【DX特別対談】アフターデジタル時代における真のUXを実現するために(後編)

『アフターデジタル』『アフターデジタル2』の著者である藤井保文氏とグロービス経営大学院教員の鈴木健一の対談。後半の本記事では、UXを重視する企業がKPIとして見るべき指標、なぜ日本企業がUXの重要性を理解できないのか、中国でDXを推進するリーダーの姿などを聞く。(全2回、後編) 前編はこちら

*本記事は、2020年7月15日に公開した動画記事を書き起こしたものです。

鈴木健一氏(以下、鈴木):改めて藤井さんがアフターデジタルの文脈で使われているUXという言葉の意味、語感を教えてください。私たちはグロービスの授業でこれに近い話をするとき「顧客提供価値」という表現をしているのですが。

藤井保文氏(以下、藤井):私も顧客提供価値という言葉をよく使います。顧客提供価値と今まで言っていたものも、製品販売型から体験提供型に変わると思います。提供価値自体も、体験提供型の時代においては「製品にこんな機能がある」「こういうところで便利である」というだけでは足りません。体験提供される時間軸を持ったものとして、顧客提供価値を当てはめないといけないと思います。

その時間軸を持った体験そのものをUXと呼んでいます。日本ではUI/UXという言葉を使いますが、あまり好きではありません。UIとUXはどうしても画面の中の出来事として認識されますし「ボタンのサイズが分かりやすいと体験がいいよね」みたいなことになってしまう。私としては「サービスやビジネス全体にわたって各接点で体験されることが束となって生まれる価値」をUXと呼んでいます。

ただUXといったときに、いろんな構造で捉えたほうがいいと思います。近い言葉ではジャーニーコンセプトや世界観という言葉を使っています。一言でどういう価値なのか、その体験価値を表すときにその言葉を使うのですが、実際にはアプリやコールセンター、お店などいろいろな接点がある中で、それが束となって価値を体験として具現化していくことまで含めてUXと呼んでいます。

体験提供型へのシフトでUXの重要性が高まる

鈴木:UXを分解して考える場合、アフターデジタルでは、どう捉えればいいでしょうか。

藤井:仮に製品を販売して売るところをゴールにしたモデルをバリューチェーンと呼んだとすると、新たに「バリュージャーニー」という概念を『アフターデジタル2』では提供しています。これがアフターデジタルを踏まえたときのUXをほぼ体現した言葉だと思います。

藤井:その観点からすると大きく3つのレイヤーに分けられます。3レイヤーの中でも、2つと1つに分かれます。まずビジネス構築をするところが1つ目。それを運用、運営していくことが2つ目です。

1つ目のビジネス構築が、さらに2つに分かれます。

その1つが価値を体験する世界観やコンセプトです。そこからよりコンセプトを具現化して体験にしないといけない。上図の右側に「ジャーニーボードを設計する」と書いていますが、これは「どんな台の上にユーザーに乗ってもらうのか」という意味です。例えば『あつまれどうぶつの森』や『ポケモンGO』は、世界観として台が分かりやすく存在しますよね。こういった世界をジャーニーボードと呼んでいます。

そしてもう1つが運営していく力です。こういう行動をとるユーザーには、自動的にこのアクションを返すといった部分です。例えば、Netflixでは何カ月も利用していないユーザーには「解約しますか」というメールを送ります。これはもう自動化されている体験だと思います。そのうえで、メールを送ったけれど返信がこないときは、そこから何かアクションを考えるわけです。

こういったUXを改善していくというコンポーネント(構成)が必要です。UXをつくるという作業と、運営しながら改善していくという作業は大きく分かれると思っています。

鈴木:それらの要素の中でも特に世界観が重要なのでしょうか。

藤井:そう思います。テクノロジーは顧客体験価値を具現化したり、より強いものにしたりするための道具でしかない。一方、その世界観や体験価値、提供価値は、自社が世の中にどんなインパクトを与えたいのか、ユーザーの生活をどうしたいのかを表すものなので、ミッション、ビジョン、バリューと近い意味合いです。

鈴木:ドラッカーは、ビジネスの目的を「顧客を創造して維持する」と言っています。その実現のためにUXが絶対的に必要だと分かるのですが、これ以外に何か意識しているものはありますか。

藤井:僕は基本的にUX、ビジネス、テクノロジーの3つで考えるようにしています。『アフターデジタル2』では、UXがどうテクノロジーと合わさり、ビジネスに貢献するのかを主眼に書いています。

鈴木:いずれにせよUXが重要な要素であることは間違いないですよね。

藤井:顧客のことを考えようとよく言いますが、UXという概念を通じてそれをつくっていくことは意外とやられていません。ですが、体験提供型になるとその重要性がより高まるので、あえてワーワーUX、UXと言っている感じです。

