※2013/4/23にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。
前回は、開幕を迎えたプロ野球観戦の体験から見える顧客満足度と従業員満足度の関係、そしてその関係がビジネスに与えるインパクトについて、「サービスプロフィットチェーン」の図式を用いて説明した。
プロ野球もまた、ビジネスである。各球団の収入には、放映権、スポーンサーシップ、チケット収入などがあり球団やリーグの特性によってその割合は異なる。例えば放映権を見てみると、ジャイアンツやタイガースのカードが全国放送の機会を得ることが大きいという状況は、認知が広がるセ・リーグにとっては有利であるものの、対抗策を求められるパ・リーグにとっては、なかなか悩ましい問題でもある。
そんな状況を打開するかのごとく、日本ハムは2009年に「婚活シート」を発売した。今までスタジアムに足を運んだことがない人の来場を促し、チケット収入や球場内の物品販売などの増加を狙った取り組みである。このチケットプログラムはメディア的にも話題を呼び、当時女性の応募が殺到したといわれた。
日本ハムは、この他にもユニークなチケットプログラムを企画し続けており、パ・リーグの中でソフトバンクホークスに次いで2番目のスタジアム入場者数を誇り、2009年から2011年まで190万人以上が球場に足を運んでいる(日本野球機構オフィシャルサイト 統計データより)。
温浴施設や美容プログラムとのセット販売も
最近のチケットプログラムの中には、応援後にお風呂に入れる「さっぱり爽快チケット」や、球場内でメイキャップやハンドマッサージが受けられる特典の付いた「ビューティーチケット」などがある(北海道日本ハムファイターズホームページより)。
スタジアム観戦の体験の価値を向上させ、何度も球場に足を運ぶことを狙っているようにも見えるが、さらにこれらのプログラムには特長がある。
先ほどの「さっぱり爽快チケット」は、地元にある温浴施設の協力の下、観戦後に入浴ができるというもの。スタジアムから温浴施設までの無料送迎バスが運行され、のんびりくつろげるという。
また、「ビューティーチケット」は、野球を楽しむ一方で、ビューティープログラム(ネイルタトゥー、メイキャップ、ハンドマッサージ、占いの中から1つ)が受けられ、このビューティープログラムは、地元の専門学校などの協力で提供されるようだ。
これらの企画には、スタジアム来場者に対してより魅力的な体験を提供すること以外の意図もうかがえる。それは、実際にチケットを購入する人とは別のもう1つの「顧客」を意識しているということである。
「地域密着」型の経営理念を追求
ファイターズは、「Sports Community」という企業理念の下、経営理念「Challenge with Dream」や活動指針「Fan Service 1st」を制定し、ファンサービスを行っている。パ・リーグの中でも「地域密着」型のファンサービスを積極的に押し進めている球団である。
「Sports Community」の企業理念にはこう付け足されている。「スポーツと生活が近くにある、心と身体の健康をはぐくむコミュニティを実現するために、地域社会の一員として地域社会との共生をはかる。」「スポーツは人々の健康に貢献し、人と人が触れ合う交流の機会となり、人と人との心がつながるコミュニティを創造する力となる。ファイターズは『スポーツと生活が近くにある社会=Sports Community』の実現に寄与したい。」(北海道日本ハムファイターズ公式ホームページより)
この経営理念からファイターズがターゲットとしている顧客像が浮かび上がってくる。野球が好きでスタジアムに足を運ぶ観客はもちろんのこと、「心と身体の健康をはぐくむコミュニティ」を構成する地元の法人や個人もまた球団の「顧客」であるということだ。
また同時にこの理念から、ファイターズはどのような世界を作りだしていくのか、どのようなサービス体験を顧客にしてほしいのか(サービスコンセプト)、その際に球団はどのような存在であり続けたいのかということについての球団のビジョンもうかがえる。
「顧客満足」はターゲットとコンセプトの決定から
明確なターゲットとサービスコンセプトを定めるメリットとは何だろうか。
1つ目は従業員スタッフの働き方に関係する。誰にどんなサービスを提供すればよいかを理解できるため、ビジョンに向かって効果的な企画・施策を立案することができる。施策にぶれがなくなる。先ほどのユニークなチケットプログラムは、まさにターゲットとしている顧客を的確にインクルージョンしている1例ではないだろうか。
2つ目は、カスタマーマネジメントからの視点である。サービスコンセプトが明確に表現されていると、そのサービス体験をしたいと思う顧客だけが来場する傾向が強くなる。球団側にとっても、万人に様々なサービスを提供するのではなく、より共感をしてくれる可能性のある顧客にサービス提供を絞ることができ、やるべきことを強く認識して行動できるため、サービスクオリティの向上も期待できる。サービスクオリティが高まれば、顧客の満足度もあがる傾向になる。
重要なことは、従業員が「どのような顧客」に対し、「どのようなサービスを提供するか」ということを正しく理解しているということである。これが顧客満足度を上げる大前提である。
そうでなければ、従業員はすべての人にその人にあったサービスを提供することになり、疲弊する。そればかりか、すべての人を満足させようと頑張ることに対する弊害が生じる。したがって、顧客満足度とはどういう顧客のことを指しているのか、そしてその人々はどのようなことを求めているのかを把握しない限り、従業員は顧客満足度をあげるための適切なクオリティのサービスを提供することができない。
「顧客満足」や「従業員満足」を唱える際には、企業もまずは「ターゲット顧客」と「サービスコンセプト」を明確にし、自社にとって適切な顧客を選ぶ必要がある。
そして従業員がそれを正しく理解していることも合わせて重要である。その方法は今回のような企業理念だけではない。事業方針や日々のコミュニケーションの中で伝える方法もあろう。
「顧客満足や従業員満足を上げる」という言葉だけが踊っていないか、そのためにまずは顧客の定義やサービスコンセプトを押さえているのか、その戦略を含め足元をしっかり見たい。
そして、今年もファイターズをはじめスタジアムで提供される様々なプログラムを思う存分楽しんでほしい。
<今回のポイント>
◆顧客満足を上げるためには、まず従業員自身が「自社のターゲット顧客」と「自社のサービスコンセプト」を理解している必要がある
◆ターゲット顧客像とサービスコンセプトが明確になると、従業員もやるべきことが明確に見えてくるため、サービスクオリティの向上につながりやすい