※2012/12/18にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。
日本人の「最も好きなスポーツ」の代表格である野球・サッカー、2012年の観客動員数が発表された。(三菱UFJリサーチ&コンサルティングとマクロミルによる共同調査より)
日本野球機構とJリーグのオフィシャルサイトによると、セ・リーグの全入場者数は前年より微減の11,790,536、パ・リーグは前年比2%減の9,579,690、そしてJリーグ(J1)では前年対比11%増の5,375,300となった。
チーム別にみると、ジャイアンツ(前年対比+6.9%*)、DeNA(+5.8%*)、ソフトバンク(+6.7%)、楽天(+0.8%)、サンフレッチェ広島(+34%)、セレッソ大阪(+19.6%)、大宮アルディージャ(+16.9%)、柏レイソル(+15.5%)のように観客数を増加させたチームもあれば、タイガース(-5.9%*)、日本ハムファイターズ(-6.6%)、ガンバ大阪(-9.9%)のように減少したチームもある。(*ホーム・ゲーム入場者数で計算)
当然のことながら、この観客数やファンの増減は各チームの収入に大きな影響を与える。前々回のコラムでは、2011年の楽天の売上高約88億円の内、約29億円を占めるチケット収入(朝日新聞朝刊 2011年11月13日)について、以下のように分解して計算する方法を解説した。
この式からわかるように収入を拡大させようと考えるなら、スタジアム座席数や年間ホームゲーム数を除き、チケット平均金額を上げたり、座席稼働率を上げたりする選択肢が出てくる。座席稼働率を上げるには、より多くのファンにより多く足を運んでもらうことが必要だ。したがって、収入の拡大を考える際には、ファン(観客数)をどのように増やし、そして長くファンでい続けてもらえるかがカギになるとおわかりいただけるであろう。
そこで今回は、ファンを生み出し、ファンを育てることについて考えてみたい。
あなたはなぜ、そのチームのファンになったのか
みなさんにも、応援しているチームがあると思うが、なぜそのチーム・選手のファンになったのか。そしてなぜそのチームのファンでい続けるのであろうか。例えば、そのチームをスタジアム内外で応援するときにどのような体験をし、どのような行動をとっているだろうか。
筆者は先日QVCマリンフィールドで次のような体験をした。
シーズン終了間際に足を運ぶ機会があったのだが、スタジアムに着いた時にはすでに6回。仲間と合流後、いつの間にか、スタジアムに頻繁に足を運ぶ熱烈なファンの声援に引き込まれ、気がつくと、高揚感と共に、コアファンと心を1つにしながら応援をしていた。もちろん、前後左右の観客とは全く面識がないのだが、熱狂的ファンである彼らの影響を受け、我々のグループ全員がマリーンズを懸命に応援する一員となっていた。そしてマリーンズの勝利が決まった瞬間、周辺のファンとハイタッチや握手をしながら喜びを分かち合った。
さらにその日は、試合終了後に観客がフィールドに入ることができ、多くの人がベンチやフィールドから観る景色を堪能した。いつもとは違う光景に心を躍らせると同時に、マリーンズを近くに感じた。そして、私たちのグループはその時にスタッフと会話をする機会に恵まれ、スタッフの活発な雰囲気と丁寧な対応が、我々の経験をさらに最高のものとしてくれた。スタジアムを出るころには、「また来たい(来よう)」と口々につぶやくまでになっていた。そして翌日以降、筆者はこの経験を周囲の人々に話した。きっと話を聞いた友人の中には、来シーズンQVCマリンフィールドに行ってみようと思う人も出てきたと思う。
ソーシャル・メディアが変えた企業のコミュニケーション
これはあくまでも体験の一例だが、顧客の満足度やファン心理の醸成というものは、球団側が行うキャンペーンなどの施策に加え、顧客同士の関係性なども満足度を高める要因の1つになっている。また、良い経験はその顧客をファンにするだけでなく、ファンになった顧客自身がそれを周囲に広げる役割を担うことになり、さらなるファンの拡大にもつながっている。
このように、観客がエバンジェリスト(伝道師)的役割をするファンにまで育つには、球団がサービスを顧客に提供し、顧客がその価値を受け取るという一方通行な関係だけではなく、コアなファンが球団スタッフの役割である「観客を楽しませる」ということの一部を自然と担い、球団と顧客が共に価値を創っていくことも必要なのだ。筆者の体験からは、コアファンが「応援」を通して最高の体験をもらせてくれたことも、ファン心理の片鱗が芽生えた要因の1つであった。
近年、ソーシャル・メディアの発展などで顧客や企業のコミュニケーション(交流)スタイルに変化がもたらされた。そのため、顧客と価値を共に創ることの重要性が叫ばれ続けている。マーケティング領域での世界的権威であるフィリップ・コトラー教授もその著書『コトラーのマーケティング3.0』(2010年刊)の中で、製品・サービスの差別化をし、それを企業が顧客に一方的に伝えるだけではなく、顧客と共に価値を「共創」していく必要性を説いている。
