企業価値を最大化するのは「集中」か「多角化」か:名経営者たちが下した「状況適応」の決断

投稿日:2026/04/01タイマーのアイコン 読了時間 15分

経営者が直面する究極の問い:ピュアプレイか、コングロマリットか

大学院でファイナンスの教鞭を執り始めてから約3年間、500名を超える社会人の皆様と、ケーススタディを通じて、ファイナンスの視点から企業価値を高めるためのより良い戦略について議論を重ねてきました。

受講生からの質問で、最も回答に悩むテーマの一つが、企業が採用すべきM&A戦略に関するものです。
具体的には、「成長力や収益性の高い事業に特化していくピュアプレイ戦略」「事業ポートフォリオ間の相乗効果を追求する多角化・コングロマリット戦略」のどちらが企業価値向上に繋がるか、という問いです。

受講生に対して、回答が難しい点を説明する際、アメリカの著名な経営者であるラリー・カルプ氏(GEアヴィエーションCEO)とスティーブ・カヒレーン氏(クラフトハインツCEO)の実例を取り上げています。
両氏は、CEO就任後に「分社化」と「コングロマリット経営」という正反対の経営判断を下しているためです。

一方で、両者に共通するのは、過去の成功体験を捨て、その時々の現状に最適な「真逆の決断」をも厭わない柔軟な適応力にあります。

以下二人の名経営者がどのような状況下で相反する戦略的な意思決定を行ったのかについて解説していきたいと思います。

【ラリー・カルプ氏】多角化の旗振り役がGEで「解体」を選んだ理由

ダナハーを世界最強のコングロマリットへ導いた「DBS」

カルプ氏は、2001年に38歳という若さでダナハーのCEOに就任しました。
当時のダナハーは、一見関連性の低い地味な製造業を次々と買収し、独自の経営手法で磨き上げる「価値創造のプロ集団」でした。
カルプ氏は約13年間で、数多くの一見非関連とも思える買収を駆使し、売上を約38億ドルから約200億ドルへと約5倍に、時価総額も約100億ドルから約500億ドルへと約5倍に拡大させました。この期間の株主総利回り(TSR)は、S&P 500の5倍以上を記録しています。

その買収の成功の中核をなすのは、ダナハー・ビジネス・システム(DBSです。
DBSは、トヨタ生産方式に由来するリーン・マニュファクチャリング(現場からあらゆるムダを徹底的に排除し、効率を極限まで高める生産手法)をベースとしつつ、それを買収・統合、営業、人事、資本配分といった領域にまで適用範囲を拡大した独自の経営手法です。DBSは単なるコスト削減ツールとしてではなく、組織全体の意思決定を司るオペレーティングシステムとして機能しました。

本社が「価値を付加するプラットフォーム」として機能

当時のダナハーは、まず、Videojet(産業用プリンターとインク)、Beckman Coulter(検査装置と試薬)、Radiometer(医療機器と消耗品)など、一見地味ながら安定したキャッシュフローを生み出す、異なる産業分野の製造会社を買収しました。
その後、これらの会社に即座にDBSを導入。
具体的には、不要な管理層の削減、在庫回転率の向上、製造リードタイムの短縮などを実行することで、買収後のプロフォルマEBITDA(一時的な費用を除いた、事業本来の収益力)を改善させていました。
ダナハーの本社機能は「価値を付加するプラットフォーム」としてコングロマリット・プレミアムを産み出していたともいえます。

同氏の退任後もダナハーはM&Aを積極的に実行し、引き続き目覚ましい成長を遂げています。

GEでの決断:成功体験を捨て、ピュアプレイへ

2018年にカルプ氏はGE史上初の外部招聘CEOとして就任しました。
当時のGEは負債対自己資本比率は3.7倍で、業界平均0.77倍の4倍以上あり、電力部門は四半期で228億ドルの損失を計上、株価も2000年のピークから80%以上下落し、100年間維持してきたダウ平均からも除外された状況でした。

市場は、カルプ氏がダナハーで成功した「DBS」モデルをGEに適用すると期待していましたが、当時のGEが抱える事業ポートフォリオは、あまりに複雑でした。

長期の投資サイクルと厳格な規制に縛られた航空エンジンがある一方で、技術革新のスピードが速い病院向けのヘルスケア機器があり、巨大インフラでありながらコモディティ化の波に洗われる電力事業も抱えていました。
さらには、政策動向に翻弄されボラティリティの高い再生可能エネルギーや、高いレバレッジを前提とする金融事業までもが混在していたのです。

経済構造やリスクの性質が異なる事業群を、単一の経営システムで統治し、相乗効果を生み出すことには、構造的な限界がありました。

カルプ氏は、CEO就任後にレバレッジ削減に注力し、その後、GEをGE Aerospace、GE Vernova、GE HealthCareに3分割するピュアプレイ戦略を実行しました。
このピュアプレイ戦略の市場での評価は高く、カルプ就任時のGEの時価総額が約700億ドルだったのが、分割完了後の2024年4月には分割3社の時価総額の合計は約6,356億ドルに増加しました。
各事業をピュアプレイ化することによってコングロマリットディスカウントを解消した好例とも言えます。

