球のために、今回の議論のなかにそういった世界的な視野も入れていくべきではないかと考えています。
そしてアメリカに対しては日本がTPPを機会に、そろそろプレッシャーをかけましょうと。日本からアメリカに対して“ガイアツ”ということが出来ないかなというのが、アメリカで育ち、そして現在日本に住んでいる一地球人としての私の意見です。TPP交渉がバイラテラルなネゴシエーションに落ちてしまう危険性は大変高いように思えます。そのとき、アメリカのパワーに対して日本が良い結果を生み出せるのか、そのためにどうしたら良いのか。根本的な議論の方向としてもっと考えるべきではないかなと、私としては感じました。
ラジオのセールスマンが必死で外で売ってきたから今がある(近藤)
竹中:分かりました。それでは今いただいたご意見についても考えつつ、皆さまに最後のラウンドとしてそれぞれお話をいただきたいと思います。たとえばアメリカは何かあると必ずアンチダンピングの提訴をしてきますよね。これが本当に一方的でして、こういうことをやっている国、世界でアメリカだけです。
ですからそういったことについても考えながら議論していくのはすごく重要だと私も思います。アメリカもついこのあいだまでピーナッツに800%の関税をかけていた。今は百数十%になっていますが、一部の繊維品は現在でもおよそ30%の関税をかけている訳ですし。そういったことも含め、まさに対等にやろうという交渉は当然目指していかれるのだと思いますので。
時間がなくなるといけませんのでもう1点、ぜひ話し合って欲しいことがあります。別のセッションでは坂根会長と長谷川社長が企業経営の面から見た日本経済の強化について大変に力強いお話をしていらっしゃいました。ですから本セッションでも、農業改革とともに産業強化の面から見たTPPについてぜひ議論していただきたいと思っております。
まず為替レートの話です。現在は円高であるとよく言われます。これ、名目為替レートで見ると円が高く見えますが、物価を調整した実質レート、そして対ドルだけではなくユーロや元に対しても見た実質実効為替レートで見ると、現在のレートというのは2001年および2002年と同じなんですね。あのとき誰も円高なんて言わなかった訳です。1995年に79円を一度つけていますが、あれを実質実効為替レートで見ると名目は54〜55円になります。そのときと比べたら円は実は安いんですよね。しかし円高という風に言われる。
これは恐らく、10年前と比べて日本の競争力が落ちているからであると解釈するのが普通なんだろうと私は思っております。当然と言えば当然ですよね。この10年間でソニーやパナソニックがたどった道と、サムスンが辿った道を相対的に見ると、残念ですが日本の競争力が、たとえば電機分野などでは落ちているのは一目瞭然な訳でありますから。
で、競争力との関係で言えば、貿易が自由になればなるほど為替レートが公正に決まっているか否が重要になります。しかしその辺について中央銀行の政策はどうなのか。私は先ほど敢えてステートキャピタリズムという意味の言葉を使わせていただきましたが、中国人民銀行は国務院の一部ですから政府のなかにあります。韓国の中央銀行も独立しているとは言い難いですよね。このことは古川(元久氏:衆議院議員 内閣府特命担当大臣 経済財政政策・科学技術政策担当)さんがダボス会議で堂々と言及されていて、私はそれが大変良かったと思いました。
結局、自由になればなるほど競争条件は公正でなければいけない。そこにステートキャピタリズムや為替の話が入ってくる訳です。その辺をやはりトータルに見てながら産業を強化し、競争力を強化をしなければいけないという問題意識を私自身としては持っております。時間もちょっと押してきましたが、できればその辺を政治家の両先生にお伺いしたいと思っております。
