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パネリスト:
翁百合 株式会社日本総合研究所 理事
Jesper Koll JPモルガン証券株式会社 Managing Director
水野弘道 コラーキャピタル(英国) パートナー
モデレーター:
柳川範之 東京大学大学院経済学研究科 経済学部 教授
柳川:皆さまおはようございます。柳川でございます。本日はよろしくお願い致します。本セッションのテーマは「ユーロは破綻するか?」ですが、前半と後半で大まかに2つのテーマに分けて議論したいと考えています。前半は現在のヨーロッパ情勢、そしてユーロの経済情勢をどのように理解するか、問題点やその対策をテーマとします。後半は前半の議論を踏まえたうえで、それが日本にとってどのような問題になるのか。日本政府や日本企業にどのような対応ができるのかを考えていきたいと思います。
まず、現在のヨーロッパ情勢とユーロの経済情勢から始めましょう。2月11〜12日あたりで、ギリシャの財政再建プランが一応は承認されたというニュースが入ってきました。現段階では一段落したような状況ですね。これを踏まえ、現下のヨーロッパ経済状況をパネリストの方がどのようにとらえていらっしゃるのかを伺っていきましょう。本質的な問題がどこにあり、それがどのような状況になっているのか。それぞれ簡単にお話しいただき、そののち議論に入っていきたいと思います。まずはKollさん、いかがでしょう。現状の評価をお願いできますでしょうか。
ユーロ安のおかげでドイツ経済は好調、だからユーロを潰せない(コール)
Koll:はい。今日はドイツ語でお話ししましょうか?(会場笑)。結論から申しますと、やはり勝ち組は間違いなくドイツなんですね。ドイツではユーロが導入されるまで、産業の生産性が毎年およそ前年比2〜3%増で推移していました。平均的には毎年ドイツマルクも2〜3%高になっていたのですが、これはある意味で当たり前の話です。日本でも、産業生産性が向上すれば円高になっていくことはそれほどおかしくはないですよね。
ところが、ユーロの環境になってそれが変化しました。ドイツにおけるものづくりの生産性が向上し続けている点は変わらないのですが、フランス、イタリア、あるいはギリシャなどが入った結果、ユーロ全体の生産性がマイナスになっていったためです。それでユーロという通貨が構造的に安くなってしまった。これは、ドイツ経済としては順調という意味です。ギリシャの財政危機を受けて2年前からはさらにユーロ安となっていますから、競争力という点でドイツ経済は現在、大変な好況と言えます。
現在、ドイツの失業率はおよそ5.5%にまで低下していて、ここ3年間では半減しています。ドイツでは産業だけでなく国内の雇用制度もいろいろと変わっていきました。当時、シュレーダー前首相は小泉内閣と同様にパートタイムやフリータイム雇用の改定を行い、雇用規制の緩和でドイツの中小企業は‘firing and hiring’がとても簡単になっていった。それで輸出主導およびユーロ安主導の状態から内需へと立ちかえったわけです。ですから間違いなく、ドイツ経済は非常に強くなっていると考えていただきたいと思います。
ユーロが潰れるか潰れないか。もし本当に潰れて‘New Marc’…、つまり以前のマルクではなく新しいドイツマルクになるのであれば、恐らくその新マルクはユーロとは逆におよそ30〜40%高くなる可能性があります。ですからユーロが潰れて本当にドイツマルクへと戻るのであれば、最大の負け組は間違いなくドイツになります。結論になりますが、だからこそユーロが潰せないという状況です。私からとりあえず以上になります。
柳川:ありがとうございます。では翁さん、お願い致します。
ユーロ問題の本質的な3つの背景;金融危機と財政赤字、高齢化、不完全な通貨統合(翁)
翁:ユーロ問題には本質的な背景が3点ほどあると思っています。ひとつはリーマン・ショックのような大きな金融危機があり、その後の財政支出や金融機関への公的資金注入とともに財政赤字が一気に膨らんでいった点。ただし注入された公的資金は当初考えられていたほど大きなものにはならなかった。
二つ目に、これは実際のところあまり語られていませんが、ギリシャ、スペイン、イタリア等はこれからかなり高齢化が進んでいくということです。財政赤字の問題は特にリーマン・ショック後の短期的問題と考えられがちです。しかし今後は、日本ほどのスピードではないにせよ、ヨーロッパでも高齢化がかなり進んでいく。それとともに社会保障問題が深刻化していきます。当然、財政赤字の問題もこれからかなり深刻になっていく。高齢化という点では日本と同様の課題をこれらの国々も抱えています。ドイツも高齢化は進んでいくと思いますが、生産性がかなり高いので問題としてはそれほど深刻にとらえられていません。そういった状況にあるということです。
それから三つ目は、通貨統合が完全でないという大きな問題です。中央銀行はひとつだけれども財政政策はバラバラであり、その背景があったからこそいろいろと矛盾も出てきていると思っています。ギリシャやポルトガルはもともと非常に競争力が低い状態でした。そこで自国の通貨を持っていれば為替を切り下げて調整していくこともできたはずです。しかし、それができない。それでギリシャやポルトガルはどんどん競争力を失う形になり、Kollさんのお話にありました通り、ドイツが最も得をする形になっているわけです。
その結果として財政資金を投入して、ギリシャでは大きなバブルをつくってしまいました。スペインも同様です。しかし金融政策はひとつですから、個別のバブルに対応することができなくなってクラッシュし、経済が疲弊してしまった。結局、いまギリシャやポルトガルといった国々では、最後に各国に残された財政政策すら緊縮財政にせざるを得なくなっています。景気がさらに悪化し、財政も金融もマクロ経済政策が打てないという悪循環に陥っています。そうなれば国債が調達できなくなっていきますから財政の健全性はさらに悪化し、それによって国債がさらに調達できなくなっていく。現在はそのような負のスパイラルに陥っている。
こういった状況の最終的な、そして抜本的な解決に向けて不可欠となるのは、通貨統合の問題をどのように解決していくのかという議論であると考えています。本当にユーロとしてひとつの財政に統合する方向に向かっていけるのかが鍵になると思います。今は財政規律をしっかり保っていく方向で欧州各国は歩みはじめていますが、本当に統合できるのかどうかというと、これはかなり難しいと私は思っています。
いずれにせよ、今のような中途半端な形であれば、サステイナブルなユーロにはならないのではないかと思っています。しかし、ユーロの場合は離脱のルールがまったくありません。抜けることを想定した仕組みになっていない。ですから秩序ある撤退もなかなかできないだけに、それがどういう形で崩れていくのかもなかなか見えません。
今でこそ欧州中央銀行(ECB)が一生懸命になって3年物資金供給オペ(LTRO)をふんだんに行っていますので、短期市場はかなり落ち着いています。しかしそれは時間稼ぎであって、最終的かつ根本的な構造問題の解決にはなりません。よほどラッキーなことが続いて各国が歩み寄り、財政統合が早晩に実現できない限り、最終的にサステイナブルにはならないというのが私の考えです。
