「文化」を日本のこれからの成長産業として育てていくこと(梅澤)
梅澤:皆さまこんにちは。クール・ジャパンに関する2つめのセッションを始めさせていただきます。クール・ジャパン‐Iでは、食文化にフォーカスして議論しましたが、今回はその成長戦略の側面を見てまいりたいと思います。
クール・ジャパンのプロジェクトは、G1発のイニシアティブと表現しても過言ではないと思います。2年前の第1回G1サミットのパネルディスカッション「日本経済を元気にする処方箋」で、「日本の成長戦略の一つとして、文化産業を育てていくべき」と問題提起をしました。それが、楠本さんを始め、文化産業のリーダーの方々と議論を始めるきっかけとなりました。昨年の春は、経済産業省が「産業構造ビジョン」という10年に一度の産業政策の策定に取り組んでおり、クール・ジャパンのプロジェクトがスタートしたところでした。丁度その頃にトマムで開催された第2回G1サミットでは、多くの方々に、プロジェクトを代表して私からヒアリングをさせていただきました。何が日本の文化産業の強みか、文化産業をとりまく課題は何か、文化を成長戦略に繋げるためにどうしたら良いか。食、農業、建築、コンテンツ、アート、華道、茶道など、さまざまな方々からご提言をいただきました。今後も、G1発イニシアティブとして、クール・ジャパンの取組みを皆さまにぜひ応援していただきたいと思っております。
それではパネリストの皆さまをご紹介いたしましょう。まず衆議院議員の田嶋さん。田嶋さんは岡田克也さん、前原誠司さん、そして小沢一郎さんと3代に渡る民主党代表の補佐をされていました。国家成長戦略の策定メンバーであり、行政刷新会議における事業仕分けグループにも参加されました。現在は、経済産業大臣政務官として「クール・ジャパン官民有識者会議」を担当されています。今日は全体的な視点、そしてひとりの政治家として、クール・ジャパンに関するお考えを話していただけると思います。
楠本さんはクール・ジャパン官民有識者会議で、主に食分野の戦略を検討するリーダーとして参画いただいています。楠本さんは本当に活動分野の広い方です。カフェ・カンパニー直営のカフェを50店展開されるだけでなく、ファッションやアスリート、あるいはお菓子にお茶など、さまざまな領域のクリエイターとコラボレートされています。カフェというコミュニティスペースを、さまざまなライフスタイルを表現する場として活用しながら事業として運営しているわけです。その意味では楠本さんはクリエイターであり、かつプロデューサーでもあり、その両方で成功されている数少ない方だと思います。
それから吉川さん。『RESTIR』というセレクトショップは、女性の方ならご存知ではないかと思います。六本木の東京ミッドタウンに、本当にユニークな空間のセレクトショップをお持ちです。聞くところによると、「日本で最も顧客単価が高いセレクトショップ」だそうです。あ、世界一ですか? 失礼しました(会場笑)。私もたまにお邪魔するのですが、なかなか手が出ないような値段のものがたくさんあります。
『RESTIR』には世界で最も高価格帯、かつ最も“尖った”先端的ブランドがセレクトされて並んでいます。オープン当初は日本人客が中心だったようですが、去年の冬はずいぶん様相も変わっているようでした。たまたま店内を拝見したとき、中国人のスタイル抜群でいかにもお金持ちのご息女といった感じの女性三人が、2時間ぐらい、「ああでもない、こうでもない」と買い物をしているんですね。この意味で、世界と日本のファッションを繋ぐ情報発信のハブになっているのが吉川さんのお店です。
我々はこれからファッション分野で世界と戦っていかなければいけません。そうなると最強のライバルはヨーロッパです。吉川さんはヨーロッパ発高級ブランドの手の内を裏の裏まで知っている方です。そんな知見も活用させていただきながら、「今度は日本のために働いてくださいね、吉川さん」ということで、有識者会議におけるファッション分野のリーダーをお願いしています。
では今からお一人ずつ、クール・ジャパンという視点で考えたとき、どのような分野が世界でポテンシャルを発揮出来るのか、お伺いしたいと思います。まずは吉川さんからお願いしましょう。ファッション分野では日本発コンテンツとして、どこにチャンスがあると考えていらっしゃいますか?
日本発のファッションコンテンツが、外国勢に取られている(吉川)
吉川:よろしくお願い致します。私からは、日本発のファッションコンテンツをいくつかご紹介したいと思います。私はデザイナーでもバイヤーでもなく、ファッションのすべてを知っているわけではありませんので、ここで紹介するものは私が個人的に捉えたものとお考えください。『RESTIR』では、今のところマーケットではそれほどメジャーではなくても、「これから世界で評価されるだろう」「そろそろ評価されはじめている」というアイテムの情報をスタッフがもちより、いわばその“台本”をもとにお店をつくっています。
ファッションには常にクリエイションとビジネスの両面があります。そしてその両面を繋ぐファッションビジネスという意味で、世界に通用し、今後も一番成長していくであろうと思われる企業は、ユニクロです。ファッション業界には、「ユニクロなんてファッションではない」「あんなものは単なる衣料品で、部品だ」という声もあります。しかし世界各国から“尖って”いる店と評価される『RESTIR』でも、ユニクロをいつも研究しています。たとえばユニクロの店舗が新しく出来たら「どういう店づくりになっているんだろう」と分析します。実際、ユニクロはクリエイションのレベルが本当に高くて、店舗設計をはじめ何から何まで、本当に素晴らしいと思えるデザイナーが参加しています。ファッション性を持っていることと販売のボリュームの点で、本当にベストな企業だと思いますね。
クリエイションという視点で、長らく世界で通用している日本発のブランドは、川久保玲さんのコム・デ・ギャルソンです。もう20年ぐらいトップを走り続けていらっしゃいますよね。パリでもいまだ大人気です。ファッション業界で生きていくことを目指す若いクリエイターをはじめ、トップデザイナーたちからも大変リスペクトされている方です。
ここで、1993年にスタートした『A BATHING APE』というブランドをご紹介します。“裏原系”とも表現される、日本独特のサブカルチャーのひとつと言える領域です。私は以前から経済産業省の方に「今に日本のブランドでなくなりますよ」と言っていたのですが、今年の1月末に『A BATHING APE』は香港企業に買収され、本当に日本のブランドではなくなってしまいました。デザイナーはNIGOさんという日本人の方なのですが、純粋な意味での日本のコンテンツではなくなってしまいました。
他には、デザイナーが自分達のツールとしてつくった、『The Reality Show』というファッション誌があります。先日ゼロ号を100部程度出したところ、世界中の尖ったセレクトショップから非常に高い評価を受けています。こちらにはモデルとしてパリコレで有名な冨永愛さんなども出ていますが、そのほかのモデルはすべて素人です。デザイナーがストリートで「彼、面白いね」といった子を見つけて、世界のトップブランドを着せているのです。通常、ラグジュアリーブランドは素人にモデルをさせないのですが、東京というカルチャー、そしてこの雑誌のクリエイションならばよいということで実現したようです。ただ、雑誌をつくったクリエイターたちには既にパリでエージェントがついており、日本人モデルもほとんどフランスのモデルエージェンシーと契約しましたので、日本のブランドあるいはクリエイションと言えるのかというと難しいかもしれません。