近藤:竹中先生の仰る点は分かります。恐らく私と竹中先生ではインフレターゲティングについて見れば少し違う立場にいると思いますが、日本銀行が現在出来ることをやりきっているかというと非常に物足りなさと感じます。最近FRBは‘longer-run goals’という目標をつくりましたよね。それで日本銀行は「我々も同じことをやっています」なんて言いますが、言葉は違うんです。日本は何かこう…、「中期的な理解で‘understanding’だ」と。「だからそれを‘goal’にしろよ」と言ったら「いやいやそれは」とか言いながら、なんだかもごもご言っている。要するに日本銀行自身がきちんと資金供給をやっているのかという議論については「まだ危機感がないなあ」と私は思います。
それと併せて「やっぱり胸突き八丁なんだよな」と思うのは、恐縮ですがこれまた地元の話になります。現在、私の地元から工場がどんどんなくなっているんですね。それで今回、5000億円の立地補助金というのを出した。過去に例のない話です。民間企業の設備投資に半分から3分の1の補助金を出すという話ですから。しかしここまでやってもやはり…、まあ、なかには踏ん張ってくれている会社さんもいらっしゃいますが、もうどんどん出ていっているという大きな危機感があります。だから為替は本当に大変だなと私も強く感じます。ただしそこで何が出来るかという点については、まだ知恵は出しきっていないぞという気もしているんですね。白川総裁と野田総理は非常にウマが合うと聞いておりますので、その辺、さらにしっかりやっていただきたいと思います。
最後にひとつ。他方、やはり名目GDPもこの3〜4年で恐らく40兆円ほど落ちています。国内需要が急速に落ちていることは間違いないですね。ですからやはり外で稼いでいく必要がある筈です。そのためにアジア域内ないしはグローバルで稼ぐ体質をつくっていく。投資で稼ぐことも含めてそれをやっていかないと「本当にもうあかんな」というのが根本にあります。
先ほど茂木先生がリスクのお話をしていらっしゃいましたが、TPPの議論で若手の議員が…、まあ私も若いつもりが中堅になってしまったのですが、当選1回生の議員がこう言うんです。「これまで20年間、日本にはいいこと無かったじゃないですか。TPPなんかやって外で貿易して一体何があるんですか? 外に出る必要はまったくない。日本はやっぱり間違っていたんだ。うちにこもるべきだー!」と、堂々と主張する一年生議員がですね(会場笑)、これがもうひとりじゃないんですよ。2人、3人、4人といて、私は愕然としました。
「いやちょっと待て」と。「トランジスタラジオのセールスマンが外で必死に売ってきたからこそ今があるんじゃないか?」と思うんです。「この国というのが一体何によって出来ているか、もう一回考えてみよう」と言っても、「いや、これ(TPP)は良くない。この20年間、あまりいいことなかったです」と、こう言う訳です。それで私は思うのですが、この20年間のマイナスというのは「結構きつかったな」と。この20年間、若い世代にだけではなく日本になんとなく沈殿している空気みたいなものは、かなり問題だったという気がしています。すみません、ちょっと余計なお話でした。
林:ありがとうございます。最後のところは本当に私も同感です。私は先日、『中央公論』の2月号…、だと思いますが「GNI大国」というタイトルの記事を寄稿させていただきました。GDPではなくGNIだと。昔のGNPですね。グロス・ドメスティック・プロダクトは国内総生産ですから、どうしても国境のなかでどうやってつくるかという議論になってしまうんですよね。それをグロス・ナショナル・インカムに。国民の所得ということで外に出て行って、そこで投資を行い、配当として帰ってきたお金をさらに足すと。それがGNIでの考え方です。「我々はアジアのこれほど良いところにいるんだから、GNIで進めてGNIでどんどん稼ごうぜ」と。