柳川:では水野さん、お願い致します。
ドイツはユーロ圏の覇権をとることができても、安易にとらない(水野)
水野:おはようございます。最初にお断りしておきたいのですが、本日のディスカッションを聞いたあとで、「ユーロに張って損をした」ですとか、そういった抗議はなさらないようお願い致します(会場笑)。実はユーロの歴史というのは短く、20年ほど前にヨーロッパを統合しようという話が出ました。サッチャー元首相が‘No, no, no!’という有名な演説を行い、それを土井たか子(元衆議院議員)さんが「駄目なものは駄目」と訳したという、その演説からほぼ20年しか経っておりません。
その間、ユーロに起きた大きなサプライズというのは実はひとつです。それは、イングランド銀行がジョージ・ソロス氏の攻撃に対抗しきれなかった結果、ヨーロッパの中枢国であるイギリスがユーロ構想から抜けることになったという点です。そして10年ぐらい前、ようやく皆さまが現在目にするユーロ貨幣が利用されるようになったという、本当にまだ歴史の浅い通貨です。
もともと当時の欧州指導者たちはユーロができたとき、ドルのスプレマシー(支配)に挑戦すると言っていました。ですから3年ほど前にリーマン・ショックが起きたときも、「これでドルの基軸通貨体制が崩れるのではないか」「ついにユーロが世界の基軸通貨になるかもしれない」と言っていました。しかしそれから約1年でギリシャの話が出てきて、あっという間にユーロは、「この通貨は大丈夫か?」というところまで追い込まれてしまった。そんなふうに、一連の出来事は実のところ大変短いタイムスパンのなかで起きてきたのです。
ユーロ誕生には、ドルに対抗できる通貨をつくるという目的がありましたが、それ以外にもありました。ドイツが過去に2回の大戦を起こし、ヨーロッパでは大変な量の血が流れました。ヨーロッパで二度と同じ悲劇を繰り返さないために、「経済から統合すればよいのではないか」と考えたのがきっかけです。つまり経済的要因だけでなく、文化的あるいは歴史的要因もユーロ誕生の背景にはあったのです。ですから最終的にユーロが崩れるかどうか…、まあ、最終的にはドイツが主導権を握ると思いますので、「崩すのかどうか」という表現になるかもしれませんが、そういった議論には、実は経済合理性だけでなく彼らのレガシーといった視点も入ってきます。だからすごくわかりにくい話ではあるのです。
それで、実際に現在は何が起きているのか。まずギリシャ等に関して、2月11日に緊縮政策で合意していますが、はっきり言ってあの程度の節約をしたところでどうにもなりません。現状でも民間金融機関に50%の債権カットを要求しているので、これはもう完全にデフォルトです。ただ、今のところは政治がなんとか頑張って、国際スワップ・ディーラー協会(ISDA)など各方面に圧力をかけて、「これはクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のデフォルトにあたらない」と誤魔化している。しかし、もう誰の目から見てもギリシャはデフォルトしているわけです。節約するといってもまったく話にならない。それでG20や国際通貨基金(IMF)は、ヨーロッパの国々による資金注入が必要であると言っているわけです。
では、誰がギリシャのためにお金を出せるのか、という話になります。フランスは今年になり格付けを下げられてしまいました。では残るのは…、先ほどJesper (Koll)が言った通り、ドイツしかいません。しかし、その結果どうなるか。これまでは歴史的な背景があったので、ドイツは常にフランスと組みながら、ドイツ覇権という認識をされないよう上手に振舞ってきた。ところが今後は徐々にフランスが完全な共同歩調を取れなくなっていきます。そうなると、あまりにも各国から「ドイツがリーダーシップを取れ」と言われ続けているうちに、ゲルマン魂がだんだん発揮されてきまして、「そこまで言うなら俺の言う通りにやらせてもらおう」と(会場笑)。そのようになるのが、まあドイツ人の気質ではないかと。このあたり認識が違っていればJesperからぜひのちほど反論して欲しいのですが(笑)、私はそのように思っております。なんと言っても能力のある人々ですから、そういうふうになって一気に流れが変わる可能性もあると考えております。
しかし、ヨーロッパ中ではそういったゲルマン魂に過大な…、“適正な”かもしれませんが、甚大なトラウマを持つ人々がたくさんいます。その状態でドイツが本当に表に出て、ユーロのドイツマルク化のようなことを進めた場合にどうなるのか。経済的に言えばJesperが言った通り、マルクは確実に上がります。ですから経済的にもメリットはないのですが、外交上も相当に難しい舵取りになるのではないかと考えています。そういう意味でも、先般のフランス格下げはドイツにとって、ヨーロッパの基金を維持するといった現実的な問題以上に、今後の外交政策に大きな影を落とす出来事だったのではないかと思っております。とりあえずはこのあたりで。
柳川:ありがとうございます。この問題にはいろいろな要素が入ってきますね。議論のポイントを絞るのも難しいのですが、ステレオタイプ的に分けると、とりあえずは短期的問題と長期的問題があると思います。
短期的な問題に対しては、財政再建を含め色々な対応策が取られています。そのあたりについては多くの人から対策が後手に回っているとも指摘されていますが、とりあえずはある程度、落ち着くところまでいけるのか、という問題があります。
一方で、これは短期的問題とも重なってはいますが、中長期的に見ると、現在のユーロという構造がどこまで維持できるのかという問題があります。先ほど翁さんから、現状で通貨統合の枠組みがどこまで維持できるのかという問題提起をいただきました。私も経済学者として非常に納得のいくお話であります。最適通貨圏をイメージしてみると、現状では明らかに多様なものが入り過ぎている側面がある。翁さんが指摘された通り、そもそも財政で統一歩調が取れないまま通貨を統合している状態で、はたしてユーロが維持できるのか。そういう問題があるわけですね。
それともうひとつ。これは私の個人的見解ですが、やはりギリシャが抱えている構造上の問題もかなり大きいと思っております。通貨統合しようがしまいが、財政再建がどうなろうが、やはりある種のモラルハザードのような問題と向き合わなければならない。情報もいろいろと隠されていましたし、本質的にきちんと働く国になってもらわないと、ヨーロッパ全体としても支えきれないとも思います。
そこで改めて短期的な話と長期的な話を分けてそれぞれ議論していきたいと思います。ここではとりあえず、長期的にユーロというシステムを支えることができるか否は少し置いておきます。目下、皆さんの関心は…、ここ1年ぐらいでしょうか、一気に坂を転げ落ちるように悪化してきた一連の状況にあると思います。それがある程度の小康状態を保てるところまでいけるのか。改めて御三方にお伺いしたいと思います。先ほどKollさんからは「ドイツが頑張って支えるからなんとかいけるんじゃないか」といったお話もあったと思いますが、いかがでしょうか。
今後のユーロに関する3つの課題(Koll)
