【シリーズ 幸せとは②】職場での「幸せ」は訓練や体験によって変えられる〜日立ハピネスプロジェクトリーダー・矢野和男

本記事は、G1FMセミナー「幸せと経営」の内容を書き起こしたものです(中編)。

 

矢野和男氏(以下、敬称略):私は日立で「ハピネスプロジェクトリーダー」という社長プロジェクトをやっています。これまで、テクノロジーを使って人を幸せにする研究を15年ほど行ってきました。今日は、まず私がどんな発想で研究をしているかというお話からはじめさせてください。フレデリック・テイラー以降、業務を標準化して横展開することで、人々の生産性は100年で50倍に高まりました。ただ、一方では需要もすごく多様になった。需要は日々変化するようにもなり、同じ人が明日には違うものを欲しがっていることもあります。そうした時代にあって、標準化という考え方は必ずしも万能でないどころか、むしろ妨げになるケースも出てきました。

これは仕事という観点でもまったく同じです。そうした時代に効果的な労働を行うため必要となるのは、実験と学習。とにかくやってみることが大切です。これはあらゆる層で言えること。本社で頭のいい人だけが実験をして、そこで決められたルールやマニュアルを現場は守るだけの状態にすると、「まさに階級闘争が起きる」と、ドラッカーはおよそ30年も前に予言していました。ですから、あらゆる人が常に実験と学習を行う権利を持ち、そしてその結果に対する責任を持つ必要がある、と。その方向性は会社が経営方針という形でだいたい持っていますが、大切なのは、それに加えてきちんと組織的かつ自律的に動けること。さらには一人ひとりが前向きでポジティブな心のエネルギーを持つことが大事になります。ただ、こういうことは今までなかなか測ることができなかったわけですね。

「人はどうすれば幸せになれるのか」を科学的に研究

しかし、今は人間というものに着目する動きがいろいろと出てきました。ユヴァル・ハラリさんは『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』(河出書房新社)で、人類の2大アジェンダの1つは幸せの追求になると言っています。物質的にはこれほど豊かになった現在も、うつ病は増えているし、自殺者も多い。そのなかで、「世の中が今進んでいる方向は本来あるべき姿からずれているのでは?」という疑いを持つ人が、今後どんどん増えるというわけですね。実際、たとえばイェール大学が2年前にハピネスとウェルビーイングに関する講義をつくったところ、全学生の1/4にあたる1200名が、たった5日で登録するという、前代未聞のできごとになりました。物質的にはこれほど豊かになった今も、若い人は「どうすれば幸せになれるのか」という話に対して、すごく感度を高めているわけです。

ただ、「幸せ」のように抽象的な、あるいは心の中にあるものは、今までなかなかサイエンスになりにくかった。それをなんとかサイエンスにしようということを心理学では一生懸命やっていました。しかし、「今の時代はテクノロジーを使って、もっと客観的に、もっと科学的に取り組むことができるのでは?」と。私どもは15年ほど前、そんな妄想をはじめました。ちょうどその少し前くらいから、アメリカではマーティン・セリグマンさんという人を中心に、「ポジティブサイコロジー」というものが出てきました。それまでノイローゼやうつ病といったことばかり研究していた心理学者たちが、もっと前向きに「普通の人が幸せになるというのは科学的にどういうことなのか」と。人はどうすれば幸せになれるのか、一生懸命研究するようになってきたわけです。

幸せ、ウェルビーイングというものは広範囲な影響力を待ちます。病気、離婚、給与 、あるいは受注等々、さまざまな結果になって表れますし、そういう人が多い会社は一株当たりの利益が平均18%も高くなるといったデータもあります。今はそうしたことを示す定量データや論文がどんどん出ています。そこで我々は、ウェアラブルセンサやスマホといった各種テクノロジーを使って、そうしたデータをさらに科学的に集めるようになりました。

デバイスを身に付けて加速度データを24時間計測

大変良いことに、今はそうしたデバイスを常に身に付けることができるようなテクノロジーが発達してきました。我々はその先頭を走ってきたつもりですが、2006年には腕時計型や名札型のセンサで人間を24時間測れるようになっています。そこで私が最初に実験台になり、2006年3月16日、今も使っているセンサを左腕に付けはじめました。以来、13年以上にわたって私の左腕の動きはすべてコンピュータに記録されています。そうして集めたデータから、たとえば2009年の1月から12月まで、毎日24時間測り続けたデータを図にしてみるとどうなるか。

活発に動いている時間は赤に、止まっている時間は青にすると、夜中はだいたい寝ていますから、毎日を縦に並べたら夜中は帯状に青くなりますね。そうした赤と青の時間帯が逆になっている時期は海外出張中ということです。また、朝の5時頃まで動き続けている日もありますが、これは家を新築した日。1日中段ボール箱と格闘している様子が記録に残っています。