最後にサブカルチャー周辺になりますが『NUMBER(N)INE』というブランドもあります。宮下貴裕さんという日本人デザイナーが立ちあげたもので、パリでも非常に評価されています。まさに川久保玲さんに続くような人材が出てきているわけです。『NUMBER(N)INE』のブランド自体は2009を最後になくなりましたが、宮下さんは今は『TAKAHIROMIYASHITA The SoloIst.』という新ブランドを立ちあげています。最近ではこういったものが日本発のコンテンツになります。ただし、『A BATHING APE』のように日本のブランドではなくなっているものもあり、こうした問題を後ほどもう少し詳しくお話ししたいと思っています。
梅澤:ありがとうございます。では次に楠本さん、よろしくお願いします。
「ラーメンでミシュランの星取得」「東京すしアカデミー」に見る日本食文化の可能性(楠本)
楠本:日本の食は本当に世界から注目を浴びています。一番インパクトが大きいのは、ミシュランの星を世界で最も多く保有していることです。三ツ星も非常にたくさんあります。先日は森住康二さんというシェフの方が、香港に出店した「MIST」というラーメン店で、世界で初めてラーメン店で「星」を獲得しました。それほど日本の食というものは高く評価されているということです。
海外経験の豊富な方は海外での食についてはそれぞれ一家言あると思いますが、ここでは少し整理をさせていただきます。かつてから寿司が世界を席巻するヘルシーフードとして認知されていますが、最近は精進料理もとても高い評価を受けています。ボリュームゾーンではありませんが、特にアメリカではマクロビオティック(食生活法・食事療法の一種)が非常に普及しているので、日本の精進料理に対する関心が高まっています。それから懐石に天ぷら、この辺は昔から有名です。あとは最近、焼き鳥系が非常に増えてきています。特にアジアでは焼き鳥居酒屋、あるいは炉辺焼きなど、高級感を保ちながらも、少しカジュアルなものが人気を博しているようです。
ここからが本題になりますが、私はそもそも日本の食文化について考えるときには、日本食に限定した文化なのか、それとも日本の食文化すべてなのかを考える必要があると思います。たとえば今やイタリアンやフレンチの世界で一番おいしいお店は、東京や京都、あるいは大阪にあると言われています。食を「入ってきたものを編集する力」という視点でとらえれば、イタリアンやフレンチ、洋菓子も、日本の食文化といえるわけです。
そんなことを考えつつ、日本の食文化が海外でどのように親しまれているのかを、今度はチェーン店を切り口にして見てみましょう。欧米やアジアでは寿司チェーンが非常に拡大しています。欧米ではたとえば『YO! Sushi』などが非常に強いのですが、残念ながらこのチェーンは日本の資本ではありません。日本の寿司チェーンも一部では海外に出ていますが、どちらかというと現地企業のほうが強いといえます。
他に最近は、カジュアルに日本食を味わえる店として、日本の食堂スタイルも非常に普及しています。ヨーロッパでは『Wagamama』というラーメンや焼きそばといったメニューを提供している食堂スタイルのチェーンが店舗数を増やしています。我々としては、『Wagamama』がこれだけ店舗数を増やしているというのは、大きなチャンスなのかなと思います。よそ様の味について「ああだこうだ」と言うのは好ましくないですが、「これはいかがなものか」という味の日本食が海外では未だに多いのも事実で、彼らの事業が大きな成功を収めているということは、われわれにもこれからチャンスがあるということだと思うのです。ただし味の面で「現地化していくアプローチ」は当然必要にはなるでしょう。
『味千ラーメン』が海外で成功を収めているように、「ラーメン」が寿司に続いてアメリカで相当に伸びるのではないかと見ております。アジアでは間違いないですね。しかしここでも状況は、残念ながら日本勢が参入出来ているわけではありません。ほかには、アジアでよく目にする看板で「日式洋食」というものがあります。これはハンバーグやパスタ、日本のいわゆる洋食です。こういった食べ物は、もはや日本の食として認知されています。さらに日本酒や国産ワインも海外からひっきりなしに注文が来て欠品が続く状態で、ニーズはあるけれどもコストの問題などがあって広がっていない状況であると思います。
パン類では、最近ではアジアで山崎製パンが一人勝ちをしています。パンについては、日本製のもちもち感を、なかなかアジアの他社ではつくることができないようです。シンガポールには『ブレッドトーク』という300店舗以上展開しているベーカリー・チェーンがありますが、そこは日本の食感を真似ています。しかしそれでも、山崎製パンは圧倒的な強さを保っている。そうしてスナック菓子やその他マスプロダクトと、さまざまな食が続いてきます。
このような大手企業の商品に加えて、地域産品もきちんとブランド化していけば可能性はさらに広がります。現状では地場の中小企業が展開するに留まっていますが、この分野は非常に大きな可能性を秘めていると思います。農業技術の移転というアプローチも、同様に有望な分野だと思います。コンポストの技術はその代表ですね。堆肥を肥料化していく循環型ライフスタイルを、日本人は古来より持っていたわけですから。
さらにはロボット技術もあります。回転寿司のコンベアはもともとキャタピラの会社が開発したものですし、食分野でも日本のものづくり技術が活かされる領域がまだまだあるのではないかと思います。たとえば、現在すでに「チャーハン自動調理マシン」というものがあります。「鉄腕炒レンジャー(チャレンジャー)」という製品で、三栄コーポレーションリミテッドという会社がつくっています。他にも、自動寿司握り機や自動焼き鳥機もあります。「どうして焼き鳥が自動なんだ?」という声もありますが(会場笑)。
その他、日本の食について教育していく学校や組織もこれからは重要になるのではないでしょうか。服部幸應先生と先日お話をしていたのですが、服部栄養専門学校の生徒はすでに15〜20%ぐらいが韓国人で、もう受け付けられないほどのニーズがあるそうです。新宿に『東京すしアカデミー』という学校もありますが、海外からここに寿司を習いに来る人は多いそうです。というのも海外では、「日本のすしアカデミーできちんと習って卒業証書をもらえた」ということで給料が倍になるからだそうです。そういった学びの分野も成長産業のひとつの可能性になると思っています。
食文化の産業を発展させるには、メディアの活用も非常に重要です。かつて、『料理の鉄人』というテレビ番組が日本国内で人気を博しました。この番組は、『Iron Chef』と言う英語タイトルで海外でも放送されていて、海外にお住まいの方ならご覧になった方々も多いと思いますが、もう大変な人気番組でした。日本の食文化がどのように伝わっていくかということを考えるうえで、メディアはとても大事な役割を果たします。今後、私たちは日本の食文化、ひいてはライフスタイルとしてのクール・ジャパンをどのようにメディアを活用しながら世界に伝えていくのか。そんなこともひとつのテーマになるのかなと思っています。
