デジタル化の中で、プラットフォーム競争に敗れた企業の命運はどうなるのか。どのビジネスパーソンにとっても他人事ではないだろう。
本書には、かつて携帯端末事業で世界トップに君臨していたノキアがiPhoneの登場に伴い、存亡の危機に瀕していくプロセスと、その後の起死回生のストーリーが描かれている。
著者である現ノキア会長リスト・シラスマは、2008年に社外から取締役に就任し、その後会長、暫定CEOとして、様々な難局を乗り切る舵取りを行い、見事ノキアをデジタル通信インフラ事業で世界トップクラスにまで復活させた。その過程はテクノロジー企業の経営戦略としても学びが大きいが、私が特に感銘を受けたのは、著者の組織文化やマネジメントスタイルに対する洞察だ。
「成功の罠」に染まる組織文化
第一部では、ノキアが業界トップから、アップルやグーグルとの競争に大苦戦を強いられ、自前のOSからマイクロソフトのOS採用へ舵を切らざるを得なかった凋落のプロセスが描かれており、著者が取締役の一人として違和感を感じながらも、変えられなかったマネジメントと組織文化の課題が冷徹に分析されている。
ノキア取締役会が陥っていた「成功の罠」「過度な楽観主義」について、著者は、
「戦略について、What:何をやるのか、How:どうやってやるのか、ばかりが語られ、なぜ他ではなくそれをやるのか、なぜ今なのかなどのWhyが語られず、異を唱えることが避けられていた」
と表現している。
これは大企業の取締役会でなくとも、ビジネスパーソンであれば一度は遭遇したことのある風景ではないだろうか。成功の罠にとらわれている組織に現れ得る現象として、我々も肝に銘じておきたい。
復活のカギはマネジメント原則の浸透
続く第二部では、著者が会長に就任後、取締役会をはじめとする経営チームの改革と、次々に訪れる外部環境の難局に対する意思決定、事業の大変革の実現を詳述した内容となっている。
興味深いのが、著者自身がこの難局にあたり、組織の本質的な課題を解決するための原則を根付かせることを最優先に実行していたことだ。次々に起こる課題に応じながらも、取締役会の役割とその運営はどうあるべきか、といった原則をまず
著者が変革にあたり重要視していたマネジメント上の原則として、オーナーシップや現実直視の姿勢を含む「起業家的リーダーシップ」、偏執的なまでに徹底して疑い、準備をするからこそ楽観的になれるという「パラノイア楽観主義」、将来を見据え複数の選択肢を用意しておく「シナリオプランニング」がある。これらは環境変化がますます激しくなっている今日のビジネス環境において、誰もが備えておくべき要素だと思われる。
しかし、V字回復のサクセスストーリーの一方で、中核の携帯端末事業を売却し、7年前とは9割以上の人が入れ替わってしまった現在のノキアは、倒産を免れたといって過去のノキアと同じ企業といえるのだろうか。企業とは何か、企業の存続とはどう評価されるのか、環境変化の激しい現代において、1ビジネスパーソンとしても考えさせられる。
全体を通じて、著者の率直さ、謙虚さ、誠実さ、そして温かい思いやりが感じられ、その点も大いに好感が持てる。様々な点で多くの方に是非一読頂きたい。
『NOKIA 復活の軌跡』
著者:リスト・シラスマ 翻訳者:渡部典子 発行日:2019/7/4 価格:2160円 発行元:早川書房