『入社1年目から差がつく ロジカル・シンキング練習帳』(東洋経済新報社、グロービス著、岡重文執筆)の発売を記念し、執筆者である岡重文に加え、松井孝憲、渡邉由美の3氏をお招きし、「考える」ということについて座談会を開きました。後半は、どのように考える力を磨くのか、それぞれの工夫をお聞きします。(全2回、後編) 前編はこちら。
それまでに自分になかった考え方に触れることで思考力は向上する
嶋田(司会):皆さんはどんな時に「考え方が変わった」と思われましたか。少し表現を変えると、それは断続的に変わるものなのか、それとも非連続的に変わるものなのか。
松井:僕に関していえば、非連続的ですね。前回もお話ししたように、自分はコンサルファームからソーシャルビジネスの経営に携わるようになりました。お金をいただく立場から、お金を自分で稼がなければいけない立場になったわけです。その時に一番考え方は変わりました。
コンサル時代は客観重視だったのですが、自分が経営に責任を持つとなると見える風景が全然違う。持っている情報も増えました。その中でいろいろなことを多面的に考えないといけないわけです。リスクについても、コンサルなら「リスクをとりましょうよ」と言えても、経営者になるとそう簡単にはいかない。
嶋田:それは分かりやすい例ですね。とはいえ、日本の多くのビジネスパーソンがいきなりそこまでのキャリアチェンジができるわけでもない。それはどう考えればいいのでしょうか。
松井:自分の「身銭を切る」ことが重要だと思います。自分の言ったことやったことの責任を完全に自分がとる、という当事者意識がモノの見方を変えることにつながると思います。
渡邉:私は、一気に変わる部分と日々日々変わる部分があると思います。日々日々というのは日常の努力ですね。一気に変わるのは、私の場合は2パターンです。1つは自分自身が実行する立場から教える立場になったときです。自分で実行するだけなら何となくできることでも、何となくでは人には伝わらないので、自分の思考の曖昧な部分に気が付き、考えをよりクリアにする必要性を実感しました。
これはビジネスパーソンの方なら、チームメンバーや後輩とのコミュニケーション等で同様の感覚を持たれたことのある方も少なくないのではないでしょうか。日頃から自分の考えを言語化してしっかり伝えたり、勉強会を開いて自分が講師役になるといった取り組みが練習になると思います。
もう1つは、異なるバックグラウンドの方のお話を聞いた時などに多いのですが、予想もしなかったようなことを見聞きして、自分の価値観や見方が広がったり再構成されたりする時です。たとえば、練習方法について、脳科学者のアプローチ方法を聞いたとき等は、思いもつかなかった内容を聞いて自分の思考の狭さを実感しました。多様な方々と接して刺激をいただき、「自分にはない考え方」に触れることが大切だと思います。
岡:いままでに触れたことのない考え方に接するのが大事というのは同感です。たとえばグロービスのクラスで講師をしていても、学生や受講生の発言を聞いて年に数回は「いままでにその考え方はなかったけど、確かに一理ある」と思うことがあるわけです。そしてそうした人はいつの時代にもいる。私は毎回のクラス後に学生が書く振り返りも丁寧に見る方なのですが、「そんな風に切り取って学びにしてくれるのか」と驚くこともある。そうした新鮮というか「想定外」の視点に接していると、自分の思考もバージョンアップします。
嶋田:私もクラスで何気なく言った一言を多くの学生が振り返りでアップして驚くことはよくあります。自分のあたりまえが世の中の当たり前でない、そしてそれがさらに変わっていくという感覚は本当に大事ですね。
最近の若手は疑わない?