Koll:申しあげたかったのは、ユーロを守るメリットは間違いなくドイツにあるという点です。そしてこれからの課題として3つ言えることがあります。1点目として今後については、経済的観点からだけではまったく予測できないと思っています。というのも、ドイツの失業率は5%まで低下していますが、スペインでは現在5人にひとり、20%以上の失業率です。20代男性の二人にひとりが失業していると、背景で燻っていた社会的問題にどこかで引火した瞬間、本当に状況予測ができないと思います。そういう面も考慮すると、たとえば欧州中央銀行(ECB)やドイツ、あるいは政治家が、すぐにそして論理的に、「よし、こういった新しい構造にしよう」というふうにするのはあり得ない、大変厳しく危険な道のりになったということです。
2点目はギリシャについて。ギリシャは債権カット、要するにデフォルトが決まったわけですが、問題は、これは例外なのか、あるいは各国によるユーロ離脱のはじまりなのか、ということです。これからポルトガルやイタリアはどうなるのか。投資家やグローバルマネーを運用する部門には大変な不満を持っている人もいます。EUやドイツは恐らく、「ギリシャは例外です」と言うでしょう。しかし「なぜ例外か」、ピンとこない。
そして3点目の問題は、ユーロ圏のリーダー達が現在とっているアプローチです。とにかく「財政引き締め」となっている。先日のサミットでも同じでした。今までのルールでは「財政赤字が3%を超えてはいけない」でしたよね? 3%以内といっても、実際はほとんどの国が3%以上だったのですが、今回のサミットではリーダーたちが、「3%以内ではなく、ゼロにしなければいけないことにしよう」と、交渉の結果決めたわけです。
どうやってゼロにするのでしょうか? 不可能ですよ、そんなことは。現在のスペインの財政赤字をゼロにしたら、一体どうなりますか? 失業率は30%になる? あるいは35%? ナンセンスです。そもそも現在のユーロでは、テクノクラートのリーダー達から成長戦略がまったく出てこない。そういった面から見ていても、やはり大変危険な状況にあると私は思っています。
柳川:ありがとうございます。翁さんはいかがでしょうか。
今後は、ECBが財政悪化国の国債をさらに購入するか否かが大きな焦点に(翁)
翁:私は、今後欧州の金融機関が厳しい状況になっていくのではないかと考えています。今回、欧州中央銀行(ECB)が大量の資金を供給したので、流動性の面では多少落ち着いたところはあると思います。しかしこの10年間でユーロはひとつのマーケットになっていったため、互いに大量の国債を持ち合う状態にもなりました。たとえばフランスはPIIGS5カ国(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の国債を大量に保有しています。ですからその問題について、恐らくドイツとのあいだに見解の隔たりが生じていると思います。フランスの金融機関からすれば、PIIGS5カ国の財政状態が悪化すると、恐らくは彼ら自身の問題に直結してきます。金融機関の問題はすぐに公的資金の問題に結びつきます。PIIGSの財政悪化が金融機関の問題に直結し、それが財政の問題になるという、そういった状況をフランスは抱えている。これは本当に厄介な状態だと私は思っています。
ECBの資金供給で多少良くなってきているとは思いますが、現在はBIS規制によって金融機関に自己資本を積ませようとしている状態でもあります。BIS規制は国債保有の方向に金融機関にインセンティブをつけるような規制ですから、課されたほうの資本不足の金融機関は融資に慎重な動きを見せてきています。さまざまなアンケート等を見る限り、すでに貸し渋り等は出てきているようです。こうなるとやはり、実体経済のほうが大きな影響を受けてしまうのではないかと思います。実体経済の悪化と金融機関の経営状態の悪化の悪循環が始まっていくのではないかという点を私は非常に懸念しています。ユーロ安でドイツは競争力の面で大きな恩恵を受けますが、ほかの国にとっては大変厳しい。そういった現状が今年、来年は続いていくと考えています。
そういう意味でも、やはり現状で頼りにされているのはECBだと思います。今後は恐らく、ECBとして財政が悪化した各国の国債をさらに購入するか否かが大きな焦点になるのではないでしょうか。マリオ・ドラギ(ECB総裁)さんは、たとえばイタリア国債を大量に買うといったことには踏み出さないと思います。そのあたり、見解が違えばご指摘いただきたいと思います。彼らはその一方で「流動性は確保していこう」と、現在は3年物資金供給オペ(LTRO) もふんだんに行なっています。そこで時間稼ぎをしているあいだに、危機的なことがときどき起こる流れというか…。とにかく破局には至らないよう、各国が何度も話し合ってもたせていくとは思います。しかし今年は国債の償還も多いですし、「何度も飛行機のシートベルトをしっかり締めていないと、さまざまなことが起こりそう」というのが、私の描いているイメージです。
柳川:やはり短期的にはECB頼みの部分があるのかなと思いますが、今のお話ではそこもかなり限界があるということ、平坦なところに向かうというよりは危機が何度か来る状況がしばらく続く、ということですね。
翁:はい。短期的には、とにかく絶対に破局とならないようマネージすると思います。ただ、いろいろな局面が来るので、そう簡単な状況ではないのではないか、という印象を持っています。
Koll:その点についてひとつ。1年前に比べると、少し状況が変わっています。1年前は本当にショックで、ギリシャをどうするかについて安全弁が何もありませんでした。ECBがやるべきか。でもECBはやりたくない。ではIMFがやるべきか。IMFにやって欲しくても、ECBの財務官が反対する。ではECBには何か安全基金があるかと言うと、これもありませんでした。しかし現在はさまざまな安全弁を設けたので、今のところ流動性の問題はありません。ただ、それ以外にもキャピタルの問題、さらに根本的な話としては成長戦略があるのかという問題がある。つまり後ろ向きの政策はすべてとったのですが、前向きの政策はゼロなんですね。
注目しているのは、格付け会社とイギリスの動き(水野)
水野:少し違うアングルで言いますと、私が注目しているよくない事態は、短期的には格付けによって起こります。実は数カ月前から、格下げが起きると私は言っておりまして、Twitterにも書いていました。S&Pが格下げをしたときに、「何も起こらないじゃないか」と言われましたが、格下げというのは…、これは金融機関の方であればおわかりになると思いますが、ほとんどの金融機関ではふたつの格付け会社が格下げを行った段階でリスクキャピタルの適用率が替わるよう設計されています。ですからS&Pひとつであればとりあえずは大丈夫なんです。次にフィッチ・レーティングスかムーディーズかわかりませんが、どこかもう一社が格下げをしたときに、本格的によくない事態が起こる。いつ起こるかはわかりません。格付け機関だけは、政府もコントロールできない組織ですから。ここがひとつのポイントになります。あとはECBが何かの資金供給をつけはじめた点ですね。ですから流動性に関してはJesperの言う通り、問題ありません。あとはキャピタルの問題ですが、それをドイツが単独で負担することもあり得ませんから、他にもいろいろなところがお金を入れなければいけない。