そして最後に、「旨み」という言葉を取り上げて終わりにしたいと思います。日本の食文化には五味があり、味の5番目に「旨み」というものがあって、この言葉が世界で共通語になりはじめています。これは本会場にもいらしている徳岡(邦夫氏 株式会社京都吉兆 代表取締役社長/総料理長)さんをはじめとしたシェフの方々のご尽力の賜物であると思います。
梅澤:ありがとうございます。では続きまして、田嶋さんにお願いします。日本のソフトパワー産業の可能性をお話しいただけないでしょうか。クール・ジャパンの拠り所として、日本文化の源となる“精神性”といったものがあります。我々はそれをある意味で純化または強化しながら保ち続けなければいけません。しかしその一方で、文化によってしっかりと「稼ぐ」仕組みもつくることが、文化産業の維持発展のうえで絶対に必要になります。そういったところも踏まえてお話いただけないでしょうか。
「クール・ジャパン」は今後の産業の スプリングボードに(田嶋)
田嶋:はい。私は昨年(2010年)9月に政務官となりました。現在は成長戦略に関する25ほどのさまざまな会議に参加しており、そのひとつがクール・ジャパンです。今回登壇されている3人を含めて20人ほどで2週間に1度、会議をしています。クール・ジャパンの会合は他の会議と全く雰囲気が違って、それが本当に楽しくて…。あるとき、「ぜひこのメンバーで合宿をやりたいね」と言ったところ、先週ほんとうに実現してしまいました。メンバーのなかに、千葉でエコな農業をやりながら宿泊施設を経営しているアメリカ人がいるので、彼のところに全員集合しました。政府ではさまざまな成長戦略会議を行っていますが、平均年齢が65歳ぐらいのところもあり、「もう少し若い方を入れても良いのかな」と思うことがあります。クール・ジャパンのメンバーは若い方も多く、異なるものを取り込んで新たに成長していこうという活力がある。ですから「成長に向けたスプリングボードになるのではないか」という強い期待があります。
私自身としてはまず消費者としてこの数十年でいろいろと感じることがありました。私は政治家になって8年経ちますが、その前にはビジネスパーソンとして海外に10年住んでいました。最初の5年がアメリカで、次の5年はフィリピンです。そうして外から日本を見ることで、日本について改めて気づくことが多くありました。先ほどパンの話もありましたが、私はフランスパンとアメリカのベーグルが大好きなのですが、やはり「日本のパンはすごいなあ」ということは常日頃から思っております。
フィリピンでは『日清カップヌードル』が大人気でした。空港で巨大な段ボールが山ほど搬入される光景を目にしたことがあったのですが、その段ボールには『日清カップヌードル』のシーフード味だけが入っていました。それも、日本の工場でつくった製品でないとだめだというのです。フィリピンにも工場はあるのですが、日本製のシーフード味が人気だということを知り、本当に驚きました。あとは、タガログ語で「タクタク」と言われるもの。何のことかわかりますか? 『味の素』です。かけるときの動作が「タクタク」というからだそうです。フィリピンでは日本以上に旨みとしての『味の素』が定着しています。私も子どもの頃は味噌汁にかけたりしていた記憶があるのですが、最近はあまりやりません。しかしフィリピンでは今、皆そのように使っているのです。
このように私は自身の限られた経験のなかで、「自分が知らないうちに世界ではいろいろなことが起きているんだな」と、感じていました。一方日本においても、外国の友人といると、‘That's so cool!’と言われたことがあるなと気づきます。たとえば私はウォートンに留学していたのですが、当時の学友のインド人とベネズエラ人とアメリカ人を日本に連れて来たことがあります。まず東京で原宿、雷門、築地の魚市場、そして皇居と廻り、そのあと京都などに行くスケジュールでした。すると行く先々で、日本人の私が気付いていなかった面白さを、外国人の彼らが見つけるのです。つまり日本の潜在力はさまざまなところに、我々が思っている以上にあるのではないかと思うのです。
そして、現在のように多くの政治家が成長戦略としてクール・ジャパンに目を向けているというのは、とても重要なことだと思います。旧政権時代にも成長戦略は13回ほどつくられたようですが、実行されていませんでした。だから政権交代が起きた今こそ、これまでできなかったことをやっていく。私は、今が日本あるいは国民一人ひとりにとっての勝負どころなのではないかと考えています。
ソフトパワー産業の潜在力の具体的な数字としては、2020年に約12兆円から17兆円が目標として掲げられています。これは相当に野心的な数字です。なぜそれほどの可能性があるかといえば、まだ顕在化していない部分が大きく見積もられているからです。私自身は、経産省が今まではそれほど注力出来ていなかったところ、あるいは注力しようとしてこなかったところにさらに大きな可能性があると思っています。経産省が注力してこなかった分野は、クール・ジャパンのようなソフトパワー産業のほか、農業、医療介護の分野などです。この3分野に私は本当に大きな期待を寄せています。もちろん、これまで最も外貨を稼いでいたのは自動車産業ですが、これから電気自動車に代わっていくという大きな節目を迎えています。これまで一度もメインの産業分野とされてこなかったソフトパワー産業ですが、政府としても今後は推進していきたいと考えております。
しかし現在、この分野で活躍されているプレイヤーは小規模にとどまっています。そしてそのプレイヤーについても、先ほどのお話のようにクリエイションとビジネスの問題がある。ですからさまざまな分野で力を持っている人達が、今まさに海外へ出ていこうというのと同じ目線で、施策を考えていきたいと思っております。
梅澤:ありがとうございます。「国が本気になった」ということを表明していただきました。であれば、我々もますます本気でやらなければなりませんが、ここでひとつ議論しておきたいことがあります。「そもそもクール・ジャパンって何ですか?」ということです。何がクール・ジャパンの本質か、少しおさらいしておきたいのですが、楠本さんにお願い出来ますでしょうか。クール・ジャパン‐Iのセッションで、岡部さんからは「もったいない」の文化や四季のお話、あるいは徳岡さんから多様性にまつわるお話をいただきました。そういう部分を含め、楠本さんとしてどのように感じていらっしゃるかをお伺いしたいと思います。
楠本:クール・ジャパン戦略とは、日本人が本来持っているクリエイティビティ、潜在的に持っているものを、いかに“見える化”して知財として海外へ売っていくかということです。ではクリエイティビティの源泉とは何か。それは農業の現場であれば、豊かな自然のなかで森羅万象を感じ取る感性であると私は思っています。微妙なズレや変化、あるいははかなさを感じながら、多様性のなかで価値を生み出す能力、そんなところではないでしょうか。ですから「何を売っていくか」という問いについても、同様のアプローチで考えてみます。もちろんモノを売っていくわけですが、モノの背景にある何らかのストーリーやライフスタイル、そういったものへの共感があるからモノが売れていくはずです。だからそれらを生み出せるような「つくる人材をつくる」ことが国内では非常に重要になると思います。とにかく「つくる国」になること、「ああ、つくっているな。日本は」というのがひとつの日本ブランドになるのではないでしょうか。
梅澤:つくり手をつくる日本と。分かりました。吉川さんはいかがですか?