UXを重視する世界で、企業が意識すべきKPI

鈴木:著書の中で「コンソーシアムをつくって企業間でデータを共有しよう」という話に関して、「いやいや、そもそも個社レベルでちゃんとデータを集めてUXを設計していくべきで、みんなで一緒に何かやりましょうという話はあまり現実的ではない」と主張されています。とはいえ、1社ではコントロールできないものもあると思います。例えば、いろいろなプレイヤーが入っているモールなどの場合、どんなアプローチが考えられますか。

藤井:不動産や自治体などモールを運営している主体者がいますよね。基本的にはその人たちがデータを結合していけばいい。それはできるはずです。モール全体でどういうことを一緒にやっていけるかを考えるべきだと思います。

コンソーシアム型を否定するつもりはありませんが、とりあえずデータを結合しようという「とりあえず」のケースは危うい。広告は広告で別のことを考えていたり、メーカーはメーカーで別のことを考えていたりします。後になって「いや、これだと僕たちの目的は達成されない」「誰が費用を持つのか」ともめるのが目に見える。さまざまな政治的な要因も含めて実現が難しいと思います。

鈴木:アフターデジタルの世界、UXを重視する世界で、企業が意識すべき重要なKPIは何でしょうか。

藤井:アクティブユーザーの数が一番重要だと思います。次に、アクティブユーザーの推奨度を表すNPS(ネットプロモータースコア)というのがあります。その会社が好きかどうか、お勧めしたいかどうかを表すのがNPSです。これを使うというのが1つあると思います。

SaaS(Software as a Service)の世界だと、ヘルススコアという言葉を使いますが、ヘルススコアにはNPSも含んでいます。つまり、NPSが高かったとしても、その人が「このサービスは最高です。お勧めです。ビジョンも最高です。私は年に1回しか使いませんが」ということもあり得ます。それではあまり意味がありません。

ビジネスにとって重要な要素をブレイクダウンして、「家族全員がいいと思っている」が10点、「毎日使っている」が何点、「ポイントを使っている」が何点といったように点数を振り、総合的な点数としてみるのがヘルススコアです。

成熟市場でのアフターデジタルの姿とは

鈴木:中国はどんどん利便性を上げていく形できました。一方、成熟度の高い日本や欧米でのアフターデジタルの理想の姿はどのようなものだとお考えですか。

藤井:成熟市場ならではの考え方があると思います。「便利レイヤー」と「意味レイヤー」と書籍の中では分けていますが、これは『ニュータイプの時代』などを書かれた山口周さんがいう「役に立つより意味がある」という言葉とほぼ一緒です。

役に立つ=便利なので、指標は速いか安いか。速さ、安さで戦うので、勝ち残れるのは上位何社だけです。これが「役に立つ」です。

では「意味がある」とはどういうことか。山口さんはタバコを例に挙げていましたが、タバコはたくさんのブランドが成立している。なぜなら、味が好き以外にもスタイルみたいなものがあるからです。例えば、アメリカンスピリットを吸っている人はこんな人という生きざまのようなものを表している部分があって「そこに意味を感じているからこれを買う」という構造になっているからです。

成熟市場であればあるほど、利便性では頭打ちになってくるので、意味のほうに成長していくと考えられます。そうしたときに中国や新興国で起きているスーパーアプリが、そのまま日本に適用するかというとそうでもない。それならば利便性ではなく、意味のレイヤーのほうで発展していくのが正しいと思います。

併せて考えるべきは、行動データがたくさん出てくることを怖がる傾向があることです。監視社会やディストピアといった話につながり、秩序や管理に対する自由の議論が出てくると思います。

利便性が高いプラットフォームになればなるほど、1強、2強みたいな状態になってくる。その中での動きしか基本的には取れず、自由度が高いとは言えない状況です。それを受け入れる、受け入れないという議論は一定あると思います。そのとき、タバコみたいに200社出てくるという構造を仮に使えるとすると、たくさんの世界観を持ったサービサーが勃興してきて、群雄割拠状態になります。

ユーザー側も、例えば料理を作るとき「とにかく時短がいい」という人と「栄養を押さえられれば何でもいい」「楽しく、家族に喜んでもらえる料理が作りたい」という人がいます。しかもこれは常に一定ではなく、その時々、曜日によって違ったりします。状況に応じて自分が選びたい世界観が存在するはずで、それを選び取りながら生活がつくられていく。逆に選ばれないUXはどんどん淘汰されて消えていきます。

そういう構造がしっかり作れると、一定のデータは出てきますが、中国のように一気に管理されるわけではなく、むしろ1つ1つの企業に投票するような形で自分のデータを渡す。ユーザーが企業を信頼していて便利だからです。