あとひとつ、注目していると面白いのかなと思うのはイギリスがどう動くかということです。イギリスは先ほど申しあげました通り、EUの主要国でありながら、ユーロに入っていないという非常に面白い立場をとっています。ご存知かもしれませんが、数カ月前にヨーロッパの国々が皆で財政緊縮のルールに合意したときも、イギリスだけは拒否権を発動して参加しませんでした。これから同様のことが次から次へと起こるように思います。要するにイギリスは、そういう立場にいることを自分たちではっきりと認識していて、「自分たちのゲームをプレイしていきます」と。
ただ、その一方でユーロの崩壊はイギリス経済としてもまったく容認できない事態です。ですからそれに対応するひとつの方法として、IMF活用という話が出てきたわけですね。IMFの話が今回また出てきたのは、「イギリスあるいは日本をはじめとしたアジア各国のお金を、どのように使ってヨーロッパを立て直すか」という点にあります。各国のお金を使うひとつの方法として、政治的に正しい立場にあるのがIMFということで、再び脚光を浴びているのです。
そのあたり、イギリスがどう絡んでくるのか。キャメロン首相は今のところ、「ユーロの自助努力なしにIMFにお金は入れませんが、自分たちの株式保有比率に応じた負担はします」と。それ以上はやらないという態度を一応はとっています。しかし恐らくそれでは済まないでしょうし、彼らもなんらかの形でユーロを支えなければいけないというニーズをよくわかっているはずです。私としてはその2点に注目していくと面白いと思っています。
問題は流動性だけでなく、資本と構造改革(柳川)
柳川:御三方とも、流動性の危機をコントロールすることはある程度可能、という点では意見が一致している感じですね。これは私もそう思います。たしかにリーマン・ショック以降は流動性のコントロール、あるいは流動性の危機を克服する体制づくりという点で、世界的にもかなり知識が蓄積されていると感じます。とりあえずやることはやれるようになったと。
ところが問題は流動性の危機だけではなく、お話にもありましたようにキャピタル、そして構造的な問題を抱えているという点ですね。ですからポイントのひとつは構造改革になります。ギリシャやスペインの構造改革がどこまで進むか。また、そもそも通貨統合の体制をどこまで維持できるのか。御三方のお話を通して、主にその二つが問題であると感じました。もちろんKollさんがおっしゃった通り、それは一朝一夕でできるものでもありません。流動性の危機がないからといってこのまま安心していられるわけでもない。
ですから、この二つをどのように解決していくかという知恵が必要です。現在のように緊縮財政にすれば済むわけではありませんし、単にキャピタルを投入すればよいという問題でもない。この構造的な問題をどこまで、どのように解消していくかという議論が必要になると思います。このあたりで何か方向性、あるいは「こういうふうにしないと危ない」など、何かあればご披露いただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
水野:ドイツは渋っていましたが、私は、基本的にはユーロ共同債の発行という方向に行くべきではないかと思っています。とにかく異なるクレジットでばらばらに調達していて、でも通貨は同じという、この不均衡ないし食い違いを解消するには、とりあえず共同債しかないのではないかなと。共同債ができれば、投資家の側にもかなり安心感が出てくると思います。それが最初にやるべきところかなと思っています。
Koll:それは正しいのですが、ドイツが反対するのは、ユーロ共同債を発行するのであればギリシャやスペイン、あるいはポルトガルの財政をきちんとコントロールしなければいけないからです。翁さんがおっしゃっていた通り、やはりユーロには根本的問題があります。金融政策はひとつの中央銀行で行っても財政は別々、民主主義も別々です。
こうなると次にやってくる政治的イベントは何かという話になってきます。今後2年間だけでも今年のフランス大統領選挙と、そして来年のドイツ連邦首相の選出という二つの大きなイベントがあります。つまり今の状態は…、「一寸先は闇」と申しまして(会場笑)、とにかくドイツとフランスの信頼感がすごく薄い状態です。現在交渉している人間がはたして5カ月先にも同じ交渉相手であり続けるのか、政治的にも先が見えない状態になっています。
翁:私はやはりキャピタルの問題が大きいと思っています。とにかく金融機関の自己資本注入を急がないといけないのではないかと。ただ、先ほども申しあげたように、現在はエクイティを市場から調達できる環境ではないので、また各国財政の負担にもなりかねない。ですからそこは欧州の国々をさらに苦しめる結果にもなり得ると思っています。
Koll:本当の問題がどこにあるのかと言えば、皆、だいたいわかっていると思います。政治的にはヨーロッパではエリートたちへの信頼感もなくなってしまった。現在までの解決の方向に動いてきたのは、米財務長官であるティモシー・ガイトナー が欧州に行って鞭を叩いてIMFの調達が可能になったおかげです。しかしヨーロパ人の目から見ると、IMFが入ってくるのはユーロの失敗を意味します。危機があっても自分たちのシステムで解決できるはずだったのに、外側からグローバルなIMFが入ってくるというのは、ヨーロッパからすれば‘It's over’なのです。
ユーロ安で、中国における日本企業の競争力がそがれる(Koll)
柳川:ありがとうございます。ではご質問等なければ前半の議論はこの辺で一旦締めつつ、後半は冒頭で申しあげました通り、日本からの視点で議論していきたいと思います。フロアには企業家の方々もたくさんお集まりですので、このユーロの問題が日本企業にどのような影響を与えていくのかといった部分にも焦点を合わせていきましょう。
よく言われるのが、「ユーロで財政危機が起きると、日本国債も格下げになるのか」という話です。もちろんその点も議論いただきたいのですが、恐らくそれ以外にも影響や波及はあるように思います。たとえばヨーロッパの景気悪化で輸出先、ひいては世界経済全体への悪影響が出て、日本企業の業績に影響を与えるかもしれないといった視点ですね。あとは為替。先ほどのお話にもありましたが、ドイツではユーロ安が国際競争力の面で有利に働いています。そういう観点で見ると、日本企業はどんな影響を受けるのか。財政危機が日本に波及するか否かに絞らず、少し幅広い視点で議論してみたいと思います。まずは御三方からご意見を伺っていきましょう。Kollさん、いかがでしょうか。
Koll:その辺はガイジンには(会場笑)、聞かないでください(笑)。
柳川:(笑)。ただ、日本株に関連したお話もあると思いますので。
Koll:まず為替についてですが、皆さまもご存知の通り、円とユーロ、円とドルとでは少し状況が違います。たとえば資源はドルベースですから、円高になれば資源は日本にとって安くなる。もちろん輸出の面で考えれば対ドルで円高になった場合、ネットではマイナスになります。ただ、プラス効果もあるという話です。これが円とユーロでは違ってきます。ユーロでの輸入はほとんどありませんから円が対ユーロで高くなると、デメリットだけになってしまう。これがまずひとつあります。