「ファイナンスと人材」が日本のアパレル企業の課題(吉川)
吉川:楠本さんのお話に賛成です。ただし、私としてはこういった話がコンセプトの議論で終わってしまいがちなのは悔しく思っています。私は今、「日本のブランドがほとんど買われてしまっていいんですか?」と、本当に皆さんにSOSを発信したい気持ちです。
ですからある意味で逆に、私たちは“アンチクール・ジャパン派”になろうと考えています。日本の魅力を世界へ持ち出して売っていくという人達に、「このプロジェクトは日本でなくて海外でやりませんか?」と考えてもらう。「日本の良いところは?」と訊かれたら、恐らく誰でも何らかの考えがあると思いますが、今はもうそれを定義づけていても仕方がない危機的な状況だと思うのです。
梅澤:ちなみに吉川さんに、「自分たちのエージェントになって欲しい」と言ってきている国や海外企業はどのぐらいありますか?
吉川:アジア企業はとても多いですよ。ファッションに限って言えば、文化のビジネス化において国ごとのクリエイションの壁はそれほどありません。ただ、日本がアジアでビジネスに出来ていないのは問題です。アジア全域で考えればファッションビジネスは巨大市場で成長産業ですから、ファイナンスの方々から見ればおいしい業界です。その成長市場で日本のコンテンツを買い取って展開しようと考える海外の政府系ファンドが私のところに来るのです。「吉川さん、日本のコンテンツを買収先として紹介してください」と言うわけです。しかし私としては、「これでいいのかな?」という気持ちがあり、だからこそなんとかしたいのです。
梅澤:一気に課題の部分へと来ましたが、せっかくですから引き続き吉川さんにお伺いしてみます。吉川さんにもご参加いただいて議論をはじめたのは去年の春ぐらいからですよね。実は吉川さんは、その約2カ月後に上海へ移住されています。ファッションで戦うのであればメインマーケットはやはり中国だから、中国の情報発信拠点である上海に自分が住み、どれほどのポテンシャルがあるのか見極めようと飛んでいかれたわけですよね。
これは有名な話ですが、中国では現地の女性ファッション誌トップ5のうち、恐らく3誌は日本系の雑誌です。トップ10ならば5誌が日本系です。つまり日本のガールズファッションの情報が中国で氾濫しているということです。しかし私が調べたところでは、中国のアパレル市場で最も業績の良い日本企業であるユニクロですら、100億円に届かない程度の売上です。それ以外の日本企業はすべて、大手企業でも数十億円しか中国では売れていません。これほど情報が氾濫しているにもかかわらず、この程度の規模ということです。このギャップはどういうことなのでしょうか。
吉川:本当にそうですよね。輸出という点で考えると、実に規模が小さいです。それには理由が二つあって、端的に言うと、お金の問題、そしてマネジメント人材の問題です。そしてこの二つは繋がっています。ファイナンスで厳しく鍛えられていないからマネジメントの力も伸びない。そしてクリエイションがわかるマネジメント人材も育っていない。これではどうしようもありません。
ちなみにユニクロのような成功例は、私は恐らくもう出てこないと思っています。世界のマーケットを見ても、ひとつの分野で一国の中であれほどの規模を持つ会社が二つも三つも出ることはあり得ません。ですから、小規模であっても高付加価値の領域で勝負するしかないと考えています。ただそれにしても、今はお金が流れないという大きな問題があります。
先ほどの『A BATHING APE』に関して言えば、デザイナーのNIGOさんは会社が買収されたあと、あるインタビューでこう答えています。「自分はクリエイターとしてやってきたけれど、企業規模が大きくなるにつれて自分ではマネジメント出来ない領域が増えてきた。だからそのマネジメントが出来る人を探していた。でも、国内では見つからなかった」と。ファイナンスを組み立てる仕組みを国内で持てなかったから、結果として香港の企業に買われたのだということです。本当のところは私も分からないですが、彼は本当にこれでよかったのかなあ、とも思います。インタビューでは「仕方がなかった」ともとれるような発言をされていましたので。いずれにせよ『A BATHING APE』というブランドはこれから、中国を中心としたアジア全域で恐らく300億円ぐらいの市場をとるようになると思います。
日本は、本気で海外のマーケットを取りにいっていない(楠本)
梅澤:食分野でも同じようなことはありますね。世界では現在、2万5000万店以上の日本食レストランがあります。しかしそのなかで日本人が経営しているお店は1割前後というのが実情です。キッコーマン、味の素、キリン、そしてサントリーといったような一部の大手を除けば、実はほとんどの日本企業は海外で収益を上げることができていない状態です。これはなぜなのでしょうか。
楠本:難しいですね。いろいろな要件が重なり合っていますから。ただ、これまで日本の食品メーカーや外食チェーンは、「自分たちは内需を取りにいくんだ」と思ってやってきた部分はありますよね。外に向けたアプローチは多少はしてきたけれども、本気でマーケットをとりにいってなかったと思います。
私がアパレルの話をするのも僭越ですが、アパレル業界でも、「日本人は本気でアパレルをやっていない」という指摘を上海の方がしていました。恐らく日本のアパレルメーカーは、日本国内のムードをそのまま海外での戦いにも適用していたと思います。ファッションは最もムードを反映する領域です。日本企業の少々右肩下がりというか、成熟したムード、高齢化に向かったムードを、成長著しい中国市場にそのまま持っていったのではないかと思います。日本人はそれで本気のつもりだったのでしょうが、マーケティングでギャップがあった。上海の人たちが指摘していた「本気ではない」というのは、恐らくそういった部分であると思います。
これはクール・ジャパン‐Iのセッションで岡部さんが指摘されていたことと本質的に一緒です。日本の食が、果たして現地で暮らす方々に対して、味も含めて本気でカスタマイズをしているのかということです。結局、ファッションにしても食にしても、日本は国内を向いていた時期があまりに長かった。ですから、マーケティングを含めた海外での成功事例がまだ乏しいと思います。
それからもうひとつ。広範な食やファッションの分野で海外に打って出ていく以上は、やはりオールジャパンの横軸で連携をとっていく必要があると思います。連携のなかでひとつのバリューチェーンを売っていく形にしないと、個々で単独で頑張ってもどうしても分断されてしまいます。一時期はニューヨークで名店をつくったけれども、5年経ったらどこかに乗っ取られてしまった、という例はひっきりなしにありますから。
梅澤:分かりました。そこでどのようにしていくかはのちほど議論していきましょう。今度は田嶋さんに伺ってみます。分野横断的に全体を俯瞰したとき、田嶋さんが現在感じていらっしゃる課題は何かありますか?
