正しく「考えること」は難しい。だからこそ面白いー『入社1年目から差がつく ロジカル・シンキング練習帳』出版記念座談会(前編)

さる6月末に発売された『入社1年目から差がつく ロジカル・シンキング練習帳』(東洋経済新報社、グロービス著、岡重文執筆)が非常によく売れており、あっという間に3刷まで増刷がかかりました。今回は本書の発売も記念し、執筆者である岡重文に加え、松井孝憲、渡邉由美の3氏をお招きし、改めて「考える」ということについて座談会を開きました。3人ともグロービスの思考FG(FGはFaculty Group=教員グループの略)に所属している、「考えること」の一人者です。その意味で、グロービスが「考える」ということにどのような問題意識を持っており、各人がそれにどう取り組んでいるのかということの一端もうかがい知れると思います。(全2回、前編)

グロービスの思考系講師のバックグラウンドやこだわりとは?

嶋田(司会):まず簡単に自己紹介からお願いします。

渡邉:思考FGとカネFG(会計やファイナンス等を扱う)を兼務しています。講師活動の他、カリキュラムの設計や教材作成などをしています。またGAiMERi(グロービスAI経営教育研究所:GLOBIS AI Management Education Research Institute)に所属し、AIを活用した教育の研究にも参加しています。

グロービスに入る前はコンサルティングファームとベンチャーにいました。いずれもプロジェクト単位で働く仕事で、考えるテーマも、一緒に働くメンバーもプロジェクトごとに一定期間で変わっていく環境でした。その中で、テーマや環境が変わってもいつも役に立ったのがロジカル・シンキングでした。ビジネスパーソンの方々は環境も抱えておられる課題も様々と思いますが、どなたでも役立てていただける内容と思いますので、ぜひそれをお伝えしたいと思い、グロービスでは主に思考系科目の講師をしています。

松井:僕もコンサルファームにいた後、NPO法人でソーシャル系の事業経営に携わっていました。グロービスではクリティカル・シンキングといった思考系の科目の講師をしています。ちょうど今は、オンラインのクラスのファシリテーションをどうすればより効果的にできるかということなどに取り組んでいます。

もう1つ、現在KIBOW社会投資(グロービスの社会投資活動)にも携わっています。社会課題の解決を目指す起業家への投資や、投資先の起業家の経営に伴走する仕事です。これまでにコンサルタントから経営者、投資家と立場が変わる中で、「モノの見え方の違い」というものを強く意識するようになっています。

:私はまずシステムの会社に入ったのち、少しコンサル業界にいて、その後グロービスにジョインしました。もうグロービスにはおよそ20年いて、講師も18年ほどやっています。最初に講師を担当したのがクリティカル・シンキングでした。それ以来ずっと思考領域に携わっています。「考える」というテーマはいまだに自分自身、奥が見えないこともあり、今でもアップデートしていないといけない分野で面白いですね。

最近の関心は、やはりオンラインクラスになった場合に、どういうコミュケーションや学び方を提供すると効果的なのかといったところです。あと、しばらく前からはAIをいかに活用して考えるという行為を効率化するかということにも関心を持っています。「テクノベート・シンキング」なども教えています。当面はこの2つのテーマを追求していきたいですね。

嶋田:オンラインについていうと、単にオンラインクラスで「教える」ということだけではなく、今回の新型コロナの問題もあり、「働き方改革」の中でいかに良いミーティングをするかなどにも関連しそうです。社会的にも大きなテーマですね。

:そうですね。

嶋田:ところで皆さんが仕事やプライベートで「考える」ということについて自分なりにこだわりを持たれている点はどんなところでしょうか。姿勢に関することなどでも結構です。

渡邉:私は、満足しないというか、分かったつもりにならないように気をつけています。自分が得意な事柄だと、「わかった」と思った瞬間にそれ以上見なくなりがちなので、そうした時こそ他の考え方はないのか、ということを自問したりします。知らない事柄は意識しなくても学ぼうと思いますが、なまじ知っている分野では、意識して深く掘り下げる習慣を持つと効果的と考えています。