出所:筆者作成

【スティーブ・カヒレーン氏】分割の実行者が「統合の維持」を選んだ理由

ケロッグ:成長事業の「足かせ」を外すための分割

スティーブ・カヒレーン氏は、ハーバード大学卒業後、E&Jガロ、AB InBev、コカ・コーラ、ネイチャーズ・バウンティと、消費財業界で経験を積んだあと、2017年にケロッグのCEOに就任しました。

当時ケロッグは、100年以上の歴史を持つが成長性の乏しいシリアル事業「北米シリアル事業」と、プリングルズなどの高成長が期待できる「グローバル・スナック事業」を抱えていました。
カヒレーン氏は「トニー・ザ・タイガー(シリアル)と Mr. Pringle(スナック)は異なるニーズを持っている」と述べ、両者を分離することで、それぞれに最適な文化と成長投資ができると判断し、会社を分割するピュアプレイ戦略の意思決定を行いました。

その結果、2023年10月、ケロッグは二つの独立した上場企業へと分かれました。
北米市場でのシリアル事業を専門に担う「WKケロッグ」を切り離して分社独立させ、カヒレーン氏自身は、プリングルズなどを擁し世界展開を加速させるスナック事業主体の「ケラノバ」ののCEOとして、引き続き指揮を執ることになりました。

その後、2025年9月にFerreroがWKケロッグを31億ドル、Marsがケラノバを359億ドルで買収しましたが、分割時点でのケロッグの時価総額が264億ドルだったことを考えると、ピュアプレイの戦略価値は126億ドルとも計算されます。

出所:各種公表資料をもとに筆者作成

クラフト・ハインツ:分割計画の「凍結」

ケラノバがMarsに買収されたのち、カヒレーン氏は2026年1月にクラフト・ハインツのCEOに就任しました。
当時のクラフト・ハインツには、前CEOのカルロス・アブラムス=リベラが公表した「2社分割計画」が残されていました。
ソース事業の「Global Taste Elevation」と、食料品事業の「North American Grocery」に分けるピュアプレイ戦略です。

市場は、ケロッグを分割した彼ならこの計画を着実に実行すると確信していました。
しかし彼は就任からわずか6週間で分割計画の凍結を決断しました。

当初の分割計画では「2社に分割することで各ブランドの潜在能力を引き出す」とされていましたが、彼は各事業の基盤がまだ弱く、今切り離せば「共倒れ」になるリスクがあると懸念しました。
よって彼は分割を急がず、代わりに6億ドルをマーケティングやR&Dに集中投資する方針を打ち出しました。
まずは組織一丸となって地力を高め、統合した状態のまま企業価値を再建する戦略へと舵を切ったのです。

クラフト・ハインツは、2015年の経営統合後、時価総額を大きく減少させており、カヒレーン氏によるコングロマリット経営の手腕に注目が集まります。

出所:スピーダより筆者作成。2015年1月1日の株価を100とする。

ファイナンスの視点:ピュアプレイか多角化かを分かつ「判断基準」

価値向上を左右する数理的指標:ROICとWACC

ファイナンス的な観点からは、企業価値向上につながる経営戦略か否かは、ROE((自己資本利益率)と資本コストもしくはROIC(事業で稼ぐ効率) とWACC(資金の調達コスト)の関係性から説明することができます。
ピュアプレイ戦略と多角化戦略のどちらが優れているかは、キャッシュフローの創出力、事業リスクの分散度合い、資本構成、将来の成長に向けた設備投資への最適な資金配分等から多角的に検証する必要があります。

事例から見る戦略の使い分け:投資効率の最大化とリスクの回避

ダナハー時代のカルプ氏は強力な経営システム(DBS等)を全事業に適用し、統合状態のまま各事業のROICを引き上げることに成功したと言えます。
DBS導入によって買収した企業の利益率を劇的に改善できる=足し算による価値創造を行うことができました。
GEのCEOとしては、各事業部門はビジネスモデルが異なっており、同一の経営システム導入が難しいと判断しました。
企業価値向上のためには、各事業部門が独立して資本配分を行うことが最適と考えたのです。

一方でカヒレーン氏は、ケロッグについては、成長性の高いスナック事業に投じるべき資金が、成熟したシリアル事業の維持に回され、本来の成長力が削がれていることを問題視しました。
これは、複数の事業を抱えることで企業全体の価値が過小評価される、典型的な「コングロマリット・ディスカウント」の状態です。
そこで彼は、スナック事業を「ケラノバ」として独立(ピュアプレイ化)させる戦略を選択しました。成長事業を切り離したことで、市場から高い期待値(グロース・マルチプル)を引き出すことに成功し、最終的には分社化前を上回る高い価値での売却を実現したのです。
クラフト・ハインツについては、分割対象となる会社の事業基盤がそもそも弱く、分割することで共倒れになるリスクを懸念しました。
よって統合した状態での価値向上を改めて目指す戦略ととったのです。