田嶋:やはり、今まではあまり海外に視線が向いていなかったというのはありますね。文化はライフスタイルに根ざすものですし、基本的に国内1億2800万人のための産業という認識が強かったと思います。しかしながら、現在海外で日本発のファッションや食、あるいはアニメなどが人気である事実は、「まさに今こそ文化を海外でも顕在させるべき段階」ということの証拠ではないかと思っています。
梅澤:ありがとうございます。少しまとめてみましょう。まず、今まで文化産業の担い手であった人々が、どちらかというと国内を主戦場にして力を注いでいたとの指摘がありました。海外進出は、いわば余裕のある人が余裕のあるリソースでやっていた程度であると。だからこそ、現地のニーズを理解したうえで必要なカスタマイズを行うという努力も十分には出来ていなかった。しかし今後も同じような戦い方をしていたら、世界一競争の厳しい中国市場などでは勝ち残れないということですよね。
そしてもうひとつ。吉川さんが指摘されていたファイナンスやマネジメントの問題もありました。この辺について吉川さんとしてはどのような解決策を見出す必要があるとお考えですか?
国は「補助金」を出すのではなく、「資本注入」すべき(吉川)
吉川:ファッションにも食にも共通しているところだと思いますが、文化産業というのはアイディアや個人の才能をベースにお金を稼ぐものです。そのため、こうした領域には一般的に「マネジメント」と言われるものの概念が少々当てはめにくいものです。「子どもの頃からそういうものに親しんでいたから」とか、とにかく“好き”という気持ちがものをつくる動機付けになりますので。
しかしどんなものでも、長く続き、それなりの量になってくれば、いずれはビジネスとして目的を持ち、数値化しながら「そこにお金を投入していきましょう」という形へ転換する時が必ず来ます。そこで「規模化していく」アプローチをとりあえず横に置いておくとどうなるでしょうか。小さな規模のまま戦わなければいけないと、多少は給料が高くてもマネジメントの出来る人間を入れることは収益悪化に繋がるため難しくなります。たとえそこにお金を分配したとしても、資金を効率的に使いながら投資額を回収するということはなかなか出来ない。もちろん再投資も難しい。結局、その企業だけですべてやるのは不可能になってくるのです。
梅澤:その場合はどうしたら良いのですか?
吉川:まず私は、国の予算を補助金という形で使っていろいろな施策をするのは現実的ではないと申し上げたいです。無駄に使われているのは納得がいかないというか…、過去も同じようなことの繰り返しでしたよね。農業もそうでした。各地方の生産者に補助金を渡していました。現在、その多くは仕分けという形で削除されましたが、それが今度は「クリエイションだから」ということで文化産業の予算で復活してきています。最近はそういった活動に私自身もよく関わります。たとえば東京コレクションとコラボして、「さまざまな施策を国の予算でやりましょう」ということになってきている。私は、これが無駄なお金にしかならないのではないかと感じています。
事業を続けられるかが結局はファイナンス上の問題である以上、補助金による予算配分よりも資本注入をするべきだと思います。産業再生機構はそうしていましたよね。国のために有効だと思うところに資本注入しないといけません。負債を抱えていた『A BATHING APE』も、資本注入をしていたらうまくいっていたと思います。産業再生機構はカネボウに資本注入しましたが、どうしてカネボウにはよくて、小さい会社にはだめなのかと思います。国は補助金でなく資本注入という形で、有望だと思われるところに入っていくべきです。そしてそこをプラットフォームにしながら優秀な人材を集め、各会社で面白いと思える人間にどんどん働いてもらう、そういう形にすればいいと思うのです。
梅澤:資本注入とマネジメントチームということですね。ちなみにLVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)のようなお話も例として加えていただくとイメージが湧きやすくなるように思いますが。
吉川:そうですね。ヨーロッパでは『A BATHING APE』とまったく同じようなケースがたくさん起こっています。たとえば、最近はうちの店でも人気の『Balenciaga』という女性向けバッグなどのブランドがあります。この会社の歴史はとても悲しいです。もともとはスペインのデザイナーが設立したスペインの会社でしたが、今はイタリアのグッチグループ傘下になってしまいました。今、ヨーロッパの有力ブランドはグッチグループやLVMHといった巨大なグループ3〜4つに集約されています。車産業と同様、配下に各ブランドがずらっとぶら下がっている構図です。グッチと言えば普通の人はまずブランドを思い浮かべると思いますが、ブランドの上はグッチグループがあり、さらにその上にPPR(旧ピノー・プランタン・ルドゥート)がある。ちなみにプーマもPPRの傘下ですよ。
『Balenciaga』の何が悲しいのかというと、ロゴに『Balenciaga PARIS』と書いてあるんです。ブランドを設立したデザイナーのクリストバル・バレンシアガは天国で泣いているのではないかと思います。スペインの会社だったのに、「どうしてパリなの?」って。実際、そうですよね。現在のグッチグループはパリで発表をして、ファイナンスはロンドン、上場はオランダ、そして輸出するのはスイスからという感じで、もう完全にヨーロッパを跨いで活動しています。恐らくアジアのファッションビジネスでも、近い将来ヨーロッパと同じような状況になるのではないかと思います。
グループの活動がヨーロッパ全体に及んだ結果として何が起こっていったのか。大きなグループに買収されたブランドの地元では、今までそのブランドのステークホルダーとなっていた人達がほとんど仕事をなくしています。一部では家業的に残っていますが、ほとんどは失っています。このような状況を放っておいたら今後どうなるのかを考えていく必要があると思うんですね。
僕は何でも言える立場なのであえて言いますが、現在、中堅どころと言われているような国内アパレルでも実態として債務超過になっているところはあります。実際、レナウンも買収されてしまいました。恐らく中堅どころの一部はそのうち潰れてしまうと思います。銀行もすべてを支えることはできません。これを放っておくと、今に、メイドインジャパンを担って生産している人たちにもお金が流れなくなる。だからこそ、私は資本注入という形が重要になってくると思っているのです。