これを地元で説明するときには「もう王選手じゃなく荒川(博)コーチだ」と言っていてですね…、この例えは一定年代より上の方にしかウケないのですが(会場笑)、要するに、昔有名な選手だった人が今の高校生ぐらい速く走ろうとしても難しい訳です。ですから今、若く足の早い人間を育てる側に回ろうというのがハンズオンの投資だという風に思うんですね。ですからやはりそれが基本にあります。
で、もう少しミクロの政策について言えば、やはり独禁法を国内基準ではない外の基準でやるといった方向ですね。これは進んでいます。また、R&Dをもう少しぐるぐる廻して人材育成を目指す研究開発力強化法というのを自民公でつくったのですが、それをもっと発展させていく政策も重要です。そして最後に残るのが国家資本主義とどう向き合うかという点。これについて書かれた書籍も色々と出ていますが、やはり自由主義経済あるいは民主主義の側がよほど頑張らないと、「国家資本主義のほうがいいじゃん」みたいな話になりかねないと思っています。
竹中:ありがとうございます。いよいよ時間も迫って参りましたのでフロアからあと御一方ご意見を伺ったのち、それぞれクロージングとしてお話ししていただきたいと思います。いかがでしょうか…、いらっしゃいました。では坂根会長、お願い致します。
グローバル社会で責任あるリーダーとなるのが日本の務め(早藤)
会場(小松製作所 取締役会長 坂根正弘氏[以下、敬称略]):先ほどのセッションでも少し申しあげましたし、ただいま会場から出てきたご意見とまったく同じです。COP(Conference of Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change)15/16/17と出てみまして思ったのですが、日本は頑張って仕上げった京都議定書という、日本の名前がついたものを自ら否定するようなことになりました。しかしこれは明らかに、アメリカに一番大きな責任があるんです。
あれだけ巨大な先進国でCO2を大量に輩出し、ひとり当たりでも我々の倍、出しています。それで1997年、京都議定書をつくるときには積極的に参加すると言って持ち帰りながら議会が否定したら参加しなかった。アメリカが入っておれば当時のCO2、世界の60%もカバー出来ていたんです。しかしアメリカが離脱したから35%になってしまい、今は27%しかありません。この最大の不公平を解決するために、自ら京都議定書を否定せざるを得なかったというのが今回のいきさつだと思うんですね。
ですからTPPの議論について私が最も不満に思うのは、日本がどうしたいのか分からないことなんです。日本はもっとアメリカに対して前向きに「地球温暖化問題の議論に加われ」と言うべきなんです。「現在のTPP24項目に地球温暖化問題を追加しようじゃないか」ですとか、むしろこちらからどうしたいのかを伝えてアメリカを引き出してくるような、そういう議論が何故出てこないのかと思います。常に被害者意識で…、これでは国際競争に勝てません。
竹中:ありがとうございます。我々は常にリアクティブとなってしまうのですが、プロアクティブでなくてはいけないというお話であると思います。では最後に1ラウンドずつ、パネリストの皆さまにはぜひ思いのたけを述べていただきたいと思います。早藤さんからお願い出来ますでしょうか。
早藤:本日はありがとうございます。先ほどのマイナーさんのお話にありました通り、日本がグローバルコミュニティの中でリーダーシップを発揮するということが大変重要になると私も考えております。この会議は国益ということを中心に議論されてきたと思いますが、自分の日常生活を振り返ってもグローバルコミュニティというのはリアリティだと思うんですね。ですからグローバル社会のなかで責任あるリーダーになることが日本の国益にも繋がるのだと私は思っております。そのためにどういったシステムが日本にとって、そしてグローバル社会にとっても良いのかを追求していただけると、TPP議論もさらに一層素晴らしいものになっていくのではないかなと思います。本日はありがとうございました。
竹中:ありがとうございます。では木内さん、お願いしてよろしいですか?
