問題です
以下のAさんの問題は何か。
Aさんは大学院生。最近、学習塾で、小学5年生向けのクラスの講師のアルバイトを始めた。Aさんの大学での専門は現代日本史である。
「さて、社会の確認テストの問題を作らないと。毎週、テストの問題を作るのもけっこう面倒なものね。今回は、平成になってからの問題が5題は必要かな。問1は、『平成になって最初の夏季オリンピック開催地はバルセロナです。その次の開催地はどこでしょう』くらいかな。でも、こんなの、アトランタでやったことくらいみんな知っていそうね。『平成になってからの夏季オリンピック開催地を順に挙げなさい』くらいにしないと問題にならないかな。テキストの巻末の年表見れば一応わかることだから、とりあえずそうしよう。
問2は、『沖縄サミットをきっかけにして新たにつくられた紙幣(お札)は何でしょう』にしようかな。でも、これも二千円札なのは常識ね。『沖縄サミットをきっかけにして新たにつくられた紙幣(お札)で肖像になっているのは誰でしょう』にしようっと。テキストに、二千円札の写真が小さくチラッと出ていたはずだし。問3は・・・」
解答です
今回の落とし穴は、「知識の呪い」です。英語ではCurseofKnowledgeと言います。これは、自分の持っている知識や情報、常識をベースに、「他の人間もこの程度のことは知っているはず」と考える思考の落とし穴を指します。しばしば、ミスコミュニケーションや、相手のニーズに沿わない行動の原因となります。
冒頭のケースでは、大学院で日本の現代史を専攻するAさんが、小学生向けのテストの問題を作っています。平成になって開かれた夏季オリンピックの開催地も、二千円札の肖像も、Aさんにとっては常識なのでしょう。
しかし、相手は、小学5年生です。2011年現在を起点に考えると、2000年もしくは2001年に生まれた子どもにすぎません。テキストをくまなく見ればたしかに出ているのかもしれませんが、彼らにとっては常識でもなければ、実際に見たりしたことがないものでしょう。2000年生まれの子どもであれば、夏季オリンピックで現実に記憶があるのは2008年の北京オリンピックからでしょうし、二千円札がほとんど流通していない昨今、実物に触ったことのない子どもも多いはずです。
今回のテストは、毎週行う確認テストですから、基本知識を確認するために行うというのが本来の趣旨でしょう。にもかかわらず、かなり難易度の高いクイズのようになってしまっています。これでは、本来の目的が果たせない可能性が高いでしょう。自分の知識の豊富さゆえに、落とし穴にはまってしまったといえます。
(なお、答えが気になる、という方のために念のため書いておくと、問1の答えはバルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ、北京。問2の答えは紫式部です。さっと出てきましたか?)
知識の呪いがミスコミュニケーション引き起こす例としては、たとえば以下のようなケースがあります。
ロシアでは、ビジネスの場などでも好んで皮肉表現が使われることがあります。ロシア通のBさんはそのことをよく知っています。同僚のCさんが、ロシアの取引先に対して納期遅れを起こして何とかトラブルシューティングをした後、先方から、以下のようなメールを受け取ったとします。「いろいろありましたが、あなたの迅速な対応に非常に感謝します。今後も弊社のことをお忘れなくフォロー願えれば幸いです」。このメールをBさんも見たとします。
Bさんは、これはきっと皮肉だ、と考え、他の人に「先方をかなり怒らせたようだから、今後、皆で頑張ってリカバリーしないとな」と言ったとします。Cさんもロシア通ならすぐに意志疎通できるかもしれませんが、Cさんがメール文面を文字通り受け取っているとすると、「なぜ、俺のことを悪く言うんだ」と、Bさんとの間に波風が立ちかねません。
人間は、基本的に自分の持っている全知識を活用して考えたり、問題解決をしたりしようとします。そのこと自体は問題ないのですが、他の人間も、自分と同じ知識や情報を持っていると考えると、手痛い目にあいかねません。
常日頃、コミュニケーションを密にすることで、ビジネス上重要な関係者(部下や上司、取引先など)の知識や理解レベルを正しく把握しておきたいものです。