ついでにもう一点だけ。本当はもっとたくさんあるのですが(笑)。政策会議のようなものがつくられ、私たちも意見を求められますが、ああいうのはだめだと思います。それよりも、ひとりのプロデューサーというかCEOを決めるほうが良いですよ。民間の人間で「ファッションについてはこの人」と、決める。政府はそれをガバナンスして、「こいつがだめなら変えよう」というところにだけ徹していくべきです。そんな風にして、とにかくあらゆる政策をひとりの人間に決定させるほうが早いと思います。まあ、そんなこともあって、私はあえてアンチクールジャパン派になろうと思っているのですが(笑)。
法律改正なしで、政府が資本注入することは可能(田嶋)
田嶋:私は吉川さんがアンチだとはぜんぜん思っておりません。私自身も長いこと民間にいましたし、野党時代も長く、与党に入ってからは事業仕分けをどんどん進めていた側ですから。本当にいつも「余計なお節介」というか、税金の無駄遣いをしているのではないかと思っています。たしかに、あれこれと具体的な施策を官の側から率先して考えるというのはあまりよくないというのが、私の実感です。ですから今の資本注入に関する提言についてもまったく同感です。本当に、どこでも最後はこの話に収束していきますよね。ですから現在私もいろいろと動いているところです。資本注入については、法律を改正しなくても、たとえば株式会社産業革新機構、あるいは独立行政法人中小企業基盤整備機構といった団体からの出資は可能です。
もうひとつ大きな財源は、年金です。年金のお金を0.01%回すだけで150億円になります。この点については国際機関からも最近になって「日本の政府は投資の仕方がおかしい」というレポートが出ていました。たとえば環境など、世界のためになる分野で運用すべきだという提案をもらっています。ですから年金の百数十兆円のなかの本当に僅かでいいのですが、それを人に投資したいと思っています。
最大の壁は、それらに理解を示してくれる政治家を増やすのは容易ではないことです。G1サミットのようなところであれば、賛同いただけることもあります。しかし政治の世界は空気が違います。だからその壁を乗り越えていくために、与野党を超えてシンパをつくっていきたいと思っております。誰でも答えがわかっているのにもかかわらず…、マックス・ウェーバーの言葉に「政治とは情熱と判断力の2つを駆使して堅い板に力をこめてじわじわと穴をくりぬいていく作業」というものがありますが、「くりぬくのに10年かかりました」みたいな話にならないようにするのが、自分の役割だと思っております。それでたとえば150兆から180兆円という年金の0.1%でも使えたら、もう千数百億円です。そういったものを利用して、若い人が世界で勝負をしていくマインドにきちんと応える国をつくっていく。そんな風になったら、これはもう世界中が驚く結果になるのではないかと思っています。
梅澤:ありがとうございます。この辺について楠本さんはいかがでしょうか。
日本が持つ「編集力」は、コピーできない財産である(楠本)
楠本:3点考えております。ひとつは戦略重点地域を決めなければいけないということ。戦略重点地域をきっちり決めて、そこからどう伝えていくかという波及モデルを考えていく。ここではインバウンドとの関わり合い方も大切です。要は寄せては返すような仕組みを設計していくことです。
二つ目に、これは先ほど梅澤さんからのご質問に対して「多様性や編集力」と言ったことにも繋がるのですが、中国で一番イケてるコンテンツのひとつが日本のファッション雑誌というのは非常に象徴的ですよね。つまり、中国では日本が持つ編集力は真似出来ないということだと思います。そこで、編集センスを活かす意味で、たとえばファッションとスポーツと食など、異なるものを掛け合わせていくのがよいのではないかと思っています。そうすることで、他の追随を許さない強固なブランドが出来上がると思っています。
これをもう少し国家戦略的に考えると、戦後の世界でのアメリカン・ライフ・スタイルの普及に学ぶことができると思います。私はアメリカ大好きという感じで育ちましたが、それは、ニューディール政策以降のアメリカは、住宅、食、そしてハリウッドスターと、ライフスタイル全般をそのまま海外へ伝えていたからです。最近ですとこれと似た考え方に「クール・コリア」というのがありますよね。この戦略がアジアを席巻している。住宅、スポーツ、音楽、アート、農業、そしてファッション、さまざまなジャンルを掛け合わせていくことが、他の追随を許さないブランド構築になるのではないかと思っています。
3点目は、メディアの活用とインキュベーション、そして教育のプラットフォームづくりです。以前、『A BATHING APE』をとても評価していた中国で一番イケてるトレンドセッター達が、「『A BATHING APE』ってUKのブランドだよね?」と言っていたのを聞きました。日本のクールなブランドというのがきちんと伝わっていないのです。発信していくメディアの役割はここにあると思っています。インキュベーションについては吉川さんが仰っていたことと一緒で、資金をどのように循環させるかということです。そして教育についてですが、これは食の分野での教育大学院の設立が必要だと思っています。これは二つの狙いがあります。まずは農家や陶芸家等を企業に育てていくため。そして、現存の中小企業にマーケティング力と海外での展開力をつけてもらい、海外へ直接打って出てもらうためです。こういった教育機関が、文化を海外に発信する基盤になってくるのかなという期待を持っています。
「誰」に向けて発信するのか、明確にしてから始めたい(会場)
梅澤:ありがとうございます。まとめに入る前に、会場の皆さまからご意見やご提案などを募りたいと思います。
会場(冨塚優 株式会社リクルート執行役員旅行/飲食カンパニーカンパニー長):日本の魅力を伝えて海外からの観光客を増やすという「ビジット・ジャパン・キャンペーン」があります。私が常々思っているのは、そこで日本は海外の人達が望んでいないものを一生懸命伝えているのではないか、ということです。そのような状況下で大きな投資がなされているのは、本当に見ていて歯がゆい状態です。キャンペーンをする前に、まずは実態を把握するというか、「誰に来て欲しいのか?」と考えるべきではないでしょうか。これは単純なたとえですが、その“誰”というのがたとえばファッション好きな中国の若い女性で、日本のファッション誌を見ている人達ならば、日本での彼女達に見合ったブランドの情報を伝え、「こんなにいいから、おいでよ」とメッセージを発するべきだと思います。それなのに、日本は対象を考えることをせずに、ただイベントのようなことをしているんですよね。そこには「来れば何かもらえる」と考えている人達が来て、ただモノをもらって帰っていく。これは大きな無駄です。このあたりのニーズに対するマッチングをどのようにしていけば良いのか、お話を伺いながら考えておりました。