そして2点目。ユーロが安くなると‘Third Market’、特に中国をはじめとした新興国で日本企業が不利になります。消費財もありますがほぼ資本財について、これはほとんどドイツ企業対日本企業の構図です。そこで日本企業が競争力の点で足を大きく引っ張られてしまいます。間接的には円対ユーロあるいはヨーロッパだけではなく、‘Third Market’、特に中国で日本企業がとても苦しい状況になると思います。
水野:まったく同感です。円高円安という話をするときに、対ドルレートでばかり語るのは本当に止めたほうがよいと、私も言い続けていました。まさにJesperが言った通りで、対ドルの円高にはメリットもあるので非常に判断が難しいところではありますが、これが対ユーロになるとデメリットしかない。通貨介入についても同様です。最近はユーロも大きくなってしまったのでなかなか効果は出ないのですが、政府は対ドルしか通貨介入を行っていません。本来ならば、対ユーロでももう少し同様の政策議論をしてもよいのではないかと思います。これらが為替について言えることです。
私が見ている先でも、かなりの高付加価値耐久財で戦っている日本企業があります。特に重機械、一番大きなものは通信衛星までありますが、こういった分野で日本の競争相手はもう常にヨーロッパです。逆に言えば、その分野でアメリカが競争相手になるケースはどんどん減ってきています。中国もまだまだそこまでいっていない。フランスやイギリスにもありますが、そういった領域ではやはり、特に対ドイツですね。そこで競争力を失ってしまうことがないよう、真剣に考えなければいけないと思います。
ただしヨーロッパからすると円との為替レートは、実は興味のない話です。ユーロ危機というと、日本では為替レートの話になりがちです。しかし向こうが注目していのは、為替でなく、どちらかと言えば金利です。金利は崩壊リスクのバロメーターになるので、そちらに注意している。円との通貨レートについては、「まあ、ユーロ安で有利だよね」程度には思っていますが、一般のメディアがそれについて語ることはほとんどありません。逆に言えば、日本の財務大臣がいろいろなところで円とユーロについて話しても、興味がないのであまりヨーロッパの皆さんに響かない。そういった状況が今後も続くと思います。
しかし日本は、実はIMFを通じてヨーロッパに多額の支援を行なっています。欧州金融安定化基金(EFSF)において、ヨーロッパ以外で最大の債券保持者は日本です。約2割持っているわけです。ですからそういったことをレバレッジしながら国として交渉していかないと、為替については日本に不利な状況が続くと思います。
ユーロ危機が日本企業の業績に関わることでいえば二つになります。通貨レートによる競争力の低下、欧州から第三国を経由してやってくる不況の波。そういう意味では日本としても、ユーロ崩壊は絶対的に防がなければいけないと思っています。
翁:私も同感で特に追加することはないのですが少しだけ。欧州系の金融機関は新興国にかなりの融資をしていたのですが、現在ではそういったところを多少手仕舞うというか、そういう動きが出てきています。新興国の経済は、現時点では比較的順調に推移しています。しかしユーロ問題の深刻化は新興国経済にも影響を及ぼし得る、という点は注意しておいたほうがよいと思います。そのあたりは日本にも恐らく間接的に影響を与えると思いますので。
それから投資家は、やはりユーロの問題があってリスク回避的になっていると思います。特に日本の年金などはもともとリスク回避的なのですが、エクイティよりもボンドを持つ傾向が出てきています。その意味で言うと、今は日本国債にとってむしろプラスに作用しているのではないかと思います。欧州の国債がかなり慎重に見られている結果として、日本国債には相対的なメリットが生まれている。あくまで短期的にですが、投資家心理にそのような動きも組み込まれていると思います。ただし、今後中期的には日本国債についても、いろいろ問題が起こり得るだろうと思っています。
Koll:基本的にはユーロが財政危機だから日本も財政危機になる、というのはあり得ない話だと思います。完全に別の話ですから。世界最大の債権国である日本と、どうしても7割前後の財政調達を海外から行うユーロとでは、交わりえ得ない話だと思います。ですからその点での議論に意味はないんですね。日本が格下げになるか否かという話になれば、格下げになるとは思いますが、これはそもそも完全に日本独特の状況から生まれた問題だと思いますので。
通貨リスクが過大な時は、本当に投資しづらい(水野)
Koll:もうひとつ。これは投資家としてもお訊きしたい点です。危機は危機ですが、危機はチャンスじゃないですか。安く買えますよ。ドルが安くなって円が高くなったのであれば、日本企業は米国で直接投資できます。ドルが安くなってマージンが増えたら、将来信頼できる財政や税制がありますから、たとえば米国向けに現地生産拡大もできるわけです。米国でも好循環になります。雇用が生まれ、設備投資が行えます。
これが現在、ユーロではまったくありません。ユーロが安くなればアメリカや中国の企業は、スペインで直接投資しようというふうになります。ところが日本企業にそういう野心がまったくなくなってしまった。私の目から見ていると、これが一番危険な点だと思います。
水野:投資家としてお答えしますと、まず我々には純粋にリターンを追い求めている部分があります。日本のお客さまのお金も一部預かっていますが、基本的にはドルのファンドです。ですからその視点で考えると、純粋にリターンを追い求める我々金融投資家にとって、ユーロの通貨リスクが過大な時期は本当に投資しづらいんですね。年間20%回したつもりでも、為替評価が20%下がれば一発でアウトです。そのぐらいのボラティリティが、今のユーロにはそれこそ一晩や二晩というタイムスパンでありえる。ですから純粋な投資家は、特に短期の投資家としては難しい部分があります。
もちろん私どものようなプライベート・エクイティ・ファンドであれば、タームが長いのでなんとか買えます。実際、ここ2カ月ぐらいでフランスの銀行が持っていたアセットを数百億円の単位で買っていたりしていますし、そういう意味ではチャンスとしてとらえています。しかし短期で投資する人達にとっては、あまりにも通貨のリスクが高過ぎます。
ただし、それは純粋な投資家としての観点です。今おっしゃっていた日本企業という点でいえば、これは当然チャンスです。我々もヨーロッパで持っている企業を日本の会社に買っていただいたりしています。このとき、交渉の段階では価格についてビッドとオファーというか、売り手と買い手で20%前後ほど、最後までなかなか擦り合わない領域が通常は出てきます。しかし今はその部分が為替で埋まったりするんですよね。交渉している間に円が20%ぐらい高くなったりして。ですから日本企業が投資していくのであれば、しかもそれが事業であって3カ月や6カ月、あるいは1年でリターンを求めなくてもよいものであれば、為替のボラティリティはある程度吸収できると思います。そういう意味ではヨーロッパの企業にも目をつけていったほうがよいと思います。
