ビル・ゲイツもイチオシする一冊
「ディズニー」を知らない人はいないだろう。
私も何度かディズニーランドには足を運んだことがあるし、フロリダはオーランドのディズニー・クルーズに乗船した時は感動的なサービスを受け、ディズニーのことが大好きなひとりだ。
ディズニーの卓越したサービスや顧客志向は広く知られているし、そのテーマに関するビジネス書は至るところで見かける。『ディズニーCEOが実践する10の原則』は、ウォルト・ディズニー・カンパニー(以下、「ディズニー社」)元CEOが書いた、まさに本家本元、真打ち登場といっても過言ではないビジネス書である。ディズニー好きなら、手に取ってみない訳にはいかないだろう。しかし、この本はディズニーの好き嫌いに限らず、多くのビジネスマンに読んで頂きたい良書だ。
何を隠そう、こちらの本は「2020年夏、ビル・ゲイツが勧める本」の一冊なのだ。ビジネス書がビル・ゲイツに選ばれることはめったになく、彼曰く「ここ数年のベスト・ビジネス書の1冊」とのこと。私がとやかく言うより、よっぽど信ぴょう性があるかもしれない。
著者のサクセス・ストーリー(だけでは終わらない)
本書は、著者が社会人になってから、ディズニー社CEOとしてディズニーを大躍進させるまでの約46年間のサクセス・ストーリーである。恥ずかしながら、私は著者のことをよく存じ上げていなかったのだが、彼はもともとディズニー側の人間ではない。CEOになるタイミングで、外部からプロ経営者として招聘された訳でもない。彼はディズニーに買収されたABCテレビ出身の人間で(しかも初めは雑用係のようなポジションで採用されている!)、CEOになる直前は、前CEOの下でCOOを務めている。そんな雑用係から、大企業のCEOにまで上り詰めた奇跡のようなサクセス・ストーリーなのだから、面白くない訳がない。
ABCテレビに雑用係として入社した著者は、テレビ界の帝王と言われる伝説的な人物の下で仕事をする機会に恵まれる。そして、(本の中では)あっという間にABCテレビの社長にまで上り詰める。本全体の1/3弱で社長にまで上り詰めてしまうので、「どこがサクセス・ストーリーなんだ?」と突っ込みを入れたくなるが、ここからがこの本のメインストーリーだ。
著者がディズニー社CEOに選ばれるまでの選定プロセス、決裂してしまったスティーブ・ジョブズ(当時ピクサー社のCEOでもあった)との関係修復とその後のピクサー買収劇、その後に立て続けに起こったコンテンツ買収劇、ツイッターの買収(後に破談)などなど、読みどころが満載である。特に、ジョブズを相手にピクサー買収に向けた交渉を行うシーンや買収直前にジョブズからされる告白シーンは、どんな読者でも引きつけられるに違いない。主にはジョブズの偉大さが浮き彫りになるのだが、それを素直に褒めたたえる著者も同様に偉大だと言える。
何よりも著者の「誠実さ」(これは著者のリーダーシップ10原則の一つでもある)が本書の至る所で出てくる。この本を読もうか迷っている人は、どうか20ページほどのプロローグだけでも読んでみて欲しい。
ディズニー社として史上最大級の投資となった上海ディズニーランドのプロジェクト。開園式に参加するため現地にいた著者は、アメリカのディズニーランドでワニが子供を襲う事件の報告を受け、衝撃を受ける。心を痛めた著者は、被害者の父親に直接電話をかけ、お悔やみを伝えるのだ。私もアメリカに住んでいたことがあるので、よく理解できるが、基本的にアメリカ人は謝罪しない。ディズニー社のような大企業であれば、この先の法廷闘争も見据え、なおさら自社の非を認めることは難しい。著者はそのようなことは当然のように理解しつつ、それでも「やるべき」と信じることを実行したのだろう。正直、私はこのシーンを読んで、鳥肌が立ってしまった。「自分もこのように正しい行動を起こせるだろうか?」と。
ディズニーの王道的経営戦略
他にも、ディズニー社の経営戦略を疑似体験するという視点で読んでみても面白い。著者はCEOに選ばれる際、自社の戦略課題について改めて考え直している。当初は、頭の中が整理されずに、優先順位がはっきりとしていない様子であったが、最終的には、①リッチコンテンツ②テクノロジー③グローバルの3つに絞られた。あとから考えてみると当たり前なことでも、2005年当時、クリアに考えることができた著者の彗眼には驚かされる。質の高いリッチコンテンツ充実のために、ピクサーを買収し(ピクサー買収には、自社のアニメーション部門立て直しという別の目的もあった)、その後も立て続けに優良コンテンツを買収していった訳だが、その背景にある戦略がよくわかる。
このように、単なるサクセス・ストーリーとしてだけでなく、読者の読み方次第では何通りも楽しめる内容になっている。是非、手に取ってみて頂きたい。
『ディズニーCEOが実践する10の原則』
著者:ロバート・アイガー 翻訳:関美和 発行日:2020/4/4 価格:2310円 発行元:早川書房