組織開発の本ではない。事業戦略の本でもない。社会課題を解説した本でもない。しかし、それら全てを支配する「構造」を解き明かし、創り出したい未来――すなわちビジョンに向けて着々と歩みを進める方法を解説した本だ。
著者のロバート・フリッツは、システム思考の権威であるピーター・センゲに多大な影響を与えた。センゲ自身が、ロバート・フリッツのことを「20年来の友人であり、私のメンターであり続けた」とこの本の序章で紹介している。
フリッツは企業、組織、そして社会の様々な事象の「構造」を見抜く。例えば企業はしばしば、組織にストレスをかけて売上を伸ばし、その結果利益水準が下がって利益改善キャンペーンを行い、中長期的な停滞に陥り、そして新たなリーダーが売上成長を志す。フリッツはこれを「揺り戻し構造」と喝破する。
個人もそうだ。自分が認めたくない「残念な自己イメージ」を抱える人たちは、その対極にあるポジティブなイメージを志向し、努力し、しかし結局反動が起きて元に戻る。ダイエット後のリバウンドが典型例だ。
社会のあらゆるところに見られる揺り戻し構造を脱し、心から創造したいと願う未来(=ビジョン)に向けて近づくためにはどうすれば良いのか。
フリッツは、「問題を解決する」アプローチを退ける。そして代わりに、ビジョンと現状との差を観察して、最重要なことが何なのかを明確に定め、それを最も少ない障害で達成できるルート(最小抵抗経路)を規律をもって歩むことを勧める。その提案は驚くほどシンプルである。
フリッツの考え方は、私自身に大きな影響を与えた。私は仲間たちとともに社会的インパクト投資*のファンド(KIBOW社会投資)を運営している。過去3年間、投資のペースを上げることに四苦八苦してきた。しかし2018年、私はフリッツの3日間の研修を受講し、自分はフリッツの言う揺り戻し構造に捕えられていると理解した。すなわち、拡大を志向すると、一時的に拡大し、それが限られたキャパシティ(生産能力)に負担となり、制約要因となって生産量が元に戻る。
それを脱するための方法は、自分が努力することではなく、人員を増やしたり、チーム外の様々な人の協力を得ることで組織のキャパシティを広げることだ。私たちは組織的に抵抗が最も少ない「最小抵抗経路」として人員を増やし、投資活動を活発化させることに成功しつつある。
また投資先のスタートアップを見る視点も大きく変わった。急激に成長するスタートアップの中では様々なコンフリクトが起きる。急激な業容拡大でオペレーションが混乱に陥ったり、それが原因で従業員が社長を攻撃的に批判したりすることがある。「問題解決に注力する」と成長が止まる。そして、その後にまた急成長を志向し、また揺り戻す。これでは際限がない。むしろ向かうべきビジョンに向けて歩みを止めずに進むことこそ重要だと考えるようになった。
短期的な組織の痛みも、しばしばビジョンに向かって進む必要なプロセスである。経営者は、「問題解決」に身を縛りつけるのではなく、「目指すべき未来」と現状の自社との間にきつめのゴム紐をかけ(フリッツの言う「緊張構造」)、自社を引っ張り上げるべきなのだ。
このゴム紐が自社を引っ張り上げる時に、自然に摩擦の小さい経路、すなわち「最小抵抗経路」が選ばれる。しかし時によっては、より高次の目的のために低次の痛みを許容することも必要となる。この本は経営者に明確な選択と優先順位付けを迫る。
以下の方々に一読をお勧めしたい。ベンチャー経営者、自社・自団体の組織を大きく進化させたいと願う経営者、そのような経営者に接することの多いコンサルタント、投資家、経営幹部。
そして自分自身が画期的な未来を創造し、悔いのない人生を生きたいと願う全ての人にも、この本をお勧めしたい。もともとミュージシャンであり、芸術家でもあったロバート・フリッツ自身が、真に創造的な生き方をしているのを見ると、望む未来を意図的に創り出すことは可能なのだと信じられるようになる。
*社会的インパクト投資・・・社会的課題解決のための事業に対して社会的リターンと経済的リターンの両立を目指すNPOや企業に対して行う投資のこと。
『偉大な組織の最小抵抗経路 リーダーのための組織デザイン法則』
著者:ロバート・フリッツ 序文:ピーター M センゲ 翻訳:田村洋一 価格:2700円 発行日:2019/9/15 発行元:Evolving