読者のみなさんにとって、「近い将来自分が海外に赴任する可能性」はどのくらい現実的でしょうか。「ほとんどあり得ない」という人もいると思いますが、グローバル化がますます進む昨今のビジネスシーンでは、「自社の今後を考えると、十分あり得る話だ」という人が増えてきていることでしょう。
JETRO(日本貿易振興機構)の調査によれば、海外ビジネスに関心の高い日本企業のうち「今後、海外進出の拡大を図る」と回答した企業の比率は、2019年度調査まで約6割で継続的に推移、コロナ禍が起きた2020年度こそ約45%に減少したものの、「今後、新たに進出したい」とする企業の比率はコロナ禍の中でも微減に留まり、進出意欲に衰えは見られません。それだけ、企業の「海外進出」は身近になってきているのです。
(参照:2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(ジェトロ海外ビジネス調査|JETRO)
とはいえ、可能性としては十分あり得るとしても、いざ自分が海外赴任の当事者にと想像すると不安を感じる人は多いことでしょう。まず語学の問題があります。そこは頑張って乗り越えるとしても「異国の地で上手くマネジメントできるだろうか、期待される成果を残せるだろうか」と心配は尽きません。
本書は、そんな心配を解消し、自分でも海外で活躍できる、いやぜひとも活躍してやろうと勇気を与えてくれる、実践的な指南書です。グロービスで経営大学院や企業研修の講師を務めつつ、シンガポールやタイの現地法人立上げをリードしてきた著者が、前職の商社勤務時代も含めた豊富な実践経験から、「海外で活躍できる人材」の要件や心構えをまとめました。
海外に赴任したビジネスパーソンがビジネスを進める上で困難な課題に直面すると、とかく「欧米は、イスラム圏は、アフリカは…」などと日本との文化の違いに原因を求めてしまいがち。しかし、著者の分析によれば、そうした「異文化の壁」が本当に原因であるケースは必ずしも多くなく、
・経済やビジネスの発展段階の違いによる壁
・その人がカバーするビジネス領域の違いによる壁
・組織での役割の違いによる壁
による可能性も無視できないとのこと。
この3つの壁それぞれをきちんと理解した上で、課題の原因を分析すれば自ずと乗り越えるための対策も見えてくると説きます。
ほかにも、現地の部下(チームメンバー)とのコミュニケーションにおいて重要な「3つのE」、異国の地で拠り所となる自分の志を醸成する「4つのステップ」など、実践の場で使えるフレームワークが豊富に紹介されています。また、各章末に「リーダーシップを身に付けるうえで大事にしたい問い」「異国の地で、どんな自分でいるのかを考えるために大事にしたい問い」といったチェックリストが付いていて、これを用いて自問自答することでより強い動機づけを促す仕掛けです。特に後者の「どんな自分でいるかを考える」ことで、他の誰でもない自分の主観的な判断力を育てることを強調している点は、単なるスキルの紹介に留まらない、本書の特長と言えます。
国内市場の成熟感、新興国・途上国市場の成長余地等を見ても、将来の日本経済成長のためには、日本企業の一層のグローバル化、ひいてはそのグローバル市場における競争で勝ち抜いていくことは避けて通れないでしょう。そして、日本企業がグローバル競争で勝ち抜くには、戦略や商品力ももちろんですが、実際に海外に飛び立ってマネジメントを行う一人ひとりの力量を高めていくこともきわめて重要です。本書を読んだビジネスパーソンが、一人でも多く世界の場で活躍してくださることを期待してやみません。
著者:グロービス(著者)、高橋 亨(執筆者) 発行日:2021/3/22 価格:1980円 発行元:英治出版