この話はテーマから逸れてしまうのですが、昨日のセッションである方が、「ヨーロッパの企業は、日本企業にとって文化的にマネージしやすい」といったお話をされていました。文化的に合うと。実業の方もそのようにおっしゃっていたことですし、そういう観点でも買い時ではあると思います。ただ、繰り返しになりますが、通貨や市場がが崩壊してしまっては元も子もないんですね。ですから実は日本にとっては、ユーロを維持してもらうニーズがあるということです。日本企業の皆さまにはその辺でなんとか上手にストライクゾーンを見つけて欲しいと思います。
Koll:ユーロが崩壊するかしないかについていえば、私はあまり心配しておりません。そこだけについていえば問題ないと、今でもなんとか予測できます。ただ、夢が潰れてしまった。思い返してみてください。ユーロは「第三の道」と言われていたんです。それまでは片方に共産主義があり、もう片方に米国の市場原理主義があった。その真ん中にユーロをつくりましょう、と言っていたのです。その夢が壊れてしまった。
私の父はドイツで幼稚園の頃から、‘Hate the French’と教わっていたのですが、私はまったく逆でした。幼少の頃からフランスの幼稚園と交流があって‘Love the French’の世界だったんです。同じ映画、同じ音楽、同じ小説をすべて体験したわけではないけれど、フランスの人々とまったく同じ文化で育ってきた。これは本当に素晴らしいものでした。その次につくられたのがユーロだった。国境を超える環境です。ヨーロッパのなかで絶対に戦争が起こらない構造をつくったわけです。しかしそれは、残念ながら今のままであれば失敗になりますね。ではどこで失敗したのかというと…、まあこれはワインでも飲みながら進めるような議論になりそうですが、根本には経済要因がありました。ひとり当たりのGDPで大きな差がある国まで参加したことだと思っています。
もちろんコア・ヨーロッパは間違いなく強いという面はあります。しかし現在、特にスペインやイタリアでは若い世代のなかで指導者たちへの信頼感が急速に失われています。それは私の目から見ますと、本当に個人的な意見ですが、スペインやギリシャで軍事政権が誕生する可能性すら、残念ながら非常に高くなっていると思っているのです。
ですから問題の枠は、通貨をどうするかという話を超えたところ、もっと根本的なところにある。日本だってこれまでの20年間でさまざまな夢が、たとえば政治家に対する信頼感などともに失われてしまったと思います。それでも日本人は真面目で、曖昧で、怒らない(会場笑)。でしょ?(笑) ヨーロッパ人は怒るんですよ。社会紛争になります。特に今年は一番大事なイベントがあります。何かおわかりになりますか? UEFA European Football Championship、ここでドイツが優勝するとスペインで絶対に紛争が起こります(会場笑)。
支援の見返りに国として利益を求めるのは、はしたないことではない(水野)
柳川:そういう意味では、前半の議論とも関係しますが、御三方とも中長期的にはユーロ体制がどこかで構造的に大きく変わらないと厳しくなるとお考えですよね。そういった状況下で日本企業がユーロ安を利用して買収していくのであれば、結局、どの程度の崩壊リスクがあるかを考えるのが大きなポイントになると思います。
そこで少しお伺いしたいのですが、そういった状況でも日本は受け身の対応や考え方しかしていないように思えます。TPPに関するセッションでも議論になっていたと思いますが、ユーロ危機についても同様の問題があるように感じます。私自身もそうかもしれませんが、ヨーロッパはどちらかというと遠い国で、ユーロ問題も少し遠くの話ととらえている。「何か大変なことが起きてるらしい」程度の認識になっているのかもしれません。
しかし世界で昨年3位となったにせよ、日本は経済大国です。アメリカがありヨーロッパがあり、そして日本がある、そういった立場にもかかわらず、日本の企業や政府は、ユーロ問題を対岸の火事のように傍観していてよいものなのか。何かやるべきことやできることはないのでしょうか。日本企業として、そこで利潤をいかにして追求するかということ以外に、この大きな変化に対してどのように働きかけられるものなのか。少し理想論のようになっても構いません、どういった貢献ができるのか、あるいは考えるべきポイントは何かという点について、ぜひお伺いしたいと思っております。
水野:ユーロに限らず、市場がグローバル化した現代において、大きな経済やマーケットあるいは通貨が悲劇的に崩壊するというのは、絶対に許されない話です。そういう意味でも、日本はユーロを守る方向で動いていかなければいけないと思います。ただし、それはマクロレベルの話です。ミクロの交渉に関しては言えば、日本はもう少し、自国にとって有利になるよういろいろと仕掛けていけばよいのではないかと思います。
欧州金融安定基金(EFSF)が二度目に、お金の無心に来たときも日本はすぐに「OK」と言いました。しかしそのあとで彼らが中国へ行くと、「タイムシート(条件書)を持ってもう一回来い」と言われた。当たり前の話ですが、中国は条件交渉に持ち込んだ。しかし日本はまず「大丈夫ですよ」と言って気持ち良く帰ってもらったわけです。外交としては、気持ち良く帰ってもらうのも正しいのですが、ではそのあと条件交渉をしっかり進めていくようなファンクションが日本にあるのかどうか。中国はこのときにソブリン・ウエルス・ファンド(各国の政府が出資する政府系投資機関が運営するファンド)を利用していますが、私は日本にもそういう組織が、外交と経済のクッションになっていいと思います。
外交的にも重要ですし、世界経済のためにも大事ですから、「お金は出します」と。ただし、条件交渉はプロに任せる、そういう形で入っていくことが重要だと思います。現在はそういうファンクションが無いので、トップレベルで合意したあとは条件がどうでもよくなってしまう傾向が日本にはあります。そのあたりを手当てしながら対応してほしいと思います。
あと、日本にとっては為替レートは大変重要ですから、対策はもたないといけません。為替介入による効果の是非というとそれだけで30分ぐらいの議論になってしまいそうですが、そこも何かできることはあります。とにかく前回のように、EFSFへお金を入れるといった直後に、安住淳財務大臣がG20で日本の為替介入への理解を求めて頭を下げて回らなければいけないというのは、あってはいけないと思います。
支援はするけれども日本に有利なところは条件としてとっておく、そういったコーディネーションができる組織が、今のところどうも…、いろいろな方に訊いてみたのですがないようです。ですからそれを、財務省にとりあえずやってもらうしかないのか、あるいはソブリン・ウエルス・ファンドのようなものをつくるといったことを早急に進めて欲しいと思います。
柳川:昨日の全体セッションでODAの戦略的活用という議論がありましたよね。ODAというと日本はどうしても国際貢献という善意のお金として出して、そこであまりごちゃごちゃ言わない。ましてや自国に有利な方向へ持っていくという発想は、「はしたない」と考えてしまうところがあります。しかし、国際的かつ戦略的な安全保障の観点からも利益はやはりとっていかなければいけない。貢献あるいはサポートと、それによってきちんと利をとっていく交渉をするのは矛盾しない話です。そのための仕掛けのひとつとして、ソブリン・ウエルス・ファンドのようなものを活用する価値はかなりあるというご指摘ですね。
