問題です
以下の会話で、社長の良くない点はどこでしょうか
社長: 「例のA事業部売却の件だけど、どこに売るのが一番いいかしら」
部下: 「最も高い値段をつけているのはZ社なので、そちらにするのがよいのではないですか」
社長: 「いえ、Z社は人使いが荒い会社です。かなりの自治権を与えると口では言っているけど、どこまで本気なのか…。いくら事業売却せざるを得ない状況だからと言って、そんな会社に社員を預けたくはありません」
部下: 「では、2番目に条件の良いY社がよろしいのでは。社風もいいと聞きますし」
社長: 「Y社は、社風は良いようだけど、悪く言えば仲良しクラブという感じがするわ。それはそれで結局は従業員を不幸にするんじゃないかしら」
部下: 「…となると、X社でしょうか。悪い噂は特に聞きませんし」
社長: 「うーん。でも、X社はA事業部の事業をやったことがないわ。うまくマネジメントしてくれるか心もとないわね。やはりある程度、しっかりマネージしてくれることが保証される会社じゃないと」
部下: 「となると、もうW社しか残りませんよ」
社長: 「W社は、いくらで買ってくれるか一番腹の底がわからないわ。今は○○億円と言っているけど、どのへんを落とし所と考えているのか…。交渉するにしても、一番時間がかかりそうで、ちょっと嫌な感じね」
部下: 「…」
解答です
今回の落とし穴は、「完全主義の誤謬」です。これは、あらゆる条件について高いレベルで満たすことを求めてしまうが故に、かえって意思決定ができなかったり、スピードを殺いでしまったりするという落とし穴です。かつてなくスピードが求められる現代のビジネス環境において、強く留意すべき落とし穴と言えるでしょう。
今回のケースでは、社長は、「人を丁寧に扱ってくれること」「それでいて成長できる環境であること(ただ優しいだけではないこと)」「マネジメントがしっかりしていること」「交渉の不確実性が小さいこと」をすべて満たしたいと考えているようです。もちろん、このように考えること自体は決して悪いことではないかもしれませんが、これらに過度にこだわり、完全にすべての条件をクリアしようとすると、肝心の意思決定ができず(あるいは遅れ)、交渉条件やブランド価値を損なったり、かえってA事業部の従業員の不安を煽ったりしかねません。
ビジネスにはトレードオフ(Aを優先させればBがマイナスの影響を受ける)が付き物です。特に悩ましいのは、比較がしにくいもの同士のトレードオフです。投資案件Zをとるか投資案件Yをとるかということなら、ある程度条件を揃えて定量化することで優先度を決めることができるかもしれませんが、たとえば、「企業文化の維持」と「ブランド毀損の可能性回避」では、どちらを優先させていいか、なかなか判断が難しいものです。しかも、ビジネスの判断は、多くの場合、将来の結果や影響度について比較検討をしなくてはなりませんから、難しさはさらに増していきます。
一番良くないのは、こうした状況で、判断の難しさにかまけて、ずるずると判断を引き延ばしてしまうことです。これではジェネラルマネジャー失格です。自分なりの判断基準を設けたり、キーパーソンと相談するなどして、スピーディに納得性の高い意思決定を下すことが必要なのです。どうせ経営環境は変わるのですから、現時点で100%の精度を求めたり、すべての条件を余裕を持ってクリアしようとするよりも、多少リスクがあっても、主要関係者の納得度合いが最大化するように意思決定していくのが、実務的には望ましいと言えます。
ところで、過度の完全主義は避け、トレードオフを認識しながらビジネスを進めることの重要性は上記のとおりですが、一方で、安易にトレードオフだと決めつけない姿勢も重要です。たとえば品質とコストは往々にしてトレードオフの関係になりますが、簡単にそう決めつけず、「両者を満たせないか」と考えることも時には必要です。筆者が尊敬する経営学者のゲーリー・ハメルは、「『OR』ではなく『AND』を目指せ」と言っています。そうした姿勢が、ブレークスルーを生み、圧倒的な競争力をもたらすというのです。
・過度の完全主義は避け、しっかりトレードオフを認識して、スピーディに仕事を進める
・安易にトレードオフに逃げず、「両者を満たせないか」をクリエイティブに考える
ある意味で、これらは逆のことを言っています。バランスが重要なことは分かりますが、そのバランスをどう取るべきかの公式はありません。だからこそ経営は難しいとも言えます。状況を冷静に見ながら、「どう考えるのがいま最善か」「どこまでのこだわりを持つべきなのか」を自問する姿勢が重要なのです。