梅澤:ありがとうございます。今の領域と少し関連しますが、内閣官房国際広報室で国家ブランド戦略をしておられる加治さんも会場にいらっしゃいます。そのお立場から何かコメント等、ありますでしょうか。
会場(加治慶光氏 内閣官房国際広報室国際広報戦略推進官):私は1月から内閣官房に入りました。G1サミット全体のプログラムをご覧になると、スポーツ、クール・ジャパン、観光立国などがありまが、これらは政府内ではじめて横断的な活動が結実しようとしている分野でもあります。恐らく皆さんにはあまり知られていないと思いますが、経済産業省が主導中のクール・ジャパン活動に協力出来るような活動は、文部科学省にも文化庁にもたくさんあります。私の仕事はどちらかというと、そういう各省庁の動きを調整することだと思っています。
梅澤:ありがとうございました。では田嶋さん、今のお話を受けてという形でも結構ですので、何かコメントがあればお願い致します。
田嶋:政治や行政の世界に身を置いていて日本の弱点だと感じるのは、言い古された表現ですが、とにかく縦割りになっているところです。先ほど私は、大きなポテンシャルが見込める分野の25ぐらいのプロジェクトに参加していると申しました。そのひとつは農業です。農業の課題は今まさにTPPで、これは農林水産省の担当です。これまで農業は保護と補助金を出すことに重点が置かれており、産業化の発想はこれまであまりありませんでした。もちろんそのなかでも一生懸命頑張って成果を出しているところも増えています。ただ、まだまだこれからの分野であり、手付かずの感じもあります。同様にライフイノベーションの分野も、これまで国民皆保険ということで、「国民にとっての良い医療および介護制度」のみが中心でした。これもまさに産業化という意味では、これから充実させていくべき分野だろうと思っています。
先ほど加治さんからご指摘いただいたように、産業に関しては文化庁で担える活動もあるということがわかります。しかし、私が参加しているある会議には、私と農林水産省と外務省が入っているのですが、それ以外は民間の皆さんです。参加している役所だけで担当しているものだと思っていましたが、そうではないのですね。その意味では、現時点ですでに情報が十分に共有出来ていないという状態です。G1サミットに来てからも、スポーツや美術の分野の人がどうしてメンバーに入っていないのか、というご指摘をいただきました。それぞれの立場がすべてソフトパワーになり、クール・ジャパンになり得るのというのに、まだまだ政府一体での横断的活動が出来ていません。ですから今回はその点も非常に学ばせていただきました。
梅澤:ありがとうございます。では再びフロアからご発言を募りたいと思います。どなたかいらっしゃいますでしょうか。
日本には、文化で「商売」しているからと支援しない風潮がある(会場)
会場:今日は素晴らしいお話をありがとうございました。銀座で画廊を経営している者としてぜひ皆さまに知っていただきたいことがございます。私は以前、「クール・ジャパン」への取り組みに関する新聞記事を読んで、経産省の方にお話を伺いに行ったことがあります。そうしたら、お会いした担当の方は、美術は経産省のテリトリーではないので文化庁と話してほしいと言われました。仕方がないので、そのあと文化庁へアポを取り直してお伺いしました。すると、「我々文化庁は商売に関係することは一切応援することが出来ません」と(会場笑)。もう本当にとりつくしまがない状態です。その後なんとか個人的なつてを辿って、現在は文部科学省でお話をすることができているのですが。
文化庁は基本的にビジネスに関係することは出来ない、と皆さんおっしゃいます。美術館で大人向けの美術鑑賞教育を企画して学芸員の方に「お願いします」と言って名刺を出した時も、「美術を商売にしている方の応援は出来ないので、うちの学芸員をつけることは出来ません」と、断られました。ぜひこのあたりのことをご承知おきいただきたいと思います。あと、やはりチャンスがあれば、我々美術業界も会議のメンバーに入れていただきたいと願っております。我々も本当に「助けてください」という状態です。海外では本当にさまざまな文化政策や文化行政あります。寄付税制も日本にはありませんが、韓国は美術品を相続税から外しておりますし、他のアジア諸国のほとんどが美術品に相続税はかかりません。そのためにオークションに出すと、インドネシアやベトナムの作家より日本人作家の作品は安くなってしまうのです。
村上隆さんは海外で孤軍奮闘されていますが、美術業界には「彼は日本をドロップアウトして外国でお金持ち捕まえただけでしょう。我々は評価しない」という方までいるほどです。本当に、嫉妬の社会と言うのでしょうか、そのような理由で彼らの力を日本のコンテンツとして取り込むことが出来ていません。美術業界にも本当にたくさん課題はあるのですが、きちんとした形で認めて応援していただきたいと思っております。
田嶋:本当におっしゃる通りだと思います。以前はどちらかというと民間ビジネスに行政は非介入の文化が重視されてきました。しかし最近は国家資本主義といいますか、やはり景気を回復させるために国として応援していくべきというトレンドに戻りつつあります。それが経産省の現状であって、実際にいくつかの産業分野ではかなり具体的成果も出ています。今後は文化でも、国として幅広く支援していく流れになっていくべきだと思います。先ほどのようなケースがありましたら今度は私にぜひ教えてください。本当にこちらこそよろしくお願い致します。
なぜ、日本政府が「クール・ジャパン」と定義する必要があるのか(会場)
会場:この議論をお聞きしていて、少し違和感を覚えるところがありました。私はクール・ジャパンは別に日本政府のものでもないと思うし、日本企業のものでもないと思っています。ですから、『A BATHING APE』が香港の企業に買収されても、それは別にいいことではないのかなと思います。結局、クール・ジャパンを定義してきたのは誰なのでしょうか。日本人が、「僕らが思うクール・ジャパンはこうだ」というものと、海外の人たちが思っている「クール・ジャパン」はもしかして違う部分があるのではないのかという気がします。
