参加者から発言を引き出すことができたら、ファシリテーターが次に行うべきことは、その発言を正しく理解し、発言を議論の中に位置づけ、参加者全員が理解できるようにすることです。当たり前のことのように見えますが、実はここが「さばき」で最も難しく、かつ重要なところです。
「聴く」ことの難しさ
実際にその立場になってみると判りますが、ファシリテーターは、実に様々なことを考え、色々なところに意識を向ける必要があります。今の発言は前の発言と議論がかみ合っているのだろうか?今の議論をこのまま続けるべきだろうか?本当はもっと別の論点を議論すべきなのではないか?などの考えが頭の中に充満します。同時に話をしている人以外の参加者の状態にも気を配らなければなりません。他の参加者は今の話を理解しているのか?意見を述べたそうにしている人はいないか?この発言に対してどのように感じているのか?などです。
こうしたことを考えながら、同時に人の話を理解しようとすると、自分の頭のキャパシティがほとんど残っていないことに気づくはずです。ある人の話に集中しすぎると議論全体の流れや他の参加者のことが見えなくなる、一方で全体を考えて周囲に気を配っていると、人の話がしっかり聴けなくなるのです。
加えて、特に議論の場においての人の発言は通常の話よりもわかりづらくなるものです。理由は、参加者もその場で考えながら話すことが多いので、意見がまとまっておらず言いたい結論が何かがわかりにくい(本人の中でもはっきりしていないことが多い)、どんな論点について話しているのかもはっきりせず、複数の論点をごちゃまぜに発言する、また特に日本人の場合、結論が話の後ろにくることが多いので、そもそも何のために何を話しているのか理解することが難しい、などです。議論が白熱してくると、こうしたわかりにくい発言が、様々な論点について、いろんな方向から飛んでくることになります。
こうした状況の中で話を理解するためには、それなりの準備と技法が必要です。
準備という意味では、まずは「仕込み」で考えた「論点の地図」が強力な助けになります。そこで話されるテーマ・議題について議論されるであろう論点をある程度予測し、幅を持って認識していれば、出てきた発言がどのような論点についての話なのか、それは前・後の発言とどういった関係にあるのかを理解しやすくなります。
更に、人の発言を位置づけ、理解するための技法がいくつかあります。これらを理解し、訓練することで、人の話を速く、的確に、深く理解することができるようになります。この技法については、次回に詳しくお話したいと思います。
「聴く」ことの大事さ
少し視点を変えて、ファシリテーターにとって「聴く」ことが、なぜそんなにも大事なのか?を考えてみましょう。
その場の議論をコントロールするために発言を理解する必要があるのはもちろんですが、それ以上に参加者の発言意欲を高める、またファシリテーターが参加者から信頼感を得る上で、「聴く」力は決定的に重要です。人は誰しも自分の話を聴かない人、理解しようとしない人に対して話をしたいとは思わないですし、そうした人を信用・信頼しません。逆に自分の話を熱心に聴き、よりよく理解しようと努める人に好感を抱き、もっと話をしたいと感じます。更には、自分が話をした内容について、たとえうまく話せなかったとしても理解してくれ、発言の内容や重要性を深く洞察し、議論の中で活かしてくれる人に感謝や尊敬を覚えるものです。
ファシリテーターが参加者からその議論の場におけるリーダーとして認めてもらう、つまり「この場の議論は彼に取りまとめを任せたい」「この人の言うことであれば、その進行に従ってみよう」と感じてもらうためには、「聴く力」が最も重要なのです。
「聴く」姿勢を全身で表現する
私が多くのファシリテーターの訓練をする中で、頻繁に出会い、勿体ないと思うことがあります。それは「確かに発言を聴いて理解しているのに、それが外から見てわからない」人が結構いることです。ファシリテーターが参加者から信頼を得るためには、「聴き、理解する」だけでなく、「そうしようとしていることをはっきりと態度で示す」ことが極めて重要です。具体的には、
・発言者に顔・体を向ける
・発言者の目をしっかり見る(アイコンタクト)
・うなずきや相槌を入れる
・発言を受けて要約する、自分の理解を示す
などの動作があります。当たり前のように見えますが、実はこうした動作が行われていないことが非常に多いのです。折角しっかりと発言を聴いていても、発言者はそのことが認識できなければ、「聴いていない、理解しようとしていない」と感じてしまいます。
但し、話を本当に理解していないのに、動作だけでその場を取り繕ってもかえって逆効果です。たとえば発言に対して「そうですね」と言っておきながら、その後で全く理解が異なる話をしてしまったり、自分では相手の話の内容が良く理解できていないのに「わかりました」と言って適当に扱って話を進めようとするとかえって信頼を失いかねません。むしろわからない点については「ここがこのようにわからないので教えて欲しい」と質問する、「私はこのように受け取ったのだがそれでよいのか?」などと、自分の理解を確認するといった率直・誠実な行動を取るべきです。
「聴く」基本ステップ
では、より具体的に、どのように話を聴くのかを考えていきましょう。まず、ファシリテーターの「聴く基本ステップ」を理解することが重要です。それは、
(1)発言を聴き、理解する
(2)発言を受け止めたことを発言者にはっきり示す
(3)理解を確認する
(4)参加者全員が発言を理解できるようにする
というステップです。一つひとつの発言に対し、ファシリテーターは頭の中でこのステップを繰り返していきます。このステップを意識することで、理解が曖昧なまま話を進めてしまったり、発言者に不信感を抱かせてしまったり、誤解を生じる確率を下げることができます。
但し、ひとつだけ注意点があります。それはこのステップは「頭の中で」は必ず踏むステップですが、実際にファシリテーターが「言動として」行うべきかどうかは別問題、特に(3)(4)に関しては言動としては省略した方が良い場合も多いことです。たとえば発言者の発言全てにファシリテーターが「今のお話は○○○ということですね。という発言ですが他の方はどうですか?」と介入している場面をイメージしてください。発言を聴いてすぐに発言したい他の参加者が自由に発言しづらくなり、話の流れ、議論の進みのスムーズさが失われてしまいます。上記のステップが踏まれていることが確認できる場合には、あえて言葉を出さないことも重要なのです。
では、次回は、より具体的に、何をどのように聴き、理解するのか?をさらに深掘りしていきましょう。(続きはこちら)