「売る」より大事な「使い続けてもらう」こと
“カスタマーサクセス”という言葉を各所で聞くようになった。大学院でマーケティングを担当しているが、受講生から「顧客視点というのは、カスタマーサクセスの追求ということですか?」という質問を受けたことがある。
これはある意味正しい。
マーケティングは一貫して顧客視点ということを軸においている。カスタマーサクセスは、デジタル社会における顧客視点のひとつのかたち、ということが出来るだろう。
従来マーケティングは、製品やサービスの販売を通じてカスタマーのニーズを満たし、顧客満足を得ることを目的としている。それは継続的な購買やブランドに対するロイヤルティにつながり、これを中長期的な目的ということも出来る。いずれにしても、まずは売れることが必要であり、この「売る」という行為を仕組み化すること--無理なく自ずと売れていくようにすることがマーケティング活動である。
デジタル社会が到来し、進化するにつれ、顧客と企業との距離は近くなり、その関係性も変わった。もはやモノも情報も企業から顧客の手に渡って終わらない。サービスの利用はますます手軽になる。所有と利用は切り離され、SaaSモデルしかり、所有せずに利用することが可能となり、しかも煩わしい手続きを極力少なくしてサブスクリプションモデルで継続的に利用を続ける、というスタイルが主流になりつつある。
企業としては「売る」こと以上に「使い続けてもらう」ことに力点を置かざるをえない。リテンションである。カスタマーサクセスの本質は、カスタマーを支援・育成して成功をおさめてもらうこと、と筆者は言う。使い続けてもらうことによって、顧客に成功をもたらす、顧客にとってはそれがなくてはならないものになる、これがカスタマーサクセスの意味するところである。
日本においては古くて新しいカスタマーサクセス
これを、日本古来の「商いは買っていただいた後が大切」という精神に引き寄せているのが本書の興味深い点だ。本書は、すでに米国では根付きつつあるカスタマーサクセスという新しい概念を、日本社会においてはデジタルによって蘇った得意技、と位置付けている。根付くもなにも、我々が持っていた精神が発揮しやすくなっただけではないか。
また、カスタマーサクセスをキャリアとして取り上げているのも本書の面白い視点だ。確かに近年、カスタマーサクセスマネージャーというポジションの募集も目にするようになった。これらのポジションは、ウォルマートが設置したチーフカスタマーオフィサーのように、CXOにつながる有望なキャリアであると説く。
一方で、本書は、カスタマーサクセスは、カスタマーサクセスマネージャーとそのチームの仕事というふうに限定されない、とも説く。カスタマーサクセスは、タイトルや部署の有無にかかわらず、マーケティングの基本となる顧客視点の新しいかたち--日本においては古くて新しいかたち--であり、顧客との向き合い方の在りようだからである。
本書はこの在りようを、日本とアメリカ双方において、身近な事例を多く取り入れ、具体的に紹介してくれている。マーケティングやセールスに興味のある方、マーケティング、セールスの最前線を知りたい方にぜひ読んでほしい一冊である。
『カスタマーサクセスとは何か―日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」』
著者:弘子ラザヴィ 発行日:2019/7/3 価格:1980円 発行元:英治出版