変化の大きいビジネス環境で、組織と個人の関係を再考する
いま、ビジネス環境は大きな変化の中にある。その中で、多くの日本企業が組織の変化に迫られている。
これまでの日本企業の雇用制度は、「終身雇用」や「職能制度」に代表されるように、安定したビジネス環境を前提としたものだった。しかし、現在のように将来の見通しが不確実な環境の下では、日本型の雇用人事制度は強みを失ってきている、と本書は指摘する。日本企業の組織は、これまでのような一括採用から昇進レースを勝ち残った者をリーダーとする「適者生存」の考え方から、「適者開発」――個人の可能性を信じ、リーダーの能力開発を組織として行っていく考え方――へのシフトが求められているのだ。
それを実現する施策こそが本書のテーマである「タレントマネジメント」だ。本書はタレントマネジメントという切り口から、これからの日本企業に求められる変化や、その中で働く個人のあり方を論じている。
本稿では、このような組織の変化が、なぜ個人にとって重要なのか、それが私たちにとってどんな意味があるのか、本書の主張を交えながら紹介したい。
これからの組織の中で、個人に求められる「キャリア自律」
筆者は、上述のような企業組織の変化の中では「私たち個人が、これから組織とどう向き合うのか」を問われるようになる、と考える。
日本型雇用の特徴について、これまでの日本企業は組織が強い人事権を持ち、個人の働く環境や業務内容を制御してきたと本書は主張する。それは、裏を返せば、個人は組織に「面倒を見てもらう」要素が強かったということだ。同時にそれが日本企業ならではのメンバーシップや温かみを生み出してきたともいえる。しかし、タレントマネジメントに舵を切ることで、これからの企業組織は、自社の目指す人材像を明確に示し、それに共感する人材や組織を担ってもらいたい人材へ向けて、能力開発を支援する存在になっていく。個人はそれに対して、自分がどんな人材を目指し、そのためにどんなステップで能力を開発していくか、自ら決めることが求められるのだ。ある人は、組織の示す人材像に合わせて能力開発し、組織と共にキャリアを作るかもしれない。別の人は、今の自分の能力をより活かすため、様々な活動の場を広げていくかもしれない。どちらの方が良い・悪いということではなく、様々な活躍の仕方が個人に開けるようになるのだ。
これからの個人には、組織に依存せず自分の意思でキャリアを形成すること――本書ではこれを「キャリア自律」という――が重要性を増す。組織がタレントマネジメントを導入する中では、私たち自身も「タレント」として、どんな場に身を置き、自分の能力をどう開花させるか、自律的に選ぶ機会が生まれるのだ。そこで大切なのが、組織と自分がどのような「距離感」であれば、お互いにとって良い形でいられるか、自ら設計していくことだと筆者は考える。
組織と個人における「日本型の新しい関係」
このようなタレントマネジメントの考え方は、組織と個人の関係が冷淡なもの(例えば典型的な外資系企業のような)になるように見えるかもしれない。しかし、本書では、これまでの日本企業とタレントマネジメントの良さを取り入れた、ハイブリッドな「日本型のタレントマネジメント」があることを、事例研究や定量調査を踏まえて実証的に論じている。
そこから示される組織と個人の関係とは、
・全ての社員を大切なタレントとして扱いつつも、終身雇用や職能制度だけに捉われず、公正な評価・登用を通じて人材の成長を支える企業組織と、
・そんな組織の中で、自律的に自分の能力とキャリアを開発し、組織に貢献する個人
という、両者の新しい関係性である。
本書を通じて、筆者が見た将来像は、日本企業ならではの温かさを持った組織に、自律的な個人が前向きに貢献していく姿だ。本稿を執筆中の現在、多くの日本企業が変化の激しい環境の中で試行錯誤している。そんな中でも、日本企業には、組織と社員の将来像に新しい可能性があることを、本書は説得力ある形で示している。
本書は、これまで包括的に扱われることのなかった「
『日本企業のタレントマネジメント―適者開発日本型人事管理への変革』
著者:石山 恒貴 発行日:2020年7月14日 価格:3520円 発行元:中央経済社