翁:私も水野さんとまったく同じ考えです。サポートとプレッシャーの両方をかけるというか、プレッシャーをかけながらサポートしていく考え方が大事になると思います。先ほどKollさんもおっしゃいましたが、やはり欧州のことは欧州で解決するのが基本ですし、「自分たちでやってくださいね」と基本的にはプレッシャーをかける。もちろんEFSF債についても、どういった条件なら引き受けるのか、交渉していく必要があると思います。
もちろん世界経済のためには、ユーロが壊れないように支えていく、力を貸していく必要はあります。ただしそこで自国としてのきちんとしたスタンスを持つことも非常に重要です。また、企業のほうでも先ほど御二方からありました通り、チャンスの側面をうまくとらえて積極的に出ていく時期なのだろうと思います。
世界はトライアングルから二極化へ(Koll)
Koll:同感です。現場でも、あるセーフティーファンドをつくったときに、「参加します」と最初に手を挙げたのが日本ということがありました。ですからいつも大変よいことをしています。リーダーシップはないけれども「フォローはする」という点は(会場笑)、日本には間違いなくあります。
ただ、話が少し変わりますが、支援に関する戦略を構築するうえで大事なポイントは対中国です。中国はEFSF債を購入しています。債権国ですから。ただ、もうひとつ重要なのが民間レベルの視点。中国企業は「ユーロ安がチャンス」という発想でどんどん進めています。自動車メーカーのGeely Automobile(吉利汽車)はボルボを買収しましたし、つい2〜3週間前にはコマツさんの競争相手でもあるSany Group(三一集団)がドイツの大きな建機会社を買収しています。私もいろいろとペシミスティックに見てしまう部分はありますが、やはりヨーロッパには知的財産があり、それらを今アグレッシブに買収しているのは中国企業です。そういった面から見ても、現在はやはりグローバル・バランスが大変な勢いで変化していると思います。
最後にひとつ。このユーロ危機という一連の流れで最大の勝者は誰だと思いますか? アメリカですよ。なぜならもうユーロが準備通貨になる夢は、どう楽観的に考えてもありませんから。彼らにすれば少なくとも今後5年間は「よし」と。‘The dollar is back’という話になる。私の目から見ると世界にはだいたい1年半前まで、アメリカ、中国、そしてヨーロッパという‘Triangle’がありました。これ、日本語でなんて言いましたっけ?
翁: ‘Triangle’で大丈夫です(笑)。
Koll:駄目です。日本語はきちんと “三角”ですね(会場笑)。失礼しました。そういえば最近カタカナが随分増えてきて、ガイジンが日本の新聞を読めなくなっちゃっているんです。ローマ字が多過ぎてもう読めない。「何って言ってるの? 漢字で書いてよ」って(会場笑)。“三角”のほうが簡単でいいじゃないですか。3つの角ということでしょ? ‘Triangle’なんて難しい(笑)。まあそれさておき、これまでのアメリカ、ヨーロッパ、そして中国あるいはアジアという三角ではなくなって、今は世界が本当に二極化してしまったということだと思います。
水野:私も最後にひとつだけ。ガバナンスというか国民の目という意味でお話ししたいことがあります。たとえばEFSFへの出資に関しては、当然ながら国会で議論されていません。予算手当が要りませんから。今回もIMFでは50〜60兆円ほど調達する必要があると言われており、日本は出資比率で考えると5〜7兆円の負担になります。これも国会を通らない。予算ではありませんから。そのため、どういう目的で使われていくのかがきちんと議論されないのです。
つまり、今、東北をどのように復興させていくかという議論をしている一方で、EFSF債購入に使われる巨大なお金の活用方法に関するガバナンス機能がまったくないわけです。予算ではないにしても、こうした内容についてはやはり国会で、ある程度のガバナンスを働かせなければいけない。そこで衆目に晒されたら、「きちんと条件をチェックしたのか?」と言う人も出てくるでしょう。ですからそこは、ぜひ会場にいらっしゃる国会関連の方々に頑張っていただきたいと思います。
日本がリーダーシップをとって危機対応できる基盤づくりを(翁)
柳川:今のは重要なご指摘ですね。ありがとうございます。では少々時間が押してきましたので会場の皆さまからご質問またはご意見を募りたいと思います。いかがでしょうか。
会場 世耕弘成氏(参議院議員):お話を伺いまして、基金に関しては本当に良い質問ネタをいただけたかなと思いました(会場笑)。今のお話とも少し関連するのですが、ひとつお伺いしたい点がございます。今回はユーロ問題のセッションですし、支援と言うとヨーロッパに対するものが中心です。しかし、今後はアジアも相当大変なことになっていきますよね。資金の出し手で言えば、6割程が欧州の金融機関等になります。中国も相当に国債を買ってもらっていますし、韓国はまったく“溜め”がない国ですから、何かあったときは大変なことになる。実際、ウォン安も一時大変なところまで行きました。
そこでも日本は、これまたあまり感謝されない支援の仕方をしています。急に中国の国債を買いますよと言ってみたり、ドル・ウォン通貨スワップ協定を突然結んだ直後に歴史問題で責め立てられたり…。そういった点の反省も踏まえて、アジアにおいて日本が今後どのような立ち位置で役割を果たせばよいのか、お伺いしたいと思います。前回のアジア通貨危機でも、「アジア通貨基金をつくろう」などの動きはありました。危機が去ったあと、日本がアジアにおけるプレゼンスを高めていくためにどういった行動をとればよいのか、ご見解を伺いたいと思います。
水野:ユーロは失敗だったと言われていますが、私はあれを進めることのできた、当時の欧州首脳のリーダーシップについては、本当に正当に評価すべきだと感じています。日本にはできなかったことですから。アジアの通貨バスケット制、日本円による準基軸通貨構想等は完全に頓挫していたわけですし。まあいろいろと成長戦略で「日本をアジアの金融センターに」などと言っていますが、正直、今やちゃんちゃらおかしい話だなという状況にもなってきています。
そこでもっと現実的に考えると、むしろ人民元と円をどのように組ませていくかという話になると思っています。人民元が基軸通貨になるには、はっきり言って何十年もかかるでしょう。基軸通貨になるような最低条件を何ひとつ満たしていませんから。実は以前、中国政府でも最上位の序列にいる方とお食事をしたことがあるんですね。その方はもう自信満々に、「元は国際化した」「あと必要なのは為替レートと金利の自由化。この二つだけだ」とおっしゃっていましたが(会場笑)、その二つが最も難しいわけでありまして。
中国は日本の国債を買うと言っていますが、これにはドルと直接やりたくないという意図があるんです。ドルと元の中間に円という通貨をかませる。ある意味、市場とのあいだに上手くクッションをつくる戦略です。日本はそういった意図を汲みつつ、どのように元と円を絡めてアジアの通貨網をつくっていけるかを考えるべきだと思っています。