木内:はい。私は平先生のご質問にお答えしたいと思います。まずJAというのはたとえば東京都にもある訳ですね。で、JAでは正組合員しか決定権を持っていません。ところが東京都で農家をやっている正組合員はごく僅かです。それでも数万人の組合員がいる団体なんですね。これは准組合員という一般のサラリーマンや他産業の方も含みます。そうすると農業共同組合でありながら実は地域によってまったく構図が変わっているということになります。
ですから私が考えておりますのは、まず地域共同組合と農業共同組合にしっかり分けるべきという点なんです。そしてもうひとつは、やはり「じゃあJA職員はどうなるの?」という議論ですね。ここは繰り返しになりますが、やはりゼスプリゴールドキウイのモデルのような北から南までカバーする品目農協を政府の誘導でつくっていく。そこで生産性や販売の向上をにらんだ戦略をしっかり構築していくということになると考えています。
そして最後に農地の問題ですが、これはやはり信託銀行のような仕組みを地域につくり、そこに集約する仕組みを用意していく。ここは、貸すほうは「高く貸したい」、借りるほうや「安く借りたい」という資本の原理でつくっていくべきだと思います。そのことをうまく活用しつつ信託銀行のような仕組みをつくりだせば、私は自然に集約化へ向かっていくのではないかという風に思っています。
竹中:ありがとうございました。それでは近藤先生、いかがでしょうか。
近藤:はい。坂根会長のお話は染み入るというか、まったくその通りだなと改めて思いました。では最後になりますが、この政権でやるべき…、平さんには申し訳ないのですが恐らく5月選挙はないと思っておりますので(会場笑)、この政権でやるべきことはまずTPPの交渉をきちんと進め、取るものを取ること。そして税と社会保障の議論を前に進めること。日本としてはこの2点をやればもう300点ぐらいだろうと私は思っているんですね(会場笑)。これでもやり過ぎかなと思うぐらいです。とにかくも「この二つにきっちり臨まなきゃいかん」と、私はそう思っております。
最後になりますが、今、高島(宏平氏:オイシックス 代表取締役社長)さんたちはじめとしたG1の皆さまが『東の食の会』で日本の食、特に東北の食を盛りあげようという運動をされています。私も平さんと一緒に多少関わらせていただいておりますが、ぜひそれを盛りあげていきたい。日本の食というのは素晴らしいということで、世界文化遺産登録をしようという動きを進めておる訳であります。ですからそういった動きを含め、とにかく日本の農業は弱くないですから、食も強いでから、文化遺産登録も行なってぜひ世界へ打って出て行きたいと思っております。
竹中:ありがとうございます。では林さん、お願い致します。
林:マイナーさんと坂根会長のご発言にインスパイアされましたので、テーマとはあまり関係ないかもしれませんが少しお話をさせてください。私は21世紀が‘Pacific Century’でなくてはいけないと思っております。ひとつは太平洋の意味ですね。経済のグラビティが大西洋から太平洋に移ってきていると。そして‘Pacific’には「平和」という意味もあります。海の安全保障という意味でも太平洋が非常に大事であると。ですからもう米中のあいだを日本がとりもつぐらいのことを考えていくべきではないかと。日米同盟で中国を封じ込めるですとか「TPPであいつらに言うことを聞かせる」ではなく、米中のあいだに両方のことが分かる日本が入り、バランサーとなっていくんです。
これを、あくまで安全保障と経済を切り離さずに考えていくべきだと私は思っています。一方で「あそこは潜在的脅威だ」と言いながら、もう一方で「あそこと貿易をする」なんて言うのは、ひとりの人間ではありえない話ですよね。しかし我々は安全保障の議論で現に前者の話をしているし、経済の議論では後者の話をしています。これ、一致させないければいけません。そこで使い分けを続けていると、そのうちニクソン・ショックのようなことが起こってしまうのではないかと思っています。ですから我々のほうから積極的に出て行って米中両方を引き寄せる努力を、経済と安全保障をセットで考えながら続けていくことが、今から大事になるではないかなと思っています。
竹中:はい。長時間に渡ってありがとうございました。私たちはここ数代の総理に対して「何をやりたいのかよく分からない」という類の批判をさんざんしてきた訳ですが、それは先ほどから議論になっている通り、実は日本全体の問題でもあると。「世界のなかで日本が何をやりたいんだ」ということであって、それは翻って「私たち自身が何をやりたいんだ」という問いでもあろうかと思います。本日は皆さま本当にありがとうございました。素晴らしいパネリストの方々にどうぞ拍手をお送りいただきたいと思います(会場拍手)。