問題です
以下のAさんの考え方の問題点は何か。
Aさんはモーレツ営業マン。なかなか家族との時間がとれないのが悩みである。
「今月は、休日に子どもを連れて遊園地や映画、ドライブなんかに行ったりして、ずいぶん子ども孝行したな。この1年では一番と言えるだろう。我ながら頑張った。ところで、今日の飲み会、行きたいなあ。嫁さんには、早く帰ってきてなんて言われているけど、今月はさんざん家族サービスしたことだし、今日くらい午前様になったところで、嫁さんもそんなに怒りはしないだろう。よし、やはり飲みに行こう」
解答です
今回の落とし穴は、「モラル正当化」です(英語ではMoralCredentialと呼ばれますが、まだ日本語の定訳はないようなので、本稿ではこう訳します)。これは、ある事柄について良いことをした人間が、別の事柄については、「別のところで良いことをしたのだから、このくらいは許されるだろう」と、モラルの高くない意思決定をしてしまうことを言います。
本ケースでは、子ども向けの家族サービスをしたAさんが、それでよしと考えてしまい、奥さんの要望には沿わない行動をとってしまっています。「子ども孝行」はしたのに「奥さん孝行」がなおざりになってしまい、結果として、せっかくのプラスの評価が減じることになりそうです。
こうした「善行の後の愚行」という行動パターンは、さまざまな実験や観察で確認されています。有名なものとしては、トロント大学の研究チームによる、エコ商品を買った人々の行動の例があります。この研究によると、環境に優しいエコ商品を買った消費者は、その後の行動に関して、利己的になったり、ちょっとした規則を破ったりという、モラルの低い行為に走りがちなのです。
より卑近な例としては、たとえば外で「小さな親切」をした後に家族にきつく当ってしまう、あるいは、寄付行為をした後に会社で強引な値引き要求をしてしまうなどが挙げられます。
この現象の面白いところは、実際に最近とった行動ではなく、昔とった善い行動を思いださせるだけでも、ある程度の効果があるということです。したがって、これを交渉の場で活用する人も出てきます。
たとえば、人事考課ミーティングを想定してみましょう。B課長は、彼の部下であるCさんを係長に昇格させたいと考えています。Cさんは、実績の面では同僚と横一線なのですが、B課長とは非常に仲の良い立場にあります。ここでB課長は、彼の上司であるD部長に対して、以下のように言いました。
「・・・あの時、部長は、情実ではなく、とにかくコンプライアンス重視ということでEさんに自主退職を勧めました。あれは立派な行動だったと思います。ところで・・・」
このように切り出されると、D部長の方も「確かにあのときはそうだった。まあ、あの時は自分なりに会社のために頑張ったから、今回はある程度適当でいいかな。C君の案に積極的に反対する理由もないし」などと考えてしまいがちなのです。
一方で人間には、一貫性の法則という心理もあります。これは、いったんある立場をとると、「一貫性のない人間とは見られたくはない」という心理が働き、その立場を維持しようと頑なになる心理を指します。先の人事考課ミーティングの例でいえば、「昔正論に拘ったのだから今回も正論に拘る」というタイプです。
モラル正当化と一貫性の法則のどちらが強く働くかは、人によって異なりますし、状況にも影響を受けます。
ご自身も含めて、誰がどんなときに、モラル正当化をしているか、あるいは一貫性の法則に拘束されているか、観察してみてください。