嶋田:さて、今ちょうどクラスの話が出てきたので伺いたいのですが、スクールの学生や企業研修の受講生の方々の変化などを感じられることはありますか? 特に若い人たちだと、物心ついた時にはグーグルで検索することが当たり前、という方も増えてきたわけですが。
渡邉:特に若い方は要領良く学ばれると思います。お伝えしたことをそのまますぐに吸収される印象です。デジタル技術を使った情報収集なども得意な方が多いですね。ただ、良くも悪くも素直で「疑う」ということをあまりしないように思います。もう少し上の世代の方は、「何でそうなの?」と最初はすっと受け入れずに考え込まれることも多い。
ただ、いったん理解されると、「なるほど」となるケースが多い。それが効いてくるのは応用になったときですね。良い意味でいろいろ疑ってみて身に着けたほうが応用力は磨かれやすいです。
松井:同感する部分が大です。若い方は多様な考え方を受け入れる能力は優れていますね。最近のオンライン化への対応力も高いです。一方で、最後まで疑って考えるという点は確かに弱いかもしれません。「それは確かにそうだけど、こっちの観点からも考えてね」と言わないと、なかなかそこに目が向きにくい。それは、ひょっとすると「足らない」ということをあまり経験しなかった世代だからかもしれません。今まで生きてきた時代が、そこそこ悪くない環境なので、与えられた環境を前提として受け取りやすいとでもいうか。
嶋田:時代が違うので良し悪しは言えませんが、やはり育ってきた環境には影響は受けますね。岡さんはいかがでしょう? 世代的にはほぼ私と同世代ですが。
岡:そうですね。私も、多様な意見に対する受容度が上がっているのではと感じます。「考える前提を変えればそれもあるよね」という、柔軟性が増しているとも言えるかもしれません。「世の中にはいろいろな人がいる」ということが、デジタル化などが進んで当たり前になってきたからかもしれません。昔はクラスで、「回答例に納得がいくかどうか」や「この考え方ではだめなのか」といった議論が少なからずありましたので。
「考え方」を教えるには自分のこだわりが重要
嶋田:皆さんはクリティカル・シンキングを始めとする思考系の科目を教えられているわけですが、「考え方を教える」ということへのこだわりなどはありますか?
松井:自分の過去の経験談や持論で戦わないということですかね。「経験談をもっと話してほしい」という学生の方もいるのですが、過去の経験はどんどん陳腐化していきます。だからこそ、私は思考系のクラスではそれは避けています。むしろ、思考のプロセスを踏んで自分の結論を出してもらうことを重視します。
嶋田:それは科目による違いもありそうですね。志系やヒト系(リーダーシップなど)では、むしろそこを聞きたいという学生の方も多いですから。
渡邉:思考系は正解がない科目なので、教えるというよりは「サポートさせてもらう」という点に意識を向けていますね。肝となる考え方はやはりその人固有であって、我々が正解を持っているわけではありません。ただ、考え方を自分で体系化するのは難しいので、考える「幹」となるようなヒントは提供するという姿勢です。枝葉の部分はその人なりに足していくといいという発想です。
ただ、楽しみがないと興味をもってやってみようという気持ちにはなりにくいので、考えることは楽しいと感じていただけるように、そのきっかけとしてクラスの楽しさなどは意識しています。楽しみながら興味を持って取り組んでいただく中で自ら気づいていただければと思っています。
岡:講師の価値は何かというと、それまで見えていなかった風景を見てもらえるようにすることです。いわゆる「アハ体験」(今まで分からなかったことがわかるようになったときの体験)をしていただくことですね。たとえば、みんな右から見ているときに左から見てもらう、Aの情報だけだと見えない風景が、BとCの情報を足すと見えるなどです。
あと、関連付けにも意識を向けます。全く関係のなかった1つの事柄が、補助線を引くと一気につながってくるという感覚です。こういう経験をたくさん積めば、考え方は確実に変わります。そうした経験を数多く提供したいですね。
考え方を上達させる基本は実践