こうした1年間の図を10年分、横に並べるとどうなるか。

これだけでも1時間ほど語れますが、たとえば2011年3月11日は電車がすべて止まったので、国分寺の研究所から2~3時間かけて日野市の家まで歩いて帰ったことが分かります。その途中で1度動きが途切れているのは、道中でたまたま空いている居酒屋を見つけて(会場笑)、ビールを1杯飲んで元気になって、もう1度歩きはじめた、と。あるいは、急に早起きをするようになって、朝に1時間ほど活発に動いている時期が1ヶ月ほど続いたりもします。これはシェパードを飼いはじめて、お散歩をはじめたときですね。

また、4人の方の1年間を並べてみるとどうか。

たとえばBさんは、定規で線を引いたようにピシッと朝の5時起きをしています。ただ、よく見ると色が櫛のような形になっていて、これは週末に寝だめをしている、と(会場笑)。それが夏に何日も続いているのは、おそらく夏休みですね。一方、Cさんは日々柔軟な人生を選択しているようでありながら、出勤と昼休みと退勤は誰よりも規則正しい(会場笑)。また、Dさんの朝は通勤を含めて活発ですが、よく見ると縦に2本の線が見えます。おそらくこの方は毎日2回、電車を乗り換えているのですね。こんな風に、取っている腕の動き1つ1つは些細なデータですが、それを集めてパターンを見ていくと、元のデータとはまったく違う意味が出てきます。我々は13年前、世界に先駆けてそのことに気づきはじめました。

「幸せ」が人にもたらす体験には一貫性がある

そのうえで、「もしそうであれば、こうしたデータの背後に、その人の幸せとか、モチベーションが高い状態とか、生産性が高い状態といったものも、ある種の隠れたパターンとして存在しているのでは?」と考えました。以来、さまざまな会社や病院、あるいは学校で人間のデータを大量に取ってきました。それで今は、のべ100万日を超えるデータが溜まっていると思います。今この瞬間もミリ秒レベルでいろいろな会社のデータを取っています。

最大の問題は、「そうは言っても幸せというのは一人ひとり捉え方も定義も違うし、文化が違えば意味もまったく違うわけで、数値にならないのでは?」という話です。実際、幸せにはいろいろな定義があります。ただ、私たちが着目しているのは、「幸せ度が上がったり下がったりしたとき、人間はどんな体験をするのか」という点。幸せ度が下がるとどうなるか。当然、気分が晴れなくなります。そして目の前の仕事に集中できなくなり、いろいろなことについて「どうせうまくいかないのでは?」と悲観的になり、美味しい物も美味しく感じられなくなり、夜もよく眠れなくなります。逆に、ハッピーになると気分が晴れ晴れして、目の前の仕事に集中・没頭・熱中できます。また、さまざまな出来事について「なんとかなる」と楽観的に考えられるようなり、美味しいものを美味しく食べられるようになり、夜もよく眠れる、と。こうした体験の変化は一貫しているわけです。

そして、実はそれが身体の動きにも表れることを我々は見つけました。ある実験で、私たちは468名の方に20の質問をしました。「今週、幸せだった日は何日ほどありましたか?」。あるいは、孤独だった日、悲しかった日、楽しかった日が何日あったか。そうした、明らかに幸せと関係する20の項目に、0から3の4段階で答えていただきました。だから一番ハッピーな人は3点×20問で60点満点ですね。また、職場ごとにその平均を求めると、活性化してハッピーな職場は高い点数に、そうでない職場は低い点数になるわけです。

それを縦軸にした一方、被験者の方々には体の動きを感知するセンサを胸に付けていただきました。そのうえで体の動きのなかの、ある微妙な特徴を横軸に取ると、すごくきれいな直線になるのですね。その相関係数は0.94と、極めて高くなります。それなら、いちいちアンケートを取らなくても身体の動きでハッピーな職場かそうでないかが分かるわけです。

これは、よく動くか否かといった話ではありません。今の皆さんのように座ったままでも、人間というのはじっとしたままでいることは決してありません。時々ピッと動いたり止まったりしている。で、そうした動きのパターンを見てみると、幸せな人というのは、一度動き出してから止まるまでの時間が短かったり長かったり、あるいはその中間だったり、状況に応じて柔軟に変動しているのです。逆にアンハッピーな人たちは、一度動き出してから止まるまでの長さが、いろいろと状況が変わっても柔軟に変化しません。そこを見ると、その人たちが幸せかどうか分かるということなのです。