統計が示す「プレミアム」を享受する企業の条件

学術研究によれば、多角化企業におけるコングロマリット・ディスカウント(割安評価)は先進国市場で約55%の企業に適用されますが、残りの45%近くにはディスカウントが適用されず、一部は単体企業よりも高い評価、つまり「プレミアム」を享受するとされています。​
戦略コンサルティング大手のBCG(ボストン コンサルティング グループ)の20年間のTSR分析(株主総利回りを活用した経営・投資分析)によると、プレミアム評価を受ける多角化企業はわずか39社であり、1)「一見異なる産業に見えても、同じ方法で経営できる」企業群である、2)P/Lの責任者が明確で、毎年一定の利益改善が絶対基準として求められる、ことが条件とされています。

専門家からの意見:グロービス経営大学院での議論

2026年3月、グロービス経営大学院の会計・ファイナンス領域の教員陣約40名に対し、「PBR1倍超の世界における戦略:ピュアプレイか、事業ポートフォリオ・多角化か」というテーマで講演を行う機会をいただきました。
講演中、この正解のない問いについて専門家の方々から多くの意見を頂いたので、以下の通り整理しました。

  • 多角化による価値創造と組織の複雑性のトレードオフ

事業ポートフォリオによる相乗効果が、管理の複雑性を上回るかが判断の要。日立の構造改革のように、経営陣が「理解し切れない」事業は切り離し、ガバナンスの透明性と意思決定の迅速性を確保すべきではないか。

  • リーダーシップの適合性と持続性

事業価値はCEOの資質に依存する。複数事業の運営に最適なリーダーが不在なら、ピュアプレイ化が合理的ではないか。優れたリーダーは自己の成功体験に固執せず、ROIC向上という「原則」のために組織形態を柔軟に変容させるべきではないか。

  • 資本市場との対話と株主圧力

「社内で稼いだお金を、別の有望な事業に回す」という内部資本市場の仕組みが、投資家が直接投資する外部市場より効率的に機能しない限り、多角化は正当化されない。明確なシナジーがないなら、投資家が直接リスクを取れるピュアプレイが選択されるのではないか。

  • 事業ステージとポートフォリオの健全性

強い事業と弱い事業が明確な場合は分離が有効ではあるが、一般投資家が再現困難なポートフォリオを構築できる場合のみ、コングロマリットが正当化されるのではないか。

結論:戦略を分かつ「境界線」はどこにあるのか?

グロービス経営大学院の専門家陣との議論を通じて見えてきたのは、現代の資本市場において「投資家の選好は、事業のスリム化やピュアプレイ化にある」という現実です。
事業内容がシンプルであればあるほど、投資家にとってはその価値やリスクが予測しやすく、資金を投じやすいからです。

しかし、それでもなお「多角化」という道を選び、市場から高い評価(コングロマリット・プレミアム)を勝ち取れる企業には、共通して備わっている「3つの条件」があります。

  1. ポートフォリオを操る「CEOの資質」 異なる時間軸やリスクを持つ事業群を俯瞰し、最適なタイミングで資源を配分できる卓越したリーダーシップ。
  2. 逃げ場のない「徹底した係数管理」 各事業の収益性をROICなどの指標で厳格にモニタリングし、甘えを許さない規律。
  3. 組織に浸透した「独自の経営システム」 ダナハーのDBSのように、どの事業にも適用でき、確実に価値を底上げできる共通の「勝てるオペレーティングシステム」。

結局のところ、ピュアプレイか多角化かという判断を分かつ決定的な境界線は、「投資家が個人で株を買い分けるだけでは、決して再現できない価値を、組織として創出できているか」に集約されます。
投資家が自分でポートフォリオを組むよりも、その会社に「まとめて管理してもらう方がリターンが高い」と確信させたとき、初めて多角化は「ディスカウント」を脱し、唯一無二の「プレミアム」へと昇華するのです。

  • 芦澤 公二

    グロービス経営大学院 教員

    慶応義塾大学経済学部卒、同大学院経営管理学科修了/あさひ銀行を経て2003年~2022年にかけてHSBCやBNPパリバにてM&Aアドバイザリー業務に従事。総合商社や金融機関のクロスボーダー案件や国内大手メーカーの再編等を手掛けた後に起業。

    米国シリコンバレーで立ち上げた業界分析データベースを2023年に東証上場会社へM&Aでエグジット。現在は、日系大手金融機関において責任者としてM&A アドバイザリー業務を統括しつつ、グロービスでファイナンス講座も担当。

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