嶋田:学生の方などにお勧めしたい思考力強化の方法はありますか。まあ近道や王道はないと思いますが。
渡邉:業務で使ってみることですね。机上で学んだだけでは使えませんから。やってみて振り返るのと、机上で学んだことで議論するのでは全然違います。
松井:失敗した時こそが、まさに学んでいる機会であるという意識を持ってほしいです。逆に止めてほしいのは間違うことを恐れて「置きにいく」ということですね。失敗もしないような無難な手段だけをとっていてはダメということです。考えたうえでチャレンジし、失敗から学んでほしいです。
岡:同じことになりますが、止めてほしいのは、「How to」だけを覚えることです。結局は忘れてしまいますから。やってほしいのは、とにかくバットを振ることです。たとえば「主張と根拠」をしっかりしたものにしたければ、毎日400字のエッセイを書けば、てきめんに効果が出ます。これを365日続けたら、仮に人からのフィードバックがなくてもかなり学べるはずです。ある一定レベルまでは、量で勝負する、バットを振る回数を増やすことです。
嶋田:たしかに皆さんおっしゃる通りですね。とはいえ、例えば400字のエッセイを毎日というのも大変なので、より身近なところでできる上達法はありますか。
岡:振り返りの習慣化ですかね。分かりやすい例でいえば日記を書くイメージでしょうか。200字でもいいので、その日の「学び」なんかをしっかりと文章に落としてみる。それを30日続けた上で、「主張と根拠」について相談に来てくれれば、伝えられることは大きく違ってきます。バットを振る前に考えるのではなく、まずはバットを振ってみたうえで考え、そして、相談してみるといいでしょう。
新しい「考え方」のトレンド:テクノベート
岡:最近はさらにテクノベート的な思考も重要です。因果ではなく相関重視とか、機械に任せるところは任せるとか。そう考えると、いつまで「What-Where-Why-How」のプロセスを教えるべきかという問題にもぶつかります。分解も確かに重要だけど、今までのやり方をどこまで踏襲すべきかは悩ましいところですね。
この思考プロセスは特にコンサル業界で、人間の思考力に合わせて最適化されたものですから。テクノベートの時代には、そこも少し変化が必要かと思います。精緻な分解の前にまずはやってみよう、みたいな。
嶋田:岡さんにうかがいたいのですが、今回の書籍を書くにあたってのご苦労や、ここには読者の方に気が付いてほしいというポイントはありますか。
岡:難しかったのは、各章のフォーマットに合わせて書く点ですね。導入、演習、解説、ステップアップ解説という流れに合わせるのは意外と大変でした。もちろん、それぞれの章の演習を考えるのも苦労しました。演習にはしっかり数字も入れたのですが、これも類書にあまりなく、いざやると大変でした。
読者に気づいていただくと嬉しいのは最終演習ですね。あれは意外とさらっと書けたのですが、それまでの積み重ねがあれば、ある程度のことは考えられるようになる、という点は感じていただけると幸いです。あと、今日も何回か出た話ですが、自分の思考を客観視することの意義なども随所に散りばめられていますので、それを感じていただければと思います。
嶋田:なるほど。私もよく本の執筆はしますが、そうした書き手のこだわりに気づいていただけると嬉しいですね。最後に皆さん、一言お願いします。
松井:これまで論理思考はそれなりにやってきたつもりではありますが、いつも新しい風景が見えています。皆さんにもぜひ、その新しい風景を見ることに、ときめいてほしいですね。
渡邉:前職時代、大なり小なり状況変化への対応で困られている企業を拝見しました。これからはより変化の激しい時代となっていくことが予想されますので、ビジネスパーソンの皆さまに「考える」ということにより積極的に取り組んでいただきたいと思います。そして、「自走」できる人や企業が増えればいいなと思います。それが企業や職場を明るくしたり生産性を上げることにもつながりますので。
岡:そうですね、「考えることを趣味にしよう」ですかね。楽しい上に、一生使える武器になりますので。
嶋田:グロービスとしてはぜひそうなってほしいですね。本日はありがとうございました。(前編に戻る)