行動が柔軟な人は、周りの人を幸せにできる

「じゃあ、柔軟性のある動きをしている人が個人として幸せという話なのかな」と、私は期待しました。私個人の幸せが測りたかったので。ところが、そういう相関はどこを見ても一切なかった。集団ではあれほど相関があるのに、個人レベルではまったくなかった、と。「これはなんなんだ」と、よくよくデータを見てみると、そういう柔軟な行動または体の動きをしている人が、会議や立ち話で対面している相手には幸せな人が多いのです。かつ、対面しているときは体の動きが同期をしていて、発言権も一方通行ではなく双方向になっていることが多い。これは、信頼、あるいは共感の身体的な表現としてよく知られているものです。つまり、行動が柔軟な人は周りの人を幸せにすることが分かってきたわけですね。

それで、私は「いや、その人自身が幸せかどうかを知りたかったわけで、周りの人たちが幸せかどうかはどちらでも良かったのだけどな」なんて一瞬思ったわけです。でも、「いや待てよ」と。私は自分が幸せかどうかは、別に誰に教えてもらわなくてもだいたい分かります。でも、人を幸せにできているかどうかは意外と本人も分かりません。それで、たとえば強力な接着剤をつくろうとする過程で何回も着脱できるものを見出したことからポスト・イット®が生まれたように、「あ、こっちのほうが大事なんじゃないか?」と考えるようになりました。周りを幸せにしている行動は数値になるので計測できる。で、そういう行動が多い職場は幸せになるということです。

周りを幸せにする行動の多い組織は生産性が高い

すごく面白いのですが、先ほどお話しした相関データが何を示しているかというと、職場ごとの幸せの総量は、「周りの人を幸せにしている行動の総量」に等しく比例する点です。つまり、人は1人では幸せになれない、と。非常に精密な計測を通して、そういうことが分かりました。ということで、当然ながら周りを幸せにしている人、あるいは幸せな職場は生産性も高い。これはコールセンターでも店舗でも開発プロジェクトでも一貫しています。ここでいうコールセンターというのは、ヘッドセットをつけて知らない人に電話を掛けて、1時間あたり何件の注文を獲得できるかで評価される職場です。そういう職場でも、ちょっとしたことで幸せの度合いが大きく変わる。たとえば休み時間に周りの人と雑談したりすることで、幸せの度合いも業績も大きく変動するわけです。

一方、ポジティブサイコロジーでは幸せのオリジンというものもいろいろ研究されてきました。それによると、幸せをつくる要因の50%は、残念ながら遺伝や幼児体験といった、大人になってから変わらない要素とされています。50%という数字自体は「少し大き過ぎるのでは?」ということで最近議論になっていますが、いずれにせよ固定的で変わりません。逆に、「ボーナスが増える」「良いポジションをもらう」「宝くじが当たる」といった外から与えられるものは、幸せにはあまり効かないというんですね。与えられた瞬間は幸せ度も大変な勢いで高まりますが、あっという間にベースラインに戻ってしまうので、持続的に変えることができません。

で、その2つの中間に訓練や体験で変えられるものがあるとされています。しかも、それほど大げさなことをやらずに、日々の小さな行動や習慣で変えられる、と。なかでも一番効果的なのは、周りの人を幸せにする行動であることが分かってきました。

こんな実験もあります。2万8000人におよそ1ヶ月間、あるアプリをスマホに入れてもらったうえで、「今どんな気分ですか?」「今どんなことをやっていますか?」という質問をしていきました。そこで「今ひとつです」と答えた人のなかで、そこから数時間のあいだに増えた行動は散歩や気晴らし。一方、「いい気分です」というポジティブな回答をした人のなかで、そこから数時間にわたって増えた行動は何か。面倒くさくてもしんどくても、大事なことに取り組むことが増えています。大事なことというのは、工夫したり挑戦したり頭を下げたりすることで結果が大きく違ってくるから大事なわけですね。つまり、そうした工夫や挑戦をあえて行うためには、我々個人に精神的なエネルギーが必要ということです。

訓練や体験によって変えられる持続的な幸せ「心の資本」とは?

