MJやコービー活躍の裏でNBA発展に貢献したデビッド・スターンを偲ぶ

日本でも大きく報道されましたが、さる1月26日、NBA(米国プロバスケットボール)のスーパースターだったコービー・ブライアント氏がヘリコプター事故で逝去されました。まだ41歳の若さでした。筆者もいちNBAファンとして謹んでご冥福をお祈りいたします。

さて、実はもう1人今年1月に亡くなった偉大なNBAへの貢献者がいるのをご存じでしょうか?その人の名はデビッド・スターン氏です。NBAのコミッショナーを1984年から2014年まで30年にわたって務めました。彼の在任中に、リーグの主要な収入源であるテレビ放映権は100倍弱に増えたともいわれます。NBAのファンであれば、優勝チームにトロフィーを渡すシーンのほか、毎年のドラフトの日に「クリーブランド・キャバリアーズ・セレクト・レブロン・ジェームズ!」などと読み上げていた人といえば顔を思い出す方も多いでしょう(ドラフトをテレビ番組向けにショー化したのも彼自身です)。

彼の30年にわたるコミッショナー在職期間は北米の4大スポーツでは最長で、またリーグをビジネス面で発展させた手腕はNFL(米国プロフットボール)で29年間コミッショナーを務めたピート・ロゼール氏と双璧でしょう。

ロゼール氏は1960年にわずか33歳でコミッショナーになり、野球を抜き去って一気にフットボールを全米一の人気スポーツへと育てました。スーパーボウルを始めたのも彼ですし、戦力均衡を徹底的に進め、接戦の好試合を増やしたのも彼でした。市場調査も踏まえて「マンデーナイトフットボール」という人気番組を始めたのも彼です(最近はサンデーナイトフットボールにとって代わられましたが)。

そうしたこともあって、私はスターン氏を四半世紀遅れてやってきた「NBA界のロゼール」と思っていたのですが、そのスターン氏が亡くなったことは、今回のコービー・ブライアント氏の逝去と合わせ、一時代の終わりを感じさせます。

デビッド・スターン氏の功績

ではスターン氏の功績とは何だったのでしょう。いくつか紹介しましょう。

まずはNBAの試合をコンテンツとして魅力あるものにしたことです。1970年代までのNBAは、ドラッグ問題や、ライバルリーグであるABAチームの一部吸収などもあり、経営的にも不安定な時代でした。人気はフットボールや野球にはるかに及ばず、一部のファン(特にアフリカンアメリカン)のためのスポーツとみなされていました。

放送技術も未発達だった時代に、彼は試合放送のフォーマットをほぼ現代に近いものに整備し、だれもが観やすいものにしたのです。また試合そのものや放送の質にこだわるだけではなく、試合前やハーフタイム中などのショー的要素も進化させ、観て楽しいコンテンツにしていった点も注目されます。

ロゼール氏同様の戦略均衡も図りました。サラリーキャップを導入し、好試合を演出しようとしたのです(ちなみに、野球のメジャーリーグはいまだにサラリーキャップはなく、優勝はお金で買うもの、という風潮があります)。また、特に就任初期にはリーグにまとわりついていた暗いイメージを払拭すべく、ドラッグ追放にかなりの努力を傾けました。21世紀に入ってからは、賛否ありましたがドレスコードも導入し、さらなるイメージアップも図りました。

スター選手を前面に打ち出したのも彼です。実は彼がコミッショナーに就任した1984年は、ちょうど「神様」ことマイケル・ジョーダンのデビューした年でもありました。それに数年先立ってラリー・バードとマジック・ジョンソンという好ライバルも登場していました。これは偶然の要素も大きいのですが、その偶然をリーグのプロモーションに有効活用しました。80年代後半にはNBA関連の商品を扱う「NBAエンターテインメント」という子会社を立ち上げましたが、やはりジョーダンやマジックやバードのビデオが売れ筋商品だったそうです。

そうしたスターたちの最大の「見本市」は、1992年のバルセロナオリンピックの「ドリームチーム」でしょう。メジャーリーグがいまだにオリンピックをはじめとする国際大会に非協力的であるのに対し、バルセロナオリンピックにはNBAのスター選手がこぞって出場したのです(これが次に述べるグローバル化にもつながります)。

ロゼール氏との大きな違いは、グローバル化推進の成功でしょう。NFLの売上げがいまだにほぼ北米に依存しているのに対し(それでも北米4大スポーツ最大ですから凄いのですが)、NBAを世界中で観られるスポーツにしたのは間違いなくスターン氏の功績です。

世界各地にマーケティングのためのオフィスを置くだけではなく、外国人選手にも積極的に門戸を開きました。初期にはビデオテープを各国の放送関係者に送りつけていたという時代もあるそうです。キャンプを海外で行ったり、プレシーズンゲームも積極的に海外で行いました。現在では全世界ほぼ200を超える国と地域でNBA放送が観られるといいます。昨年MVPをとったナイジェリア系ギリシア人のヤニス・アデトクンボ選手も、もしスターン氏がいなかったらバスケットボールを始めていなかったかもしれません。

労使協定の締結やロックアウトの被害をほぼ最小限で抑えた手腕も光ります。NHL(北米プロホッケーリーグ)のように1シーズンがまるまるキャンセルされたということもなければ、メジャーリーグのようにストでワールドシリーズが開催されなかったということもありませんでした。これは弁護士という彼の職業柄もあるでしょうが、アスピレーションポイントを高く持ち、粘り強く落としどころを探るという交渉術の基本の実践とも言えます。

その他にも下部リーグの創設、WNBA(Women’s National Basketball Association)設立、マジック・ジョンソンがHIVに罹患した際のエイズに関する啓蒙など、その功績は多岐にわたります。

経営学的にいえば、

・高い志と明確なビジョンを持ちながら
・提供価値を明確化し、かつ際立たせ
・多くの人を巻き込みWin-Winの関係を作り(時には懐柔し)
・グローバルな視点を常に忘れず
・必要な時には必要とされるリーダーシップを発揮した

このように書くのは簡単ですが、個性派ぞろいの選手やオーナー達を巻き込み、これらを成し遂げられる人物はスターン氏を含めてもごくごくわずかでしょう。改めてご冥福をお祈りいたします。

RELATED CONTENTS