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「適者生存」から「適者開発」へ、組織と個人の距離感を問い直す――『日本企業のタレントマネジメント』

投稿日:2020/09/21

変化の大きいビジネス環境で、組織と個人の関係を再考する

いま、ビジネス環境は大きな変化の中にある。その中で、多くの日本企業が組織の変化に迫られている。

これまでの日本企業の雇用制度は、「終身雇用」や「職能制度」に代表されるように、安定したビジネス環境を前提としたものだった。しかし、現在のように将来の見通しが不確実な環境の下では、日本型の雇用人事制度は強みを失ってきている、と本書は指摘する。日本企業の組織は、これまでのような一括採用から昇進レースを勝ち残った者をリーダーとする「適者生存」の考え方から、「適者開発」――個人の可能性を信じ、リーダーの能力開発を組織として行っていく考え方――へのシフトが求められているのだ。

それを実現する施策こそが本書のテーマである「タレントマネジメント」だ。本書はタレントマネジメントという切り口から、これからの日本企業に求められる変化や、その中で働く個人のあり方を論じている。

本稿では、このような組織の変化が、なぜ個人にとって重要なのか、それが私たちにとってどんな意味があるのか、本書の主張を交えながら紹介したい。

これからの組織の中で、個人に求められる「キャリア自律」

筆者は、上述のような企業組織の変化の中では「私たち個人が、これから組織とどう向き合うのか」を問われるようになる、と考える。

日本型雇用の特徴について、これまでの日本企業は組織が強い人事権を持ち、個人の働く環境や業務内容を制御してきたと本書は主張する。それは、裏を返せば、個人は組織に「面倒を見てもらう」要素が強かったということだ。同時にそれが日本企業ならではのメンバーシップや温かみを生み出してきたともいえる。しかし、タレントマネジメントに舵を切ることで、これからの企業組織は、自社の目指す人材像を明確に示し、それに共感する人材や組織を担ってもらいたい人材へ向けて、能力開発を支援する存在になっていく。個人はそれに対して、自分がどんな人材を目指し、そのためにどんなステップで能力を開発していくか、自ら決めることが求められるのだ。ある人は、組織の示す人材像に合わせて能力開発し、組織と共にキャリアを作るかもしれない。別の人は、今の自分の能力をより活かすため、様々な活動の場を広げていくかもしれない。どちらの方が良い・悪いということではなく、様々な活躍の仕方が個人に開けるようになるのだ。

これからの個人には、組織に依存せず自分の意思でキャリアを形成すること――本書ではこれを「キャリア自律」という――が重要性を増す。組織がタレントマネジメントを導入する中では、私たち自身も「タレント」として、どんな場に身を置き、自分の能力をどう開花させるか、自律的に選ぶ機会が生まれるのだ。そこで大切なのが、組織と自分がどのような「距離感」であれば、お互いにとって良い形でいられるか、自ら設計していくことだと筆者は考える。

組織と個人における「日本型の新しい関係」

このようなタレントマネジメントの考え方は、組織と個人の関係が冷淡なもの(例えば典型的な外資系企業のような)になるように見えるかもしれない。しかし、本書では、これまでの日本企業とタレントマネジメントの良さを取り入れた、ハイブリッドな「日本型のタレントマネジメント」があることを、事例研究や定量調査を踏まえて実証的に論じている。
そこから示される組織と個人の関係とは、

・全ての社員を大切なタレントとして扱いつつも、終身雇用や職能制度だけに捉われず、公正な評価・登用を通じて人材の成長を支える企業組織と、
・そんな組織の中で、自律的に自分の能力とキャリアを開発し、組織に貢献する個人

という、両者の新しい関係性である。

本書を通じて、筆者が見た将来像は、日本企業ならではの温かさを持った組織に、自律的な個人が前向きに貢献していく姿だ。本稿を執筆中の現在、多くの日本企業が変化の激しい環境の中で試行錯誤している。そんな中でも、日本企業には、組織と社員の将来像に新しい可能性があることを、本書は説得力ある形で示している。

本書は、これまで包括的に扱われることのなかった「タレントマネジメント」というテーマについて真正面から扱った体系書だ。それは一見すると人事パーソン向けのものに見えるかもしれない。しかし、タレントマネジメントというテーマは組織の中で活動する個人のあり方を深く問い直すものでもある。だからこそ、筆者は人事パーソン以外の方々へ、これからの組織と個人を考えるきっかけとして本書を勧めたい。

 
日本企業のタレントマネジメント―適者開発日本型人事管理への変革
著者:石山 恒貴 発行日:2020年7月14日 価格:3520円 発行元:中央経済社

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