ですから、「クール・ジャパンはこうなんだ」といった風に、日本政府が定義する着想自体を変えたほうが良いのではないでしょうか。政府が決めるよりもむしろ、世界中の企業がクール・ジャパンというドメインのなかで自由にビジネスをしていくチャンスを得られるようにすることのほうが重要ではないでしょうか。そのなかで日本企業も、ファイナンスの問題などいろいろあるとは思いますが、世界を舞台に一緒に頑張っていく方向で切磋琢磨していけばよいのかなと思います。ユニクロはそれをすでに行っている気がします。政府のお金を突っ込んだところで、あまり良い結果にはならないと思うんですよね。それよりも、クール・ジャパンのドメインを広く考えるべきです。別に特許があるわけでもないと思いますので、ここをスタート地点にして議論をしたほうが現実のビジネスとしても有効であるように感じました。
会場:私も今の意見と同じ違和感を抱いておりました。たとえば日本の企業が3億円で買収されたのであれば、3億円で輸出できたという捉え方で良いのではないかと思います。本当に議論すべきは、たとえば、「300億円で輸出すべきであったのに、297億円損をしたからどうしよう」といった部分なのではないでしょうか。
梅澤:そこは吉川さんも強く思われていますね。
会場(続き):そうですか、分かりました。あとはここで、もっと多くの企業を香港の会社に買ってもらうために、我々はどうやってお化粧すべきか、といったことを議論したほうがよいのではないかと思います。
楠本:私たちは基本的に政府のお金で自分のビジネスをしようと思っているわけではないので、たしかにご指摘の件はその通りだと思います。ただ一方で、現実問題としてシンガポールも韓国も、政府系ファンドのお金を使って、国を挙げて本気でライフスタイル産業を取りに来ています。それに対して私たちは、「この状況で民のことは民に任せ続けていて、本当に良いのだろうか」ということを議論したいと考えている、それをご理解いただければ幸いです。
自分の好きな分野に投資できるような「投資税制」を(会場)
会場:2コマ連続でクール・ジャパンのセッションを聞いていて、農業の人間として少し違和感を覚えた部分があります。それは年金の0.01%を使うという部分です。年金は政府のお金ではありません。年金が政府のお金ならば社会保障の問題がクリアになって、国の責任によって年金は約束通り払って欲しいという話になってしまうと思います。
むしろ投資税制の優遇などで意見が分かれるわけですよね。「私は美術について明るくないけれどもスポーツは好きだ」、あるいは「日本食は好きだけど日本の洋食は嫌いだ」など、さまざまな人がいます。政府系ファンドをつくらなければいけない国々は、恐らくそれらの国では個人所得の積みあがりが小さいからですよね。日本には結構なお金を持っている人が山ほどいます。たとえばその人たちに対して、好きな分野に投資できるように投資税制優遇を行うのはいかがでしょうか。「この分野には税金優遇がありますよ」という風にしたほうが、賛同者は増えそうな気がしています。私も農業に従事していますので「助けてください」という気持ちはかなりありますが、年金で助けられてしまうと少し辛いなというのがありまして(笑)、別の形で助けてもらえるような国の仕組みがあればいいなと思いました。
会場:この会場にいらっしゃる方は、どちらかというとものをつくる側よりも、マネジメントされている方が多いと思います。ものづくりを行っております私としては、問題の根本はクール・ジャパンではなく、日本のマーケットそのものがものすごく供給過多でデフレになっていることにあると思っています。我々のように日本でつくっている立場からすると、状況はもう限界を超えています。日本でモノをつくっている人達がどういう環境かといえば、ほとんどは中小零細企業です。そのため「ヒト」「モノ」「カネ」が中途半端で海を渡ることができない。しかし、海を渡ったところに今はマーケットがある。ファッションも食も、根源はそこだと思います。それをクール・ジャパンというブランディングで、日本の良さをすべてまとめてコンセプトを明確にしていくべきだということです。ですからキーワードは、やはりオールジャパンによる集中と選択だと思います。
その意味では農業もまったく一緒です。実は我々は香港で流通の事業をしているのですが、日本人同士で「我が県のいちごを買ってください」「いや、我が県のいちごほうがあの県より10円安いです」などと言っているんですね。こうしたやりとりを海外の人が見たら「馬鹿じゃないの?」と思いますよね。海外の人は10円や20円安くとも気にしていないし、それよりも安定的に欲しいとか、きちんとした日本の農産物だということがわかればよい、と。日本人同士で実は無駄な競争をしているのです。この構図のままであれば、結果的に海外へ行っても意味のない結果になってしまうと思います。政府をはじめ、さまざまな人達がきちんと集中と選択を行い、そして楠本さんが仰っているオールジャパンというひとつの定義を持つことが大事だと思います。誰かが新しいことをやるとほかの誰かがすぐに真似をして足元を掬っていく、そんなことはやめたほうが良いと強く感じております。
梅澤:ありがとうございます。議論は本当に尽きなくて、今日も5、6個の重要な論点をいただきました。それらについてまだ議論が分かれるところもあるという確認も出来ました。
ひとつだけ私から最後に申し上げると、先ほど「日本の資本と企業だけで行うのが正しいのか」という問いがあったと思います。結論から申しますと、一番上手にやろうと思うのなら、世界でクール・ジャパンコンテンツにシンパシーを持ってくれるすべての人たちをどんどん取り込むべきだと思います。“拡大クール・ジャパン生態系”なるものをつくっていく。これがソフトパワーという意味でも一番強いですし、最終的な我々の取り分も増えると思っています。
ですから今回の議論でも「オールジャパン」とは言っていますが、別に日本人だけでやろうという意味でこの言葉を使っているパネリストはおりません。日本のファンとなってくれる外国人にはどんどん入ってもらい、現地のプロデューサーに、さらにコンテンツの目利き役になってもらうというのもあります。そんなネットワークを世界につくるための議論を今後もしていきたいと思っております。また、たとえば中国市場へ独自に参入することが難しければ、向こうのファンドと組んでいくという選択肢も当然あります。
ただ本日の議論にもありましたが、たとえば『味千ラーメン』は中国であれだけヒットしていますが、日本側が得ている金額はFC料だけで本当に微々たるものです。そういう状態はあまりにも勿体ないので、そこはなんとかしたいと思っています。そうしたことが議論の出発点であることをご理解いただければと思います。
今日は本当に多くの方々にお集まりいただきまして熱い議論が出来ました。ぜひこれからもまた応援をしていただければと思います。あるいは皆さまと一緒に、クール・ジャパンについて何らかの形で取り組みを具体化出来ればとも思います。改めてパネリストの方々に大きな拍手をお願い致します。本日は誠にありがとうございました(会場拍手)。