この20年間、そうしたエネルギーについて、さらに科学的な研究がなされてきました。それによって分かったことが「心の資本」と言われるものです。「心の資本」とは4つの要素からなり、これはすべて訓練や体験によって変えることができます。1つ目の「Hope」は自分で自分の道を見つけること、2つ目の「Efficacy」は行動を起こせること。で、もちろんうまくいかないこともありますが、そこで困難から逃げず立ち向かうことが3つ目の「Resilience」ですね。そのうえで、プラスのこともマイナスのこともいろいろ起きますが、そこでポジティブなストーリーを自分でつくることができるというのが4つ目の「Optimism」です。これら4つの要素は、それぞれの頭文字を取って‘HERO within(内なるヒーロー)’と呼ばれています。これが、業績や人間関係、あるいは生産性や離職にまで影響しているということになります。

これ、すべてひっくり返してみるとどうでしょうか。自分で道を見つけられず、自信がなく、何かあると立ち止まって行動できなくなり、ネガティブなストーリーばかり考えてしまう。そういう人は良い業績を出せませんよね。だから当然の話なのです。よくよく考えてみると、持続的な幸せの要因というのは、たとえば私からすると子供の頃によく観ていた『巨人の星』のような、昭和的な「為せば成る」といった話なわけです。科学的にデータを取ってみると、そうしたものが持続的な幸せの根幹にあると分かってきました。

そこで我々は、どのようにすればテクノロジーを使って幸せ度を高めることができるか研究してきました。そのうえで、「データを見るかぎり、こういう風にすれば幸せになります」というサジェスションが出せる仕組みをつくったりしています。たとえば、コールセンターでスーパーバイザの立場にいる人が誰に対して声がけやサポートを行うかによって、職場の幸せ度、ひいては受注率が変わります。そこで、「今日はこの人に対して優先的に声掛けをしたほうがいいとデータは言っています」といったアドバイスを出す仕組みをつくりました。で、まったく同じ業務をしていた2つのコールセンターのうち片方だけにその仕組みを丸1年使ってもらったところ、なんと1年の平均受注率で27%もの差がつきました。

あるいは、朝になると「今日はこんなことをすると周りを幸せにできそうです」といったアドバイスをしてくれるスマートフォンのアプリもつくって実証実験を行いました。

それを日立の法人営業26部署の600人に丸4ヶ月使ってもらったところ、そのサジェスチョンをよく見ている人ほど、翌月に周りを幸せにする数値が上がっています。そして、そういう人たちはそうでないチームに比べて、翌クオーターの受注達成率が27%も高くなりました。コールセンターも日立の法人営業も、そうしたシステムによっておよそ3割変わった。こうした結果は他の学術研究でもいろいろ出ています。

「周りを幸せにする動き」をスマートフォンで数値化

そこで我々は、会社をより良くするための法人向けアプリを開発しました。「Happiness Planet」というものです。先ほどご説明した「HOPE」のように、「経営方針」に沿って「ポジティブ」でかつ「自律的な組織」をつくろうというものです。この3つを揃えるのは結構大変なのですね。2つ揃えるのは簡単です。たとえば、現場はすごく活性化しているけれども経営方針とは合っていなかったりするようなケースですね。しかし、この3つを揃えるうえでテクノロジーが威力を発揮します。ウェアラブルセンサを使わなくても、今はスマホに体の動きを測るセンサが入っているので、アプリをダウンロードするだけでそういうことができる。それで我々はこの1年半、さまざまな実証実験を行ってきました。

それで去年の9月には、100の組織から集めた1600名で175のチームをつくり、職場対抗で周りを幸せにする度合いを競うという実験を行いました。アプリはそれを数値化・見える化できるほか、朝になると「今日はこんなことに挑戦すると周りが幸せになります」といったリマインダーの機能も持っています。そこに7000超のリマインドメニューがあるので、そこから気に入ったものを選んでもいいし、自分でつくってもいいのですが、とにかくそれで、たとえば「いつもは話せない人と一言話してみる」といった小さなことに自分のアテンションを向ける。たった30秒でいいので、その習慣を日々のなかに組み込むだけで、幸せ度は大きく変わると分かっています。それで「HERO」の4項目もすべて数値が上がっています。

大変良いことに、そうした「心の資本」における数字と企業業績との換算式は学術的にかなり確立されています。それで、10%の利益向上に相当する心のエネルギーが高まっていることも分かりました。1回だけだと自信がなかったので、今年2月にまったく違う4つの会社で同じ実証実験を行ったところ、同じように数値が上がりました。営業利益は数%から10%ぐらいまで大きくなっています。「心の資本」を高めるのはすごく大事ということです。

今後はさまざまなハピネス&ウェルビーイング産業が生まれると思っています。我々としては、そのプラットフォームのコストを下げることで、さまざまな分野においてハピネス&ウェルビーイング産業を日本から世界に発信したいと考えています。今までの100年は一律に標準化されたルールやプロセスに人間のほうが合わせる世の中でした。それがいよいよ、皆さん一人ひとりがそれぞれ置かれた場所で、それぞれに強みを発揮して自らの花を咲かせるような社会になる、と。我々は、そうした社会を実現できるような組織をつくりたいということでプロジェクトを進めています。(後編に続く)

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