メタレベルで自分を眺められると強い

松井:いま非常に意識しているのは、「この人は話が分からないな」と思う人にも、その人にとっての根拠というか一理はある、ということです。お互いにそれぞれの合理を持っている中で、完全には分かり合えないまでも、「自分たちのやりたいことは、こういうことだよね」というコミュニケーションを図り、物事を前に進めていくということの重要性を意識しています。

実際、あるべき姿が完全に一致するわけでもない中で仕事を前に進めるというのはよくあることです。その中で、そうした意識をもって相手と仕事を進めることが大事と最近実感しています。グローバル文脈になるとなおさらですね。

:私も、自分の考えはしょせん自分の考えに過ぎないという謙虚さを持つことを意識しています。自分の考えというのは、自分の持っている情報と、自分の視点と、どういう視点で評価しているのかということの3つで形成されるわけですが、これは相手が変わると当然変わってくる。自分の意見というのはその中の1つに過ぎないということは意識しようと心がけています。

私はもう1つこだわりがあるのですが、そうしたことができるためにも、自分を客観視できる自分を持つように気をつけています。「こう考えている自分の前提は何だ?」ということをもう1人の自分が見ている印象です。

嶋田:いわゆるメタ認知の力でしょうか。それはどうしたら高まるものですか?

:心がけるしかない、という側面もありますが、そうですね……現実に、「こうだったかもしれない」と気づくシーンがしばしばあるわけです。その都度都度の経験、特にミスった場面を振り返って、「今違う前提で物事を見ていたかも」と考えるようにはしています。

昔は講師などをしているとき、後ろで別のスタッフが見学するということもあったのですが、「岡さん、さっきの学生の質問は、たぶんそんな意図ではなかったと思いますよ」などと指摘されることが多々ありました。言われてみれば「なるほど」なんですね。そうしたことも役に立ちました。今でも、質問の意図を正しく解釈して答えきれているのかは自問するようにしています。

渡邉:私ももう1人の自分を持つように意識していますね。仕事の中でも習慣づけるようにしています。バックグラウンド的に身につけやすかったというのもあるかと思います。法学部出身で、学生時代に模擬裁判等を通して相手の批判を予測しながら考える機会に恵まれました。それもあって、自分の考え方に否定的な考えが浮かびやすくなったというのはあるかと思います。

「良い考え方」のエッセンスは人それぞれ

嶋田:ちょっと難しい質問ですが、皆さんが「良い考え方」というものを定義するならどのようなものになるでしょうか。

渡邉:本質をとらえるということでしょうか。イシューの設定次第で全く違う結論となることも少なくないので、そこをまずしっかり考えることが必要だと思います。独りよがりな考え方にならないように、多面的に考えることを意識して、「いずれの立場であってもここが問題だ」というポイントを押さえられるとよいと思います。実際、ばらけている部分は表層的な部分だったということを、しばしばお見受けします。

松井:僕は、自分の意志がしっかり乗っているか、ということを重視したいですね。論理思考は自動的に「正解」を出す思考法ではありません。人によって見えている世界や持っている背景は違うわけですから、当然、出てくる結論も違う。でもその違いこそが、その人自身のオリジナリティであって、他に代え難い価値を生み出すと思うのです。客観的な数字やファクトは意識しつつも、どこかで主観が入ることは止められない。

だからこそ、そこに込めた意志が大事だと思います。「こいつの言うことには思いが乗っている」と見られるようにすることが大切ではないかと。それが、事実から導かれるだけではない、迫力のある意見となることへつながると思います。

嶋田:そこは「志のグロービス」らしい部分でもありますね。「平凡な客観性」では人は動かないですから。

:私はまた違う観点を提示したいのですが、良い考え方とは結局はプロセスなのかなと思います。組織の中で、「If I were you、というか、もし私があなたの立場だったら、同じ結論に至るかもしれない。逆に、あなたが私の立場だったら、自分と同じ結論に至るかもしれない」という状態を作ることですね。考え方が揃っているわけです。最終的にどういう意思決定をするかはその時々ですが、こうした状態ができている組織は強いと思います。

嶋田:皆さんの言われていることはどれも大切ですね。三者三様の意見が出る点が、この「考えること」の難しさでもあり、面白さなのかもしれません。(後編に続く)

RELATED CONTENTS