翁:世耕先生がおっしゃった通りで、たとえば韓国の通貨体制は非常に脆弱で、やはり外貨依存度が大変高い。先日もいきなりスワップの話が大きくなりましたし、「ああ、やはり相当に危機感を持っているんだな」と感じました。もちろんアジア通貨危機後に各国とも相当な努力をしていますが、それでもアジア各国は、おしなべて外国からの資金調達依存度が高い状態です。危機の際にその点で弱さが表れてしまうという点では、日本とはまた違う問題を抱えていると思います。
チェンマイ・イニシアティブ後に各国でもさまざまな動きは出ていますが、やはり日本はリーダーシップをとって外貨のスワップ協定などを多角的に結んだり、危機に際して協調して流動性を供給できる体制づくりをするなど、危機対応のための様々な事前的な措置を積極的に進めていく必要があると思います。
先ほども少し触れましたが、欧州の金融機関はアメリカの金融機関と異なり、外貨を調達し、そして主に新興国へ外貨で貸すというモデルでやっています。まあアメリカ型投資銀行モデルもそれはそれで問題だったわけですが、欧州の銀行モデルも今は見直しの時期に入っているという印象を持っています。アジアの国々は特に欧州金融機関への依存度が高いので、そういった点を睨みながら今から危機対応を前もって準備するのが重要だと思います。そのリーダーシップが日本に問われているのかなと思います。
会場:私は、ユーロについてそれほど悲観的に見なくてもよいのではないかなと感じておりました。為替レートで調整できないというのはユーロができたときからわかっていた話ですし、高齢化や成長性の低さも当初から同様に議論されていた問題です。予測できなかったのはリーマン・ショックで不動産価格が下がったことや、ギリシャの粉飾等がイタリアなどにも関連していったことだと思います。しかし実際に見ていくと、たとえばイタリアの財政赤字は日本よりも遥かに低い状態です。また、ユーロ安と言っても対ドルでは現状で1.3前後です。私は1ぐらいになってしまうのではないかと思っていたのですが、現状でも1.32ぐらいであります。ですから世間で議論されている割には、ユーロはかなり高いという印象があります。さらに言えば、イタリアの金利も7%を切り、今はすでに4%前後まで下がってきています。そのように考えていくと、今は投資家の見方も比較的変わったのではないかなと見ているのですが、このあたりはいかがでしょうか。
柳川:ありがとうございます。やや時間が迫っているので、ご質問を続けて受けていきましょう。
会場:先程ODAの戦略的活用というお話がありましたが、実は昨晩のナイトセッションでもその点について1時間ほど議論しておりました。で、我々としては短期的には流動性なのですが、中長期にはやはり政策がしっかりしていなければいけないと思っています。お金を出すだけでなく、どのようにポリシー・リフォーム・アジェンダに絡んでいくか、ここが中国と異なるところだと思います。彼らは今後、ボリュームでは恐らく、ODAもトレード・ファイナンスも圧倒的に日本を超えていくと思いますが、彼らにできないのは政策アドバイスの領域だと思いますので。
ですからJICAとしては、投資環境に対してどのような政策を打てばよいのか、もしくは気候変動に対応して一貫性のある政策をどのように打てばよいのか、そういったところが重要なポイントになると思っています。具体的には、たとえば私どもが3億ドルを出して、同時におよそ100の政策リフォームをやります。それに対してフランス政府が3億ドルでのってくる、あるいは世界銀行が2億ドルでのってくる、さらにはアジア開発銀行が2億ドルでのってくると。そういった根っこの部分で私どもがすべてドラフトをつくって回していくという格好でやっています。
ですからできないことはないのですが、そういうことを日本国としてもっと世界的に広く、途上国へ展開していくことが必要なのかなと感じております。なぜかというと、それは大変手間のかかる話で、率直に言って精神的に病んでしまうのではないかと思うほどのタフな交渉です。日本のインタレストだけでなく、そのときにはアメリカ企業も含めてある程度議論しなければいけませんし。そういう点でぜひ、お話を聞かせていただきたいと思います。
会場:アジアに及ぼす影響というお話がありました。そこについて現在は日本のメガバンクも、欧州でオーバーローン状態にある銀行が外してくるものを買いたり、少しずついろいろな形で動き出しています。ユーロ危機に際して、日本の金融機関がアジアで求められる役割としてはどのようなものがあるのかをお伺いできればと思います。
柳川:ありがとうございます。ではご質問に答えつつ、何かラップアップがあればお願いします。
水野:はい。金利について言えば、たとえば7%から4%に下がるとか、そういった短期的な動きは投資家の長期的信頼感とはまったく相関性がないと私は見ています。逆に現在のヨーロッパでは、6カ月というファイナンスのタームではもうほとんど取れない状況になっています。要するに皆、3カ月とか1カ月のタームでしかものを考えていない。ですから1カ月大丈夫だと思えば金利は一気に下がります。そういう意味で、長期の投資家の私としても、投資家の信頼感や安心感はまったく改善してないと思います。
アジアに対する邦銀の役割ですが、ポイントは要するに円です。低い与貸率で余った円をどう活用するか。今はなんとか邦銀の格付けが相対的によくなっているのでドルが調達できます。現在はその力を利用してアジアにドルの枠をつけていく、または円のスワップ枠をつけていくことが今やるべきことだと思っています。私自身も邦銀で働いていましたが、実際、邦銀はそういった方向に注力するのではないかと思っております。
翁:ご質問ありがとうございます。先ほどの流動性の問題ですが、昨年末ぐらいからでしょうか、投資家の見方がやや安心に向かってきていると思います。ただやはり構造的な問題は引き続き深刻で、ギリシャのような国とドイツのような国が同じ通貨圏に入るのは、やはり当初考えられていたほど簡単ではなかった。ギリシャがかなり背伸びをして入ったという感じを持っていますが、それが現実問題として火を吹いてしまったという印象があります。医療保険問題や公務員削減など、ギリシャはさらに厳しい緊縮策を2013年ぐらいから進めなければならない状況に陥りました。これが本当にできるのかということも、現状では懐疑的に見られています。ですから私はやはり、特にギリシャの問題をどう解決するかにユーロの将来が大きく左右されると思っています。
金融機関については、もちろん積極的に出ていくべきだと思います。ただ、今は格付けがよいので調達は楽ですが、調達に意を配るべきという点では水野さんのお考えとまったく同じです。たしかに今はチャンスですし、実際にアジアへ進出している企業も多い状態です。ですから金融機関も行くべきだとは思いますが、同時にサステイナブルな外貨調達構造をどのように構築していくかも大切な課題になると感じております。
柳川:ありがとうございます。それでは時間になりましたのでこのあたりで終わりたいと思います。本セッションも大変G1らしい議論になりました。皆さま、本当にありがとうございました(会場拍手)。