そして共創価値を作りだす土台となるのが、その製品・サービスに対して強く活発なロイヤルティを持つファン顧客である。
ただしここで留意しておきたいのは、印象的な体験を与えてくれたロッテマリーンズの観客動員数は、対前年比で-7.0%と低調に終わっていることだ。これは、2010年にシーズン3位からCSを勝ち上がって日本一の座に輝き、「史上最大の下克上」と呼ばれる熱狂的な幕切れを迎えたにもかかわらず、翌2011年の成績が振るわず最下位に終わったこと。今年も5位と低調な戦績だったことが原因と考えられる。
現実のビジネスでは、様々な要素が絡み合って結果がもたらされる。何かの施策を採ればストレートに結果に結びつくわけではないところが、ビジネスに関わる難しさでもあり、面白みでもある。
しかしもし、球団がファンに対して熱心に働きかける施策をとっていなければ、入場者数の減少はもっと著しいものになっていたのではないか、と考えるのは私一人ではあるまい。
顧客の行動変容プロセスを示すAMTUL
では、顧客はどのように高いロイヤルティを持つようになるのか。
1つの考え方として顧客がロイヤルティを持つまでの行動変容プロセスを示すフレームワークの1つにAMTUL(アムツール)というものがある。
顧客はいきなりロイヤルティを形成するのではなく、その段階に至るまでのプロセスがあるのだ。AMTULはそのプロセスを表すフレームワークの1つであるが、残念ながら全顧客がこのプロセスを自動的に進んでいくのではない。顧客がプロセスを進んで高いロイヤルティを持つに至るには、顧客同士や企業との交流、商品・サービスを通してのポジティブな経験などが必要になる。その役目をするものの1つこそ、プロモーションである(実は、このAMTULモデルはプロモーションを考える際の土台となるフレームワークだ)。
マーケティングの中でもプロモーションについて関心のある読者も多いと思うが、プロモーションではその施策の派手さや地味さなどに終始することなく、顧客の中にロイヤルティを形成することを最終目的として、顧客をプロセス上のどの状態からどの状態に進んでもらうような体験や経験を作りだすことができるのかを考えながらプラニングと実行を行うことが重要である。
シャンプーの「メリット」が売れ続ける理由
実は皆さんの周りにも、秀逸なプロモーションによって顧客ロイヤルティを高めている製品が多々ある。
例えば、シャンプーの「メリット」。メリットはロングセラー商品であるため、認知度(Awareness)は高い。また、一度は使ったことがある人も多いのではないだろうか(Trial)。花王はメリットのTVCMやプレゼントキャンペーンなどを通して、AwarenessやTrialの維持にも力を入れている。その一方で、主要顧客層である母親(TVCMのイメージからもわかるだろう)に対し、ママ友が集い交流を促進するコミュニケーションサイト「メリ友.com」を立ち上げ、顧客と企業の「共創」を推し進めることでLoyalty向上にも努めている。メリットはリンスインシャンプーの中でシェア36.3%を占め市場をリードする製品となっている(日経MJ 2012年3月2日)。
一方、同じ花王のシャンプーでも比較的新しく市場に投入している「セグレタ」は、AwarenessやTrialの向上が課題になるため、Loyalty向上の施策よりも、TVCMや美容関連サイトとのタイアップなどのプロモーションに注力しているようだ。
同じ企業の同じカテゴリーの商品であっても、ロイヤルティを持つまでのプロセスの中でどのステージ上にいる顧客が多いかは製品ごとに違う。したがって、それぞれの製品・サービスにおける顧客の状態に合わせて、よりプロセスの右(ロイヤルティ向上の)方向に顧客の心理状態・行動が変容していくよう、注力するプロモーションを選択し実行することが非常に重要となる。
(なお、上述紹介したフレームワークはあくまでも一例である。このようなフレームワークを参考にしながら自社の顧客にあった変容プロセスを作成し、活用することができよう)
プロモーションの目的は何か、効果が出ているのか
このように顧客の心理プロセスに載せてプロモーションを考えることはビジネスの世界ではよくある。プロセス化ということを通して、訴求したい「価値」(価値の重要性は前回のコラムをご参照いただきたい)を顧客と共に創り、届けていくためのプランを練ることをお勧めしたい。
皆さんのプロモーション施策の1つ1つはどのような目的で行っているのか、そしてそのプロモーションはその目的に対して効果が出ているのか、最終的にはファンになってもらいそのファンと共に共創価値をつくっていくことを意識したプロセスの中で考えられているかを見つめ直してみるとよいであろう。
<今回のポイント>
◆企業が価値を一方的に顧客に伝える時代から、顧客と共に価値を作りだす時代へと変化している
◆「共創価値」を作るための大前提は、顧客のロイヤルティを上げることである
◆その際には、ロイヤルティを構築するまでの顧客の心理・行動変容をプロセス化してみることも有効