そういう企業がボコボコと出てくる。私はUX選択の自由と言っています。そういったものが担保され、自分らしい生活を選んで生きていける。そういう状態になるのは、成熟市場におけるあるべき姿といえますし、DtoC(D2C)のような文脈もそこに近いと思っています。

鈴木:そのとき、中国のアフターデジタルはどうなっているでしょうか。

藤井:中国はこの5年で一気にデジタルにより成熟したので面白い世界観を持ったユニークなビジネスモデルが出てきています。

ただし、まだまだ文化的にそこまで成熟していません。ブランディングや世界観をつくっていくという部分では、欧米や日本のほうが強い。他方、国民が14億人いて、かつデータを取得しやすい環境にある中国はビジネスモデルと顧客接点の作り方はトップだと思います。

世界観が作れるリーダーの共通点

鈴木:著書のあとがきに「UXをよくすることがビジネスの本質に関わるということが、日本ではなかなか伝わらない」とありました。これはなぜなのでしょうか。

藤井:1つは国民性でしょう。おもてなしという言葉は、相手の行動を読みながら慮るという意味合いで使われていますが、実は日本人はそれがさほど得意ではないと思っています。おもてなしをひも解くと、どちらかというと見立ての文化だったりします。庭園や作法に決められた世界観をつくり上げ提示する。一般人がその世界観を見て美しいと思うところが大きいのではないかと思います。その意味では、自分が「この世界は凄い」と思ったものをつくり込んでいくことが日本人は得意なのだと思います。

体験でもつくり込むやり方を学んでいけば、日本人はものすごく強いと思います。『あつまれどうぶつの森』が今、世界中でトップレベルの人気を集めていますが、あれは完全にUXなんですよ。

鈴木:UXインテリジェンスに関連して、藤井さんが中国でお会いになってきた「世界観が作れる」ビジネスリーダーに共通する能力で印象的なものは何かありましたでしょうか。

藤井:2つあります。1つは、社会変革への強い意志です。アリペイのトップを務めていた方と何度かお話しする機会がありました。知り合いがその方に成功の秘訣を質問したら「中国では墓場に入ったときに、人の価値が決まると言われている。とにかく5年、10年先を見据え、今自分が貢献できることをひたすらやっていくことを考えているだけ」という聖人のような返答でした。

中国の場合、14億という人間がいて、下層のほうは日本とは比べ物にならないぐらい貧しい。品質がよくないところもあるし、人々が喧嘩したり取り合ったりすることもある中で上の人たちはしっかりとした教育を受けています。

中国のトップ層は、中国はある意味ひどい状態にあるけれど、それでも歴史も家族も好きだし、中国を何とかしたいと思っている。世の中をよりよくしようという思い、社会貢献の意識が高い。そこに共感して人が集まってくるケースというのも多いです。

もう1つが対話力です。ビジョンやイメージを下に語ることができ、下に語らせることもできる。今までは、製品が語っていた時代でした。みんなで役割分担して、よい製品を作ればよかった。それが体験提供型になると、マーケティングから店舗、コールセンターまで一気通貫で同じ価値を提示する必要があります。全員が共通認識を持つという状況をいかにつくれるかが、体験型ビジネスのコアになるでしょう。

ただ上司が下に命令するだけだったり、もしくは社員が指示待ちだったり、上にものが言えなかったりという状況では世界観のすり合わせはできません。自由闊達に議論ができる環境をつくることが、次の時代のリーダーには重要だと思います。

本もアフターデジタル化で事前公開

鈴木:今回『アフターデジタル2』の原稿を事前にGoogleドキュメントで公開するというアプローチのユニークさに強い共感を持ちました。

藤井:執筆途中の原稿を誰でもリアルタイムで読めるようにしていました。アフターデジタルと言っているのに、紙媒体という固定化したものをつくるところに自己矛盾を抱えていたので、更新性があり、いつでも見られるものにしたかったのです。実際、ユーザーからのフィードバックを受け、発売前に修正を加えた箇所もあります。

時代の変化が速い中で更新性を持つことは重要です。書籍が出た後も追加の記事を入れていこうと思っています。現時点でも、Googleドキュメントで公開している「アフターデジタル2_公開原稿」の一番下にディレクターズカットと称して、難易度が高いなどの理由で本文に入れなかった原稿を載せています。今後も随時更新していく予定なので、最新情報が知りたい場合はぜひそちらを覗いてもらえればと思います。

僕は本やWeb記事、雑誌、映像などを融通無碍に使えるようにしたい。垣根があまりなくなるのが本のアフターデジタル化だと思っています。自分のやりたい表現を最適なメディアでやり、表現の幅が広がるといいと思っています。

(文=荻島央江)

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